邪悪な魔法使いを殺すため、戦いに参加した九人の魔法使い

ロキ

文字の大きさ
29 / 70

28)アルゴ <指令2>

しおりを挟む
 その日、ついに「そのような質問に答えるくらいならば死んだほうがマシ」と受け取れる類の返事を女の子は返してきたので、どうやらアルゴの最初の任務は完了したようであった。

――アルゴ、よくやった。君は大きな仕事をやり遂げた。

 ダンテスクがそう言ってくる。この程度で大きな仕事というのは言い過ぎに決まっているが、こうやって健闘を称えられて悪い気持ちはしない。

 とにかく仕事が終わったことは事実だ。
 本番の戦いはまだ先なので、それまでの間、魔法の訓練に打ち込もうとアルゴは考える。今の実力では、仲間の役に立ちそうにない。

 そのための計画が、彼にはあった。
 いくつかの戦闘に参加するのだ。一度の戦いの経験もないまま、このような大規模な戦闘に参加するのは、どう考えても無茶である。
 報酬は低いが、リスクの低い戦闘の仕事というものが存在する。それをいくつかこなして、場慣れしておくのである。
 もしかしたらそのとき、初めて人を殺すこともあるかもしれない。逆にアルゴが傷を負うこともあるかもしれない。しかしそれはとても貴重な経験になるであろう。

――ではもう一つ、重要な仕事を任せたい。敵の魔法使いに会いに行ってもらいたいのだ。

 しかしダンテスクの言葉を聞いて、アルゴのその計画は吹き飛んでしまった。

 「な、何だって?」

――敵の魔法使いのゲシュタルトも、解析しておかなければ意味がない。彼女を操っただけでは、この作戦は成功しないんだ。君には申し訳ないが、直接、我々の標的となる敵の魔法使いに会って来て欲しい。

 「ちょっと待ってくれよ!」

 アルゴが文句を言おうとする前に、ダンテスクが返してきた。

――君に危険が及ぶことはない。敵の魔法使いだって、それほど凶暴ではない。近づいてくる魔法使い全てを殺すはずがない。まして君は奴にその身分を明かすことはない。正体を偽って、彼に会えばいいのだ。ただ我々のために有用な情報を入手してもらいたいだけ。

 「有用な情報とは?」

 言いたいことは他に色々とあったが、アルゴは冷静を装って尋ねた。

――敵の魔法使いのゲシュタルトを正確に、かつ深いところまで読むためには、さっきの女の子のように上手く誘導して、幾つかの言葉を言わせて欲しい。そうやってチューニングを合わせる。

 「チューニング?」

 ダンテスクと話していると、よくわからない言葉が頻出する。

――敵の魔法使いのゲシュタルトを正確に読むための作業の一つだ。

 「わかった。それはよく理解した。それにダンテスク、あんたの魔法は本当に特別だと思う。しかし、どうして俺なんだ? あんたが直接、その魔法使いに会いに行けばいいではないか? それともこのような危険な仕事は、遣いの者にやらせておくという発想なのか」

――その街まで遠い。それに俺には、自由に動き回る時間も余裕もない。

 「あんたは優秀な魔法使いだ。あんたが忙しいのも理解した。しかしそれも仕事の一部ではないか?」

――怖がることはないんだ、アルゴ。君に危険が及ぶことは絶対にない。

 「別に怖がってはいないさ。ただ単に、あんたが直接赴けばいいのではないか、そう考えているだけだよ!」

――冷静に考えるんだ。敵の魔法使いだってその街で普通に生活している。彼も依頼人と会い、仕事を請け負っているのだ。彼と会うこと自体、何の危険もない。

 「だから、それほど簡単な仕事ならば、あんたが行けばいいではないかと俺は言ってるのさ!」

――敵のゲシュタルトを正確に読むことが出来れば、もしかすれば直接戦わずして勝てる可能性も生じる。俺の魔法で、奴の息の根を止められるのだ。そうなれば、君と俺の手柄になる。他に七人の魔法使いが参加する予定だが、我々二人でその手柄を独占出来るかもしれない。君は一夜にして大富豪になるぞ。

 (俺の質問に答えずして、利で説得するつもりか)

 「わかった」

 わかったよ、ダンテスクさん。またもや、俺は彼に呆気なく説得されてしまったようだ。
 アルゴは溜息混じりであるが、そう返事した。これ以上、ダンテスクに抵抗をしても時間の無駄だろう。いずれにしろ、彼からの依頼を断ることは出来ないのだ。

 それに実際のところ、最初に思ったほど危険な任務でもないような気もする。
ただ会うだけではないか。彼が実はその魔法使いの命を狙っているなんてこと、相手に察知されるはずがない。
 アルゴにも好奇心がある。敵の魔法使いという男に、会ってみたくもあった。
九人もの魔法使いが束となって、その男を殺そうというのだ。いったいどれだけの魔法使いなのだろうか? 何だかその男に会うのが楽しみになってきた。

――どのようにしてその敵の魔法使いに近づくか、計画は用意してある。君にはそれに従ってもらうだけだ。

 ダンテスクが続けてきた。

 「では、その計画を聞かせて欲しい」

――その魔法使いにも弱点がある。とても大きな弱点が。彼には頭痛という持病があるようなのだ。彼はそれを緩和するため、様々な薬草を取り寄せている。彼のため、薬を用立てている医師を突き止めた。君はその医師の助手として、しばらくそこで働いて欲しい。いずれ、その魔法使いは薬のため、その医師の許にやってくるだろう。そのとき医師に代わって、君がその応対をするのだ。怪しまれないため、それなりに薬の知識や技術を学ぶ必要があるかもしれない。

 「わかった」

 その話しを聞いて、アルゴは更に安心を深めた。このやり方ならば、敵の魔法使いに怪しまれることはないはずだ。
 しかしこれでアルゴが立てた計画が潰えたことは確実。戦いの経験を深めるために、他の戦闘に参加する時間はなくなっただろう。

――その医師の心を操り、君を助手として採用したくなるように仕向ける。明日一日、休養をやる。しかし次の日、すぐに現地に向かってもらう。後の指示は、その度に出すつもりだ。そのイヤーカフは外さないように願う。

 「了解している」

 (薬草か)

 幸いにもアルゴは健康で、何一つ持病もない。これまで薬草のお世話になったことはなかった。
 とはいえ、新しい知識を吸収するのは嫌いじゃない。むしろアルゴは、魔法使いのような仄暗い職業よりも、医師のような堅実な職業のほうが似合っていたかもしれない。性格、容姿とも、そちらのほうに向いている気がする。

 アルゴは医師という職業に思いを馳せながら、そのとき、ふと思いついたことがあった。

――なあ、ダンテスク、彼の薬を調達する立場にあるのならば、そこに毒を混ぜることも可能ではないだろうか? 

 毒殺である。アルゴの頭にそのようなアイデアがはひらめいたのだ。
 古来より、毒殺されたという魔法使いの話しはあまり聞かないが、毒殺された王や騎士は数え切れないほどにいる。毒が有効であることは事実だ。

 (何という冴えたアイデアだろうか。これなら何一つ、危険を冒すことなく、巨大な敵を殺すことが出来るではないか!)

 しかしアルゴの興奮が愚かしく思えるほど、ダンテスクはとても冷静な口調で返してきた。

――我々ももちろん、まずその可能性について考えた。しかし無理であろう、敵も用心深い。奴にもかなりの薬の知識があると判断していい。この医師が用意するのは原材料までだ。調合は自ら行っているらしいのだ。それにそれがばれたとき、君の死が確定する。危険な任務となるのだぞ。

 (ああ、そうか・・・)

 それは当然のことかもしれない。それなりに高名な魔法使いならば、これまで多くの人間を殺してきたはずだし、多くの恨みを買ってきたに違いない。
 それでも生き残っているということは、それだけ用心深いからだ。そのような相手に毒殺など通用するはずがない。

 そもそも自分には、毒殺など性に合わない。
 敵の用心深さについてまるで考慮せず、毒殺などという暗殺法を提案した間抜けさだけではなく、そのような卑怯な作戦を思いついたことまでも恥ずかしくなった。

 (そして思わずそんなアイデアにはしゃいでしまったことも。またもや、ダンテスクに馬鹿にされたかもしれない)

――それでは作戦の成功を願っている。連絡はまた明日後日する。

 ダンテスクはこれまでと変わらない口調でそう言ってくるが、アルゴはそれを冷静に聞いていられなかった。

 (このまま馬鹿にされたままでは悲し過ぎる。絶対にこの任務を成功させてやる)

 彼はこんなふうに、決意を新たにする。

 (そしてダンテスクを見返したい。この任務を成功させれば、俺への評価は一変するはずだから)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!

ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。 ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!? 「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」 理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。 これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

ダンジョンに行くことができるようになったが、職業が強すぎた

ひまなひと
ファンタジー
主人公がダンジョンに潜り、ステータスを強化し、強くなることを目指す物語である。 今の所、170話近くあります。 (修正していないものは1600です)

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

アルフレッドは平穏に過ごしたい 〜追放されたけど謎のスキル【合成】で生き抜く〜

芍薬甘草湯
ファンタジー
アルフレッドは貴族の令息であったが天から与えられたスキルと家風の違いで追放される。平民となり冒険者となったが、生活するために竜騎士隊でアルバイトをすることに。 ふとした事でスキルが発動。  使えないスキルではない事に気付いたアルフレッドは様々なものを合成しながら密かに活躍していく。 ⭐︎注意⭐︎ 女性が多く出てくるため、ハーレム要素がほんの少しあります。特に苦手な方はご遠慮ください。

処理中です...