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5 I will kill this lamb (A)
#7
しおりを挟む───かはッ、ジェミミは「いつも」のように雑木林の中で目覚めた。一糸まとわぬ姿で。休日の目覚めのように緩慢な動きで身を起こすと、傍らでまたぞろ「拾った」らしいスマホをケイルが細い指で器用に操作している。
おえっぷ…また、あの「病気」か。胃のムカつきがぶり返し冷たいのは承知で再び地面に横になる。今日は特に胃酸が胸元を這い上がってきて苦しいのだ。ジェミミには何となくわかっている。これは多分、精神的なストレスが原因なのだ。ここ数年続く頭痛と吐き気もそれで説明がつく気がした。ああ週明けにでもまた病院にかかって薬をもらおう…でも月曜は混むから火曜あたりかな……。
「……ん、んーーーー……オェエッ」
吐き気を堪えつつ、つい先刻の出来事を思い出そうと思考を巡らせる。
例の如くケイルの「お仕置き」のために礼拝堂に向かった。今日は小一時間、地下の納骨堂に閉じ込めるのグッドだと思った。
その時、ふいに鋭い頭痛に襲われ気を失った。脳裏に浮かぶのは自分が犬のように鎖を曳かれて歩いている光景。街のゴロツキみたいな男が自分に向けて何事か喚きながら銃を撃った。ごちゃごちゃと鬱陶しかったので食い殺した。そういう夢。
───…痛っ。何気なく肩に触れると夢で撃たれたのと同じ場所に擦り傷。
大丈夫でっか?シスター。そこでケイルが声をかけてきた。ジェミミは今し方見た夢の内容を話した。すると……。
「……なんやそれ?オモロいなぁ!」少女が爆笑した。
「ほんならそのオジサン、シスターが喰うてもうたって形やん。まるでメルヘンかファンタジーやな、婦人科の他に心療内科も受けた方がよろしゅない?」
しかし、そうなると肩の傷の説明が……。
「は は は!それはキツツキが飛んだせいや。気絶したシスターの肩口をキツツキが掠め飛んだんや、ビュビューンって」
ぎゅっ。不意にケイルがジェミミに抱きついた。
そして胸元で、─シスターええ匂いするから、きっとそのせい……。そう囁いた。
やっぱりあの子、知能犯だ。ジェミミは改めて思った。
じゃあワテが、着替えと救急箱持ってくるから。そう言い残して足早に立ち去るケイル。
そもそもあの子は、私がこの教会の管理を任されるようになって日も浅い頃にT大から面倒をみるように言付かったのだ。
曰く「貴方と同じくらい「才能」に溢れる貴き者なのでしっかり面倒を見るように」と。なんじゃらほい。
しかし生々しい話だけれど毎月あの子養育費、というか補助金のようなものがT大から振り込まれると言うのだ。その額なんと50万。これは大変に魅力的な話で、二つ返事で私は彼女の親代わりになることを引き受けた。
彼女が立ち去り、途端に周囲が静寂に包まれた。それにしても今日の「病気」は一段と激しかったらしい。全身に血の臭いが染み付いて、多分2週間は落ちない。
そして、鏡を見るまでもない。私の口の周りにはベッタリと誰かの返り血がこびりついている。私はそっと口元の鮮血を舐めてみた。おえ。
皆様のおかげで本日は約300キロもの有益な資源を「回収」することができました。この作業を続けクリーンになった土地は、参加者に寄贈する、と市は仰っておられます。皆様、今後もどうか御協力宜しくお願い致します───……。
大地主になれる。かつての北陸一の大都市、その一等地の一角をゲットできるかもしれない。毎月2回、そんな夢と希望を持ってゴミの山を漁る老若男女が100人近く集まってくる。木を見て森を見ず。参加者達はこの銀髪の華奢なシスターの幽な本質など気にも止めていない。参加者にとって彼女は所詮、駅前の喋る自販機と同じ、公示役に過ぎなかった。
もし彼女に立ち入ろうとする者があれば、半月以内に必ず消息を絶つ。ただそれだけの事であった。
ようやく吐き気が落ち着いたジェミミは、ありったけの香水を身に振り撒き、いつもの修道服に袖を通し天幕に向かった。今頃は、集めた「資源」をカゴに分別している最中だろう。クロエは上手に「私」をやってみせているだろうか?
───笑顔が引き吊ってる。数日後、無事発行されたワカの偽造カードを様々な角度から検分しながらクロエが言った。
「これ、撮り直しとか効くんですかね?」
「んなワケないでしょ。学生証とか免許の証明写真じゃあないんだから」
「ですよねえ……」
あの日、正午を少しまわった頃に、ようやくジェミミとケイルは天幕に戻ってきた。
シスター様がサボって自分だけ喫茶で軽食とかお召し上がりになってよろしいんですかねえ。
クロエが皮肉っぽく言った。慌てて拭ったのだろう、ジェミミの口の周りにはトマトケチャップか何かの「赤」がベッタリこびり付いている。
アタシもドカンと大きいグラスでキンキンのクリームソーダ、ぐいっとしてえなあ。そう言ってクロエはむくれた。
一方ワカはオソレから渡された謎の指輪の出所を偶然突き止めた。少しだけ魔法の指輪ではないか?と疑っていたが、まさか縁日の景品…いや原材料、ゴミ、のリングとは……。
それは有害捕獲した異形からエネルギーを抽出した残りカス。鉱業的な意味では「スラグ」に近い物質を加工したリングだった。
それにしてもこの埋め立て処理場、何でも捨ててある。もしかしたら、昔の「私」も捨ててあるのではないか?ワカは少しだけ昏い気持ちになった。
それでも言葉なんて不確かで曖昧な物を用いずに現物で友情を示そうとするパープル髪の自称天才女にワカはちょっとばかし好感を抱いた。わかりやすくて助かる。それにしても面白い奴。
無事、清掃活動を終了した3人と一匹は銭湯に向かったが臨時休業だった。(残念)
仕方がないので教会のシャワー室で汗を流してからジェミミ行きつけの喫茶店で遅ればせながら、昼食を喫する事になった。
クロエはホクホク顔で卵サンドとキンキンに冷えたメロンクリームソーダを注文した。
運ばれてきたメロンクリームソーダをぐびりと一口。「うめえ」クロエは自然な笑顔で笑った。
つづく
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