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シーズン2 私の邪悪な魔法使いの友人の弟子
第八章 5)アリューシアの章
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この唐突な激変は、現実感を欠いている。
アリューシアは確かな現実を探そうとして、太陽を見てみた。しかしその沈みかけた太陽も、誰かの描いた落書きのようにしか見えない。大地も空も、偽りのよう。
しかし、著しく現実感を欠いたままであったが、何が起きようとしているのかは理解していた。
――何を驚いているんだ? ようやく興味を示してやったんだ。泣いて喜べよ。
声がするのは水晶玉のほうからではない。アリューシアの腰に吊るした革袋。そこに入っている魔法の器具からだ。水晶玉は音声を発することは出来ない。その声は違う魔法の器具から聞こえる。
しかし声を発している相手は、水晶玉の中にいるはず。
あの魔族。薄い緑色のぼんやりとした光。ずっと冷淡に、アリューシアを無視し続けた相手が今、彼女に向かって語り掛けてきているのだ。
「う、嘘でしょ?」
アリューシアは革袋を開けて、その器具を取り出す。これを耳に装着すると、魔族の声がもっと鮮明に聞こえてくるはずだ。
――嘘が聞こえるだろ? まるで現実のように。
「聞こえるわ。私の声も聞こえるの?」
――聞こえるぜ。聞こえていたというのが正確なところだな。
(私は今、あの魔族と喋っている。意思のやり取りをしている)
それなりにレベルの高い魔族とは、こうやって日常の言葉で意思疎通が出来る。
これまで彼女が契約していた魔族とは不可能だった。魔法の言語を使っての筆談でのみ、意思疎通が可能だった。しかしこの魔族は人のよう。それ以上の知性。つまり、この魔族のレベルがとんでもなく高いということの動かざる証明。
信じられない。
アリューシアは現実を確かめるように、再び辺りを見回す。やはり、これが現実だと示す確証のようなものなんてどこにも見当たらない。彼女は夢の中かもしれないこの大地を歩いて、水晶玉に恐る恐る近づく。
「これは夢なの、現実なの?」
――その中間、夢と現実が共存するところ。
「い、意味がわからない。いきなり、どうしてよ?」
――契約してやってもいい。そう言っているんだぜ、俺は。
「ほ、本当に?」
――本当に。偽りに。どちらであろうが、お前次第でこの契約は決まるな。
これは現実だ。今、アリューシアはそれを確信した。水晶玉を地面に向かって叩きつけたとき、跳ね返った泥が口の中に入っていたようだ。ジャリリとその感覚を舌で感じたのだ。
(ついに叶ったの?)
特に嬉しくない。砂の味しかしない。
(だけど、これでプラーヌス様は私を弟子として認めてくれる?)
死にたいくらいに手に入れたかったものが、今、自分の手の中に転がり込もうとしている。本当なら頭がおかしくなるくらいに興奮しそうなものであるが、アリューシアはそれほどに喜んではいない。ただ驚いているだけ。
「じゃあ、契約しましょうよ」
アリューシアは淡々とした口調で言う。
――契約の証しに、お前から貰わなければいけないものがある。
「ああ、そうね。何が欲しいのよ?」
アリューシアも当然知っている。魔族との契約を結ぶに当たって、署名のようなものが必要なことを。
全てが代償の数式で出来上がっている。それが魔法というものだ。片方に乗せられた秤の、こちら側が「契約」だとすれば、もう一方に、それと釣り合うだけの重みを載せなければいけないわけだ。
上位の魔族ほど要求してくるものは大きい。右手が欲しいと要求されれば、右手は動かなくなってしまう。
自ら切り取って与える必要はなく、痛みもないが、その契約の期間、自分の意志では動かない。魔族は感覚を奪ってくるのだ。
舌が欲しいといわれれば、もう何も味わうことが出来なくなる。痛みを要求されれば、痛みに苦しむことになる。プラーヌスが契約の代償で、激甚な頭痛に苦しんでいることを彼女は知っている。
果たして、この魔族はアリューシアから何を奪うのだろうか。
――『満足』と呼べばいいのだろうか。満ち足りること。確かな大地。確実な現実。どう呼べば、お前に伝わるか知らない。俺にとって、そんなことは知ったことではない。とにかく奪うぜ。
「え? ちょっと待って、何よ、それ。よくわからないものを奪われるのなんて嫌だわ。『満足』ですって?」
――奪われてみれば、嫌でもわかるだろう。お前は永遠に満ち足りることなく、遥かなるものを渇望し続け、夢の中で生き続ける。
「満ち足りることなく、ずっと夢を求め続ける? それって、これまでの私じゃない?」
契約のサインとしては、取るに足らないものだ。こんなものを失ったからといって、別に痛くもない。アリューシアはホッと胸を撫で下ろしたくなる。
――いや、しかしこれが永遠に続くんだぜ。
それが永遠に続く・・・。
――もう忘れたのかこの数日の苦しみを?
プラーヌスに認めてもらうため、この数日、全てを投げ打って、彼女はそれにだけ打ち込んできた。迫りくる時間を前にしての焦燥感と、どうやっても叶いそうにない絶望感。心が落ち着いた瞬間は少しもなかった。
(なるほど、あれが永遠に続くのか。それは苦しい人生かもしれない。でもいいわ。もう勝手にして!)
アリューシアは確かな現実を探そうとして、太陽を見てみた。しかしその沈みかけた太陽も、誰かの描いた落書きのようにしか見えない。大地も空も、偽りのよう。
しかし、著しく現実感を欠いたままであったが、何が起きようとしているのかは理解していた。
――何を驚いているんだ? ようやく興味を示してやったんだ。泣いて喜べよ。
声がするのは水晶玉のほうからではない。アリューシアの腰に吊るした革袋。そこに入っている魔法の器具からだ。水晶玉は音声を発することは出来ない。その声は違う魔法の器具から聞こえる。
しかし声を発している相手は、水晶玉の中にいるはず。
あの魔族。薄い緑色のぼんやりとした光。ずっと冷淡に、アリューシアを無視し続けた相手が今、彼女に向かって語り掛けてきているのだ。
「う、嘘でしょ?」
アリューシアは革袋を開けて、その器具を取り出す。これを耳に装着すると、魔族の声がもっと鮮明に聞こえてくるはずだ。
――嘘が聞こえるだろ? まるで現実のように。
「聞こえるわ。私の声も聞こえるの?」
――聞こえるぜ。聞こえていたというのが正確なところだな。
(私は今、あの魔族と喋っている。意思のやり取りをしている)
それなりにレベルの高い魔族とは、こうやって日常の言葉で意思疎通が出来る。
これまで彼女が契約していた魔族とは不可能だった。魔法の言語を使っての筆談でのみ、意思疎通が可能だった。しかしこの魔族は人のよう。それ以上の知性。つまり、この魔族のレベルがとんでもなく高いということの動かざる証明。
信じられない。
アリューシアは現実を確かめるように、再び辺りを見回す。やはり、これが現実だと示す確証のようなものなんてどこにも見当たらない。彼女は夢の中かもしれないこの大地を歩いて、水晶玉に恐る恐る近づく。
「これは夢なの、現実なの?」
――その中間、夢と現実が共存するところ。
「い、意味がわからない。いきなり、どうしてよ?」
――契約してやってもいい。そう言っているんだぜ、俺は。
「ほ、本当に?」
――本当に。偽りに。どちらであろうが、お前次第でこの契約は決まるな。
これは現実だ。今、アリューシアはそれを確信した。水晶玉を地面に向かって叩きつけたとき、跳ね返った泥が口の中に入っていたようだ。ジャリリとその感覚を舌で感じたのだ。
(ついに叶ったの?)
特に嬉しくない。砂の味しかしない。
(だけど、これでプラーヌス様は私を弟子として認めてくれる?)
死にたいくらいに手に入れたかったものが、今、自分の手の中に転がり込もうとしている。本当なら頭がおかしくなるくらいに興奮しそうなものであるが、アリューシアはそれほどに喜んではいない。ただ驚いているだけ。
「じゃあ、契約しましょうよ」
アリューシアは淡々とした口調で言う。
――契約の証しに、お前から貰わなければいけないものがある。
「ああ、そうね。何が欲しいのよ?」
アリューシアも当然知っている。魔族との契約を結ぶに当たって、署名のようなものが必要なことを。
全てが代償の数式で出来上がっている。それが魔法というものだ。片方に乗せられた秤の、こちら側が「契約」だとすれば、もう一方に、それと釣り合うだけの重みを載せなければいけないわけだ。
上位の魔族ほど要求してくるものは大きい。右手が欲しいと要求されれば、右手は動かなくなってしまう。
自ら切り取って与える必要はなく、痛みもないが、その契約の期間、自分の意志では動かない。魔族は感覚を奪ってくるのだ。
舌が欲しいといわれれば、もう何も味わうことが出来なくなる。痛みを要求されれば、痛みに苦しむことになる。プラーヌスが契約の代償で、激甚な頭痛に苦しんでいることを彼女は知っている。
果たして、この魔族はアリューシアから何を奪うのだろうか。
――『満足』と呼べばいいのだろうか。満ち足りること。確かな大地。確実な現実。どう呼べば、お前に伝わるか知らない。俺にとって、そんなことは知ったことではない。とにかく奪うぜ。
「え? ちょっと待って、何よ、それ。よくわからないものを奪われるのなんて嫌だわ。『満足』ですって?」
――奪われてみれば、嫌でもわかるだろう。お前は永遠に満ち足りることなく、遥かなるものを渇望し続け、夢の中で生き続ける。
「満ち足りることなく、ずっと夢を求め続ける? それって、これまでの私じゃない?」
契約のサインとしては、取るに足らないものだ。こんなものを失ったからといって、別に痛くもない。アリューシアはホッと胸を撫で下ろしたくなる。
――いや、しかしこれが永遠に続くんだぜ。
それが永遠に続く・・・。
――もう忘れたのかこの数日の苦しみを?
プラーヌスに認めてもらうため、この数日、全てを投げ打って、彼女はそれにだけ打ち込んできた。迫りくる時間を前にしての焦燥感と、どうやっても叶いそうにない絶望感。心が落ち着いた瞬間は少しもなかった。
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