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9)シユエト <悪夢>
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「別に面白い話しでもない。複雑に入り組んだ話しでもない。とはいえ、有り触れた話しでもないが」
アンボメの心には穴が開いているのさ。シャカルは言った。
「アンボメは幼い頃から少し変わった少女だったらしい。神経質で頭が良くて、魔法に異常な興味を示していた。どこかから魔法言語の本を手に入れて、一人で勉強を始めた。しかし当然、彼女の親がそれを許すはずもない。彼女はいわゆる良家の子女だ。貴族の階級ではないが、親たちは教養もあり、信仰心も深い。そんな娘が魔族と戯れるような賤業、魔法使いになることを認めるわけがない。彼女はそんな親に反発して、家を出た。魔法の勉強のために街に来たのだ。しかしこうやって親に反発したから、彼女は神々に罰せられたのかもしれない」
シャカルはそう言って、あの何とも言えない不快な笑みを再び浮かべた。
「それまで両親に守られて、小さな町で生きていた彼女は、自分のその身体の値打ちを知らなかったのだろうな。あるいは、嫉妬深い女の恐ろしさも」
おぞましい話しになりそうね、とブランジュが小声で言って、眉をひそめる。
シユエトも存分に嫌な予感を覚えていた。しかし興味はそそられた。先を続けるように促す。
シャカルはその指図をまるで見ていなかったが、更に話しを続けた。
「そのとき彼女は十三歳だった。魔界を通して知り合った、魔法使いの老女に弟子入りして、それなりに充実した日々を送っていたようだ。自分に魔法の素質があったことを確信して、彼女は更に自惚れ始めていたようだ」
しかし突然、夜の濃い闇が、彼女に近づいてきた。
「彼女の師匠の魔法使い、そいつがなかなか嫉妬深い老女だった。アンボメの才能と若さを妬んだのさ。まあ、アンボメも生意気な女だったからね。遠慮や慎みなんてものを知らない。怒りに我を失った老女は、アンボメを地獄に突き落とした。アンボメを飢えた男たちの餌食にしたのさ。彼女は美しい。若過ぎるくらいだが、身体つきも悪くない。その男たちは愉しんだろうな」
「あなたはその中に居たの?」
ブランジュが切りつけるように声を上げた。
「何だって?」
ブランジュの言葉にシャカルが表情を変えた。
「彼女を襲った男たちの中に、あなたも居たのか聞いてるのよ」
「ダンテスク、俺はそのような無礼な質問に答えなければいけないのですか?」
シャカルはブランジュにではなく、ダンテスクに話しを振った。
――必要ない。話しを続けてくれ。
ブランジュへの怒りが再燃したようだ。シャカルはまたあの例の動作、肩で息をしながら、手を広げたり閉じたりする動作を繰り返す。それをしながらも、話しを再開した。
どこまで話しかな。頭のおかしい女に邪魔されて、話しの腰が折られたが。
「とにかく彼女は老女の悪辣な罠にはまり、男たちに襲われたのさ。いくら魔法の素養があるとはいえ、まだまだ駆け出しだ。身一つで街に出てきたから、宝石を所有していなかったのだろう。宝石を持たない魔法使いは魔法使いとは呼べない」
さっきの質問に答えるようで癪だが。俺はその現場を見たわけではないぜ。
「推測と伝聞によって話しているだけさ。しかし本質は間違っていないはずだ」
そう言って、シャカルは以下の話しを一気に語った。
生意気で、負けず嫌いで、高慢で、しかも魔法の才能を持て余すほどに持っていたアンボメは、彼女の師匠である魔法使いの老女から徐々に嫌われ始めていた。
しかし無神経で、他人の感情など気にしない彼女は、そのような態度を改めることはなかった。少しも謙虚になることなく、自分の才能の豊かさを見せ続けていたのである。
魔法使いは嫉妬深い生き物である。アンボメの存在そのものが、老女の人生を否定し続ける生きた証し。少なくとも老女にはそのように映っていた。
老女はアンボメを殺すことに決めた。しかし普通に殺しても気が晴れない。それで男たちの慰めものにすることにした。
ある家の屋根裏部屋に誘い込まれたアンボメは、待ち構えていた男たちに、次々と突き刺された。まだ硬く閉ざされていたアンボメの青白い身体に、穴が開く。
その穴は摩擦され、更に大きく深くなっていく。
身体に開いた穴は、そこだけに留まることなく、心にまで達する。
やがて数十人目の男が彼女の絶望の泉を掘り当てた。そこから激烈な感情が、動脈を流れる新鮮な血液のごとく、吹き上がるように溢れ出る。
ジメジメした屋根裏部屋の空気、数年分の埃の匂い、虫たちが蠢く気配、発情した男たちの汗と体液から立ち上がる湯気。
男たちが快楽に腰を動かし、歓喜の叫びを上げる中、その屈辱と痛みの現実から少しでも逃避しようと、アンボメは魔界の魔族と交信をはじめた。部屋に隅に転がっていた彼女の水晶玉が点滅する。
絶望や悲しみ、痛み、あらゆる負の感情は魔族たちの好物である。
魔族はこのような感情を持った魔法使いと親密になりたがる。そのとき、彼女の絶望に心惹かれた魔族の一人が、彼女の傍にやって来た。
その魔族は本当にとてつもない力を持った魔族だった。そのような浅い場所に、滅多に降りてこないレアなレベル。
才能があるとはいえ、まだまだ魔法言語に熟達していない彼女が、到底話し掛けることも出来ない程に上位。
――お前の深甚な絶望が、俺をここまで呼び寄せた。この俺と契約を結ばないか? お前はとてつもない魔法使いになれるぞ。
――とてつもない魔法使いになれたら、私はこいつらを全員殺せる?
アンボメが尋ねた。
――容易いことだ。
――それなら、喜んで。
――では、契約の証しに何を俺に譲り渡す?
――私の小指で。
――足りるわけがない。
――右目?
――駄目だ。
――だったら、どっちかの腕は?
――話しにならない。
――何なら満足するのよ?
――意識。これくらいでないと、この契約は見合わない。
――私は意識を失うの? そんな状態で生きているなんているのかしら・・・。
――俺が知ったことではない。嫌なのか?
――わからない。じゃあ、せめて一月に一度で良い。意識が戻る時間が欲しいわ。
――認めよう。一ヶ月に一度、お前の意識を返してやる。
――優しい魔族様で良かったわ。
――これで契約はなった。これから共に生きようぞ。
――ちょっと待って!
アンボメは慌てて声を張り上げて、自分の意識を奪おうと指を伸ばしてきた魔族を制した。
――私の意識を奪う前に、もう一つ頼みごとがあるの。
――聞こう。
――こいつらを殺したい。
――いいだろう、しばしの猶予をやろう。しかしお前は宝石を持っているのか?
――な、ないわ。この交信のために、最後の屑石も使っちゃった。
――宝石を持っていたとしても、まだまだ未熟な魔法使いのお前に、こいつらを殺せる魔法は?
――まだ覚えていない。
――ならば、無理だ。諦めろ。しかし生きていれば、いつか報復の機会もあるだろう。
アンボメの復讐への欲望は満たされないままであったが、彼女はその魔族とガルディアンの契約を結んだ。とてつもない魔力を持った魔族。彼女は一夜にして、上位の魔法の使い手になった。
しかしその屋根裏部屋で、男たちからの陵辱は依然として続く。まだまだ順番待ちをしている男たちの列は絶えず、一度は満足した男も再び列に並び直している。
その営みは一両日続いた。
痩せ細り、生気を失い、性的魅力も失い、ほとんど死体と変わらなくなったアンボメから、ようやく男たちは離れていき、それは終わった。
「しかしそのとき、その魔族と契約を結んだことにより、アンボメはとてつもない魔法の力を手に入れたのさ」
シャカルは自分のことを誇るかのように、自慢げに言う。
魔法使いは魔族とガルディアンの契約を結ばなければ、魔法を使うことは出来ない。
その魔族の力が巨大であるほど、使える魔法の力も巨大になる。
しかし魔族と契約を結ぶとき、契約の証しに何かを譲り渡さなければいけない場合がある。
相手の魔族の力が巨大であればあるほど、譲り渡さなければいけないものもそれに連れて大きくなる。
アンボメは契約の代償として、このガルディアンに譲り渡さなければいけなかったものが自らの意識だった。
彼女は契約と共に意識を失った。肉体は生きているが、彼女の意識はそこにはない。ただ食べて眠るだけの生き物と成り果ててしまった。
アンボメの明晰な表情から知性は消え、唇から涎が流れるままになった。
「誰かが彼女の面倒を看なければいけない。俺がそれを担ってやっている。いわば彼女の飼い主だよ。それが何を意味するかわかるか? 俺が彼女の魔力を自由に使えるということさ」
シャカルはそう言って、ヒヒと微笑んだ。
アンボメの心には穴が開いているのさ。シャカルは言った。
「アンボメは幼い頃から少し変わった少女だったらしい。神経質で頭が良くて、魔法に異常な興味を示していた。どこかから魔法言語の本を手に入れて、一人で勉強を始めた。しかし当然、彼女の親がそれを許すはずもない。彼女はいわゆる良家の子女だ。貴族の階級ではないが、親たちは教養もあり、信仰心も深い。そんな娘が魔族と戯れるような賤業、魔法使いになることを認めるわけがない。彼女はそんな親に反発して、家を出た。魔法の勉強のために街に来たのだ。しかしこうやって親に反発したから、彼女は神々に罰せられたのかもしれない」
シャカルはそう言って、あの何とも言えない不快な笑みを再び浮かべた。
「それまで両親に守られて、小さな町で生きていた彼女は、自分のその身体の値打ちを知らなかったのだろうな。あるいは、嫉妬深い女の恐ろしさも」
おぞましい話しになりそうね、とブランジュが小声で言って、眉をひそめる。
シユエトも存分に嫌な予感を覚えていた。しかし興味はそそられた。先を続けるように促す。
シャカルはその指図をまるで見ていなかったが、更に話しを続けた。
「そのとき彼女は十三歳だった。魔界を通して知り合った、魔法使いの老女に弟子入りして、それなりに充実した日々を送っていたようだ。自分に魔法の素質があったことを確信して、彼女は更に自惚れ始めていたようだ」
しかし突然、夜の濃い闇が、彼女に近づいてきた。
「彼女の師匠の魔法使い、そいつがなかなか嫉妬深い老女だった。アンボメの才能と若さを妬んだのさ。まあ、アンボメも生意気な女だったからね。遠慮や慎みなんてものを知らない。怒りに我を失った老女は、アンボメを地獄に突き落とした。アンボメを飢えた男たちの餌食にしたのさ。彼女は美しい。若過ぎるくらいだが、身体つきも悪くない。その男たちは愉しんだろうな」
「あなたはその中に居たの?」
ブランジュが切りつけるように声を上げた。
「何だって?」
ブランジュの言葉にシャカルが表情を変えた。
「彼女を襲った男たちの中に、あなたも居たのか聞いてるのよ」
「ダンテスク、俺はそのような無礼な質問に答えなければいけないのですか?」
シャカルはブランジュにではなく、ダンテスクに話しを振った。
――必要ない。話しを続けてくれ。
ブランジュへの怒りが再燃したようだ。シャカルはまたあの例の動作、肩で息をしながら、手を広げたり閉じたりする動作を繰り返す。それをしながらも、話しを再開した。
どこまで話しかな。頭のおかしい女に邪魔されて、話しの腰が折られたが。
「とにかく彼女は老女の悪辣な罠にはまり、男たちに襲われたのさ。いくら魔法の素養があるとはいえ、まだまだ駆け出しだ。身一つで街に出てきたから、宝石を所有していなかったのだろう。宝石を持たない魔法使いは魔法使いとは呼べない」
さっきの質問に答えるようで癪だが。俺はその現場を見たわけではないぜ。
「推測と伝聞によって話しているだけさ。しかし本質は間違っていないはずだ」
そう言って、シャカルは以下の話しを一気に語った。
生意気で、負けず嫌いで、高慢で、しかも魔法の才能を持て余すほどに持っていたアンボメは、彼女の師匠である魔法使いの老女から徐々に嫌われ始めていた。
しかし無神経で、他人の感情など気にしない彼女は、そのような態度を改めることはなかった。少しも謙虚になることなく、自分の才能の豊かさを見せ続けていたのである。
魔法使いは嫉妬深い生き物である。アンボメの存在そのものが、老女の人生を否定し続ける生きた証し。少なくとも老女にはそのように映っていた。
老女はアンボメを殺すことに決めた。しかし普通に殺しても気が晴れない。それで男たちの慰めものにすることにした。
ある家の屋根裏部屋に誘い込まれたアンボメは、待ち構えていた男たちに、次々と突き刺された。まだ硬く閉ざされていたアンボメの青白い身体に、穴が開く。
その穴は摩擦され、更に大きく深くなっていく。
身体に開いた穴は、そこだけに留まることなく、心にまで達する。
やがて数十人目の男が彼女の絶望の泉を掘り当てた。そこから激烈な感情が、動脈を流れる新鮮な血液のごとく、吹き上がるように溢れ出る。
ジメジメした屋根裏部屋の空気、数年分の埃の匂い、虫たちが蠢く気配、発情した男たちの汗と体液から立ち上がる湯気。
男たちが快楽に腰を動かし、歓喜の叫びを上げる中、その屈辱と痛みの現実から少しでも逃避しようと、アンボメは魔界の魔族と交信をはじめた。部屋に隅に転がっていた彼女の水晶玉が点滅する。
絶望や悲しみ、痛み、あらゆる負の感情は魔族たちの好物である。
魔族はこのような感情を持った魔法使いと親密になりたがる。そのとき、彼女の絶望に心惹かれた魔族の一人が、彼女の傍にやって来た。
その魔族は本当にとてつもない力を持った魔族だった。そのような浅い場所に、滅多に降りてこないレアなレベル。
才能があるとはいえ、まだまだ魔法言語に熟達していない彼女が、到底話し掛けることも出来ない程に上位。
――お前の深甚な絶望が、俺をここまで呼び寄せた。この俺と契約を結ばないか? お前はとてつもない魔法使いになれるぞ。
――とてつもない魔法使いになれたら、私はこいつらを全員殺せる?
アンボメが尋ねた。
――容易いことだ。
――それなら、喜んで。
――では、契約の証しに何を俺に譲り渡す?
――私の小指で。
――足りるわけがない。
――右目?
――駄目だ。
――だったら、どっちかの腕は?
――話しにならない。
――何なら満足するのよ?
――意識。これくらいでないと、この契約は見合わない。
――私は意識を失うの? そんな状態で生きているなんているのかしら・・・。
――俺が知ったことではない。嫌なのか?
――わからない。じゃあ、せめて一月に一度で良い。意識が戻る時間が欲しいわ。
――認めよう。一ヶ月に一度、お前の意識を返してやる。
――優しい魔族様で良かったわ。
――これで契約はなった。これから共に生きようぞ。
――ちょっと待って!
アンボメは慌てて声を張り上げて、自分の意識を奪おうと指を伸ばしてきた魔族を制した。
――私の意識を奪う前に、もう一つ頼みごとがあるの。
――聞こう。
――こいつらを殺したい。
――いいだろう、しばしの猶予をやろう。しかしお前は宝石を持っているのか?
――な、ないわ。この交信のために、最後の屑石も使っちゃった。
――宝石を持っていたとしても、まだまだ未熟な魔法使いのお前に、こいつらを殺せる魔法は?
――まだ覚えていない。
――ならば、無理だ。諦めろ。しかし生きていれば、いつか報復の機会もあるだろう。
アンボメの復讐への欲望は満たされないままであったが、彼女はその魔族とガルディアンの契約を結んだ。とてつもない魔力を持った魔族。彼女は一夜にして、上位の魔法の使い手になった。
しかしその屋根裏部屋で、男たちからの陵辱は依然として続く。まだまだ順番待ちをしている男たちの列は絶えず、一度は満足した男も再び列に並び直している。
その営みは一両日続いた。
痩せ細り、生気を失い、性的魅力も失い、ほとんど死体と変わらなくなったアンボメから、ようやく男たちは離れていき、それは終わった。
「しかしそのとき、その魔族と契約を結んだことにより、アンボメはとてつもない魔法の力を手に入れたのさ」
シャカルは自分のことを誇るかのように、自慢げに言う。
魔法使いは魔族とガルディアンの契約を結ばなければ、魔法を使うことは出来ない。
その魔族の力が巨大であるほど、使える魔法の力も巨大になる。
しかし魔族と契約を結ぶとき、契約の証しに何かを譲り渡さなければいけない場合がある。
相手の魔族の力が巨大であればあるほど、譲り渡さなければいけないものもそれに連れて大きくなる。
アンボメは契約の代償として、このガルディアンに譲り渡さなければいけなかったものが自らの意識だった。
彼女は契約と共に意識を失った。肉体は生きているが、彼女の意識はそこにはない。ただ食べて眠るだけの生き物と成り果ててしまった。
アンボメの明晰な表情から知性は消え、唇から涎が流れるままになった。
「誰かが彼女の面倒を看なければいけない。俺がそれを担ってやっている。いわば彼女の飼い主だよ。それが何を意味するかわかるか? 俺が彼女の魔力を自由に使えるということさ」
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