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シーズン2 私の邪悪な魔法使いの友人の弟子
第七章 16)魔法よりも美しい存在
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「運命的な一日っていうのがあるんだ、お前にだってあっただろ? 特別な一日、あらゆることが同時に起きる日」
カルファルが言った。
「ど、どうだろうか・・・」
「なかったのか? 貧しい人生だな。それとも鈍感だから、その運命の日に気づいていないだけか」
歩きながら話すことに疲れたのか、それとも長い話しになりそうなのか、カルファルは壁にもてれかかるように座った。私も少し遅れて、同じような姿勢を取る。
広大な塔の回廊である。しかも多くの召使いたちが森の開拓事業のため、外で汗を流しているか、もしくはその仕事をサボータジュするために住処に引き籠っている。塔はいつもより静かであった。
「シルヴァと出会ったのは、プラーヌスを知るよりもずっと以前のことだ。そうそう、娘と母の名前は同じ、妻の名前がシルヴァだ。シルヴァはそれを受け継いだのさ」
「なるほど」
「別に俺はその女をそれほど愛してはいなかった。こっちが言い寄らなくても近寄ってきた女の一人だ。そのときの俺は、何よりも自分のことを愛していたのさ。一応、最強の魔法使いを目指していたからね。それを証拠に、シルヴァが身籠ったのを知っても、俺は長い旅に出た。実入りの良い仕事が見つかってね」
カルファルは履いていた靴をいったん脱いで、それをまた履き直す。どうやら急いで部屋を出たようで、靴紐もしっかりと結んでいなかったようだ。彼は話しをしながら、靴紐を丁寧に結んでいく。その指先は子憎たらしいほど、器用だった。
「プラーヌスとはその戦場で出会った。ある国に傭兵として雇われたんだ。なかなかタフな戦闘だったよ。生き残ったのはわずか。プラーヌスがいなければ俺たちは全滅していたかもしれない。ある意味、俺はあいつの魔法に助けられた」
なあ、良い革靴だろ? 馬の革を使って作られているだぜ? 靴紐を結び終えたカルファルは誇らしげに靴を見せてくる。私はそれを無視して、話しの先を続けるように促す。
自慢の革靴に興味を示さない私の態度に不満気であったが、カルファルは続ける。
「旅から家に戻ると、シルヴァは今日か明日にでも出産する勢いだった。俺は彼女が身籠っていたのをすっかり忘れていた。それくらい、その仕事で疲れ果てていたのさ」
今でもその疲れが抜けないとでも言うように、カルファルは大きなため息を吐いた。
「しかしそんなシルヴァを見て、さすがに打ち沈んでいる場合じゃないことを思い知らされた。母子ともに亡くなるか、どちらかがどちらかを犠牲にして生き残るか。どんな結果が出るのかは医者もわからないという状況さ。結果的にシルヴァが生まれ、シルヴァが死んだ。二人が共に生きた時間は一瞬だったよ」
妻が死んだという事実は、カルファルから聞いていた。その経緯だって、それとなく予想していた通りのものであった。
しかし改めてその話を聞くと、心にずしりと重みを載せられたかのような感触を覚える。
これはお前だけに打ち明けることだ。そんな感じに、カルファルは声をひそめた。
「俺は妻の死にそれほど衝撃は感じなかった。神の前で永遠の愛を誓ってもいない。ただ俺の帰るべき部屋に住んでいるだけの女だった。冷たい人間だって思われるかもしれないな。まあ、実際そうさ。それが魔法使いという生き物なんだ。しかしさ」
そこで一拍置いて、カルファルは更に感情を込めた声を出した。
「今でも思い出す、初めて生まれた我が娘を前にしたときのことを。こんな俺でもマジで感動したんだ。愛に屈せざるを得なかったのさ。自分の小さな分身を前にしたあの瞬間」
カルファルの声が涙で潤んだようだ。彼のような男が、尽き上がってくる感情によって、言葉に詰まったのだ。
「シルヴァは魔法よりも美しい存在だ。シルヴァがいるのに、どうして魔法なんてものに血眼になる必要がある? 俺は魔法の道を諦めることを躊躇いはしなかった。お前が聞きたかった話しはそういうのだろ?」
「あ、ああ、うん」
「確かにプラーヌスの存在は俺を絶望に突き落とした。それは認めているじゃないか。しかしそれ以上にシルヴァなんだ。シルヴァの存在が全てさ。魔法では命を誕生させることは出来ない。魔法は、これほどの希望を与えてはくれない」
この男の、娘を愛する気持ちに偽りはなさそうだ。これまでの振る舞いを見ても、それは認めざるを得ない。
「俺を軽蔑したければ、すればいい。お前は命を軽蔑しているだけなんだから」
「軽蔑なんてしてないさ」
私の真意を探るように、カルファルは私の目を見て、そしてすぐに視線を逸らした。
「誤解が解けたのか。だったら満足さ。それが魔法を捨てた理由だ」
話しは終わったようだ。カルファルは少しだけ長い沈黙のあと、むくりと立ち上がった。
「しかし俺がいくらシルヴァに愛を与えても、シルヴァは泣き続けるんだ。きっと、母を求めて泣いているに違いない。シルヴァは不幸な女の子だ」
シルヴァの泣き声が記憶の中でこだまする。確かにあの泣き方は異常だった。
「それで俺は、シルヴァの母になる女を探すようになった。俺と同じくらいシルヴァを愛してくれる女だ。それが彼女たちさ。あいつには母が七人もいるんだ。生まれたときのシルヴァは可哀想な女の子だったかもしれない。しかし今ではシルヴァほど幸せな奴はいないだろう」
そして今また、新しい母親が増えようとしているんだ。シルヴァに彼女は必要だ。
カルファルは付け加えた。
「アリューシアか」
「不満があるようだな。しかしアリューシアは、お前にとって必要な女か?」
いや、一切必要ないであろう。プラーヌスにも、この塔にも、アリューシアは必要とされてはいない。
しかしアリューシアがカルファルの妻になるなんて。しかもは八人目の。そんなこと許されるはずがないではないか。本当に汚らわしい。悲しい出来事。
とはいえ、カルファルは私の答えなど求めてはいなったようだ。彼は返事など待たず、私の前から立ち去っていった。
私ももう、彼に声を掛けなかった。
カルファルが言った。
「ど、どうだろうか・・・」
「なかったのか? 貧しい人生だな。それとも鈍感だから、その運命の日に気づいていないだけか」
歩きながら話すことに疲れたのか、それとも長い話しになりそうなのか、カルファルは壁にもてれかかるように座った。私も少し遅れて、同じような姿勢を取る。
広大な塔の回廊である。しかも多くの召使いたちが森の開拓事業のため、外で汗を流しているか、もしくはその仕事をサボータジュするために住処に引き籠っている。塔はいつもより静かであった。
「シルヴァと出会ったのは、プラーヌスを知るよりもずっと以前のことだ。そうそう、娘と母の名前は同じ、妻の名前がシルヴァだ。シルヴァはそれを受け継いだのさ」
「なるほど」
「別に俺はその女をそれほど愛してはいなかった。こっちが言い寄らなくても近寄ってきた女の一人だ。そのときの俺は、何よりも自分のことを愛していたのさ。一応、最強の魔法使いを目指していたからね。それを証拠に、シルヴァが身籠ったのを知っても、俺は長い旅に出た。実入りの良い仕事が見つかってね」
カルファルは履いていた靴をいったん脱いで、それをまた履き直す。どうやら急いで部屋を出たようで、靴紐もしっかりと結んでいなかったようだ。彼は話しをしながら、靴紐を丁寧に結んでいく。その指先は子憎たらしいほど、器用だった。
「プラーヌスとはその戦場で出会った。ある国に傭兵として雇われたんだ。なかなかタフな戦闘だったよ。生き残ったのはわずか。プラーヌスがいなければ俺たちは全滅していたかもしれない。ある意味、俺はあいつの魔法に助けられた」
なあ、良い革靴だろ? 馬の革を使って作られているだぜ? 靴紐を結び終えたカルファルは誇らしげに靴を見せてくる。私はそれを無視して、話しの先を続けるように促す。
自慢の革靴に興味を示さない私の態度に不満気であったが、カルファルは続ける。
「旅から家に戻ると、シルヴァは今日か明日にでも出産する勢いだった。俺は彼女が身籠っていたのをすっかり忘れていた。それくらい、その仕事で疲れ果てていたのさ」
今でもその疲れが抜けないとでも言うように、カルファルは大きなため息を吐いた。
「しかしそんなシルヴァを見て、さすがに打ち沈んでいる場合じゃないことを思い知らされた。母子ともに亡くなるか、どちらかがどちらかを犠牲にして生き残るか。どんな結果が出るのかは医者もわからないという状況さ。結果的にシルヴァが生まれ、シルヴァが死んだ。二人が共に生きた時間は一瞬だったよ」
妻が死んだという事実は、カルファルから聞いていた。その経緯だって、それとなく予想していた通りのものであった。
しかし改めてその話を聞くと、心にずしりと重みを載せられたかのような感触を覚える。
これはお前だけに打ち明けることだ。そんな感じに、カルファルは声をひそめた。
「俺は妻の死にそれほど衝撃は感じなかった。神の前で永遠の愛を誓ってもいない。ただ俺の帰るべき部屋に住んでいるだけの女だった。冷たい人間だって思われるかもしれないな。まあ、実際そうさ。それが魔法使いという生き物なんだ。しかしさ」
そこで一拍置いて、カルファルは更に感情を込めた声を出した。
「今でも思い出す、初めて生まれた我が娘を前にしたときのことを。こんな俺でもマジで感動したんだ。愛に屈せざるを得なかったのさ。自分の小さな分身を前にしたあの瞬間」
カルファルの声が涙で潤んだようだ。彼のような男が、尽き上がってくる感情によって、言葉に詰まったのだ。
「シルヴァは魔法よりも美しい存在だ。シルヴァがいるのに、どうして魔法なんてものに血眼になる必要がある? 俺は魔法の道を諦めることを躊躇いはしなかった。お前が聞きたかった話しはそういうのだろ?」
「あ、ああ、うん」
「確かにプラーヌスの存在は俺を絶望に突き落とした。それは認めているじゃないか。しかしそれ以上にシルヴァなんだ。シルヴァの存在が全てさ。魔法では命を誕生させることは出来ない。魔法は、これほどの希望を与えてはくれない」
この男の、娘を愛する気持ちに偽りはなさそうだ。これまでの振る舞いを見ても、それは認めざるを得ない。
「俺を軽蔑したければ、すればいい。お前は命を軽蔑しているだけなんだから」
「軽蔑なんてしてないさ」
私の真意を探るように、カルファルは私の目を見て、そしてすぐに視線を逸らした。
「誤解が解けたのか。だったら満足さ。それが魔法を捨てた理由だ」
話しは終わったようだ。カルファルは少しだけ長い沈黙のあと、むくりと立ち上がった。
「しかし俺がいくらシルヴァに愛を与えても、シルヴァは泣き続けるんだ。きっと、母を求めて泣いているに違いない。シルヴァは不幸な女の子だ」
シルヴァの泣き声が記憶の中でこだまする。確かにあの泣き方は異常だった。
「それで俺は、シルヴァの母になる女を探すようになった。俺と同じくらいシルヴァを愛してくれる女だ。それが彼女たちさ。あいつには母が七人もいるんだ。生まれたときのシルヴァは可哀想な女の子だったかもしれない。しかし今ではシルヴァほど幸せな奴はいないだろう」
そして今また、新しい母親が増えようとしているんだ。シルヴァに彼女は必要だ。
カルファルは付け加えた。
「アリューシアか」
「不満があるようだな。しかしアリューシアは、お前にとって必要な女か?」
いや、一切必要ないであろう。プラーヌスにも、この塔にも、アリューシアは必要とされてはいない。
しかしアリューシアがカルファルの妻になるなんて。しかもは八人目の。そんなこと許されるはずがないではないか。本当に汚らわしい。悲しい出来事。
とはいえ、カルファルは私の答えなど求めてはいなったようだ。彼は返事など待たず、私の前から立ち去っていった。
私ももう、彼に声を掛けなかった。
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