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シーズン2 私の邪悪な魔法使いの友人の弟子
第四章 4)アリューシアの章
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「ラダ、私、どうすればいいのよ?」
アリューシアはそのため息に万感の想いを込め、侍女のラダに向かってそうつぶやいた。
窓の外にはいつものようにあの魔法使いがいる。
アリューシアが朝から待ち侘びていた夕暮れの時間。この時間になると、退屈を紛らわすためなのか、あの魔法使いが庭を散歩しに現れるのだ。
今、弱い太陽があの魔法使いを照らし、地面に長い影を作っている。
表情は見えない。それほど近い距離ではない。
しかし誰かと見間違えるわけのない特別なシルエット。
「ねえってばラダ、どうすればいいのよ!」
出来ることならば、そのため息に込められた想いは、ラダにではなくて、直接あの魔法使いに届けばいい。
アリューシアはそんなことを思う。
「話しかけるべきですわ、お嬢様」
ラダは編み物をする手を止めることなく言った。
「何ですって、ラダ!」
アリューシアは派手な動作で、ラダのほうを振り返る。
長袖の裾がテーブルの上に置いてあった花瓶に引っ掛かりそうになるが、彼女はそんなことも気にしない。
「は、話しかけるって私から?」
ラダはアリューシアと年齢も近い。侍女というよりも親友のような関係だ。
幼い頃からの遊び仲間。何でも相談出来る相手なのである。
しかしこのような真剣な内容の相談相手としては、いささか物足りないものがあった。
悪い人間ではないのだけど、面倒臭がり屋なところがあり、どれだけアリューシアが真剣に相談しても、軽く受け流してしまうのである。
本人は指先を少し怪我しただけでも大騒ぎするくせに、他人の心の中のことになるとあまりに鈍感。
「そうです、お嬢様、今ですよ、今」
しかし、このときのアリューシアは、ラダのそんな性格についてすっかり失念していた。
「は、話しかけてもさ、失敗したらどうするの? 冷たくあしらわれたらどうするのよ?」
「お嬢様、冷たくあしらわれない場合があるとでも思っていらっしゃるのですか?」
「え?」
「絶対に冷たくあしらわれますよ。どうやらあの魔法使い様は、ボーアホーブ家の皆様のことが嫌いなご様子」
「そ、そうみたいね。お父様たちが報酬を出し渋っているんでしょ?」
「その話しの真偽のほどはわかりませんが、当然、お嬢様だって嫌われています」
「や、やっぱりそうよね」
「はい、間違いないことです。しかしお嬢様、お嬢様が嫌われているのは、あの魔法使いが勘違いされているからです。自分はボーアホーブ家の人間全てに嫌われている。あの女の子にも嫌われているだろうって」
「はあ」
確かに両親も二人の姉も、ボーアホーブに仕える臣下たちも、あの魔法使いのことを嫌っている。
というか、とても恐れているのだ。出来るだけ早くこの屋敷から追い出そうとしている。
「だからまず、この誤解を解くべきです。お嬢様は彼のことを嫌いってないということを、しっかりと言葉で伝えるのです」
「な、なるほど。じゃあ、どうなるというの?」
「きっと彼はお嬢様だけを特別な眼差しで見つめます」
ラダはそう言いながらクスクスと笑い始める。
しかしアリューシアはその笑いが醸し出す怪しい気配に気を止めることはなかった。
今のアリューシアに余裕はない。彼女はラダが提示したその選択肢の素晴らしさに胸が高鳴っているのである。
あの魔法使いと言葉を交わすことが出来るという事実。
確かにこの部屋を出て、庭まで行けば、彼の居るところに辿り着くのだ。それは決して不可能なことではない。
しかしこれまでのアリューシアの頭の中に、一瞬たりとも過ぎることはなかった斬新なアイデア。
「で、でもさ、ラダ、恥ずかしいじゃないの」
「はい?」
「じ、自分から話しかけるなんて恥ずかしいじゃない」
アリューシアはまた窓に向き直った。あの魔法使いが消えてしまっていないか、不安になったのだ。
まだ消えていなかった。
「現時点で既に、お嬢様はとても恥ずかしい存在です」
「ど、どういうことよ、それ?」
「お嬢様はいつもそうやって、窓からジロジロと見ているんですよ。あの魔法使いさんも気づいているはずです。きっと気味悪く思っているに違いありません。だからいっそ、はっきりと宣言したほうがいいのではないでしょうか」
「はっきりって?」
「お慕い申し上げています、と」
「『お慕い申し上げています』ですって!」
何という素敵な言葉だろうか。まさにアリューシアがあの人に向かって叫びたい言葉。
とても単純なフレーズだが、完璧なセリフではないか。
「ラダ! あんたって本当に最高だわ!」
アリューシアは興奮のあまり、ラダに駆け寄り抱きつこうとする。
一方、ラダは戸惑った表情で、アリューシアの伸ばした手から必死に逃げる。
「じょ、冗談ですよ、お嬢様?」
しかしアリューシアに自分の妄想に舞い上がって、その言葉は聞こえない。
アリューシアはその光景を鮮やかに脳裏に描いていた。あの魔法使いにこっそりと歩み寄る自分の影。
足音に気づき、こちらを振り向く魔法使い。
アリューシアが彼を前にしてモジモジしていると、彼女のその想いを迎え入れてくれるよう、何か優しい言葉を掛けてくれる。
(ああ、生きるって、なんて素晴らしいものかしら!)
アリューシアの胸の中は興奮で跳ね上がり、今にも飛んでいきそう。
アリューシアはそのため息に万感の想いを込め、侍女のラダに向かってそうつぶやいた。
窓の外にはいつものようにあの魔法使いがいる。
アリューシアが朝から待ち侘びていた夕暮れの時間。この時間になると、退屈を紛らわすためなのか、あの魔法使いが庭を散歩しに現れるのだ。
今、弱い太陽があの魔法使いを照らし、地面に長い影を作っている。
表情は見えない。それほど近い距離ではない。
しかし誰かと見間違えるわけのない特別なシルエット。
「ねえってばラダ、どうすればいいのよ!」
出来ることならば、そのため息に込められた想いは、ラダにではなくて、直接あの魔法使いに届けばいい。
アリューシアはそんなことを思う。
「話しかけるべきですわ、お嬢様」
ラダは編み物をする手を止めることなく言った。
「何ですって、ラダ!」
アリューシアは派手な動作で、ラダのほうを振り返る。
長袖の裾がテーブルの上に置いてあった花瓶に引っ掛かりそうになるが、彼女はそんなことも気にしない。
「は、話しかけるって私から?」
ラダはアリューシアと年齢も近い。侍女というよりも親友のような関係だ。
幼い頃からの遊び仲間。何でも相談出来る相手なのである。
しかしこのような真剣な内容の相談相手としては、いささか物足りないものがあった。
悪い人間ではないのだけど、面倒臭がり屋なところがあり、どれだけアリューシアが真剣に相談しても、軽く受け流してしまうのである。
本人は指先を少し怪我しただけでも大騒ぎするくせに、他人の心の中のことになるとあまりに鈍感。
「そうです、お嬢様、今ですよ、今」
しかし、このときのアリューシアは、ラダのそんな性格についてすっかり失念していた。
「は、話しかけてもさ、失敗したらどうするの? 冷たくあしらわれたらどうするのよ?」
「お嬢様、冷たくあしらわれない場合があるとでも思っていらっしゃるのですか?」
「え?」
「絶対に冷たくあしらわれますよ。どうやらあの魔法使い様は、ボーアホーブ家の皆様のことが嫌いなご様子」
「そ、そうみたいね。お父様たちが報酬を出し渋っているんでしょ?」
「その話しの真偽のほどはわかりませんが、当然、お嬢様だって嫌われています」
「や、やっぱりそうよね」
「はい、間違いないことです。しかしお嬢様、お嬢様が嫌われているのは、あの魔法使いが勘違いされているからです。自分はボーアホーブ家の人間全てに嫌われている。あの女の子にも嫌われているだろうって」
「はあ」
確かに両親も二人の姉も、ボーアホーブに仕える臣下たちも、あの魔法使いのことを嫌っている。
というか、とても恐れているのだ。出来るだけ早くこの屋敷から追い出そうとしている。
「だからまず、この誤解を解くべきです。お嬢様は彼のことを嫌いってないということを、しっかりと言葉で伝えるのです」
「な、なるほど。じゃあ、どうなるというの?」
「きっと彼はお嬢様だけを特別な眼差しで見つめます」
ラダはそう言いながらクスクスと笑い始める。
しかしアリューシアはその笑いが醸し出す怪しい気配に気を止めることはなかった。
今のアリューシアに余裕はない。彼女はラダが提示したその選択肢の素晴らしさに胸が高鳴っているのである。
あの魔法使いと言葉を交わすことが出来るという事実。
確かにこの部屋を出て、庭まで行けば、彼の居るところに辿り着くのだ。それは決して不可能なことではない。
しかしこれまでのアリューシアの頭の中に、一瞬たりとも過ぎることはなかった斬新なアイデア。
「で、でもさ、ラダ、恥ずかしいじゃないの」
「はい?」
「じ、自分から話しかけるなんて恥ずかしいじゃない」
アリューシアはまた窓に向き直った。あの魔法使いが消えてしまっていないか、不安になったのだ。
まだ消えていなかった。
「現時点で既に、お嬢様はとても恥ずかしい存在です」
「ど、どういうことよ、それ?」
「お嬢様はいつもそうやって、窓からジロジロと見ているんですよ。あの魔法使いさんも気づいているはずです。きっと気味悪く思っているに違いありません。だからいっそ、はっきりと宣言したほうがいいのではないでしょうか」
「はっきりって?」
「お慕い申し上げています、と」
「『お慕い申し上げています』ですって!」
何という素敵な言葉だろうか。まさにアリューシアがあの人に向かって叫びたい言葉。
とても単純なフレーズだが、完璧なセリフではないか。
「ラダ! あんたって本当に最高だわ!」
アリューシアは興奮のあまり、ラダに駆け寄り抱きつこうとする。
一方、ラダは戸惑った表情で、アリューシアの伸ばした手から必死に逃げる。
「じょ、冗談ですよ、お嬢様?」
しかしアリューシアに自分の妄想に舞い上がって、その言葉は聞こえない。
アリューシアはその光景を鮮やかに脳裏に描いていた。あの魔法使いにこっそりと歩み寄る自分の影。
足音に気づき、こちらを振り向く魔法使い。
アリューシアが彼を前にしてモジモジしていると、彼女のその想いを迎え入れてくれるよう、何か優しい言葉を掛けてくれる。
(ああ、生きるって、なんて素晴らしいものかしら!)
アリューシアの胸の中は興奮で跳ね上がり、今にも飛んでいきそう。
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