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シーズン2 私の邪悪な魔法使いの友人の弟子
第四章 3)アリューシアの章
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そのような食事会のあと、脳裏に焼き付けたあの魔法使いの姿を想い起こしながら、アリューシアは甘い空想に耽る。
あの魔法使いがアリューシアの部屋に突然現れるのだ。
彼は何も言葉は発しないだろう。だってあの人がアリューシアに、何か優しい言葉を掛けてくれるとは思えない。
しかし無駄のない動きで彼女を抱き寄せる。彼女はいつの間にか、その男の腕の中にいる。
暗い翳がアリューシアの小さな身体に覆いかぶさる。端正であるが、冷たい顔がアリューシアの唇に近づいてくる。
な、何をなさるおつもりですか?
アリューシアは言うだろう。しかしそんなセリフとは裏腹に、アリューシアのほうから、彼ににじり寄る。
少し口を開いて、彼の唇を受け入れる準備をする。
「あいつ、さっさと帰って欲しいわね!」
しかしそんな言葉と共に、姉のマリアが部屋に入ってきた。アリューシアの妄想は破れて消える。
「な、な、な、何よ、お姉ちゃん!」
「何よじゃないわよ、あいつがここに来たから、あの戦いが起きたんじゃないの。あいつが私たちの屋敷に災いを運んできたのよ」
アリューシアは驚きから立ち直り、いつもの口調で姉に応対する。
「そ、そんなわけないじゃない。戦いが起きたから、あの人は呼ばれたのよ!」
「そうだったかしら?」
同じ女性でも、あの人の魅力がわからない姉の感性が、アリューシアには理解出来ない。女性ならば誰もが、あの人の魅力の虜になると思っていたのに。
「アリューシア、あの男に興味を持たないほうがいいわよ。これは警告だから」
「はあ、何よ?」
「好きなんでしょ?」
マリアが窓際に歩み寄って行く。いつもアリューシアが、あの魔法使いの姿を眺めている窓だ。
今、窓の外には暗い夜しか見ることは出来ないが、明日になれば、また様々に色づいた花と共に、黒い陰を背後に漂わせた闇の天使が、アリューシアの前に降臨するだろう。
「はい?」
「わかっているんだから。あんたがいつもここから、その庭を見下ろしていることを。花を見てるの? 鳥を見てるの? 違う、あんたは男を見てる、このアバズレ!」
もしかしたら姉のマリアも、あの人のことが好きなのではないだろうか。
アリューシアに警告する振りをして、実は抜け駆けしようとしているのだ。そうだ。そうに違いない。
これほど酷い言葉で罵られたら、いつものアリューシアならばカッとなって言い返しているところであるが、今日の彼女は冷静だった。
「見え透いた罠。そんな罠にはかかりませんよ」
アリューシアは姉のマリアに向かって、断固とした態度で宣言した。
しかしその言葉を自分で言うのは何となく恥ずかしかったから、手近にあった人形を手に取り、そいつを姉のマリアに向けて、まるでその人形が言ったような体裁を取る。「私が一番乗りですから」
「何、どういうこと?」
マリアは人形に見向きもしないで、アリューシアに言い返してくる。
「誰にも邪魔させないってこと!」
「・・・ああ、私もあいつが好きかもってこと? 馬鹿じゃないの! 私は本気で心配してるのよ。魔法使いなんて、私たちとはまるで種類違う生き物なんだから。あんなものに近づいちゃいけない」
「私も魔法使いになる」
「何ですって?」
同じ姉妹である。マリアもアリューシアも似たような性格である。
気が強くて、ふてぶてしい。少々のことでは驚いたり、動じたりする性格ではない。
しかしそんなマリアも、アリューシアのこの言葉には意表を突かれた様子だった。
「馬鹿じゃないの、魔法使いになるなんて」
「お姉ちゃんのほうが馬鹿だわ」
「ママに言ってやる」
「勝手に言えば」
「本当に言うけど。でもまあ、アリューシアはまだ子供だからね。明日になったら、忘れているかもしれないわね」
「私は本気だから」
「はいはい」
「本当に本気だから」
あの魔法使いがアリューシアの部屋に突然現れるのだ。
彼は何も言葉は発しないだろう。だってあの人がアリューシアに、何か優しい言葉を掛けてくれるとは思えない。
しかし無駄のない動きで彼女を抱き寄せる。彼女はいつの間にか、その男の腕の中にいる。
暗い翳がアリューシアの小さな身体に覆いかぶさる。端正であるが、冷たい顔がアリューシアの唇に近づいてくる。
な、何をなさるおつもりですか?
アリューシアは言うだろう。しかしそんなセリフとは裏腹に、アリューシアのほうから、彼ににじり寄る。
少し口を開いて、彼の唇を受け入れる準備をする。
「あいつ、さっさと帰って欲しいわね!」
しかしそんな言葉と共に、姉のマリアが部屋に入ってきた。アリューシアの妄想は破れて消える。
「な、な、な、何よ、お姉ちゃん!」
「何よじゃないわよ、あいつがここに来たから、あの戦いが起きたんじゃないの。あいつが私たちの屋敷に災いを運んできたのよ」
アリューシアは驚きから立ち直り、いつもの口調で姉に応対する。
「そ、そんなわけないじゃない。戦いが起きたから、あの人は呼ばれたのよ!」
「そうだったかしら?」
同じ女性でも、あの人の魅力がわからない姉の感性が、アリューシアには理解出来ない。女性ならば誰もが、あの人の魅力の虜になると思っていたのに。
「アリューシア、あの男に興味を持たないほうがいいわよ。これは警告だから」
「はあ、何よ?」
「好きなんでしょ?」
マリアが窓際に歩み寄って行く。いつもアリューシアが、あの魔法使いの姿を眺めている窓だ。
今、窓の外には暗い夜しか見ることは出来ないが、明日になれば、また様々に色づいた花と共に、黒い陰を背後に漂わせた闇の天使が、アリューシアの前に降臨するだろう。
「はい?」
「わかっているんだから。あんたがいつもここから、その庭を見下ろしていることを。花を見てるの? 鳥を見てるの? 違う、あんたは男を見てる、このアバズレ!」
もしかしたら姉のマリアも、あの人のことが好きなのではないだろうか。
アリューシアに警告する振りをして、実は抜け駆けしようとしているのだ。そうだ。そうに違いない。
これほど酷い言葉で罵られたら、いつものアリューシアならばカッとなって言い返しているところであるが、今日の彼女は冷静だった。
「見え透いた罠。そんな罠にはかかりませんよ」
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しかしその言葉を自分で言うのは何となく恥ずかしかったから、手近にあった人形を手に取り、そいつを姉のマリアに向けて、まるでその人形が言ったような体裁を取る。「私が一番乗りですから」
「何、どういうこと?」
マリアは人形に見向きもしないで、アリューシアに言い返してくる。
「誰にも邪魔させないってこと!」
「・・・ああ、私もあいつが好きかもってこと? 馬鹿じゃないの! 私は本気で心配してるのよ。魔法使いなんて、私たちとはまるで種類違う生き物なんだから。あんなものに近づいちゃいけない」
「私も魔法使いになる」
「何ですって?」
同じ姉妹である。マリアもアリューシアも似たような性格である。
気が強くて、ふてぶてしい。少々のことでは驚いたり、動じたりする性格ではない。
しかしそんなマリアも、アリューシアのこの言葉には意表を突かれた様子だった。
「馬鹿じゃないの、魔法使いになるなんて」
「お姉ちゃんのほうが馬鹿だわ」
「ママに言ってやる」
「勝手に言えば」
「本当に言うけど。でもまあ、アリューシアはまだ子供だからね。明日になったら、忘れているかもしれないわね」
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「はいはい」
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