異世界冒険記『ストレージ・ドミニオン』

FOX4

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北伐

PHASE-731【その時が来ればコクリコに言わせよう】

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 不安があるとすれば、

「糧秣廠ですが――」

「安心しろ。武器庫と兵糧の蔵と馬小屋には仕掛けていない。即、こっちの所有物に出来る」
 助手席に座るゲッコーさんは、俺が心配していたことを述べさせるまでもなく語ってくれた。
 しばらくすると川が見えてくる。
 対岸までの距離は三百メートルほどだろうか。中々の川幅だ。
 川の名前はアルサティア。
 ネグラスカル山脈から流れる川の一つ。
 この川が王土と公爵領の境となっているそうだ。
 向こう岸までかかる橋は木製の簡素なもの。

 幅員は広いけど欄干などはない。
 橋桁も低く、水面のやや上に位置している程度だ。
 雨なんかで水かさが増すと、橋は完全に川の水に浸かる高さ。
 雨でなくてもここは北方だからな。雪解けの時期なんかだと確実に浸かるね。

「気を引き締めましょう」
 馬車の窓から禿頭を覗かせる、伯爵の白息と一緒に出る声は重い。
 この橋を渡り、向こう岸に足をつければ公爵領。
 王土と違い、何かあっても揉み消しに全力を注げば王様たちも強く出ることは出来ない。
 今回は王様の名代が二人と、勇者である俺がいるから下手なことはしないだろうけども。
 向こうも戦う気満々で、こっちも武闘派二名が名代だからね。
 本当に……。先生はこれを機に公爵領に侵攻して後顧の憂いを断ち、魔王軍に集中しようと考えているのかもしれない。
 つまりは、勝てると踏んでいるからこそのこの人選なんだろうな。

「正にルビコンを渡るってやつだ」

「ここでこそアーレア・ヤクタ・エストと言うべきだろうな」

「今度コクリコにでも言わせましょう」
 なんてゲッコーさんと話すけども、今度コクリコにって言ってしまうあたり、戦いになるんだろうと俺も内心では覚悟をしている。

 橋を渡ればギシギシと経年劣化を知らせる音がする。
 もし橋が崩落したら俺たちは水の中に沈んでしまう――というわけにはならない。
 この川は川幅はあるけど水深は浅い。
 膝上まで浸かる程度しかないから、川の中を歩いての渡河も可能なようだ。
 もちろん北国の水だから体の芯まで凍える寒さに襲われることになるんだろうけどね。
 俺は火龍装備だから問題ないけど。

「――――おお、結構な数が展開してますね」
 ビジョンで見やれば、麓付近にも兵を展開していると言っていたが、大小沢山のテントが立っており、そのテントを守るようにこちらから見て前面には馬防柵や、支柱になる横に寝かせた丸太に、交差させた丸太を立て並べた拒馬もある。
 拒馬の先端はご丁寧に鋭利に仕立て上げられていた。

「物々しいな。だがここを物々しくするのはどうなのだ?」

「確かに。ここまで攻め込まれるというのが前提のようですね。誰が攻めてくるのか分かりませんが」
 馬車の中の会話が開かれた窓によって俺の耳朶にまで届いてくる。
 伯爵と、クックックと悪そうに笑う侯爵のやり取り。
 間に座らされている使者のロイドルのストレスはピークだろうな。
 先頭で案内している征北騎士団のミランドは背中だけで表情は窺えないけども、苦笑いしていることだろう――――。

「道を開けよ!」
 苦笑いをしていたであろうミランドの腹から出た声は戦う者のソレだ。
 裂帛ある声を耳にすれば、兵達が拒馬を大急ぎでどかしていき、道を作ってくれる。
 テキパキとした動きは練度の高さが窺える。
 それも当然なのかもしれない。
 ミランド同様に、双頭のグリフォンが胸元に描かれたブレストプレートを装備した者達によるものだったからだ。
 この辺りは征北騎士団が中心となった軍隊が展開されているようだ。
 精鋭だから馬鹿息子を守るために、要塞内を守っていると思ったよ。

「ん?」
 拒馬をどかせば、征北騎士団の面々が間隔の広い二列縦隊を作り、戦闘向きではない長く棚引く真紅の槍旗そうきを一人一人が手に持つ。
 縦隊の中央を馬車と俺たちが騎乗する馬が通過しようとすれば、見事に息の合った動作で横隊となり、空に向かって伸びていた穂先が傾斜となれば、槍旗によるトンネルが出来上がる。
 その中を俺たちは移動する。

「手の込んだ趣向だ」
 息の合った動きは、征北騎士団の実力の高さを暗に示しているのだろうけど、伯爵は儀仗の調練ばかりに時間を割いた、頭でっかちの中身なしと嘲笑する。
 俺が胸をなで下ろすのは、それが俺たちにしか聞こえない程度の声量で言われた事だろう。
 流石にここで斜めに寝かされている穂先が俺たちに向かってくるような事態は避けたいからね。
 ここは爵位が上である侯爵がしっかりと注意してほしいところだが――、

「然り然り」
 と、ここでもクツクツと悪そうに笑っていた。

 ――……コイツ等あれだ。本当に駄目だ……。
 徹頭徹尾、開戦のことしか考えていない。
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