9 / 70
8)シユエト <会合>
しおりを挟む
――アンボメという魔法使いがいる。例えばそのコップ。そうだ、君の目の前にあるそれ、彼女はそれを爆発物に変えることが出来る。
昨日の会合でのダンテスクの会話を、シユエトは思い出していた。
――アンボメの魔法が、我々の奥の手だ。この女性と出会うことが出来たから、我々の雇い主はこの無謀な戦闘に打って出る決意を固めた。いや、アンボメがいれば、この戦いは決して無謀ではない。
「しかし物質を爆発物に変えるなど、ありきたりな魔法ではないか。以前から流通しているコードだ。俺だってその気になれば、明日から使うことが出来るぞ」
シユエトは反論した。シユエトでもなくても、普通の魔法使いならば、同じ感想を抱くに違いない。
――彼女の場合、その威力が半端ない。私がこれまで出会った魔法使いの中でも突出している。
「ありえない話しだ」
シユエトの隣でダンテスクの声を聞いていたデボシュも、異議ありといった感じでテーブルを叩く。
「そもそも、それほど強力な魔法使いを、簡単に雇うことが出来るとは思えない。そのレベルの魔法使いならば、塔の主にでもなれる。魔法審議会だってその実力を認めるはずだ。他人の戦いに参加するはずがないではないか。それとも、その女にだけ特別な報酬が支払われるのか?」
――報酬はそれぞれ実力に見合った分だけ払う。彼女が法外の報酬を手にしたとすれば、雇い主がその実力を認めたということ。それに関して我々が口を挟むのは筋が違うはず。誤解があればいけないので言っておくが、彼女に対して特別な報酬は支払いは発生しない。
「だったらどうして、これほどの魔法使いを雇うことが出来たのだ?」
――確かに彼女の魔法の威力はとんでもない。我々の想像を超えるものがあるようだ。しかし彼女には決定的に足りないものがある。知性だ。一人では食事も出来ないような状態らしい。彼女についてはシャカルが詳しい。
そう言って、ダンテスクは一人の男を紹介した。先程からテーブルの端に座り、暗い表情で酒の入ったコップを玩んでいるだけで、こっちの会話に参加しようとしなかった男。
(こいつはシャカルというのか)
華奢で小柄な男だ。典型的な魔法使いの黒いローブをまとっている。まるで手入れされていないのか、かなり薄汚れたローブだ。
怪我をしたのかもしれない。あるいは何かの病気なのだろうか。どうやら顔が少し変形しているようであった。
片目が潰れていて、唇も上下で位置が少しだけ違う。顔の肌はぼこぼこで、決して見ていて心地良い印象はなかった。
その異常な容貌のせいもあり、シユエトはこの部屋に着いてから、ずっとこの男のことが気にかかっていた。
(陰気な男だ。亡霊のようである。いや、腐りかけた死体のほうが近いか)
それくらいに不快な印象を覚えていたのだ。
その不快な印象は、その男の醜い相貌だけが原因ではない。シャカルという男の漂わせている雰囲気そのものが、シユエトにとって不快だった。
その男は先程から訳のわからないタイミングで笑ったりしている。それも嫌味たっぷりの苦笑いである。
このようなタイプの人間に、これまで何度か会ったことがあるとシユエトは思った。一種の嗜虐主義者に違いない。首切り役人や、拷問係、魔法使いの中にもこのような種類の人間がいる。人を痛めつけるために、魔法を取得した者だ。
(こいつと一緒に戦うのであれば、この参加を取り止めたい)
なぜなら、こんな男と同じ穴の狢だと思われたくないからだ。この男の存在によって、来るべき戦いそのものが、とてもレベルの低いものに思われてきた。
(我々はとてつもなく強力な力を持った、邪悪な魔法使いを退治するために選ばれたのではないのか? それは一種の聖戦のはず。しかしこれではまるで、ドブさらいの一味に選ばれたような気分だ)
シャカルに悪い印象を抱いているのは、シユエトだけではなかった。ブランジュはそっちを見るのも嫌そうにしていた。傭兵だから数々の野卑な男と過ごしてきたであろうデボシュも、シユエトと同意見のようである。
「この顔を直視したくないのであれば、布で顔を隠してやるよ。普段はこれをつけているんでね」
シユエトたちの視線に気づいたのか、シャカルはそう言って布で出来た襤褸袋を取り出して、それをおもむろに頭から被った。
「ほらな、これであんたたちが見たくない物がは目に入らなくなっただろ?」
しかし、それで何とも言えない不愉快さは消えない。すなわち彼の顔の醜さが、その不快さの原因ではないということかもしれない。
「別に、こんな物をかぶる必要はない」
シユエトは言った。しかしシャカルは肩をすくめただけで、もはや脱ごうとしない。
――シャカル。アンボメについて彼らに教えてやってくれないか。
彼らの間に漂い始めた緊張感に気づいたのか、ダンテスクが慌てた様子で口を挟んできた。
――もしかしたら彼女の魔法が、この勝利の行方を左右するかもしれないのだ。
「アンボメ?」
この部屋にそのような少女はいない。
そもそも明日の戦いに参加する全員がここに集っているわけではなかった。アルゴという男も、ルフェーブという男もいない。
しかしアンボメという女性がこの戦いを左右する程の者であるのなら、是非、会いたかったものだとシユエトは思った。
「アンボメも来る予定だったのさ。確かにアンボメの知能は赤子のレベルだ。ゴミのような女だよ、本当に。あいつがどれだけ馬鹿かってことを教えるためにも、ここに呼んでやろうと思っていたんだけどね。しかしアンボメは今、パーフェクト・リゾナンスを探しに行ってる」
「はあ?」
完全にその男の存在を無視しようと決心していた様子のブランジュだったが、シャカルの発した奇妙な単語に思わず飛びついた。
「な、何よ、それ」
「パーフェクト・リゾナンスだよ。訳がわからないだろ? 俺も訳がわからないよ。しかしあの女は本当に訳がわからないんだ。しかも、ときおり俺の前から消える。すぐに帰ってくることもある。二、三日帰ってこないこともある。俺の躾がまだまだ足りないのかもしれない。もっとお仕置きが必要だよ。わかってるよ、ダンテスクさん。本番の戦いのときにいなくならないよう、縄で縛るか、釘で壁に打ち付けるかしておくよ。と言っても、今日がもう戦いの前日じゃないか。あいつは帰ってくるのかな」
シャカルは他人事のようにそう言って、ヒッヒッヒと笑い声を出す。
――この会合が終われば、全力で探してくれ。
「探します。でも大丈夫ですよ。近くにいる予感がする。多分、今頃どこかの乱暴な男の性器を、舐めさせられているかしてるでしょ。出来るだけ不潔な格好をさせているんだけど、アンボメは綺麗な女の部類に入る。男たちは白痴のアンボメを放っておかない」
「な、何の話しをしてるのよ・・・」
ブランジュが心の底から不快そうに言った。
「アンボメは今頃、誰かの汚いイチモツをしゃぶってるかもしれないって言ってるんだよ! おい、このくそアマ! 何だよ、さっきからその口の聞き方は! え?」
シャカルは突然、激昂し始めた。さっきまでも愛でるように玩んでいたコップを壁に放り投げて、今にもブランジュに殴りかからんばかりになった。
デボシュが慌てて間に割ってはいる。エクリパンも面倒そうに立ち上がる。シユエトも身構えた。
魔法使いは一目見ただけで、ある程度、相手のレベルを見抜くことが出来る。シャカルがどれだけの魔法使いなのか完全な判断を下せるわけではないが、自分よりは下だとシユエトは見做していた。恐れるに足らないレベル。
しかしその感情の豹変振りには、背筋をゾッとさせる何かがある。
「な、何よ、やる気? こっちだって、あなたの口の利き方が気に入らないのよ!」
突然激昂したシャカルに一瞬たじろいだようであったが、ブランジュも負けん気は強いようだ。あるいは彼女も、シャカルの魔法の力を下に見たのかもしれない。
「知るかよ、糞女! どっちが上の人間か教えてやろうか? え?」
「私が上よ。あなたの存在を一瞬で消すことが出来るわ」
――やめるんだ、ブランジュ、シャカル。君たちを争わせるために、ここに集めたわけじゃない。仲良くしろとは言わないが、醜い争いは止めてくれ。
ダンテスクの鋭い叱責の言葉に、シャカルは怒りをとりあえず鞘に納めることに決めたようだ。
しかし簡単にそれは収まらないらしく、彼はしばらく肩で息をしながらブランジュを睨み続けていた。
いや、襤褸袋を頭から被っているから、その目線が見えるわけではない。しかし依然として顔をブランジュのほうに向けたままなので、彼が睨んでいることは確かだろう。
拳を握り締めたり、力を抜いたりを繰り返してもいる。どうにかして感情をコントロールしようとしているのかもしれない。しかしシャカルにとって、それは困難なことのようだ。
どう考えても、共に戦いたくない相手だとシユエトは改めて思った。怒りっぽくて、精神が不安定で、プライドは高い。
しかも彼は魔法使いなのである。
シユエトは、シャカルをもっと挑発して、彼を怒らせ、何か取り返しのつかないことをさせて、このグループから追い出そうかと考えた。
実際、彼と戦うことになれば、誰か大きな怪我をするかもしれない。身を守るために、シャカルを殺さざるを得ないかもしれない。しかしそのような事態になったとしても、これ以上こいつと関わりたくない。
横目でブランジュという女性を見る。彼女はやる気だろう。シユエトの味方に立ってくれるのは間違いない。むしろ彼女のほうが、シャカルに対する怒りと嫌悪感は大きい。
エクリパンはよくわからない。何を考えているのか、イマイチ掴めない男だ。
しかしもう一人、デボシュという男は駄目だ。こちらの意図を受け取れずに、張り切って仲裁に入って来る可能性がある。そうなると厄介だ。誰かが大怪我を負うリスクが更に高くなる。
(それでもやるべきだ。シャカルを潰しておこう)
シユエトはそう決心しかけた。さりげなく懐の中の宝石を探り、攻撃の準備を整える。
しかしその途端、シャカルがブランジュを睨みつけるのをやめた。それどころか、彼らに向かって媚びるような笑みさえ浮かべた。その醜い口元だけ、襤褸袋から僅かに見える。
もしかしたらシユエトの意図を機敏に察したのかもしれない。今、戦いになれば到底勝ち目はないものと判断したのか。シャカルは慌てて怒りを納めたようだ。
(ならば良しとするべきか。奴は俺には歯向かえないということを態度で示したのだから)
シユエトは決断を見送った。この決断が良かったとは思えないが、戦いにならなかったことにホッとしている自分もいる。
――さっさとアンボメの話しを始めてくれ。
ダンテスクのその言葉も手伝って、更にその場の空気の流れが変わった。
「わ、わかりましたよ。アンボメについて教えましょう」
シャカルの声が上ずっている。彼はまだ心の中で怒りと格闘しているのだろう。しかし何とか平静を保った振りをして、その話しを始めた。
昨日の会合でのダンテスクの会話を、シユエトは思い出していた。
――アンボメの魔法が、我々の奥の手だ。この女性と出会うことが出来たから、我々の雇い主はこの無謀な戦闘に打って出る決意を固めた。いや、アンボメがいれば、この戦いは決して無謀ではない。
「しかし物質を爆発物に変えるなど、ありきたりな魔法ではないか。以前から流通しているコードだ。俺だってその気になれば、明日から使うことが出来るぞ」
シユエトは反論した。シユエトでもなくても、普通の魔法使いならば、同じ感想を抱くに違いない。
――彼女の場合、その威力が半端ない。私がこれまで出会った魔法使いの中でも突出している。
「ありえない話しだ」
シユエトの隣でダンテスクの声を聞いていたデボシュも、異議ありといった感じでテーブルを叩く。
「そもそも、それほど強力な魔法使いを、簡単に雇うことが出来るとは思えない。そのレベルの魔法使いならば、塔の主にでもなれる。魔法審議会だってその実力を認めるはずだ。他人の戦いに参加するはずがないではないか。それとも、その女にだけ特別な報酬が支払われるのか?」
――報酬はそれぞれ実力に見合った分だけ払う。彼女が法外の報酬を手にしたとすれば、雇い主がその実力を認めたということ。それに関して我々が口を挟むのは筋が違うはず。誤解があればいけないので言っておくが、彼女に対して特別な報酬は支払いは発生しない。
「だったらどうして、これほどの魔法使いを雇うことが出来たのだ?」
――確かに彼女の魔法の威力はとんでもない。我々の想像を超えるものがあるようだ。しかし彼女には決定的に足りないものがある。知性だ。一人では食事も出来ないような状態らしい。彼女についてはシャカルが詳しい。
そう言って、ダンテスクは一人の男を紹介した。先程からテーブルの端に座り、暗い表情で酒の入ったコップを玩んでいるだけで、こっちの会話に参加しようとしなかった男。
(こいつはシャカルというのか)
華奢で小柄な男だ。典型的な魔法使いの黒いローブをまとっている。まるで手入れされていないのか、かなり薄汚れたローブだ。
怪我をしたのかもしれない。あるいは何かの病気なのだろうか。どうやら顔が少し変形しているようであった。
片目が潰れていて、唇も上下で位置が少しだけ違う。顔の肌はぼこぼこで、決して見ていて心地良い印象はなかった。
その異常な容貌のせいもあり、シユエトはこの部屋に着いてから、ずっとこの男のことが気にかかっていた。
(陰気な男だ。亡霊のようである。いや、腐りかけた死体のほうが近いか)
それくらいに不快な印象を覚えていたのだ。
その不快な印象は、その男の醜い相貌だけが原因ではない。シャカルという男の漂わせている雰囲気そのものが、シユエトにとって不快だった。
その男は先程から訳のわからないタイミングで笑ったりしている。それも嫌味たっぷりの苦笑いである。
このようなタイプの人間に、これまで何度か会ったことがあるとシユエトは思った。一種の嗜虐主義者に違いない。首切り役人や、拷問係、魔法使いの中にもこのような種類の人間がいる。人を痛めつけるために、魔法を取得した者だ。
(こいつと一緒に戦うのであれば、この参加を取り止めたい)
なぜなら、こんな男と同じ穴の狢だと思われたくないからだ。この男の存在によって、来るべき戦いそのものが、とてもレベルの低いものに思われてきた。
(我々はとてつもなく強力な力を持った、邪悪な魔法使いを退治するために選ばれたのではないのか? それは一種の聖戦のはず。しかしこれではまるで、ドブさらいの一味に選ばれたような気分だ)
シャカルに悪い印象を抱いているのは、シユエトだけではなかった。ブランジュはそっちを見るのも嫌そうにしていた。傭兵だから数々の野卑な男と過ごしてきたであろうデボシュも、シユエトと同意見のようである。
「この顔を直視したくないのであれば、布で顔を隠してやるよ。普段はこれをつけているんでね」
シユエトたちの視線に気づいたのか、シャカルはそう言って布で出来た襤褸袋を取り出して、それをおもむろに頭から被った。
「ほらな、これであんたたちが見たくない物がは目に入らなくなっただろ?」
しかし、それで何とも言えない不愉快さは消えない。すなわち彼の顔の醜さが、その不快さの原因ではないということかもしれない。
「別に、こんな物をかぶる必要はない」
シユエトは言った。しかしシャカルは肩をすくめただけで、もはや脱ごうとしない。
――シャカル。アンボメについて彼らに教えてやってくれないか。
彼らの間に漂い始めた緊張感に気づいたのか、ダンテスクが慌てた様子で口を挟んできた。
――もしかしたら彼女の魔法が、この勝利の行方を左右するかもしれないのだ。
「アンボメ?」
この部屋にそのような少女はいない。
そもそも明日の戦いに参加する全員がここに集っているわけではなかった。アルゴという男も、ルフェーブという男もいない。
しかしアンボメという女性がこの戦いを左右する程の者であるのなら、是非、会いたかったものだとシユエトは思った。
「アンボメも来る予定だったのさ。確かにアンボメの知能は赤子のレベルだ。ゴミのような女だよ、本当に。あいつがどれだけ馬鹿かってことを教えるためにも、ここに呼んでやろうと思っていたんだけどね。しかしアンボメは今、パーフェクト・リゾナンスを探しに行ってる」
「はあ?」
完全にその男の存在を無視しようと決心していた様子のブランジュだったが、シャカルの発した奇妙な単語に思わず飛びついた。
「な、何よ、それ」
「パーフェクト・リゾナンスだよ。訳がわからないだろ? 俺も訳がわからないよ。しかしあの女は本当に訳がわからないんだ。しかも、ときおり俺の前から消える。すぐに帰ってくることもある。二、三日帰ってこないこともある。俺の躾がまだまだ足りないのかもしれない。もっとお仕置きが必要だよ。わかってるよ、ダンテスクさん。本番の戦いのときにいなくならないよう、縄で縛るか、釘で壁に打ち付けるかしておくよ。と言っても、今日がもう戦いの前日じゃないか。あいつは帰ってくるのかな」
シャカルは他人事のようにそう言って、ヒッヒッヒと笑い声を出す。
――この会合が終われば、全力で探してくれ。
「探します。でも大丈夫ですよ。近くにいる予感がする。多分、今頃どこかの乱暴な男の性器を、舐めさせられているかしてるでしょ。出来るだけ不潔な格好をさせているんだけど、アンボメは綺麗な女の部類に入る。男たちは白痴のアンボメを放っておかない」
「な、何の話しをしてるのよ・・・」
ブランジュが心の底から不快そうに言った。
「アンボメは今頃、誰かの汚いイチモツをしゃぶってるかもしれないって言ってるんだよ! おい、このくそアマ! 何だよ、さっきからその口の聞き方は! え?」
シャカルは突然、激昂し始めた。さっきまでも愛でるように玩んでいたコップを壁に放り投げて、今にもブランジュに殴りかからんばかりになった。
デボシュが慌てて間に割ってはいる。エクリパンも面倒そうに立ち上がる。シユエトも身構えた。
魔法使いは一目見ただけで、ある程度、相手のレベルを見抜くことが出来る。シャカルがどれだけの魔法使いなのか完全な判断を下せるわけではないが、自分よりは下だとシユエトは見做していた。恐れるに足らないレベル。
しかしその感情の豹変振りには、背筋をゾッとさせる何かがある。
「な、何よ、やる気? こっちだって、あなたの口の利き方が気に入らないのよ!」
突然激昂したシャカルに一瞬たじろいだようであったが、ブランジュも負けん気は強いようだ。あるいは彼女も、シャカルの魔法の力を下に見たのかもしれない。
「知るかよ、糞女! どっちが上の人間か教えてやろうか? え?」
「私が上よ。あなたの存在を一瞬で消すことが出来るわ」
――やめるんだ、ブランジュ、シャカル。君たちを争わせるために、ここに集めたわけじゃない。仲良くしろとは言わないが、醜い争いは止めてくれ。
ダンテスクの鋭い叱責の言葉に、シャカルは怒りをとりあえず鞘に納めることに決めたようだ。
しかし簡単にそれは収まらないらしく、彼はしばらく肩で息をしながらブランジュを睨み続けていた。
いや、襤褸袋を頭から被っているから、その目線が見えるわけではない。しかし依然として顔をブランジュのほうに向けたままなので、彼が睨んでいることは確かだろう。
拳を握り締めたり、力を抜いたりを繰り返してもいる。どうにかして感情をコントロールしようとしているのかもしれない。しかしシャカルにとって、それは困難なことのようだ。
どう考えても、共に戦いたくない相手だとシユエトは改めて思った。怒りっぽくて、精神が不安定で、プライドは高い。
しかも彼は魔法使いなのである。
シユエトは、シャカルをもっと挑発して、彼を怒らせ、何か取り返しのつかないことをさせて、このグループから追い出そうかと考えた。
実際、彼と戦うことになれば、誰か大きな怪我をするかもしれない。身を守るために、シャカルを殺さざるを得ないかもしれない。しかしそのような事態になったとしても、これ以上こいつと関わりたくない。
横目でブランジュという女性を見る。彼女はやる気だろう。シユエトの味方に立ってくれるのは間違いない。むしろ彼女のほうが、シャカルに対する怒りと嫌悪感は大きい。
エクリパンはよくわからない。何を考えているのか、イマイチ掴めない男だ。
しかしもう一人、デボシュという男は駄目だ。こちらの意図を受け取れずに、張り切って仲裁に入って来る可能性がある。そうなると厄介だ。誰かが大怪我を負うリスクが更に高くなる。
(それでもやるべきだ。シャカルを潰しておこう)
シユエトはそう決心しかけた。さりげなく懐の中の宝石を探り、攻撃の準備を整える。
しかしその途端、シャカルがブランジュを睨みつけるのをやめた。それどころか、彼らに向かって媚びるような笑みさえ浮かべた。その醜い口元だけ、襤褸袋から僅かに見える。
もしかしたらシユエトの意図を機敏に察したのかもしれない。今、戦いになれば到底勝ち目はないものと判断したのか。シャカルは慌てて怒りを納めたようだ。
(ならば良しとするべきか。奴は俺には歯向かえないということを態度で示したのだから)
シユエトは決断を見送った。この決断が良かったとは思えないが、戦いにならなかったことにホッとしている自分もいる。
――さっさとアンボメの話しを始めてくれ。
ダンテスクのその言葉も手伝って、更にその場の空気の流れが変わった。
「わ、わかりましたよ。アンボメについて教えましょう」
シャカルの声が上ずっている。彼はまだ心の中で怒りと格闘しているのだろう。しかし何とか平静を保った振りをして、その話しを始めた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!
ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。
ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!?
「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」
理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。
これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
ダンジョンに行くことができるようになったが、職業が強すぎた
ひまなひと
ファンタジー
主人公がダンジョンに潜り、ステータスを強化し、強くなることを目指す物語である。
今の所、170話近くあります。
(修正していないものは1600です)
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
アルフレッドは平穏に過ごしたい 〜追放されたけど謎のスキル【合成】で生き抜く〜
芍薬甘草湯
ファンタジー
アルフレッドは貴族の令息であったが天から与えられたスキルと家風の違いで追放される。平民となり冒険者となったが、生活するために竜騎士隊でアルバイトをすることに。
ふとした事でスキルが発動。
使えないスキルではない事に気付いたアルフレッドは様々なものを合成しながら密かに活躍していく。
⭐︎注意⭐︎
女性が多く出てくるため、ハーレム要素がほんの少しあります。特に苦手な方はご遠慮ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる