私の邪悪な魔法使いの友人

ロキ

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シーズン1 魔法使いの塔

第九章 6)フローリアに似た微笑み

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 私は戦場を走る伝令兵のような勢いで廊下を駆け、階段を下りていった。

 気が急いて仕方がない。少しでも早く、前の主が実験を行っていたあの地下の部屋へと向かう。
 とはいえ、またしてもあの陰鬱極まりない部屋に行かなければいけないのかと思うと、気分が進まないことは確かだった。

 もちろん、そんなことを言っていられる状況ではない。
 だから、そんな弱気な自分を振り払うかのように、私は全速力で階段を駆け降りた。

 道に迷うことなく、すぐに地下の実験室に到着した。
 地下の部屋に通じる扉を開け、私は恐る恐る中に入った。
 ランタンの光で、真っ暗な地下室を照らしながら辺りを見回す。
 ここであのような恐ろしい行為が行われていたのかと疑いたくなるくらい、部屋はきれいに片付けられていた。
 と言っても、この部屋を片付けるように召使いに命じたのは私だけど。

 以前、部屋に散乱していた斧や鋸などの手術道具、あるいは手足や内臓の切れ端が入った瓶など、全てなくなっている。
 あの恐るべき実験の名残は、一切拭い去られている。

 しかし過去のそんな事情を知らない人間でも、この部屋の闇が不穏な空気を発していることは察知出来るかもしれない。
 壁や天井などにこびりついた腐臭は消えず、そのまま残り続けている。
 それと同じように、恐怖や苦悶などの感情もこびりついて残っている気がする。そしてそれがまだ何かを、私に向かって訴え続けている。

 こんなところ、二度と足を踏み入れたい場所ではない。
 私は吐き気を抑えながら、しかし地下の部屋の隅々を探りながら歩き回った。

 もしフローリアが女神なのだとすれば、その像は最初にフローリアと出会ったところにあるのではないのか。

 そう考えてこの地下室まで来たのだ。

 しかしフローリアが蛮族の女神だなんて、何という馬鹿げた思いつきであろうか。
 ここまで来ながらも、そんなことを思いついてしまった自分を笑いたい気がする。
 フローリアは血の通った女性だ。
 その温もりを私はよく知っているではないか。そんな彼女を女神だなんて馬鹿らしいにも程がある。

 だけど同時に、その思いつきが決して的外れではないという気もしているのだ・・・。
 フローリアこそが、あの蛮族たちが探している女神の化身。
 だから彼女はあんなにも清らかで美しい。きっとそうだ。そうなのだと思う。

 そのときランタンの明かりが、何かに反射してきらめいた。
 私はドキリとして手を止めた。
 しかし反射したのは一瞬で、そのきらめいた何かは、闇の中にまぎれて消えてしまった。

 私は光が反射した辺りを、もう一度注意深くランタンで照らしてみる。
 しばらく闇の中を彷徨った挙句、やがて光は部屋の中に立てかけられている、手の平二つ分くらいの大きさの女性の像を、その輪郭の中に再び捉えた。

 これではないのか? 

 私は信じられない思いで、それをしばらく見つめた。

 これが女神像? 
 蛮族たちが求めている、この世で最も清らかで美しいもの・・・。

 その女性の像は、何かを迎え入れようとしているかのように両手を広げて微笑んでいた。
 確かに蛮族たちの気持ちが理解出来るかもしれない。その笑みは本当に素敵で、こちらも思わず同じように微笑を浮かべたくなってくる。

 その微笑がもしかしたら、フローリアに似ているかもしれない。

 私はそんなことも思った。何だかそれがショックで、しばらくその女神像を呆然と眺め続けた。

 しかしこれを返したら、蛮族との不毛な戦いが終わるかもしれない。

 私は遂にそれを見つけたようだ。
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