私の邪悪な魔法使いの友人2

ロキ

文字の大きさ
158 / 188
シーズン2 私の邪悪な魔法使いの友人の弟子

第八章 5)アリューシアの章

しおりを挟む
 この唐突な激変は、現実感を欠いている。
 アリューシアは確かな現実を探そうとして、太陽を見てみた。しかしその沈みかけた太陽も、誰かの描いた落書きのようにしか見えない。大地も空も、偽りのよう。
 しかし、著しく現実感を欠いたままであったが、何が起きようとしているのかは理解していた。

――何を驚いているんだ? ようやく興味を示してやったんだ。泣いて喜べよ。

 声がするのは水晶玉のほうからではない。アリューシアの腰に吊るした革袋。そこに入っている魔法の器具からだ。水晶玉は音声を発することは出来ない。その声は違う魔法の器具から聞こえる。

 しかし声を発している相手は、水晶玉の中にいるはず。
 あの魔族。薄い緑色のぼんやりとした光。ずっと冷淡に、アリューシアを無視し続けた相手が今、彼女に向かって語り掛けてきているのだ。

 「う、嘘でしょ?」

 アリューシアは革袋を開けて、その器具を取り出す。これを耳に装着すると、魔族の声がもっと鮮明に聞こえてくるはずだ。

――嘘が聞こえるだろ? まるで現実のように。

 「聞こえるわ。私の声も聞こえるの?」

――聞こえるぜ。聞こえていたというのが正確なところだな。

 (私は今、あの魔族と喋っている。意思のやり取りをしている)

 それなりにレベルの高い魔族とは、こうやって日常の言葉で意思疎通が出来る。
 これまで彼女が契約していた魔族とは不可能だった。魔法の言語を使っての筆談でのみ、意思疎通が可能だった。しかしこの魔族は人のよう。それ以上の知性。つまり、この魔族のレベルがとんでもなく高いということの動かざる証明。

 信じられない。
 アリューシアは現実を確かめるように、再び辺りを見回す。やはり、これが現実だと示す確証のようなものなんてどこにも見当たらない。彼女は夢の中かもしれないこの大地を歩いて、水晶玉に恐る恐る近づく。

 「これは夢なの、現実なの?」

――その中間、夢と現実が共存するところ。

 「い、意味がわからない。いきなり、どうしてよ?」

――契約してやってもいい。そう言っているんだぜ、俺は。

 「ほ、本当に?」

――本当に。偽りに。どちらであろうが、お前次第でこの契約は決まるな。

 これは現実だ。今、アリューシアはそれを確信した。水晶玉を地面に向かって叩きつけたとき、跳ね返った泥が口の中に入っていたようだ。ジャリリとその感覚を舌で感じたのだ。

 (ついに叶ったの?)

 特に嬉しくない。砂の味しかしない。

 (だけど、これでプラーヌス様は私を弟子として認めてくれる?)

 死にたいくらいに手に入れたかったものが、今、自分の手の中に転がり込もうとしている。本当なら頭がおかしくなるくらいに興奮しそうなものであるが、アリューシアはそれほどに喜んではいない。ただ驚いているだけ。

 「じゃあ、契約しましょうよ」

 アリューシアは淡々とした口調で言う。

――契約の証しに、お前から貰わなければいけないものがある。

 「ああ、そうね。何が欲しいのよ?」

 アリューシアも当然知っている。魔族との契約を結ぶに当たって、署名のようなものが必要なことを。
 全てが代償の数式で出来上がっている。それが魔法というものだ。片方に乗せられた秤の、こちら側が「契約」だとすれば、もう一方に、それと釣り合うだけの重みを載せなければいけないわけだ。
 上位の魔族ほど要求してくるものは大きい。右手が欲しいと要求されれば、右手は動かなくなってしまう。
 自ら切り取って与える必要はなく、痛みもないが、その契約の期間、自分の意志では動かない。魔族は感覚を奪ってくるのだ。
 舌が欲しいといわれれば、もう何も味わうことが出来なくなる。痛みを要求されれば、痛みに苦しむことになる。プラーヌスが契約の代償で、激甚な頭痛に苦しんでいることを彼女は知っている。
 果たして、この魔族はアリューシアから何を奪うのだろうか。

――『満足』と呼べばいいのだろうか。満ち足りること。確かな大地。確実な現実。どう呼べば、お前に伝わるか知らない。俺にとって、そんなことは知ったことではない。とにかく奪うぜ。

 「え? ちょっと待って、何よ、それ。よくわからないものを奪われるのなんて嫌だわ。『満足』ですって?」

――奪われてみれば、嫌でもわかるだろう。お前は永遠に満ち足りることなく、遥かなるものを渇望し続け、夢の中で生き続ける。

 「満ち足りることなく、ずっと夢を求め続ける? それって、これまでの私じゃない?」

 契約のサインとしては、取るに足らないものだ。こんなものを失ったからといって、別に痛くもない。アリューシアはホッと胸を撫で下ろしたくなる。

――いや、しかしこれが永遠に続くんだぜ。

 それが永遠に続く・・・。

――もう忘れたのかこの数日の苦しみを? 

 プラーヌスに認めてもらうため、この数日、全てを投げ打って、彼女はそれにだけ打ち込んできた。迫りくる時間を前にしての焦燥感と、どうやっても叶いそうにない絶望感。心が落ち着いた瞬間は少しもなかった。

 (なるほど、あれが永遠に続くのか。それは苦しい人生かもしれない。でもいいわ。もう勝手にして!)

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「クビにされた俺、幸運スキルでスローライフ満喫中」

チャチャ
ファンタジー
突然、蒼牙の刃から追放された冒険者・ハルト。 だが、彼にはS級スキル【幸運】があった――。 魔物がレアアイテムを落とすのも、偶然宝箱が見つかるのも、すべて彼のスキルのおかげ。 だが、仲間は誰一人そのことに気づかず、無能呼ばわりしていた。 追放されたハルトは、肩の荷が下りたとばかりに、自分のためだけの旅を始める。 訪れる村で出会う人々。偶然拾う伝説級の装備。 そして助けた少女は、実は王国の姫!? 「もう面倒ごとはごめんだ」 そう思っていたハルトだったが、幸運のスキルが運命を引き寄せていく――。

【完結】男爵令嬢は冒険者生活を満喫する

影清
ファンタジー
英雄の両親を持つ男爵令嬢のサラは、十歳の頃から冒険者として活動している。優秀な両親、優秀な兄に恥じない娘であろうと努力するサラの前に、たくさんのメイドや護衛に囲まれた侯爵令嬢が現れた。「卒業イベントまでに、立派な冒険者になっておきたいの」。一人でも生きていけるようにだとか、追放なんてごめんだわなど、意味の分からぬことを言う令嬢と関わりたくないサラだが、同じ学園に入学することになって――。 ※残酷な描写は予告なく出てきます。 ※小説家になろう、アルファポリス、カクヨムに掲載中です。 ※106話完結。

【完結】エレクトラの婚約者

buchi
恋愛
しっかり者だが自己評価低めのエレクトラ。婚約相手は年下の美少年。迷うわー エレクトラは、平凡な伯爵令嬢。 父の再婚で家に乗り込んできた義母と義姉たちにいいようにあしらわれ、困り果てていた。 そこへ父がエレクトラに縁談を持ち込むが、二歳年下の少年で爵位もなければ金持ちでもない。 エレクトラは悩むが、義母は借金のカタにエレクトラに別な縁談を押し付けてきた。 もう自立するわ!とエレクトラは親友の王弟殿下の娘の侍女になろうと決意を固めるが…… 11万字とちょっと長め。 謙虚過ぎる性格のエレクトラと、優しいけど訳アリの高貴な三人の女友達、実は執着強めの天才肌の婚約予定者、扱いに困る義母と義姉が出てきます。暇つぶしにどうぞ。 タグにざまぁが付いていますが、義母や義姉たちが命に別状があったり、とことんひどいことになるザマァではないです。 まあ、そうなるよね〜みたいな因果応報的なざまぁです。

半竜皇女〜父は竜人族の皇帝でした!?〜

侑子
恋愛
 小さな村のはずれにあるボロ小屋で、母と二人、貧しく暮らすキアラ。  父がいなくても以前はそこそこ幸せに暮らしていたのだが、横暴な領主から愛人になれと迫られた美しい母がそれを拒否したため、仕事をクビになり、家も追い出されてしまったのだ。  まだ九歳だけれど、人一倍力持ちで頑丈なキアラは、体の弱い母を支えるために森で狩りや採集に励む中、不思議で可愛い魔獣に出会う。  クロと名付けてともに暮らしを良くするために奮闘するが、まるで言葉がわかるかのような行動を見せるクロには、なんだか秘密があるようだ。  その上キアラ自身にも、なにやら出生に秘密があったようで……? ※二章からは、十四歳になった皇女キアラのお話です。

さようなら、私の愛したあなた。

希猫 ゆうみ
恋愛
オースルンド伯爵家の令嬢カタリーナは、幼馴染であるロヴネル伯爵家の令息ステファンを心から愛していた。いつか結婚するものと信じて生きてきた。 ところが、ステファンは爵位継承と同時にカールシュテイン侯爵家の令嬢ロヴィーサとの婚約を発表。 「君の恋心には気づいていた。だが、私は違うんだ。さようなら、カタリーナ」 ステファンとの未来を失い茫然自失のカタリーナに接近してきたのは、社交界で知り合ったドグラス。 ドグラスは王族に連なるノルディーン公爵の末子でありマルムフォーシュ伯爵でもある超上流貴族だったが、不埒な噂の絶えない人物だった。 「あなたと遊ぶほど落ちぶれてはいません」 凛とした態度を崩さないカタリーナに、ドグラスがある秘密を打ち明ける。 なんとドグラスは王家の密偵であり、偽装として遊び人のように振舞っているのだという。 「俺に協力してくれたら、ロヴィーサ嬢の真実を教えてあげよう」 こうして密偵助手となったカタリーナは、幾つかの真実に触れながら本当の愛に辿り着く。

ガチャから始まる錬金ライフ

あに
ファンタジー
河地夜人は日雇い労働者だったが、スキルボールを手に入れた翌日にクビになってしまう。 手に入れたスキルボールは『ガチャ』そこから『鑑定』『錬金術』と手に入れて、今までダンジョンの宝箱しか出なかったポーションなどを冒険者御用達の『プライド』に売り、億万長者になっていく。 他にもS級冒険者と出会い、自らもS級に上り詰める。 どんどん仲間も増え、自らはダンジョンには行かず錬金術で飯を食う。 自身の本当のジョブが召喚士だったので、召喚した相棒のテンとまったり、時には冒険し成長していく。

【完結】平民聖女の愛と夢

ここ
ファンタジー
ソフィは小さな村で暮らしていた。特技は治癒魔法。ところが、村人のマークの命を救えなかったことにより、村全体から、無視されるようになった。食料もない、お金もない、ソフィは仕方なく旅立った。冒険の旅に。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

処理中です...