どうぶつの楽器屋さん(ファーストシーズン)

@taka29

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きぬこのすすき

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ご存じ文月堂の棚の一角にフォトフレームに入った一葉の写真が大切そうに飾られています。そして写真には笑顔でピースサインをカメラに向けている若い狐の姿が写っています。
フォトフレームには『あなたの思い出を大切にします』
そんなメッセージが添えられていて……

出し抜けに恐縮ですがこの度は私たち姉妹の両親キヌツキとシナノの馴れ初めについて語らせていただきたいと思います。

私たちの住む街の外れに小さな山がありまって、その中腹にお化けの木、と呼ばれる木があります。太い幹は苔むして枝葉は鬱蒼と生い茂り昼間もどこか不気味な雰囲気を漂わせています。実はそこにある古びた社こそが母の生まれ育った生家なのでした。

母は生まれつき体が弱く、ほとんど社から出ることができませんでした。父は母の面倒を見るため毎日のように山に登っていたらしいのです。おい!?文月堂は街中にあるんじゃなかったんかい!と思われる読者の皆様も多いことと思われますが……それはまた別の機会に語るとしましょう。

ある日のことです。いつも通り父が社にやってきました。当時、文月堂に弟子入りしたばかりの父は先先代、つまり私たちのおじいちゃんに毎日色々な仕事を仰せつかって大忙しでした。母のところへ毎日食事を運んでいくことも父の大事な仕事の一つでした。母の好物は、ふっくらお揚げ……ではなく川魚でした。

「今日はイワナを捕まえてきました」
父はそう言って自慢げに手桶を掲げて見せました。そうやって社の前で新鮮な魚を焼いて、母に食べさせてあげるのが父の日課だったようです。

社は小さいながらも清潔感のある神社のような造りで、母はそこで静かに暮らしていました。もちろん一方的お世話をするだけの関係ではありませんでした。二人はお互いのことを少しずつ理解していき、いつしか互いを愛し合うようになります。そしてやがて子が生まれ…………えっ!?ここまで話しておいてそれで終わるんですか?と思われた方、申し訳ありません。ここから先は蛇足になりかねませんのでどうぞご容赦ください。
***
ある日キヌコがいなくなった。それは秋空が青く澄みきった気持ちの良い日のことでした。朝目覚めると、突然キヌコが山に薄(すすき)を摘みに行きたいと言いだしました。というのも文月堂では店先にその時々の季節の草花を飾っていて、毎年この時期はススキを飾り付けていたのですが、何分多忙で手が回らず今年に限ってまだ飾りつけが出来ていなかったのです。


「私に任せて!」朝食をペロリと平らげたキヌコが得意気に胸を叩きました。「あんたが!?」
思わずあたしが聞き返すと、キヌコは唇を尖らせ、「私はやるといったら絶対やる狐なのよ」
と言って出て行ってしまいました。普段ならこんな無茶苦茶なことはしないはずなのに……一体どうしたというのでしょう。「仕方ないわねぇ」
溜息をつきつつあたしはキヌコの後を追い掛けようと立ち上がり……
その時、チリンと窓辺の風鈴が鳴り、棚の写真立てがパタリと倒れ、床板が軋み、天井からパラパラと埃が落ちてきて、(ひぃ!!?)あたしはあまりの出来事に立ちすくんでしまいました。(一体なんなんだよ!この展開!?)
慌てて玄関を飛び出した時、すでにキヌコの姿はどこにもありませんでした。

「キヌコー?どこ行ったのぉ?」
声を上げて呼べども返事はなく、代わりに聞こえてくるのは街の喧騒と秋風に揺れる街路樹の葉音ばかり。まるでキヌキがあたしを置いて何処か遠くに消えてしまったかのような錯覚を覚えます。途方に暮れていたところに一本の電話。まったく……田舎の動物は朝が早いんだから……。
そう思いながら受話器を耳に当てた瞬間……
「キツナちゃん、いま暇にゃー?今日お店に遊びに行っても
良いかにゃー」
そんな呑気そうな猫の声を聞いてあたしは一気に脱力してしまいました。
そうです、夜祭りで知り合ったあのコハク君です。
確か彼もこの街に住んでいた筈。あぁもう、どうしてこう次々トラブルが起きるのかしら!
***
お姉ちゃんはスッとろい。明日が一体何の日だったのかすっかり忘れてるに違いない。だから私が思い出させてあげなくちゃいけないと思った。

先日それとなく尋ねてみた、すると
「おやつ抜きにするわよ……」と目を吊り上げて怒られてしまった。多分あきれた様子で言ったのがいけなかったのだろう。でもお姉ちゃんが悪いのだ。お母さんの七回忌をすっかり失念していたなんて! きっとお父さんもがっかりすると思う。ただでさえ最近忙しくしているみたいだし。それにしても……

お姉ちゃんは昔からそうだった。肝心なところでツメが甘いというか、よく言えば慎重、悪くいえば優柔不断。だけど私はそれが悪いことだとは思わない。そういうところも含めて大好きなのだ。

私の行動は迅速だった。さっそく早朝、目が覚めるとすぐに山歩きのために準備しておいた服に着替え、揃えておいた野営道具を確認してリュックに詰め込んだ。幸いここは古道具屋なので野宿に必要な物は大体揃っている。

(へへへ、やってやる、やってやるぞぉ)
私はしっかりと朝食を平らげて牛乳をグイっと飲み干すと家を出ました。家を出る時、お姉ちゃんの短い悲鳴が聞こえてきたような気がするけど構うもんか。そんな見え透いた手には乗りませんよ~だ!
***
山』とは父と母が結ばれた社のある例の街外れにある小さな山のことです。大人の足で歩いて二時間ほど。山の中腹にはお化けの木と古い社、麓には林檎園やススキの群生地が広がっている不思議な場所です。今回の目的はお母さんの社にお参りしてお店に飾るススキを摘むこと。何事も迅速にこなさなくてはなりません。私はススキの原でまずお店に飾るススキを刈ってから、社に向かうことにしました。

山の麓には一面ススキが群生していて、その穂先は黄金色に染まり、風に吹かれてザワザワと揺れています。私は誰かに見られている気がして、ふと視線を巡らせると、そこには白いつば広帽にワンピース姿、季節外れの格好をしたお姉ちゃんより一回りくらい年上の狐がいて、ボーッと突っ立ってススキを眺めていました。しかも度の強そうなメガネをかけています。

こんにちは。私は女性に挨拶をしました。すると向こうもこちらを向いてペコリと頭を下げました。そして再び同じ場所に向き直るとしばらくじっと見つめ、再び首を傾げるのです。そして、しばらくすると彼女は足元の敷物に置いてあったスケッチブックを拾い上げました。

「絵を描いているんですね」私が尋ねるとおばさん狐は無言のままコクりと小さく肯きました。「私にも見せてください」今度は断りを入れることなく、半ば強引に覗き込みました。そこに描かれていたのはススキ野原に佇む少女の絵。
「上手ですね」「…………」
しかし返事はない。ただの屍のようだ。(えぇい面倒臭い)
「お姉さん名前は?」
やはり返事がない。女性はまるで何かに取り憑かれたかのように一心不乱に絵を描き続けています。

少し怖くなった私は第二の使命、母の社へのお墓参りを口実にその場を立ち去ることにしました。君子危うきに近寄らずです。
「じゃあ……お邪魔になりますので私はこれで……」
そそくさとその場を立ち去った私は、そのまま社に向かって山道を進みました。さっきのおばさんも気掛かりではありましたが、今はとにかく目的を果たすことが最優先です。

程なくして社の前にたどり着いた私は深呼吸をして気合いを入れ直し、いつものように鈴緒を引き鳴らしてからパン!と柏手を一つ打ちます。目を閉じて深く息を吸い込むと同時に胸一杯に広がるのは何とも言えない懐かしい雰囲気……あぁやっぱりここが一番落ち着く……。そう思った矢先のことです。突然背後から話かけられたのは。

「……奇遇ね」
驚いて振り返った先に立っていたのは先程の女性でした。相変わらず目付きが鋭くてちょっと怖い。
「どうも……」
「……あなた、お供え物を持ってきたんでしょう?ならついでにお掃除も手伝ってちょうだい。この辺りはまだ綺麗だけど奥の方まで行けば行くほど道が険しくなるわ。きっと疲れてしまうでしょうけど……」
そう言って顎先で指図する彼女に促されるまま、私は仕方なく境内へと入りました。
(そう言えばお母ちゃんもこんな感じだったっけ……?)
***
「そうだったんだニャ~、そんなに差し迫った事情があったんだニャ~!」
あたしの話を聞き終えると同時にコハク君は大きな声でそう言うと、ウンウンと首を振っている。実はあの夜祭り以来、あの楽団はウチのお店を懇意にしてくれていて、時々、メンバーがお店に遊びに来たり、あたしが楽団に助っ人で参加したりするようになっていたのだけれど……。

「こんな日にわざわざ打ち合わせに来ちゃうニャンて……ボクもつくづく間の悪いオスだニャ~」
トラさんが持たせてくれたらしい栗の入ったどら焼きをパクつくながらコハク君が呑気に狐茶を啜ります。この猫の頭の中はふんわり綿菓子でも詰まってんの?夏祭の夜店の。

「くつろいでる場合ですかーッ!!」
あたしが怒鳴ってもどこ吹く風といった様子です。
「わっ、悪かったニャ~、だからそんな怖い顔をしないで欲しいニャ~」
11月の第二週に近所の大学で催される文化祭に楽団が出演することに決まり、あたしとコハク君がピアノの連弾を演ずることになったので練習の日程を調整するために彼に連絡を連絡をとろうと思ってた矢先なんだけど……

「心配することないニャ~。キヌコちゃんは多分帰りにお好み焼きでも食ってるだけニャ~、ボクもあれからイカは控えてお好み焼きはミックス玉にしてるニャ~」
どうやら頭の中には綿菓子ではなくお好み焼きが詰まっているようです。彼は目を細めてどこか遠くを見つめがら続けます。

「それにしても……キヌコちゃん、お昼をまわってもまだ帰ってこないし そろそろ探しに行った方がいいかもしれないニャー……」
確かに……彼の言葉通り時計の針は既に午後三時を指しています。
一体どこまで出掛けているのかしら……まさか誘拐とかじゃないよね。もしそうだとしたら……
嫌なことばかり想像してしまう、こういう時は悪いことが起こる前に一刻も早く行動すべきだ。あたしはそう考えて勢いよく立ち上がりました。その拍子にテーブルの上に乗っていたお茶請けの湯呑みを倒したのはご愛敬。

「じゃあ早速行こうか」
「ちょ、ちょっと待つニャ。ボクはこれからお好み焼きを食べに行きますですニャー」
「バカいわないの!!今すぐ一緒に行きましょう!さもないと出禁にするよ!?いいの?もう二度とここには出入りできなくしてもいいの?」
「えぇ、それは困っちゃいますニャ、わかりましたのにゃ~」
こうして急遽捜索班が編成されました。
「それなら迷子探しにうってつけのヤツがいるでございますニャ~」
そう言う彼の案内でやって来たのは街中の小洒落たレストランでした。
***
謎のおばさんはハッシャクさんと名乗りました。
彼女は趣味で絵を描いているらしく、暇さえあればこの辺の風景をスケッチしているのだとか。ちなみにここに来る途中ススキ野原の絵を描いていたのを見たけど、かなりの腕前なので是非とも個展を開くべきだと思います。

「もうすぐ娘の命日なの……」
唐突すぎる彼女の話によると、娘さんと最後に会ったのはこの近くなのだそうな。
「……私の娘ね、とっても明るくて可愛い女の子で、少しお調子者でもあったかな。あの子も甘辛く煮たカボチャとシイタケが大好きだった……」
毎年この時期になると墓参りに来るのだそうです。掃除も一段落したので社の石段に座ってお弁当を広げ始めたところで先程の会話になりました。

「そう言えば、キヌコちゃんはどこから来たの?」
ふと思い出したように尋ねてきた彼女。そう言えば話の流れ上なんとなしにここまで付いてきてしまったけど、そもそも私はこのお社へお供え物を持ってくるつもりで来たのです。
「街で姉と文月堂という楽器の修理屋をやってまして……」
「まぁ、素敵ね……一度行ってみたいわ」
そう言って微笑む彼女に、私は思わず見惚れてしまいました。

(そう言えばこの人……お母さんと同じ匂いがする)
私が黙っているのを不思議に思ったのかハッシャクさんが首を傾げています。
「どうかしたの?顔が赤いようだけど……熱でもあるんじゃないの?ほら手を貸しなさい」
そう言うなり私の額に手を当ててきました。不意の出来事に鼓動が跳ね上がります。

「大丈夫?やっぱり熱い気がする……あまり無理をしちゃダメよ?若いうちも身体を労らないと、年取ってから無理が効かない体になっちゃうんだから」
我が子に諭すような口調で告げられた言葉がじんわり心に染み渡っていくようで、何だかくすぐったくて嬉しくなって……でもちょっと恥ずかしくもあって……
「!?」
気がつくと私はハッシャクさんに抱きついていました。
「……」

(どうしよう、こんなつもりじゃなかったのに……)
慌てて離れようとしたのですが……
「いいのよ、あなたのお陰で少しだけ元気が出たわ」
ハッシャクさんに優しい声で頭を撫でられて、その温もりに包まれているうちに、胸の奥が締め付けられる様に苦しくなって……少しだけ……ほんの少しだけお母さんに会いたくなってしまいました。
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