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シーズン2 私の邪悪な魔法使いの友人の弟子
第七章 24)引き留めておくべき人材
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部屋に戻るとアリューシアも消えていた。さっき本当に、私とアリューシアの間であのような会話が交わされていたのか、その事実も疑わしく思えてくる。
何もかもが夢のような気がしてくるなんて、とても陳腐ではあるけど、本当にそんな気がしてくるのだから仕方がない。
しかし花の香りが部屋に留まっていた。アリューシアの香水。上流貴族の少女の香り。
その香りの中で、私はワインに酔ったように頭が少しくらくらする。
僕が君を守る。カルファルについて行くな。私はそのようなことを口走ってしまったはずであるが、実はそんなことなど起きていなかったとしたら、それはそれで何の問題もない気もする。だってそれは私の心からの言葉ではなかったのだから。
しかしもちろん私はその言葉を発したはずで、アリューシアの心にも届いたはずだ。
彼女は戸惑っていることであろう。迷っているだろう。だとすればそれは成功。カルファルとアリューシアが深い関係になることは容認するわけにはいかないのだから、彼女を大いに戸惑わせ、大いに迷わせ、その決断を阻む必要がある。
とはいえ、更にアリューシアを追いかけるだけの気力はなかった。彼女の部屋にまで押しかけて、さっきの話しを蒸し返す度胸などない。
アリューシアがどのような決断を下すのか、もはや流れに任すだけ。
いや、むしろ私は全てなかったことにしたくらいに後悔しているのだ。アリューシアにあんなことを言った自分がまるで他人のようだ。
私は本来の自分を取り戻すためにも、しばらくアリューシアのことなど考えたくない。
それに今まさに食事の時間で、プラーヌスが応接の間で待っているそうである。彼をこれ以上待たせるわけにはいかない。
私は部屋を出て、謁見の間に向かう。先程、遅い昼食を食べてしまったので空腹は満たされている。食欲なんてほとんどなかった。
もちろん、食事をする気がないからといって、自分の部屋に引き籠っているわけにはいかない。何も声を掛けることなく、食事の約束を反故にするのはあまりに非礼だ。
そんなのは相手がプラーヌスではなくても、怒らせるようなこと。食事を作ってくれたミリューとアバンドンにも礼を失する。
しかし今から食事をするのはどんなに努力しても無理だ。今日は食欲がないと、丁重に断ろう。
プラーヌスはこういうところは律儀なようで、まだ食事に手をつけず、私を待っていてくれていたようだ。彼は難しい顔で、手元にある書物に目を通している。きっと、それは前に彼に手渡した、この塔の改革案の草紙。
「やあ、やっと来たか」
部屋に入ってきた私に視線を向けず、プラーヌスは言ってくる。
「すまない、ちょっと疲れて眠ってしまって、気がついたらこんな時間だった」
「仕事の途中に昼寝をしていたわけかい?」
ようやくプラーヌスは顔を上げた。
「いや、まあ、そうなんだけど・・・」
「ふーん、それは甘え切った態度だね。いったい何が足りないのだろうか? 緊張感? 熱意? それとも僕からのねぎらいの言葉だろうか」
「本当に申し訳ない。次は気をつける」
「冗談さ。君だって人間だ。疲れることはある。取り返しのつかない失敗をすることだってあるだろう。さあ、そんなことは忘れて食事だ」
この程度の遅刻のことを取り返しのつかない失敗と、さりげなく言い放つプラーヌスには鼻白むだけなのだけど、それよりも食事のことである。
ああ、実はそのことだけど、あまり食欲がなくて。
しかしそんなことを切り出す雰囲気でないことは明らかだった。私はそのまま、いつもの椅子に腰掛ける。
彼はこの時間を心待ちにしていたというような表情を浮かべてくるのである。こんな表情で迎えられて、食事を断ることが出来る者なんて存在するだろうか。それに実際に食事を目の当たりにすると、消えたはずの食欲が少し蘇ってきたことも事実だった。
「明日になれば、この塔も静かになるだろうね」
結局、食事の時間は始まった。プラーヌスは言う。
「あの男も去り、あの少女も去る。しかしこの改革草案を書いた執事や、この料理を作ってくれた料理人たちは、この塔に引き留めておかなければいけない」
「ああ、そうだった」
アリューシアが去れば、サンチーヌやミリュー、アバンドンだって当然、そのあとを追うだろう。
彼らはアリューシアの連れてきた執事であり料理人。ボーアホーブ家が雇っている人物たちである。
私はこれほどに重要なことを失念していたようだ。
「明日、僕から彼らに話しをする。ここに残るように言い渡すつもりだ」
「何だって? しかしそんなの到底」
「無理だと君は思っているのかい? そんなことはないさ。この塔には君たちが必要だと腹を割って話せば、きっと彼らはわかってくれる。僕はとても楽観的だよ」
「あ、ありえないよ」
しかしプラーヌスはその自信満々な笑みを崩そうとしない。それはプラーヌスの無邪気さや世間知らずさを現している表情ではない。
彼が何か恐ろしいことを企んでいるかもしれないという笑み。私に嫌な予感しかもたらさない。
何もかもが夢のような気がしてくるなんて、とても陳腐ではあるけど、本当にそんな気がしてくるのだから仕方がない。
しかし花の香りが部屋に留まっていた。アリューシアの香水。上流貴族の少女の香り。
その香りの中で、私はワインに酔ったように頭が少しくらくらする。
僕が君を守る。カルファルについて行くな。私はそのようなことを口走ってしまったはずであるが、実はそんなことなど起きていなかったとしたら、それはそれで何の問題もない気もする。だってそれは私の心からの言葉ではなかったのだから。
しかしもちろん私はその言葉を発したはずで、アリューシアの心にも届いたはずだ。
彼女は戸惑っていることであろう。迷っているだろう。だとすればそれは成功。カルファルとアリューシアが深い関係になることは容認するわけにはいかないのだから、彼女を大いに戸惑わせ、大いに迷わせ、その決断を阻む必要がある。
とはいえ、更にアリューシアを追いかけるだけの気力はなかった。彼女の部屋にまで押しかけて、さっきの話しを蒸し返す度胸などない。
アリューシアがどのような決断を下すのか、もはや流れに任すだけ。
いや、むしろ私は全てなかったことにしたくらいに後悔しているのだ。アリューシアにあんなことを言った自分がまるで他人のようだ。
私は本来の自分を取り戻すためにも、しばらくアリューシアのことなど考えたくない。
それに今まさに食事の時間で、プラーヌスが応接の間で待っているそうである。彼をこれ以上待たせるわけにはいかない。
私は部屋を出て、謁見の間に向かう。先程、遅い昼食を食べてしまったので空腹は満たされている。食欲なんてほとんどなかった。
もちろん、食事をする気がないからといって、自分の部屋に引き籠っているわけにはいかない。何も声を掛けることなく、食事の約束を反故にするのはあまりに非礼だ。
そんなのは相手がプラーヌスではなくても、怒らせるようなこと。食事を作ってくれたミリューとアバンドンにも礼を失する。
しかし今から食事をするのはどんなに努力しても無理だ。今日は食欲がないと、丁重に断ろう。
プラーヌスはこういうところは律儀なようで、まだ食事に手をつけず、私を待っていてくれていたようだ。彼は難しい顔で、手元にある書物に目を通している。きっと、それは前に彼に手渡した、この塔の改革案の草紙。
「やあ、やっと来たか」
部屋に入ってきた私に視線を向けず、プラーヌスは言ってくる。
「すまない、ちょっと疲れて眠ってしまって、気がついたらこんな時間だった」
「仕事の途中に昼寝をしていたわけかい?」
ようやくプラーヌスは顔を上げた。
「いや、まあ、そうなんだけど・・・」
「ふーん、それは甘え切った態度だね。いったい何が足りないのだろうか? 緊張感? 熱意? それとも僕からのねぎらいの言葉だろうか」
「本当に申し訳ない。次は気をつける」
「冗談さ。君だって人間だ。疲れることはある。取り返しのつかない失敗をすることだってあるだろう。さあ、そんなことは忘れて食事だ」
この程度の遅刻のことを取り返しのつかない失敗と、さりげなく言い放つプラーヌスには鼻白むだけなのだけど、それよりも食事のことである。
ああ、実はそのことだけど、あまり食欲がなくて。
しかしそんなことを切り出す雰囲気でないことは明らかだった。私はそのまま、いつもの椅子に腰掛ける。
彼はこの時間を心待ちにしていたというような表情を浮かべてくるのである。こんな表情で迎えられて、食事を断ることが出来る者なんて存在するだろうか。それに実際に食事を目の当たりにすると、消えたはずの食欲が少し蘇ってきたことも事実だった。
「明日になれば、この塔も静かになるだろうね」
結局、食事の時間は始まった。プラーヌスは言う。
「あの男も去り、あの少女も去る。しかしこの改革草案を書いた執事や、この料理を作ってくれた料理人たちは、この塔に引き留めておかなければいけない」
「ああ、そうだった」
アリューシアが去れば、サンチーヌやミリュー、アバンドンだって当然、そのあとを追うだろう。
彼らはアリューシアの連れてきた執事であり料理人。ボーアホーブ家が雇っている人物たちである。
私はこれほどに重要なことを失念していたようだ。
「明日、僕から彼らに話しをする。ここに残るように言い渡すつもりだ」
「何だって? しかしそんなの到底」
「無理だと君は思っているのかい? そんなことはないさ。この塔には君たちが必要だと腹を割って話せば、きっと彼らはわかってくれる。僕はとても楽観的だよ」
「あ、ありえないよ」
しかしプラーヌスはその自信満々な笑みを崩そうとしない。それはプラーヌスの無邪気さや世間知らずさを現している表情ではない。
彼が何か恐ろしいことを企んでいるかもしれないという笑み。私に嫌な予感しかもたらさない。
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