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5 I will kill this lamb (A)
#2
しおりを挟む「つまりここに来る途中のトラムの中でえ、紹介状一式まるっと一式盗まれた。そう言いたいのですねぇ?」
K倉教会。T大の中央棟<通称:象牙の塔>を中心に放射状に広がる街の外れに位置する白い基督教系のじんまりとした『あたたかい』雰囲気の教会。
市電の終点駅から徒歩で約十数分、街と廃都市のはすみに位置する立地にある。午後三時過ぎ、その教会の母屋北側にある応接室に年の離れたふたりの銀髪の女とたっぷりとした修道服を纏った一人のシスターの姿があった。
男受けしそうな妙に甘ったるい声のその細身のシスターがワカの説明をなぞらえるように確認する。
その年頃はクロエと同じぐらいだろうか? 彼女はジョアンと名乗った。らく本名ではないのだろう。クロエとは数年来の付き合いらしい。
クロエが『彼女』について知っていることは何点かある。
クロエが今の仕事に就いたばかりの頃偶然知り合ったこと、お節介焼きなこと、何故か自分に瓜二つのこと、
その外見からは想像できないほどタフなこと、そして───
「……ごめんなさぁい、とりあえず今日のところはどうにもならないのでぇ、一旦お引き取りくださぁい」
それにしても……
一見お役所仕事の突き放すような物言いだけれど、こうして平日の昼過ぎという微妙な時間に訪ねてきた自分達をお茶とお菓子で出迎えてくれる程度には親切。
しかも供された茶菓子がよりにもよって<たぬきケーキ>とは……
<たぬきケーキ>とは
いわゆるキャラ弁の走りとも言える。デフォルメされたたぬきの胸像風のちょこんとした洋菓子。
正確な出自は不明、昭和40年(1965年)頃に誕生。一時的に日本全国で大流行したもののコンビニスイーツの台頭により衰退。後年テレビ番組まどで紹介され、思い出したように人気が再燃。手作り感とシュールな雰囲気が魅力で、ファンが「全国たぬきケーキ生息マップ」なるカタログ作成するなどして、人気のケーキとなった、らしい。
「ふふふ、お気に召しましたか?」
ワカの沈黙をケーキの味への驚嘆と解釈したのか、彼女が自信たっぷりに微笑む。
「クロエとはぁ、どんな関係なんです?あなた」
……ワカがちらりとクロエの様子を窺うと皿の上の<狸>を几帳面に一口サイズに切り分けて口に運んでいる。
「し……親戚なんですよ、クロエさんの妹さんの夫のいとこで……ほら、さ里親制度とかっ!」
爽やかな香りを放つダージリンティーで口を湿らせ、しどろもどろになりながらもワカは何とか質問に答える。
「へええ~……まだ小さいのに大変ですねぇ色々と」
彼女は一体何を聞きたいのだ?なぜ自分はこの神に身を捧げた(らしい)聖職者の前で嘘を重ねているんだろう?ワカは焦燥を隠しつつ、お返し。とばかりに質問をぶつけてみた。
「あの……初対面で失礼なんですが、こちらの教会、真っ当なところでは ありませんね……?」
「そんなことはありませんよぉ。私は正真正銘、ただ心優しいだけのシスター。この教会の教えに従い日々真摯かつ誠実に勤めていますよぉ……まぁ、戸籍や身分証の偽造、違法物品の取引の仲介もしていますしぃ、それなりに儲かっててますけどぉ、それはみんなぁ、迷える羊のためですよ?それにしてもぉ…」
突然、子猫のイタズラを咎めるような優しい表情で振り向き、シスターはクロエに会話の矛先を向ける。
「まさか天涯孤独のクロエさんにこんなにかわいい従姉妹が居たなんて驚きですねぇ、初耳なんですけどぉ?私ビックリ……あっ!そういえば…」
急に矛先を向けられたクロエは不意打ちを食らったように
小さく身を震わせる。
「先日のお見合い話、結局破談になったんでしたよね」
「んッ?うん……」
クロエは眉ひとつ動かさないまま、ティーカップに映る自分の顔をじっと見つめたまま微かに首を縦に振った。
「折角紹介してあげたのに……どうしてまた?」
「───お医者様はお医者様でも獣医さんだったから……」
「は?それだけ?他に理由はないのぉ?」
「……相手を選ぶ理由なんて大抵はその程度のものだろ?愛ってなんだ?悔やまないってことだろ?」
「……ねぇ、クロエさん。あなたの伴侶になるはずだった方は孤児院の子達にも割りと評判のよい素敵な方ですよ。あの方に次の素敵なお相手が見つかるといいですねえ」
シスターのお小言にクロエはぶちぶちと文句をつける。
「余計なお世話だよ……別に、どっちだって一緒だし……」
───孤児院とか結婚紹介所みたいな事業もやってるわけね。
清貧を尊ぶシスターの嗜みとやらも怪しいものである。
だが、それ以上に気になっているのは……
(先刻スリタヌキが首からロザリオを下げていたように見えたのだ)
果たしてこの灰色の教会との繋がりは……。
「───まぁいいかぁ、作成してあげます、戸籍とT大の編入手続き書類」
(ふぁっ!?)
クロエへの説教を適当に打ち切ったジョアンが唐突に、まるで週末のお出かけの相談みたいな軽い調子で言ってのける。
「……ジェミミ姉さん、マジで言ってんの?それ……」
ジョアンの30分近い説教の間、顔面蒼白で呻き声をあげていたクロエが再起動をして、戦々恐々、尋ねる。
「たわけ!教会ではジョアンと呼びなさい」
「は、はいっ!シスタージョアン!」
反射的に畏まるクロエを尻目に
(ジェミミねえさん……?)
ワカはこっそりと、頭の中で二人の関係をあれこれ想像した。
ひょっとしたら二人は孤児で引き取られた姉妹で、姉がシスターとしてここで働き、妹は訓練生を経てT大で働いている、というところだろうか。……しかし、どうにもこの二人の間にはある種の上下関係のようなものが見え隠れしているような気がするのだが……。まあ今は他人の詮索するのは野暮──
「───とはいってもぉ、流石に正規のものを作成するとなるとぉ色々問題が生じますう。でも、あの方の紹介ということでしたら、特別サービス……しちゃいます。あなたの年齢ならぁ、特例としてぇ未成年後見人の欄を埋めるだけで許されますぅ。……って、聞いていますかぁ?」
「へっ?」
いつの間にか再び意識を別の世界に飛ばしかけていたワカ。眼前で手をひらつかせながら、シスターが話しかけていることに気づく。
「……なぁにぼんやりしてるんです」
「ケ、ケーキに入ってるブランデーのせいかな?あはは……」
アンタのために聞きたくもないお説教聞かされにきたんだからしっかりしろ、クロエに暗に咎められて慌ててごまかせば呆れたように嘆息される。
「今日のたぬきケーキにはお子様に配慮して洋酒の類いは使ってませんよぉ?さてぇ…」
ジョアンは気分を切り替えるように居住まいを正すと二人に向かってにっこりと微笑んだ。
「もちろん、タダという訳には参りませぇん。条件がありまぁす」
つづく
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