87 / 91
シーズン1 魔法使いの塔
第九章 7)シャグランの懊悩
しおりを挟む
以前にも蛮族との通訳を務めた飼葉係りを連れ、私は北の塔にある地下の牢獄に向かった。
前にバルザ殿が尋問した、蛮族の捕虜が捕えられているあの牢獄である。
私はその女神像を、格子越しに捕虜に見せた。
捕虜の蛮族はそれを見て、とても驚いたような顔をした。
「これだね?」
尋ねるまでもない。
蛮族の捕虜は感動で打ち震えている。
私は彼の顔を間近で見て、何とも言えない罪悪感のようなものを感じた。
この捕虜の男の年齢、おそらく私とそれほど変わらないだろう。
しかし彼の目はまるで子供のようであった。
鹿のように丸い黒目勝ちな瞳をしている。
彼だけが特別というわけではないはずだ。きっと大変に素朴な部族なのであろう。
こんな部族たちを、これまで私たちは大量に殺してきたというのか。そう考えると、居たたまれない気持ちになる。
「この塔で暮らしていて、どこからともなく泣き声が聞こえたことも度々あった。全てはこの女神の仕業なのかな?」
私は重い気持ちを引きずったまま質問を続けた。
通訳が訳し始めた言葉を、蛮族の捕虜は幾度も頷きながら聞いていた。
「その通りだそうです」
通訳が伝える。
「彼女は何を嘆いていたんだ?」
私は捕虜に尋ねた。
「この世の悲惨の全て」
通訳がすぐに返す。
「この女神を君に返したら、君たちはもう塔の襲撃をやめるのか?」
「間違いなく、これで戦いは終わる、彼はそう言っています」
「そ、そうか」
もはや、何も迷うことはない。彼に女神像を手渡し、牢獄から開放すればいい。
それで全ては終わるのだ。
戦いは終結して、バルザ殿の仕事もなくなるのだから、彼もまたこの塔から解放されるに違いない。
しかし私は迷っていた。すぐに決断することが出来なかった。
私は自分の部屋に戻り、疲れ果てた表情でぐったりとベッドに腰を下ろした。
そして懐から女神の像を出し、それを眺めるでもなくただ手に持って、物思いに耽った。
これを返しさえすれば、蛮族はもう二度と襲来してくることはない。
無益な戦いにも終止符を打てるのだ。
そもそも迷うような問題ではない。なぜ牢獄ですぐに決断しなかったのか不思議なぐらいだ。
しかし私は迷い続けている。
これを返せば私はとても大切な物を失ってしまうことになるからだ。
もしフローリアが女神の化身なのだとしたら、彼女も塔から消え去ってしまうに違いない。
私はその寂しさに耐えられそうにない・・・。
しかしこれまで私は、たくさんのことを諦めてきたではないか。
むしろ今まで、叶わなかった事のほうが多い。
どのような望みも全てうやむやに諦めてきたのだ。今回だって、そうすればいいではないか。
まして相手は人間じゃない! よくわからないけど女神だそうだ。
そのような相手に何を期待するというんだ。
それなのに私はフローリアと離れたくない。
何だか蛮族たちが命を賭して戦う気持ちがわかる気がした。
私もきっと、そんな彼らと同じ気持ちなのだ。フローリアに愛されることはなくても、彼女と離れたくない。たとえ自分の命を犠牲にしてでも。
そうだ、これからは私もせめて武器を持って、蛮族と戦おう!
自らの手も血で汚すのだ。それがせめてもの償いというものであろう。
その程度ではこの我儘に見合わないかもしれないけれど、それぐらいしないと気が済まない。
私は一向に頭の中を整理出来た気はしなかったけれど、ベッドから立ち上がり部屋を出た。
フローリアに会いに行こうと思ったのだ。
何をどうやって話せばいいのかわからない。
しかしどうにかして彼女から真実を聞き出したい。
もしかしたら彼女は、私のこの説を一笑にふすかもしれない。私が女神? 何を寝ぼけたことを仰っているの?
そのようなセリフが聞けたら、心置きなく女神像を蛮族たちに返すことも出来る。
しかしもし彼女がそれを認めたら・・・。
いや、もはやそんなことはどうだっていい。
ただフローリアに会って、顔が見たいだけ。
それだけで十分だ。
前にバルザ殿が尋問した、蛮族の捕虜が捕えられているあの牢獄である。
私はその女神像を、格子越しに捕虜に見せた。
捕虜の蛮族はそれを見て、とても驚いたような顔をした。
「これだね?」
尋ねるまでもない。
蛮族の捕虜は感動で打ち震えている。
私は彼の顔を間近で見て、何とも言えない罪悪感のようなものを感じた。
この捕虜の男の年齢、おそらく私とそれほど変わらないだろう。
しかし彼の目はまるで子供のようであった。
鹿のように丸い黒目勝ちな瞳をしている。
彼だけが特別というわけではないはずだ。きっと大変に素朴な部族なのであろう。
こんな部族たちを、これまで私たちは大量に殺してきたというのか。そう考えると、居たたまれない気持ちになる。
「この塔で暮らしていて、どこからともなく泣き声が聞こえたことも度々あった。全てはこの女神の仕業なのかな?」
私は重い気持ちを引きずったまま質問を続けた。
通訳が訳し始めた言葉を、蛮族の捕虜は幾度も頷きながら聞いていた。
「その通りだそうです」
通訳が伝える。
「彼女は何を嘆いていたんだ?」
私は捕虜に尋ねた。
「この世の悲惨の全て」
通訳がすぐに返す。
「この女神を君に返したら、君たちはもう塔の襲撃をやめるのか?」
「間違いなく、これで戦いは終わる、彼はそう言っています」
「そ、そうか」
もはや、何も迷うことはない。彼に女神像を手渡し、牢獄から開放すればいい。
それで全ては終わるのだ。
戦いは終結して、バルザ殿の仕事もなくなるのだから、彼もまたこの塔から解放されるに違いない。
しかし私は迷っていた。すぐに決断することが出来なかった。
私は自分の部屋に戻り、疲れ果てた表情でぐったりとベッドに腰を下ろした。
そして懐から女神の像を出し、それを眺めるでもなくただ手に持って、物思いに耽った。
これを返しさえすれば、蛮族はもう二度と襲来してくることはない。
無益な戦いにも終止符を打てるのだ。
そもそも迷うような問題ではない。なぜ牢獄ですぐに決断しなかったのか不思議なぐらいだ。
しかし私は迷い続けている。
これを返せば私はとても大切な物を失ってしまうことになるからだ。
もしフローリアが女神の化身なのだとしたら、彼女も塔から消え去ってしまうに違いない。
私はその寂しさに耐えられそうにない・・・。
しかしこれまで私は、たくさんのことを諦めてきたではないか。
むしろ今まで、叶わなかった事のほうが多い。
どのような望みも全てうやむやに諦めてきたのだ。今回だって、そうすればいいではないか。
まして相手は人間じゃない! よくわからないけど女神だそうだ。
そのような相手に何を期待するというんだ。
それなのに私はフローリアと離れたくない。
何だか蛮族たちが命を賭して戦う気持ちがわかる気がした。
私もきっと、そんな彼らと同じ気持ちなのだ。フローリアに愛されることはなくても、彼女と離れたくない。たとえ自分の命を犠牲にしてでも。
そうだ、これからは私もせめて武器を持って、蛮族と戦おう!
自らの手も血で汚すのだ。それがせめてもの償いというものであろう。
その程度ではこの我儘に見合わないかもしれないけれど、それぐらいしないと気が済まない。
私は一向に頭の中を整理出来た気はしなかったけれど、ベッドから立ち上がり部屋を出た。
フローリアに会いに行こうと思ったのだ。
何をどうやって話せばいいのかわからない。
しかしどうにかして彼女から真実を聞き出したい。
もしかしたら彼女は、私のこの説を一笑にふすかもしれない。私が女神? 何を寝ぼけたことを仰っているの?
そのようなセリフが聞けたら、心置きなく女神像を蛮族たちに返すことも出来る。
しかしもし彼女がそれを認めたら・・・。
いや、もはやそんなことはどうだっていい。
ただフローリアに会って、顔が見たいだけ。
それだけで十分だ。
0
あなたにおすすめの小説
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
草食系ヴァンパイアはどうしていいのか分からない!!
アキナヌカ
ファンタジー
ある時、ある場所、ある瞬間に、何故だか文字通りの草食系ヴァンパイアが誕生した。
思いつくのは草刈りとか、森林を枯らして開拓とか、それが実は俺の天職なのか!?
生まれてしまったものは仕方がない、俺が何をすればいいのかは分からない!
なってしまった草食系とはいえヴァンパイア人生、楽しくいろいろやってみようか!!
◇以前に別名で連載していた『草食系ヴァンパイアは何をしていいのかわからない!!』の再連載となります。この度、完結いたしました!!ありがとうございます!!評価・感想などまだまだおまちしています。ピクシブ、カクヨム、小説家になろうにも投稿しています◇
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
愛する夫が目の前で別の女性と恋に落ちました。
ましゅぺちーの
恋愛
伯爵令嬢のアンジェは公爵家の嫡男であるアランに嫁いだ。
子はなかなかできなかったが、それでも仲の良い夫婦だった。
――彼女が現れるまでは。
二人が結婚して五年を迎えた記念パーティーでアランは若く美しい令嬢と恋に落ちてしまう。
それからアランは変わり、何かと彼女のことを優先するようになり……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる