12 / 12
きぬこのすすき
下
しおりを挟む
「ボボボ、ボラーゲックです、頑張ります」
街の中心の立地にも関わらずディナータイムと宅配弁当のみ対応の謎のレストラン。通称「コウモリランプ亭」店の奥に置かれた棺の中で眠っていた楽団のメンバーの一匹、ボラーゲックさんをコハク君が叩き起こしました。
「彼は自分を吸血鬼だと思い込んで休憩時間は棺桶に入って寝てるんですニャー。僕より少しかっこよくない青年ニャんだけど……ちなみに彼はこの店のオーナーでシェフも兼任していますニャ」
コハク君のバイアスのかかった説明を聞きながら、あたしは店内を見渡します。店はカウンター席とテーブル席があってこじんまりとしていますが掃除が行き届いて清潔感があり居心地の良さを感じさせてくれます。いまは準備中なので客は猫の子一匹いない。隣にはお喋りなシャム猫が一匹、板張りの壁に背中を預けるょうに佇んでいます。格好つけてるつもりなのかしら?
「それでは」
コホン、と咳払いをしてコウモリ男が口を開きます。
「私が空からキヌコちゃんを探す……という事で宜しいか?」
「違うニャ~、ボラーゲックは僕たち捜索班の弁当を急いで作ってくれればいいんだニャー」
「な!?」
「イカとタマネギは入れないでほしいニャ~、おむすびとか甘い卵焼とかウインナーとかでお願いしますニャ~」
コハク君とボラーゲックさんの押し問答が続きます。
「キヌコ……早く戻ってきて……アンタがいないと話が畳めなくて困っちゃうよ……」
あたしの小さな呟きは誰にも聞かれることなく店の片隅へと消えていきました。
***
秋風に乗って流れてくる歌声。それは子守り歌でした。
とても優しい響きなのにどこか寂しげで……
(……)
目を覚ました私は、自分が泣いている事に気がつきました。どうしてかわかりません。ただ心の底から何か温かいものが込み上げてきて、それが止めどなく溢れ出て頬を濡らすのでした。
「あ、起こしてしまった?ごめんね、うるさかったかしら」
いつの間にかハッシャクさんの膝の上で眠ってしまっていた私は、彼女の声で我に返りました。
「いえ、いいんです……それより今の歌って……」
「あれはね、娘のお気に入りの歌だったの……よく一緒に歌ったものよ」
遠い昔を思い出すかのように瞳を閉じる彼女。そんな姿を見ると胸が痛いくらいに締め付けられて、また涙が零れそうになります。
(私もいつか誰かの為にこんな風に思えるのかな?)
そう思いつつ気になった事をハッシャクさんにぶつけてみました。
「……娘さんってどんな人だったのですか?」
「そうねぇ……」彼女はゆっくりと瞼を開いて遠くを見るような目付きをすると、やがてふっと微笑んで言葉を紡ぎ始めました。
「あの子はね……ちょっとやんちゃだけど真っ直ぐで明るく笑う子だったわ。あと甘辛く煮たカボチャが好きだったことを覚えている」
懐かしそうな表情を浮かべながら語るハッシャクさん。
「へぇ……今度お供えしてあげないとですね」
私がそういうとクスリと笑って、「貴女みたいな可愛い子が来てくれたらきっと喜ぶと思うなぁ」なんて言われてしまい、何だかくすぐったくて顔が熱くなるのを誤魔化すように俯くしかありませんでした。
「そうだ!これを見てほしいの」
突然思い出したように声を上げたハッシャクさん。何事だろうと顔を上げると、彼女は懐から一葉の写真を取り出したのでした。そこに写っているのは可愛らしい子狐の姿で、年頃は私と同じくらいでしょうか?ハッシャクさんの腕の中に抱かれて無邪気に笑っていたのです。
「これってもしかして……」
思わず身を乗り出して食い入るように写真を覗き込むと、「毎年秋の暮れにお化けの木に実が成るの。夕日みたいな綺麗なオレンジ色をした木の実よ……キヌコちゃん。おばさんと一緒にお化けの木を見に行きましょう」
ハッシャクさんは優しく私の頭を撫でながら、目を細めて笑いかけました。
***
「はい、運賃三匹で600円ニャあー」あたし達は猫印の猫交通の運行する路線バスで山の麓の停留所までやって来ました。そしてバスから降りると目の前に広がる光景に驚きを隠せません。そこは一面が真っ赤に染まった紅葉で覆われていたのです。
「相変わらず凄いわね……」
「いま思いついたんだけど、キヌコちゃんはマヨイガに行ってしまったんだニャ!……きっとそうに違いないにゃんごろ~ん」
「何を馬鹿なこと言ってんのよ……まぁ確かにこれだけ鬱蒼とした森なら迷う動物もいるかもしれないけどね。少なくともアイツがあたしと一緒に来るときは林檎園の脇を抜けて社まで一直線だから、迷うワケないんだけどなぁ」
「それじゃキヌコちゃんはどこに行ったっていうんだニャー?」
「……んー、さっぱりわからん、でも……」
「でも?」
「おおよそのは検討はつくから大丈夫かな~って」
「ニャ!?キヌコちゃんの居場所わかるのニャ!?」
コハク君は不思議そうに首を傾げています。
「え、ああうん。決まってこの時期になると二匹でお参りに行っていた場所があるんだよ。ハァ……今年は盆明けから滅法忙しくってすっかり忘れてた。いま……というか、さっき猫バスの中で思い出したんだけど……そっか、あそこかも知れないな」
額に手を当て、ため息まじりに呟くあたし。
「……あそこで間違いなさそう、うん。とりあえず行ってみようか」
***
お化けの木、昼間はなんて事のないありふれた古木なのですが、彼誰刻(かれだれどき)ともなるとその様相を一変させます。
空に向かって伸びる細い枝は獲物を掴んで離すまいとする老婆の指を彷彿とさせ、タコの足のようにうねったくいぜは今にも地面から根っこを引き抜いて歩き出しそうな雰囲気です。
「……キヌコちゃんは本当にキュウコの生き写しみたい。忌々しいぐらいそっくりだわ」
そう呟いた彼女の横顔には哀愁の色が浮かんでいて……
「……」
私は黙ったままその背中を眺めることしかできませんでした。するとハッシャクさんはこちらを振り向かずにこう言ったのです。
「あのねキヌコちゃん。私はね……貴女を見てね……もうこの世にはいない娘の姿を重ね合わせてしまったの……ふがいない母親よね。あんな優しい子に死んでほしくなかったわ。もっと生きて幸せになって欲しかった」
ハッシャクさんの声音はとても悲しげで……
「……私もう疲れた。あの子を失ってからずっと後悔してばかりだもの……。ねぇキヌコちゃん教えて欲しいの。あの子はどんな風に生きていたのかしら?」
堰を切ったように溢れ出す言葉の濁流。不覚にもお化けの木と石段の中間に立ってしまった私に、ハッシャクさんがジリジリと近付いてきました。
「キヌコちゃんはあの子の生まれ変わりなんでしょう?ほら、こんなにそっくりなんだもん。きっとそうだわ……そうだと言ってちょうだい!!」
(この人、目を開けて夢を見てる系の……)
ハッシャクさんの様子がおかしいことに今さら気がついた私は、慌てて後ずさりします。ですがすぐに背中にゴツゴツと冷たい感触。私はお化けの木を背に追い詰められた形になっていたのです。
「キヌコちゃん、お願い……私と一緒に……」
ハッシャクさんの手が伸びてきて私の首を掴みそうになったその時……
「こ……ここがお化けの社ニャ~?」ガサガサと藪をかき分けて現れた影。それはコウモリ男のボラーゲックさんと食いしん坊でお調子者のコハク君でした。そして二匹に続いて現れたのは……
***
「地図では林道を道なりだけどこっちのの方が早いにゃんごろ~」
数十分前にコハク君の提案でショートカットをすることになった私たちは、草木生い茂る獣道をひたすら突き進んでいます。チクチクと茂みの枝葉が耳や毛皮に引っ掛かって痛いけどガマンガマン。
「うひゃあ、これ絶対二、三日後に筋肉痛になるパターンにゃんごろ~」
「ちょっとアンタ、何でそんなに元気そうなわけ?……ハァ……健康の秘訣とかあるの?」
「にゃんごろ~ん、そうにゃんねえ……ボクちんは毎朝ランニング3キロ走ってストレッチも欠かさないし、足腰を鍛えるために毎日スクワット百回しているし……」
「あーはいはい、わかったから。転ばないように足元注意しなさいよ、足短いんだから」
「アンタ程じゃニャいっつうの!つーか、その尻尾どうにかならんニャー。目の前でフワンフワンされるとついつい手を伸ばしたくなるんだニャ」
「しょうがないでしょ、生まれつきなん……きゃっ!」
突如、コハク君とボラーゲックさんがが茂みの向こうに走り出しました。
その後に続くようにしてあたし達も駆け出していきます。しばらく進むと見覚えのある場所に辿り着きました。そこはあたしが生まれる少し前まで、お母さんが暮らしていた社で、すぐ近くにはお化けの木がそびえ立っています。
(えぇ……嘘ぉ……)
お化けの木の前で起こっている信じられない光景を目の当たりにして思わず立ち竦むあたし。なぜならそこには、謎の女性に壁ドンならぬ幹ドンされているキヌコの姿があったからです。
***
突然の乱入者にその場の空気は凍り付きます。私に詰め寄っていたハッシャクさんは、急に現れたお姉ちゃん達の方へと視線を移しました。小脇に抱えていたスケッチブックがバサリ、と冷たい地面に落ちます。
(これは……?)
私は一瞬目を疑いました。何故ならそこに描かれていた絵には見慣れた姿の女の子があったんです。でもそれは……
(私!?)
間違いありません。どう見てもこれは私でした。それもまるで写真のような緻密さと質感……ススキの穂を刈る私、社を掃除する私、お弁当のカボチャの煮物を美味しそうに頬張る私、そしてハッシャクさんの膝の上で眠る私……。繊細なタッチで描かれているそれはまさに絵画そのもの。こんなものを描くなんて、ハッシャクさんって一体……。
「あのねキヌコちゃん。私はね……あなたを見てね……もうこの世にはいない娘の姿を重ね合わせてしまったの……」
ハッシャクさんのその表情はどこか寂しげで切なげなもの。そして彼女の目線は私の方をじっと捉えていました。
「キヌコちゃん、お願い……私と一緒に」
ハッシャクさんの手が伸びてきて、私に触れようとしたその時、
「こ……ここがお化けの社ニャ~?」
「混ざってる混ざってる、ここは『社』であれがお化けの木ッ!いい加減覚えなさいな、このハッピーキャット……ボラーゲックさんもコハクに何か言ってやってくださいよ、挿絵がないから何か喋らないと空気ですよ」
「あぁ……わかっている……んん!?」
社と木で、やしろあきニャ~やっぱり肴は炙ったイカがいいにゃんごろ~、ぶつぶつとあたしの足を引っ張るコハク君を無視してボラーゲックさんに意識を向けると
彼は茜色に染まったキヌコと謎のおばさんを見つめて固まっています。
「あの人……ボラーゲックさんのお知り合いですか?」
ボラーゲックさんは黙り込んだまま何も答えません。ですがその顔は驚愕の色で染まっています。
「……ハッシャクさん」と震える声でボラーゲックさんは呟きました。それを聞いた女性はビクリと肩を震わせ、そしてゆっくりとこちらを振り向きました。
***
数十分後、下山した私たちは携帯でタクシーを呼んで文月堂に帰りました。
街までほんの数十分。ですが今日私が体験したことはまるで何ヵ月にも及ぶ冒険のように感じられました。時間の感覚って本当に不思議ですね……
「ハッシャクさんはうちの店の常連だったんだ。でも3年前に一人娘のキュウコちゃんが交通事故で亡くなってからパッタリ来なくなった……バスの事故だった」
カウンター席に座っているボラーゲックさんが教えてくれました。ちなみの彼のお店の正式な名前は「ボーゲツ」意味は日本の旧暦の満月、とのことです。名前の由来は「店主の名前から来ているのか」と聞いたら「そんな訳ないだろ」と即答されてしまいました。残念……
「あの子が死んだ時、私は自分の不甲斐なさを強く責め立たわ。どうしてあの子を一匹でお使いに行かせちゃったんだろう、てね」
アップルティーを口にしながらポソリと零すように語り始めたハッシャクさんの目は、少し潤んでいるように見えた。
「それからよ……毎年あの子の命日には決まってススキを供えているの。あの子ったらススキが大好きでね……変わった子でしょう?」
「ふーん……それでさっきのスケッチはなんなですかニャ~?意味不明で怖いんニャーけど」
コハク君の質問にハッシャクさんはクスり、微笑みながらこう答えます。
「スケッチはおばさん、若い頃からの趣味だったんだけど……ほら好きなことに集中していると余計なこと考えなくて済むじゃない?……これからの事とか」
ハッシャクさんの瞳は揺れていて今にも泣き出しそうなほどに悲しげ。私は彼女がどうしようもなく小さ見えて仕方ありませんでした。きっと大切な家族を失った悲しみを忘れるために、必死になって絵を描き続けてきたのかもしれません。でも結局忘れられなかった。だから……彼女はあんな真似を。
そう考えると私も胸の奥がきゅっと締め付けられるような気持ちになりました。
「……良かったら俺の店に来ないか?今度は客じゃなくて従業員として……昼間は眠いんだ……どうかな?」
ボラーゲックさんの申し出にハッシャクさんは驚いた顔をします。そして涙を堪えた目を伏せると小さな声で応えました、不束者ですがよろしくお願いいたします……と。
***
朱色の花瓶にススキの穂が飾られたその日、文月堂に『ボーゲツ』からお手紙が届きました。そこには招待券と、一枚の絵葉書が添えられていました。それは秋の夜空に輝く見事な満月を描いた風景画……その真ん中には小さく書かれた一文がありました。
「ありがとう、キヌコちゃんへ」
終わり
ーどうぶつの楽器屋さん ファーストシーズン 完ー
街の中心の立地にも関わらずディナータイムと宅配弁当のみ対応の謎のレストラン。通称「コウモリランプ亭」店の奥に置かれた棺の中で眠っていた楽団のメンバーの一匹、ボラーゲックさんをコハク君が叩き起こしました。
「彼は自分を吸血鬼だと思い込んで休憩時間は棺桶に入って寝てるんですニャー。僕より少しかっこよくない青年ニャんだけど……ちなみに彼はこの店のオーナーでシェフも兼任していますニャ」
コハク君のバイアスのかかった説明を聞きながら、あたしは店内を見渡します。店はカウンター席とテーブル席があってこじんまりとしていますが掃除が行き届いて清潔感があり居心地の良さを感じさせてくれます。いまは準備中なので客は猫の子一匹いない。隣にはお喋りなシャム猫が一匹、板張りの壁に背中を預けるょうに佇んでいます。格好つけてるつもりなのかしら?
「それでは」
コホン、と咳払いをしてコウモリ男が口を開きます。
「私が空からキヌコちゃんを探す……という事で宜しいか?」
「違うニャ~、ボラーゲックは僕たち捜索班の弁当を急いで作ってくれればいいんだニャー」
「な!?」
「イカとタマネギは入れないでほしいニャ~、おむすびとか甘い卵焼とかウインナーとかでお願いしますニャ~」
コハク君とボラーゲックさんの押し問答が続きます。
「キヌコ……早く戻ってきて……アンタがいないと話が畳めなくて困っちゃうよ……」
あたしの小さな呟きは誰にも聞かれることなく店の片隅へと消えていきました。
***
秋風に乗って流れてくる歌声。それは子守り歌でした。
とても優しい響きなのにどこか寂しげで……
(……)
目を覚ました私は、自分が泣いている事に気がつきました。どうしてかわかりません。ただ心の底から何か温かいものが込み上げてきて、それが止めどなく溢れ出て頬を濡らすのでした。
「あ、起こしてしまった?ごめんね、うるさかったかしら」
いつの間にかハッシャクさんの膝の上で眠ってしまっていた私は、彼女の声で我に返りました。
「いえ、いいんです……それより今の歌って……」
「あれはね、娘のお気に入りの歌だったの……よく一緒に歌ったものよ」
遠い昔を思い出すかのように瞳を閉じる彼女。そんな姿を見ると胸が痛いくらいに締め付けられて、また涙が零れそうになります。
(私もいつか誰かの為にこんな風に思えるのかな?)
そう思いつつ気になった事をハッシャクさんにぶつけてみました。
「……娘さんってどんな人だったのですか?」
「そうねぇ……」彼女はゆっくりと瞼を開いて遠くを見るような目付きをすると、やがてふっと微笑んで言葉を紡ぎ始めました。
「あの子はね……ちょっとやんちゃだけど真っ直ぐで明るく笑う子だったわ。あと甘辛く煮たカボチャが好きだったことを覚えている」
懐かしそうな表情を浮かべながら語るハッシャクさん。
「へぇ……今度お供えしてあげないとですね」
私がそういうとクスリと笑って、「貴女みたいな可愛い子が来てくれたらきっと喜ぶと思うなぁ」なんて言われてしまい、何だかくすぐったくて顔が熱くなるのを誤魔化すように俯くしかありませんでした。
「そうだ!これを見てほしいの」
突然思い出したように声を上げたハッシャクさん。何事だろうと顔を上げると、彼女は懐から一葉の写真を取り出したのでした。そこに写っているのは可愛らしい子狐の姿で、年頃は私と同じくらいでしょうか?ハッシャクさんの腕の中に抱かれて無邪気に笑っていたのです。
「これってもしかして……」
思わず身を乗り出して食い入るように写真を覗き込むと、「毎年秋の暮れにお化けの木に実が成るの。夕日みたいな綺麗なオレンジ色をした木の実よ……キヌコちゃん。おばさんと一緒にお化けの木を見に行きましょう」
ハッシャクさんは優しく私の頭を撫でながら、目を細めて笑いかけました。
***
「はい、運賃三匹で600円ニャあー」あたし達は猫印の猫交通の運行する路線バスで山の麓の停留所までやって来ました。そしてバスから降りると目の前に広がる光景に驚きを隠せません。そこは一面が真っ赤に染まった紅葉で覆われていたのです。
「相変わらず凄いわね……」
「いま思いついたんだけど、キヌコちゃんはマヨイガに行ってしまったんだニャ!……きっとそうに違いないにゃんごろ~ん」
「何を馬鹿なこと言ってんのよ……まぁ確かにこれだけ鬱蒼とした森なら迷う動物もいるかもしれないけどね。少なくともアイツがあたしと一緒に来るときは林檎園の脇を抜けて社まで一直線だから、迷うワケないんだけどなぁ」
「それじゃキヌコちゃんはどこに行ったっていうんだニャー?」
「……んー、さっぱりわからん、でも……」
「でも?」
「おおよそのは検討はつくから大丈夫かな~って」
「ニャ!?キヌコちゃんの居場所わかるのニャ!?」
コハク君は不思議そうに首を傾げています。
「え、ああうん。決まってこの時期になると二匹でお参りに行っていた場所があるんだよ。ハァ……今年は盆明けから滅法忙しくってすっかり忘れてた。いま……というか、さっき猫バスの中で思い出したんだけど……そっか、あそこかも知れないな」
額に手を当て、ため息まじりに呟くあたし。
「……あそこで間違いなさそう、うん。とりあえず行ってみようか」
***
お化けの木、昼間はなんて事のないありふれた古木なのですが、彼誰刻(かれだれどき)ともなるとその様相を一変させます。
空に向かって伸びる細い枝は獲物を掴んで離すまいとする老婆の指を彷彿とさせ、タコの足のようにうねったくいぜは今にも地面から根っこを引き抜いて歩き出しそうな雰囲気です。
「……キヌコちゃんは本当にキュウコの生き写しみたい。忌々しいぐらいそっくりだわ」
そう呟いた彼女の横顔には哀愁の色が浮かんでいて……
「……」
私は黙ったままその背中を眺めることしかできませんでした。するとハッシャクさんはこちらを振り向かずにこう言ったのです。
「あのねキヌコちゃん。私はね……貴女を見てね……もうこの世にはいない娘の姿を重ね合わせてしまったの……ふがいない母親よね。あんな優しい子に死んでほしくなかったわ。もっと生きて幸せになって欲しかった」
ハッシャクさんの声音はとても悲しげで……
「……私もう疲れた。あの子を失ってからずっと後悔してばかりだもの……。ねぇキヌコちゃん教えて欲しいの。あの子はどんな風に生きていたのかしら?」
堰を切ったように溢れ出す言葉の濁流。不覚にもお化けの木と石段の中間に立ってしまった私に、ハッシャクさんがジリジリと近付いてきました。
「キヌコちゃんはあの子の生まれ変わりなんでしょう?ほら、こんなにそっくりなんだもん。きっとそうだわ……そうだと言ってちょうだい!!」
(この人、目を開けて夢を見てる系の……)
ハッシャクさんの様子がおかしいことに今さら気がついた私は、慌てて後ずさりします。ですがすぐに背中にゴツゴツと冷たい感触。私はお化けの木を背に追い詰められた形になっていたのです。
「キヌコちゃん、お願い……私と一緒に……」
ハッシャクさんの手が伸びてきて私の首を掴みそうになったその時……
「こ……ここがお化けの社ニャ~?」ガサガサと藪をかき分けて現れた影。それはコウモリ男のボラーゲックさんと食いしん坊でお調子者のコハク君でした。そして二匹に続いて現れたのは……
***
「地図では林道を道なりだけどこっちのの方が早いにゃんごろ~」
数十分前にコハク君の提案でショートカットをすることになった私たちは、草木生い茂る獣道をひたすら突き進んでいます。チクチクと茂みの枝葉が耳や毛皮に引っ掛かって痛いけどガマンガマン。
「うひゃあ、これ絶対二、三日後に筋肉痛になるパターンにゃんごろ~」
「ちょっとアンタ、何でそんなに元気そうなわけ?……ハァ……健康の秘訣とかあるの?」
「にゃんごろ~ん、そうにゃんねえ……ボクちんは毎朝ランニング3キロ走ってストレッチも欠かさないし、足腰を鍛えるために毎日スクワット百回しているし……」
「あーはいはい、わかったから。転ばないように足元注意しなさいよ、足短いんだから」
「アンタ程じゃニャいっつうの!つーか、その尻尾どうにかならんニャー。目の前でフワンフワンされるとついつい手を伸ばしたくなるんだニャ」
「しょうがないでしょ、生まれつきなん……きゃっ!」
突如、コハク君とボラーゲックさんがが茂みの向こうに走り出しました。
その後に続くようにしてあたし達も駆け出していきます。しばらく進むと見覚えのある場所に辿り着きました。そこはあたしが生まれる少し前まで、お母さんが暮らしていた社で、すぐ近くにはお化けの木がそびえ立っています。
(えぇ……嘘ぉ……)
お化けの木の前で起こっている信じられない光景を目の当たりにして思わず立ち竦むあたし。なぜならそこには、謎の女性に壁ドンならぬ幹ドンされているキヌコの姿があったからです。
***
突然の乱入者にその場の空気は凍り付きます。私に詰め寄っていたハッシャクさんは、急に現れたお姉ちゃん達の方へと視線を移しました。小脇に抱えていたスケッチブックがバサリ、と冷たい地面に落ちます。
(これは……?)
私は一瞬目を疑いました。何故ならそこに描かれていた絵には見慣れた姿の女の子があったんです。でもそれは……
(私!?)
間違いありません。どう見てもこれは私でした。それもまるで写真のような緻密さと質感……ススキの穂を刈る私、社を掃除する私、お弁当のカボチャの煮物を美味しそうに頬張る私、そしてハッシャクさんの膝の上で眠る私……。繊細なタッチで描かれているそれはまさに絵画そのもの。こんなものを描くなんて、ハッシャクさんって一体……。
「あのねキヌコちゃん。私はね……あなたを見てね……もうこの世にはいない娘の姿を重ね合わせてしまったの……」
ハッシャクさんのその表情はどこか寂しげで切なげなもの。そして彼女の目線は私の方をじっと捉えていました。
「キヌコちゃん、お願い……私と一緒に」
ハッシャクさんの手が伸びてきて、私に触れようとしたその時、
「こ……ここがお化けの社ニャ~?」
「混ざってる混ざってる、ここは『社』であれがお化けの木ッ!いい加減覚えなさいな、このハッピーキャット……ボラーゲックさんもコハクに何か言ってやってくださいよ、挿絵がないから何か喋らないと空気ですよ」
「あぁ……わかっている……んん!?」
社と木で、やしろあきニャ~やっぱり肴は炙ったイカがいいにゃんごろ~、ぶつぶつとあたしの足を引っ張るコハク君を無視してボラーゲックさんに意識を向けると
彼は茜色に染まったキヌコと謎のおばさんを見つめて固まっています。
「あの人……ボラーゲックさんのお知り合いですか?」
ボラーゲックさんは黙り込んだまま何も答えません。ですがその顔は驚愕の色で染まっています。
「……ハッシャクさん」と震える声でボラーゲックさんは呟きました。それを聞いた女性はビクリと肩を震わせ、そしてゆっくりとこちらを振り向きました。
***
数十分後、下山した私たちは携帯でタクシーを呼んで文月堂に帰りました。
街までほんの数十分。ですが今日私が体験したことはまるで何ヵ月にも及ぶ冒険のように感じられました。時間の感覚って本当に不思議ですね……
「ハッシャクさんはうちの店の常連だったんだ。でも3年前に一人娘のキュウコちゃんが交通事故で亡くなってからパッタリ来なくなった……バスの事故だった」
カウンター席に座っているボラーゲックさんが教えてくれました。ちなみの彼のお店の正式な名前は「ボーゲツ」意味は日本の旧暦の満月、とのことです。名前の由来は「店主の名前から来ているのか」と聞いたら「そんな訳ないだろ」と即答されてしまいました。残念……
「あの子が死んだ時、私は自分の不甲斐なさを強く責め立たわ。どうしてあの子を一匹でお使いに行かせちゃったんだろう、てね」
アップルティーを口にしながらポソリと零すように語り始めたハッシャクさんの目は、少し潤んでいるように見えた。
「それからよ……毎年あの子の命日には決まってススキを供えているの。あの子ったらススキが大好きでね……変わった子でしょう?」
「ふーん……それでさっきのスケッチはなんなですかニャ~?意味不明で怖いんニャーけど」
コハク君の質問にハッシャクさんはクスり、微笑みながらこう答えます。
「スケッチはおばさん、若い頃からの趣味だったんだけど……ほら好きなことに集中していると余計なこと考えなくて済むじゃない?……これからの事とか」
ハッシャクさんの瞳は揺れていて今にも泣き出しそうなほどに悲しげ。私は彼女がどうしようもなく小さ見えて仕方ありませんでした。きっと大切な家族を失った悲しみを忘れるために、必死になって絵を描き続けてきたのかもしれません。でも結局忘れられなかった。だから……彼女はあんな真似を。
そう考えると私も胸の奥がきゅっと締め付けられるような気持ちになりました。
「……良かったら俺の店に来ないか?今度は客じゃなくて従業員として……昼間は眠いんだ……どうかな?」
ボラーゲックさんの申し出にハッシャクさんは驚いた顔をします。そして涙を堪えた目を伏せると小さな声で応えました、不束者ですがよろしくお願いいたします……と。
***
朱色の花瓶にススキの穂が飾られたその日、文月堂に『ボーゲツ』からお手紙が届きました。そこには招待券と、一枚の絵葉書が添えられていました。それは秋の夜空に輝く見事な満月を描いた風景画……その真ん中には小さく書かれた一文がありました。
「ありがとう、キヌコちゃんへ」
終わり
ーどうぶつの楽器屋さん ファーストシーズン 完ー
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる