どうぶつの楽器屋さん(ファーストシーズン)

@taka29

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くまあらし

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『ふっくらお揚げの店 つるや』
白地に紺で染め抜かれた天蓋の中、小ぢんまりとして清潔感のある屋台の中はお揚げの揚がるシュワシュワという音と活気に溢れている。
山あいの町、毎年催される小さな夏祭りに西の都からやって来る子狐に大人気の油あげ屋さん。
ウソかマコトか令和の世に
「こぞうずしはなぞの店 ふっくらおあげはつるやさん」
と信田妻(シノダヅマ)が詠ったと語り継がれるこの店が今年もやって来たのだ。
そんな歴史ある店の前で一組のキツネの親子が揚げたての油あげを受け取りほくほく顔で家路についた。
父狐は真っ白なお髭とふさふさ尻尾を持った立派な雄、子狐は親譲りの真っ白な毛並みにちょっぴりくせっ毛である。
「きつゆきぃ、お母さん喜んでくれるかなぁ?」
しっぽをパタつかせて目を輝かせながら言う愛娘の姿に父は思わず頬が緩む。
「きっと喜ぶぞぉ。お母さんも大好きなんだ、あの店の油あげは格別だもんな」
父がそういうと子狐は満面の笑顔を浮かべる。
「そうだ、今日は野外コンサートがあるんだ。マサユキのバンドが出るらしい。よかったら見に行ってみないか?」
父の提案に子は一瞬ためらったものの首を横に
振る。
「ううん、ふっくらおあげ、お母さんに食べてもらいたいんだ 冷める前に帰ろうよ」
「ははははは、食いしん坊め、分かった分かった」
二人は駆け足で帰り道を急いだ。
母への思いが詰まった温かい油あげを手にして。
ーーー
「……ん」
雨音で目が覚めた。なんだか目尻がガサガサする。眠っている間に泣いていたらしい。夢を見た気がするが思い出せない。寝ぼけ眼のまま身を起こすと、隣の夏布団でキヌコが「お、お待ちください!長編の方も鋭意執筆中でございます!お、お許しください!びゃん!」と意味不明な寝言をぶつぶつ言うのでそっとしておくことにした。
枕元に置いてある愛用の青いタヌキの目覚まし時計を見るとまだ朝の5時くらいだった。カーテンを開けると、夏から秋、季節のうつろいを告げるように雨がシトシトと降りそぼっていた。
ーーー
文月堂(ふみつきどう)。
その蔦の絡まったモダンな佇まいのお店が私たち姉妹の仕事場兼住居である。
元々は母が祖父から譲り受けた古道具屋だったが、母と父が結ばれた時分に楽器やアンティークの修理も行うようになり今の形に落ち着いたらしい。
店名の由来は、ただ単に祖母の誕生月にちなんでつけられたとも、
高名なキツネの名前を頂いた、とも聞いたけど詳しくはわからない。
ちなみに店の宣伝文句は『変わらないものはここに』となっている。
実際変わった品物も多いのだが、それ故に常連客も多くリピーターは多い。
開店時刻は朝9時とまだ先なのでとりあえずお茶でも飲もうと思い、私はキッチンへ向かった。
冷蔵庫の中のタッパーを開けて中身を確認する。昨日浸けておいたフレンチお揚げがいい感じになっていたのを確認して一匹ほくそ笑む。久々に上出来だ。最近の創作作品の料理はゲテモノノが多くて困る。昔のクッキングカバは実践的だったんだよね。
(……あれ?)
いつもならここでキヌコが起きてきて一緒に朝食を食べるはずなのだが、いつまで経っても起きてくる気配がない。おかしいな……と思った矢先に電話が鳴る音がした。
ーーー
受話器を取ると「もしもし、文月堂さんですか?オ ソ レで す が キヌツキさんはご在宅でしょうか?」涼やかな声が聞こえてきた。
「あっ、申し訳ございませ~ん。『変わらないものはここに』 文月堂の営業時間は9時から19時、定休日は木曜と土曜となっております!」私がそう言うと彼女は
「えっ!?そうなんですか……」と一瞬戸惑う素振りをみせたものの
「あの私(わたくし)です、キヌツキさんにお会いしたいのですが」と繰り返した。
「あぁすみません、父……先代は西の都に研修……」
そこまで言いかけたところで電話口の女性が
「あなたじゃ話になりませんわ、電話番の給仕の子ですね?キヌツキさんを呼んで下さいまし」ピシャリと言い放った。
ムカつく奴だけど一応お客様だし、店を預かっている私がレスポンドしなくちゃあ、いけない。意を決して受話器を握り直し
「先代は西の都に研修に行っており当分は戻りません。わたくし現在文月堂を預かっているキヌツキの娘のキ ツ ナと申します。ご用件を承って、よ ろ し い で しょ う か?」一息にまくしたててやった(ザマみろ!)
電話口の女性が息を呑む気配を感じると同時にブチッという音と共に通話が切れてしまった。……さすがに大人げなかったかなぁ……。ちょっと反省している私の横で
「シッシッシ」笑いを押し殺すような小さな吐息が聞こえる。振り向くととキヌコがいた。どうやら狐の癖に狸寝入りをしていたらしい
「おはようキヌちゃん」
「ほあ!おっひゃようござりましゅ!」
と妙な挨拶を交わしてから二匹して洗面所に向かった。鏡には寝癖のついたボサ髪で歯ブラシを口に突っ込んだ情けない二匹の女狐の顔があった。まったく、こんなんじゃお嫁の貰いてもないぞ! と自分のことは棚上げにして思う。
ーーー 
さっきの電話の事が気になったわけではないけれど朝食のフレンチお揚げを久々に焦がしてしまった。いや、あの電話のせいで調子が狂ったわけじゃなくてね?あくまでたまたまだから。
そんなこんなで朝食を済ませた後、店の掃除をしたり商品を整理したりしていたけどなかなか気持ちが落ち着かない。
結局、いつも通りの時間に店を開ける事にして準備を始めた。まずは店の看板を出して店の前に水を撒き、掃き清める。その後入口の鍵を開けるとドアベルがちりんちりと澄んだ音をたてた。そして扉を開くと今日最初のお客さまが来店された。
その獣を見た瞬間、私は思わずドキリとした。クマだった、黒いサマードレスに灰色のカーディガンを羽織った小柄なクマだった。顔立ちは整っていてどこか優雅な雰囲気さえ漂わせている。その瞳に見つめられるだけでなぜかドキドキしてしまう。
「コホン。朝、お電話差し上げた者ですけれども……あらこの匂い、油揚げかしら?『変わらないものはここに』なんて大層なことを謳ってる割に……ほほほ失礼」
すみれ色の髪を揺らすお嬢様クマの挑発的な声を聞いて少しイラッとした。そうだ、このクマ今朝の電話の女だ。
「わたくしオソレと申します。あなたがキツナさん?意外と子狐ですわね?ちょっとバイオリンを見て頂きたいのですけれど……」
キヌコに視線を向け オソレと名乗るクマがそう言った。


ーつづくー
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