私の邪悪な魔法使いの友人2

ロキ

文字の大きさ
144 / 188
シーズン2 私の邪悪な魔法使いの友人の弟子

第七章 19)空腹が満たされると

しおりを挟む
 空腹の状態にいる自分が嫌いではない。身体が軽く感じるし、頭もクリアーな気がする。何より、こんな選択肢が浮上してきたことが嬉しい。つまり、その気になれば何かを食べることが出来て、それでちょっとした幸せを得られるという選択肢。
 その選択肢を行使するのもありだし、しばらく温存しておいても良い。楽しみを引き延ばす楽しみだって保持している。空腹とは何と素晴らしい状態だろうか。目の前に広がるたくさんの選択肢。

 しかしその空腹も限界を過ぎたら、話しは全く違ってくるのだ。逆に目の前がすぼまってくる感じ。たった一つのことだけを求められて、あらゆる選択肢がなくなってしまうからだろう。
 一刻も早く空腹を満たせ。そんな命令を受けて、それ以外のことが考えられなくなる。だから、ただただ苛々してくる。苦しくなってくる。いつもの余裕を失ってしまう。

 今の私はまさにそのような状態だった。謁見の間を出て、執務室には帰らず、そのままの足で食堂に向かった。
 空腹は限界を越えていて、次の仕事に取り掛かる気力もなかった。夕食はプラーヌスと食べることになっているが、その前に軽く何か食べておかなければ、その時間まで気力も体力も持ちそうにない。

 食堂に到着すると、そこは騒がしかった。ちょうど召使いたちの食事の時間だったようだ。
 広い食堂が、たくさんの人でごった返していた。この時間帯に食堂に来たことがなかったので、私はその光景に圧倒された。凄まじいくらいに活気が溢れているのだ。

 この塔の住人の中で大半を占めるゲオルゲ族たちは無口で陰気な連中だ。言葉も通じないので、その印象は余計に強まる。塔の廊下で偶然顔を合わせても、挨拶をしてくれる召使いたちなんてほとんどいない。
 しかしそんな陰気なゲオルゲ族たちが、楽しそうに食事をしている。大きな声で笑いながら、口元からビールをこぼし、唾を飛ばし、仲間たちと語り合っているのだ。

 彼らも、私たちと同じように食事を楽しむのか。
 そんなことは当たり前のことであるが、そういう当たり前のことが共感を生んだりするものなのかもしれない。その光景を見て、ゲオルゲ族に対する親近感のようなものが、ふんわりと沸き上がってくるのを感じた。
 私の姿に気づいて、不機嫌に押し黙ってしまった者もいたが、それでも先程までの笑いの名残を残しているように見える。笑顔のゲオルゲ族は好ましい。
 ようやく食事にありつける喜びが、私に余裕を与えているのか、微笑ましさを感じながら彼らの食事を眺めてしまう。
 しかし、そんなことよりも自分の食事だ。

 「何か軽く食事をしたいのだけど?」

 私は厨房を覗いて、そこで働いている者に声を掛けた。厨房の奥にはミリュー、アバンドンも働いているようだ。アリューシアが連れてきた凄腕の料理人だ。
 二人とも、この塔に住んでいる全ての住人のために食事を作ってくれている。今も一生懸命に、鍋をかき回したりしている。
 もちろん二人だけで塔の住人全ての料理を作れるわけがない。その下には十数人の召使いたちが手伝っている。その中の一人が私に返事をしてくれた。

 「わかりました、すぐに用意します」

 どうやら彼は、私がこの塔のナンバー2のシャグランであるという事実を認識してくれていたようだ。話しはスムーズに運んだ。

 「だけど食堂は混雑していて、座るところがありませんよ」

 「いいよ、自分の部屋で食べるから。本当に軽い食事でいいんだ」

 ミリュー、アバンドンに声を掛けておこうかと思ったが、忙しそうにしている。私は自分の食事をトレイに乗せて、すぐに部屋に帰った持ち帰った。
 執務室で食べるか、自分の私室で食べるか少し迷ったが、自分の部屋のほうが落ち着く。差し迫った仕事もない。たまには部屋でゆっくりしても怒られたりはしないだろう。
 部屋に帰る途中にパンを齧っていると、部屋に戻るまでにほとんど食べ尽してしまった。まだ食べ足りないが、これで我慢しておこう。少し落ち着いたことは事実。

 駄目だとわかりながらも、私はそのまま寝床に横になる。空腹が満たされると眠気が襲ってくる。私はそれに流されてしまう。
 やがて扉をノックする音で目覚めた。
 いや、それはノックと呼ぶには生易しく、おそらく手で叩いているのではなくて、足で蹴って音を立てている打撃音。
 それほど深い眠りに落ちていたわけではなかったので、私はすぐに飛び起きたはずである。

 「うるさいよ、アビュ! すぐに扉を開けるから!」

 起きたばかりの身体から、私は何とか声を絞り出す。

 しかし音はやまない。
 寝惚けた頭で立ち上がり、扉を開ける。
 扉の向こうにいたのは、アビュではなかった。同じ背格好ではあるが、ほのかな香水を漂わせる少女。アリューシアだった。

 「ちょっとシャグラン! 私、どうしよう!」

 アリューシアが私に言ってくる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

99歳で亡くなり異世界に転生した老人は7歳の子供に生まれ変わり、召喚魔法でドラゴンや前世の世界の物を召喚して世界を変える

ハーフのクロエ
ファンタジー
 夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。  主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。

完 弱虫のたたかい方 (番外編更新済み!!)

水鳥楓椛
恋愛
「お姉様、コレちょーだい」  無邪気な笑顔でオネガイする天使の皮を被った義妹のラテに、大好きなお人形も、ぬいぐるみも、おもちゃも、ドレスも、アクセサリーも、何もかもを譲って来た。  ラテの後ろでモカのことを蛇のような視線で睨みつける継母カプチーノの手前、譲らないなんていう選択肢なんて存在しなかった。  だからこそ、モカは今日も微笑んだ言う。 「———えぇ、いいわよ」 たとえ彼女が持っているものが愛しの婚約者であったとしても———、

《完結》当て馬悪役令息のツッコミ属性が強すぎて、物語の仕事を全くしないんですが?!

犬丸大福
ファンタジー
ユーディリア・エアトルは母親からの折檻を受け、そのまま意識を失った。 そして夢をみた。 日本で暮らし、平々凡々な日々の中、友人が命を捧げるんじゃないかと思うほどハマっている漫画の推しの顔。 その顔を見て目が覚めた。 なんと自分はこのまま行けば破滅まっしぐらな友人の最推し、当て馬悪役令息であるエミリオ・エアトルの双子の妹ユーディリア・エアトルである事に気がついたのだった。 数ある作品の中から、読んでいただきありがとうございます。 幼少期、最初はツラい状況が続きます。 作者都合のゆるふわご都合設定です。 日曜日以外、1日1話更新目指してます。 エール、お気に入り登録、いいね、コメント、しおり、とても励みになります。 お楽しみ頂けたら幸いです。 *************** 2024年6月25日 お気に入り登録100人達成 ありがとうございます! 100人になるまで見捨てずに居て下さった99人の皆様にも感謝を!! 2024年9月9日  お気に入り登録200人達成 感謝感謝でございます! 200人になるまで見捨てずに居て下さった皆様にもこれからも見守っていただける物語を!! 2025年1月6日  お気に入り登録300人達成 感涙に咽び泣いております! ここまで見捨てずに読んで下さった皆様、頑張って書ききる所存でございます!これからもどうぞよろしくお願いいたします! 2025年3月17日 お気に入り登録400人達成 驚愕し若干焦っております! こんなにも多くの方に呼んでいただけるとか、本当に感謝感謝でございます。こんなにも長くなった物語でも、ここまで見捨てずに居てくださる皆様、ありがとうございます!! 2025年6月10日 お気に入り登録500人達成 ひょえぇぇ?! なんですと?!完結してからも登録してくださる方が?!ありがとうございます、ありがとうございます!! こんなに多くの方にお読み頂けて幸せでございます。 どうしよう、欲が出て来た? …ショートショートとか書いてみようかな? 2025年7月8日 お気に入り登録600人達成?! うそぉん?! 欲が…欲が…ック!……うん。減った…皆様ごめんなさい、欲は出しちゃいけないらしい… 2025年9月21日 お気に入り登録700人達成?! どうしよう、どうしよう、何をどう感謝してお返ししたら良いのだろう…

罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】 私には婚約中の王子がいた。 ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。 そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。 次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。 目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。 名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。 ※他サイトでも投稿中

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

【完結】見えてますよ!

ユユ
恋愛
“何故” 私の婚約者が彼だと分かると、第一声はソレだった。 美少女でもなければ醜くもなく。 優秀でもなければ出来損ないでもなく。 高貴でも無ければ下位貴族でもない。 富豪でなければ貧乏でもない。 中の中。 自己主張も存在感もない私は貴族達の中では透明人間のようだった。 唯一認識されるのは婚約者と社交に出る時。 そしてあの言葉が聞こえてくる。 見目麗しく優秀な彼の横に並ぶ私を蔑む令嬢達。 私はずっと願っていた。彼に婚約を解消して欲しいと。 ある日いき過ぎた嫌がらせがきっかけで、見えるようになる。 ★注意★ ・閑話にはR18要素を含みます。  読まなくても大丈夫です。 ・作り話です。 ・合わない方はご退出願います。 ・完結しています。

悪役令嬢が行方不明!?

mimiaizu
恋愛
乙女ゲームの設定では悪役令嬢だった公爵令嬢サエナリア・ヴァン・ソノーザ。そんな彼女が行方不明になるというゲームになかった事件(イベント)が起こる。彼女を見つけ出そうと捜索が始まる。そして、次々と明かされることになる真実に、妹が両親が、婚約者の王太子が、ヒロインの男爵令嬢が、皆が驚愕することになる。全てのカギを握るのは、一体誰なのだろう。 ※初めての悪役令嬢物です。

初恋が綺麗に終わらない

わらびもち
恋愛
婚約者のエーミールにいつも放置され、蔑ろにされるベロニカ。 そんな彼の態度にウンザリし、婚約を破棄しようと行動をおこす。 今後、一度でもエーミールがベロニカ以外の女を優先することがあれば即座に婚約は破棄。 そういった契約を両家で交わすも、馬鹿なエーミールはよりにもよって夜会でやらかす。 もう呆れるしかないベロニカ。そしてそんな彼女に手を差し伸べた意外な人物。 ベロニカはこの人物に、人生で初の恋に落ちる…………。

処理中です...