異世界冒険記『ストレージ・ドミニオン』

FOX4

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ミルド領

PHASE-979【準備万端でした】

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「ならばその老人の欲を我が刃で断ち切ってやろう!」
 鉄仮面のくぐもった声は、冷たさを感じさせる爺様の声に対して、増悪から生まれる熱を帯びさせた声。
 対極の声音だが、迫力は互角。

「強気に出ている老体だが、我々にその人数で挑むのが滑稽」
 間に入るシェザールの発言に爺様は口角を上げる。

「五百はいるようだが、先ほどその五百は美姫一人に後退りしていたように見えたが?」
 クツクツと爺様が笑って返せば、シェザールは言葉を詰まらせる。
 髪で隠されているから表情は分からないが、返答できないところから察するに、正鵠を射られたようだ。
 そこに助け船を出すのはガラドスク。

「確かに目の前の女は脅威だが、こちらも死線は潜っている。収拾の早さには自信があるのだがな」
 言うように、ベルの圧に呑まれていた連中だったけども、団長の発言以降、足を留めて戦う姿勢に立ち戻っている。

「それに如何に強者が揃おうとも、こちらも強者五百でここまで来たのだ。この数の差で一気に老体の首までたどり着けると思うが?」

「愚かなことだ」
 爺様、今度は鼻で笑う。
 その余裕ある姿が気に入らなかったようで、ガラドスクの眉がつり上がる。
 続けて不快感を表現するように、地面にウォーハンマーを叩き付ける。
 
 ――中々の威力だ。
 
 重量のありそうなハンマーを片手で軽々と振り上げて、そのまま力任せに叩き付けるというだけの動作。
 シンプルな動作だったけど、中々の振動がこちらまで伝わってくる。
 あの膂力。ガリオンと同等ってのは嘘じゃないな。

「老体。あまり調子にのらないことだ」
 残った片手をすっと上げれば、それに呼応して五百の傭兵団が動き出す。
 ベルの圧に当てられていたのが嘘だったかのような揃った動き。
 ここに現れた時も巨大な一体の獣に見えただけはある。
 ミルド領にて好き勝手やってた連中ではあるけども、動きに関してはお見事と内心では感心する。

「愚かだから愚かと言ったのだ」
 負けじと爺様も手を上げる。
 上げると同時にスティーブンスが空に向かって何かを投げた。
 投げたそれは、トンビの鳴き声のような甲高い音を立てながら空へと上がっていく。
 投擲物は鏑に似た構造のようだ。
 この状況で合図を出すという事は――、

「なるほどね」
 周囲を見渡せば、音に合わせて屋敷の屋根。壁上から人影がたくさん現れる。
 目立つように愛らしい公爵旗を大きく振っている者もいた。
 次にはドドドッ――と大地を揺らし、馬の嘶きも耳に届く。

「一気に形勢が逆転したな。こういう事でしたか荀攸さん」

「こういう事です。主殿」
 理解したよ。
 甲高い音の後の素早い展開。
 近衛と征北を中心とした兵士が現れれば、直ぐさま五百からなる傭兵団を包囲する。
 ざっと見てこちらは三千はいるようだ。
 休暇を与えている状況での三千の即応は難しい。
 しかも全員がフルプレートをはじめ完全武装の状態。
 騎乗する馬だって馬甲を纏わせている。

 つまりは――、

「皆、休暇なんか取ってなかったわけだ」
 先生や荀攸さんが大仰に王侯貴族を見送るようにしたのはこのためか。
 街中で大々的に兵達に休暇を与えるように伝えたのもこういった事か。

「傭兵団をここへと誘い込むためだけでなく、しっかりと伏兵も準備していたわけですか」
 問えば荀攸さんは先生に負けないくらいの悪い笑みで返してくる。
 
 傭兵団は市街に対し地の利があると荀攸さんは言っていたけど、この敷地内なら地の利はこちらの兵達に分がある。
 その兵達が約六倍の数で包囲している時点で、傭兵たちが逃げに転じるのは難しいだろうな。
 
 ――領民に被害が出ないようにしつつ公爵邸の敷地内に相手を誘い込み、誘い込むために屋敷は手薄と思わせておいて、実際は六倍の精兵からなる伏兵による包囲。
 聞かされればなんとも単純だけども、単純だからこそひっかかりやすい。

 しかも相手はミルド領各地で追い詰められたことで焦燥感と、俺や爺様に対しての恨みを抱いている。
 怨念にかられて思考の視野が狭くなった事で、一矢報いる好機と決断し、行動を起こしたんだな。
 この場合は行動するように、二人の荀氏によって精神誘導されたわけだけど。

 
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