異世界冒険記『ストレージ・ドミニオン』

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北伐

PHASE-795【違う、そうじゃない】

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 にしても王様。リズベッドのことはあえて口にしなかったな。
 前魔王が現在、王都にいるなんて兵士たちが知れば動揺するかもしれないからな。
 理由はどうあれ、魔王と冠する存在が同じ王都に住んでいたってなると、士気の低下にも繋がることだろうし。

「我らが英雄にして勇者であるトールと、その一行と歩めば負けなし!」

「「「「然り! 然り! 然りぃぃ!!!!」」」」
 伯爵に侯爵。ダンブル子爵にナブル将軍などの臣下たちが王様に呼応すれば、二万の輪唱へとなる。
 更なる熱いものが向けられて俺としてはこっぱずかしい。

「トールよ、皆のために一言たのむ」
 出たよ無茶振り……。しかも今までにないくらいの大人数の前で……。
 絶対に拒否したいでありんす!

 てことで――、よし、君に決めた!

「コクリコ!」

「何でしょう?」

「出番の緞帳は上がっとりまっせ」

「なんですとう!?」
 ここでまさかの自分に振ってくるとは、予期していなかったという表情。
 以前はお偉方や大勢の前では借りてきた猫のようになっていたけども、最近は実力と共にあがり症も無くなってきたしね。

「ねえゲッコーさん。ルビコンを渡るって状況ですよね」

「だな」
 二人して悪い笑みを湛える。
 このアルサティア川にて以前にゲッコーさんと会話してたからね。
 ここを渡る時は、コクリコに是非とも大きく元気な声で言ってもらおうと思っていたから。
 今がまさにその時。それで俺も皆の熱い期待を回避できて万々歳。

「さあ、コクリコ。自慢のメモ帳語録からズバッと決めてくれ。お前から歴史が始まる! 開闢の使者となれ!」

「フフフ――。トールも分かってきましたね。この私こそがこの場における歴史の一ページに記されるということを!」

「おうさ」
 本当にあがり症を克服してただの目立ちたがり屋になってくれてよかったよ。
 今後、こういった状況で俺に振られるような案件が発生した時は、全てコクリコに任せよう。
 
 ペラペラとメモ帳に目を向けるコクリコがコホンと咳払いを行い、声の調子を整えると、

「では――――アスタ・ラ・ビスタ ベイビー!」
 うん……。

「違う、そうじゃない」

「あれ!? では――私はコクリコ。ただのコクリコ」

「違う、そうじゃない――――って、歌いそうになるわ!」

「なんで歌なんです? 馬鹿なんですか」

「ああん! 景気づけに最初にお前とのバトルを皆さんに見てもらおうか」

「いつまでも自分が上にいると思わないことですね」
 バッチバチにメンチを切り合う。
 琥珀の瞳は自信に満ちたものだ。俺同様に長く死地に身を置いているからな。この俺に対して勝てると思っているようだ。

「ククク――その自信をへし折ってくれる」

「我が魔法の前に屈するがいいです」

「いや、お前は大抵が接近戦主体じゃねえか」

「では、その両方を堪能させてあげましょう」
 ほう、ぬかしよる。

「This is just the beginning」

「そうやってたまに気取りますがね。格好の悪いことです」

「や、やかましい!」

「いい加減にしろ!」

「「びょるん!?」」
 俺とコクリコの頭部からゴスリと鈍い音が響けば、次には二人して地面に転がる。
 伏臥の姿勢は五体投地の如し。

「恥ずかしすぎるぞ」
 教育委員会、PTA上等な鉄拳による制裁を風紀委員長であるベル様より、二人して有りがたく賜る。

 この後の戦いで、これ以上のダメージを受ける事はないというくらいのダメージを受けてしまった……。

「まったくお前達は……」
 涙目で見上げれば、怒りを通り越して額に手を当てて落胆気味のベル。
 その横で王様が引きつった笑み。
 勿論、臣下の皆さんも同様の表情。
 
 ベルの怒りを知る王様や臣下の皆さんはそうなるけども、諸侯や外様の兵達は大いに笑っている。
 即ち爆笑だった。
 王様と伯爵たちの掛け合い同様に、これも喜劇的なやり取りなのだろうと思われたようだ。
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