私の邪悪な魔法使いの友人2

ロキ

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シーズン2 私の邪悪な魔法使いの友人の弟子

第二章 3)アリューシアの章

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 アリューシアは不安の渦中にいた。どうやらボーアホーブ家は存亡の危機のよう。
 屋敷に漂うその緊張は、幼いアリューシアにも伝わってきた。

 夕食の食卓は暗く、会話も弾まず、戦争が始まってからは父が屋敷に帰ってくることもなくなった。
 訪れる客の数も激減して、あれだけ華やかだった屋敷は、凍った冬の湖の底にでも沈んでしまったかのよう。

 更に追い討ちをかけるような悲報が、屋敷に伝わってきた。
 オルドルペル山を失いながらも、その近辺の砦でギャラック軍と対峙していたボーアホーブの軍勢が、またもや戦に敗れたというのである。
 アリューシアの父の率いる手勢は、サンダン砦に逃げ込んだというが、そこはもうこの屋敷のある城砦とは目と鼻の先。
 アリューシアのすぐ足元まで、剣戟の響きは迫ってきているということ。

 「アリューシア、どうしても持って行きたいものだけ、このトランクの中に入れなさい」

 そしてついに母がアリューシアに言ってきた。

 「どうして?」

 「しばらくこのお屋敷に住めなくなるかもしれないからよ」

 母が持ってきたのは小さなトランクだった。そんな大きさでは、お気に入りの人形たちすら収めることは出来ない。

 「この部屋を出て行かなくちゃいけないの?」

 「もしかすれば。最悪の場合にね」

 今まで見たことのないような母の表情だった。
 いつものように駄々を捏ねようと思ったアリューシアは、母の引きつった表情を見て躊躇した。
 しかし、いつもの自分の行動と違うことをしてしまえば、これから本当に大変なことが起きそうな気がしたので、彼女は無理してでも駄々を捏ねることにした。

 「こんなトランクに、私の大切なもの全部入るわけないじゃない!」

 そう言って、母の用意したトランクを蹴飛ばす。「ママ、馬鹿じゃないの?」

 彼女には大切なものがたくさんある。オークの木で出来た戸棚。銀色の鏡台。天蓋つきのベッド。
 とりわけ、その天蓋つきのベッド、とある国のお姫様が、このベッドで数百年眠り続けたという伝説があるらしい。
 その数百年間、一度も目覚めず、歳も取らずに、ただ静かに眠り続けたとか。そのベッドを売りに来た商人がそう言っていたのだ。
 父や母から、そんな呪われたベッドはやめるように言われたが、むしろアリューシアは気に入った。自分も歳を取ることなく生きたい。たとえ眠り続けるだけだとしても。
 アリューシアの大切な物を全て持っていこうとしたら、それだけで馬車が何台も必要だ。

 (そして窓から見える庭。この庭だって持っていきたい)

 春になるとチューリップやアネモネ、イチゴの花が咲き、夏になると薔薇が咲き乱れる本当にきれいな庭。
 この屋敷の執事の一人、サンチーヌが作った庭である。
 夕暮れになると、庭師と一緒に花の手入れをしているサンチーヌの姿も見える。それもこの庭を彩る景色の一つだ。

 (その庭だって、私の大切なものなのに。本当に持っていきたい物は何一つ持っていけないじゃないの!)

 そう思うと、アリューシアは心の底から腹が立ってきた。
 最初は無理に駄々を捏ねるつもりだったが、今では悔しくて堪らなくて、あらゆる怒りを込めてトランクを蹴っ飛ばす。

 「アリューシア!」

 それを見て、母は顔色を変え、アリューシアを叱りつけてくる。

 「私はここを離れたくないから!」

 アリューシアも泣いて言い返す。

 「我儘を言うんじゃないの!」

 「どうしてよ、ママの馬鹿!」

 「馬鹿はあなたよ、アリューシア!」

 アリューシアの母も、彼女に言い聞かせるだけの余裕がないようだ。ただ頭ごなしにアリューシアを怒鳴るだけ。
 幼いアリューシアのほうも当然のこと、どうして自分が母の言う通りにしたくないのか、上手く言えない。
 二人とも言葉にならない悲しみと苛立ちをぶつけ合うだけで、意味のあることを言い合うわけではなかった。

 しかしその二人が、同じ悲しみを共有していることは言うまでもない。
 ボーアホーブ家に深刻な危機がヒタヒタと押し寄せてくる。しかし自分たちの力ではどうにも出来ない。
 そんな遣る瀬無さが、二人を感情的にさせていたのだろう。

 「とにかくこの部屋を出る用意をしなさい!」

 「嫌だって言ってるでしょ!」

 (ママなんて大嫌い!)

 アリューシアは母の言いつけを断固として聞かず、人形で遊び始める。
 仕方なく母が、アリューシアの荷物を、トランクの中に適当に仕舞い込んでいく。
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