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2.5 side note

ex2#後編

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呼び鈴のチャイムを鳴らしたのはあの子だろうか……それとも別の誰かか……。
「どちらさまですか~?」
――
訪問者の正体は『白台消防署の方』というキャップをかぶった男の人だった。
ドアスコープから覗いた感じだと年齢は60代くらい?
糸目で腹黒そうな顔をしている。
わたしは慌てて居留守を決め込むことにした。が……
ピンポーン♪
「……」
ピポポポポポポーーン♪
「……っ!」
ピンポンダッシュならぬ、ピンポン連打である。
(こいつ……!)
わたしはドアホンに
「はい!なんでしょう!?」
あの子の声音を真似て気持ち低めに、ドスを効かせて怒鳴った。
「うわぁびっくりした!いきなり大きい声出さないで下さいよ」
糸目の男はわざとらしく驚いてみせる。
(こっちだって驚いたわい)
わたしは心の中でツッコミを入れた。
糸目の男は再び咳払いをすると言った。
「実はですね、今度の連休に消防署の方で素敵なイベントをやるんですよ。
よかったらご家族皆様で是非いらして下さいね」
糸目は営業スマイルを浮かべると、チラシらしきものをポストに入れた。
(……)
わたしはそっと覗き窓から外を見る。そこにはもう誰もいなかった。
(あのヤロー……ここは単身者向けのマンションやろがい)
わたしは思わず舌打ちをした。
なんか口調もおかしくなっている気がするけど無視するものとする。
「……まあいっか」
わたしはチラシを手に取る。
「えっと……なになに……」
そのチラシにはこう書いてあった。
【 新製品のお知らせ】
このたび弊社では、家庭用消火器の新製品を開発致しました。
内容量そのまま、従来品より圧倒的なコンパクト化を実現、しかも安全装置も充実、ぜひ一度、お試しになってみてはいかがでしょうか。
〈 株式会社 砂鳴工業〉
……また胡散臭いのが来たな……でもあの子なら信じるかもな
わたしは心のでそう呟いて、チラシを靴箱の上に放り投げた。
――
リビングに戻り、テーブルの上に置いてあるテレビのリモコンを取る。
(……ん?)
テレビ画面の右上に『緊急速報』の文字が見える。さっきの男の子が見つかったとかいうやつだ。
わたしはチャンネルを変える。しかしどの局も同じニュースをやっていた。
(……)
わたしはテレビを消し、ソファーに座って軽く伸びをし、気持ちを切り替える。
(……よし!じゃあ続きやりますかね……)
わたしは次の作業に取りかかった。
――
いよいよ船体の組立作業。
まず、キットに入れておいた6ミリのピンを船体の真ん中よりやや後ろ、
高さは甲板から3ミリ下、の位置に突き刺す。そして甲板の真ん中に針で軽く穴を開けてマストの金属線を差し込む。
(金属線でマストを固定したわけね)
あの子は親切にも、船体にピンを突き刺す目印を予めつけてくれていた。
(……どんだけ突き刺すのが好きなの、あの子は……!)
わたしは苦笑しながら、マストの取り付け作業を済ませる。
(さて……あとは……)
「あっ!?」
わたしはあることに気づいて、思わず声を出してしまった。
(しまったぁぁああ!!)
わたしは船の前に突き出たマスト(※説明書によるとバウスプリット)を作るのを忘れていた。さっきの糸目おじさんに動揺して、すっかり忘れていたのだ。
(うぅ……)
わたしは少し泣きそうになる。
(いかんいかん……しっかりしろわたし!)
わたしは気合いを入れ直すと、再び作業を再開した。
順番が前後したが今度はは船首マスト、バウスプリットを作る。
――
バウスプリット用のようじも根元が薄く削られてマストの用のパーツに似ていた。
説明書にも『マストの項目にも書いたけど間違えないように』とあの子の注意書き。
(バウスプリット……)
確かに船の前部にある棒のことだけど、そんなふうに言われるとなんだか別のものを想像するから不思議だ。
わたしは説明書の指示に従って、バウをセメンダインで甲板に接着する。
(指がくっつかないように慎重に……)
ピンセットを使って接着剤が乾くまで待つ。
その間にわたしは、あの子がくれた説明書を読み直してみた。
――
『バウ』は英語で帆柱を意味する言葉ですが、日本語では単に『檣楼』、『旗竿』とも言います。
これは船が帆船だった時代の名残りで、 当時はマストの先端に風を受けるための旗を掲揚していました。
しかし、現代のヨットなどでは、バウに大型のセイルを取り付け、 その先端で海面に浮力を発生させる構造になっています。
ちなみに、バウには他にもいろいろな呼び方があります。例えば『前檣』や『先檣』、あるいは『船尾楼』『艦橋』『船橋』など。
これらはそれぞれ、セイルがある部分、 つまりは前方の……
(やめて!もういい!わかった!)
わたしは説明文を読むのを中断した。なんか、読んでいるうちにめまいがしてきたらだ。
(やっぱりあの子ちょっと変わってる……)
わたしは思わず苦笑いを浮かべる。
あの子のことがもっと知りたいような、知りたくないような、複雑な気分になる。
(ふぅ……)
再び作業に戻る。
『バウ』に白糸の輪を結びつけ、お馴染みのボンドでくっつけ~の余白のカットの工作を施す(※以降は『処置』と呼びますね)
「根気勝負ね……あの子……違う……自分との闘いよ」
後ろのセイルの糸を船の横腹のピンに結んで処置を施す。
前のセイルの糸は『バウ』に結んだ糸の輪に通……す?
(んん?これになんの意味が……?)
――
……結果から言うとこの細工は、ボトルシップの佳境。瓶詰めの手順で必要な工作だった。
(ヨシ!)
無事ボトルの中にヨットを封じ込めたわたしは心の中でガッツポーズをとった。
ボトルの中にはマストがスッキリと船尾に折り畳まれたヨットの模型が入っている。
(おお……なんかすごくそれっぽい……)
わたしは久々に感動した。
(あとは……)
ボトルとヨットの接着剤が固まったら白糸を引いてマストを立てて『処置』を加えて蓋をすれば完成だ……~ッッ!達成感と恍惚感に思わず座ったままポーズを決めるわたし。
(ふぅ……これでほぼ完成……)
テレビを点ける。時刻は午後二時前『oxナンデス』も佳境に入り司会のお笑い芸人とゲストの俳優が熱湯を浴びて転げまわっている。
(あ……そういえば……お昼の食事まだだった……)
わたおなかをさすりながら椅子から立ち上がる。
キッチンに向かい冷蔵庫を開ける。
(何かあるかな……)
わたしは冷凍庫も開けてみる。
(うーん……)
残念だが封を切っていない冷凍餃子が一パック、今のわたしの体には多すぎる。
(仕方ないか……)
わたしは朝方あの子にもらったカードを握りしめコンビニエンスストアに買い出しに出ることにした。
ソファに引っ掻けてあったあの子のニットを羽織る。色はカーキ色、少し大きい。
(さて……)
玄関先であの子の同僚に買ってもらった新品のスニーカーに履き替えてドアノブに手をかける。その時だった。
(!?)
強烈な悪寒が背中を走る。
(なに……これ……)
とても怖いもの……近付いている……確実に……場所は廃都市の……駅前!?

#おしまい
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