異世界冒険記『ストレージ・ドミニオン』

FOX4

文字の大きさ
1,412 / 1,861
前準備

PHASE-1412【餅は餅屋】

しおりを挟む
 素直に従うリンの肩にベルが手を置く。
 その瞬間、リンの体がビクリと震えた……。
 あのリンを震えさせるんだからな。流石はベルといったところか……。

 ――準備が整ったところで、

「では思いを念じて繭に触れてください」
 アルゲース氏の指示の元、皆して繭に触れる。
 グローブと一体型の籠手を装備してない素手の状態で触れる繭は、先ほど吐き出されたばかりの糸だからか、わずかに温かさが残っている。
 ふわふわした見た目とは違って、触ると存外、硬質なものだった。
 
 ――目を閉じて念じる。
 
 とにかく大人しくも勇ましくて優しい成虫になってくれと願う。
 
 願う俺の横では、コクリコが「最強たれ!」と言いながらも、「やはり最強の私の次くらいで」と、言い直す……。
 
 シャルナは「元気に生まれて」と、まるで母親のような内容。
 
 今回の冒険に参加してくれたタチアナ、コルレオン、パロンズ氏も念を込めて呟いていた。
 各々が抱いている欠点を克服するような内容だったので、繭の中に伝えながらも、自分たちにも言い聞かせているといったところだろう。

「汎用と実用性のある生物で――」
 シャルナの肩に手を乗せるゲッコーさんの思いは、如何にも軍人といった感じだな。
 
 で、同じ軍人でも……、

「可愛いので……可愛いので……愛らしいので!」
 ――……念仏を唱えるように可愛いのを懇願するベル……。
 幼虫の時のような姿だけは絶対に避けたいという思いが伝わってくる。
 禍々しい姿もだけど、そもそも虫とかヌルテラ系がダメダメだからな。
 それを感じさせない可愛いのが繭から出てこないと、ベルは乗ることはないな……。

 お忙しい中、足を運んでくれた先生は、

「主や我々を導く力を」
 繭に触れる俺の肩に手を乗せて祈る。
 その思いをしっかりと俺が伝えましょう!
 
 王様も先生と同じ思いを届けていた。

 ――。

「ではこれから二週間ほどの時間をかけて羽化となりますので、それまでの間に次の目的のための準備をしておいてください」
 アルゲース氏のその発言で儀式――というより思いを伝える。もしくは自分にも言い聞かせるという時間が終了。
 
 別段、疲れるという事はなかったけども――、

「ふぅぅぅ…………」
 リンだけは精神的にしんどかったのか、重く長い溜め息。
 完全なる精神耐性と、疲労を感じることのないアンデッドなのに、その特徴が一切、機能していないリンの姿を見れば、ベルからのプレッシャーが如何に大きなものだったのかが分かるというもの。

「リン。私の思いは伝えてくれたな」

「間違いなく……」

「ならばいい」
 満足そうなベルとは違って、

「……頼むわよ……」
 と、ベルの思いが具現化するようにとばかりに、繭の方を見ながらリンがポツリと声を漏らしていた。
 ベルを相手にすると、高飛車も鳴りを潜めてしまうね。

「さて、良い経験をさせてもらった」
 言って王様は満足そうに笑いながら王城へと戻っていった。

「では、繭となったこの子の世話もさせていただきます」

「よろしくお願いします」
 繭を優しく擦りつつザジーさん。
 もしもの時も考えて、アルゲース氏も羽化までは装備製作よりもこちらに傾倒してくれるということだった。
 弟二人がいるから製作の方は問題ないそうだ。
 
 アルゲース氏とザジーさんが協力して世話をしてくれるんだから、心配することはない。
 
 ――。

 ザジーさんの頑張りっぷりを目にすると、

「有能な方々には、伸び伸びと仕事をやっていただきたいですね」

「然り」
 執務室兼自室に戻り、先生と相対して話し合い。
 王都に戻ると、基本、この会話イベントがある。
 本当は昨日したかったけど、ハダン伯に時間を割かれて出来なかったからな。
 
「アビゲイルさん。魔導討究会の方からは――」

「まだまだ時間を要するようですね」

「そうですよね」
 王都とミルド領の交易が繋がったことにより相互協力も可能となった。
 これによりお互いの技術を併せ持ち、タリスマン使用の義手義足の開発が進められているわけだが、技術革新に近道はないようである。
 
 最終的にはマナが使用できない一般人でも使用可能な物を作ることが目標だけども、まだまだ先は長そうだ。
 マナ使用者の物だけでも完成すれば、希望も見えてくるんだけどね。
 そういった義足が完成し、自分の足のように動かす事も可能となれば、ザジーさんも再び冒険者として活動できるようになるかもしれない。
 戦いや怪我で失った四肢を復活させられるような技術は、戦線に戻るとかだけじゃなく、生活の為にも必須だからな。

「そういった類いの専門家を集めていかないとですね」

「そこは朗報もあります」

「ほうほう!」
 俺達がエルウルドの森に行っている間に、王都でも色々と進行しており、

「カトゼンカ殿から協力のお言葉をいただきました」

「カトゼンカ氏からですか!」

「はい」

「それはありがたいですね!」

「はい」
 興奮して座っていたソファから立ち上がる。
 その俺の姿に先生は柔和な笑みを向けてくる。
 素直に喜んでいる俺の姿に、先生も喜んでくれていた。
 嬉しくもなるよ。
 ヴァンヤールのハイエルフで、氏族筆頭の御仁が協力をしてくれるとなれば、喜ばしいのは当然だ。
 しかもカトゼンカ氏はコクリコにサーバントストーンである、アドンとサムソンを与えた人物だからな。
 あのサーバントストーンはカトゼンカ氏の家に伝わる家宝。
 念じてサイコミュ兵器みたいに動かす事が出来るあの技術を有している、エルフの家系ってことなんだろうからな。
 
 となれば――、

「念じてタリスマンを動かすくらい、ちょちょいのちょいですよ」

「正に専門分野でしょうね」

「有り難うございます」
 言いつつ、王都の北東に位置するエリシュタルトへと頭を下げる。
 以前にも義足義手の話をした時、サーバントストーンに似たような物で作るのだろうとも思っていたけど、まさか精通している人物から協力を得られるなんてね。
 今までは国から出る事のなかった方々も、この世界の為に腰を上げてくれる。

 カトゼンカ氏は氏族筆頭だし、新王であるエリスの補佐もしないといけないから、本人が直接ってわけじゃないんだろうけども、協力してもらえる事にはただただ感謝しかない。
しおりを挟む
感想 588

あなたにおすすめの小説

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

最強の異世界やりすぎ旅行記

萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。 そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。 「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」 バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!? 最強が無双する異世界ファンタジー開幕!

夢幻の錬金術師 ~【異空間収納】【錬金術】【鑑定】【スキル剥奪&付与】を兼ね備えたチートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~

青山 有
ファンタジー
女神の助手として異世界に召喚された厨二病少年・神薙拓光。 彼が手にしたユニークスキルは【錬金工房】。 ただでさえ、魔法があり魔物がはびこる危険な世界。そこを生産職の助手と巡るのかと、女神も頭を抱えたのだが……。 彼の持つ【錬金工房】は、レアスキルである【異空間収納】【錬金術】【鑑定】の上位互換機能を合わせ持ってるだけでなく、スキルの【剥奪】【付与】まで行えるという、女神の想像を遥かに超えたチートスキルだった。 これは一人の少年が異世界で伝説の錬金術師として成り上がっていく物語。 ※カクヨムにも投稿しています

貧弱の英雄

カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。 貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。 自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる―― ※修正要請のコメントは対処後に削除します。

冷遇された聖女の結末

菜花
恋愛
異世界を救う聖女だと冷遇された毛利ラナ。けれど魔力慣らしの旅に出た途端に豹変する同行者達。彼らは同行者の一人のセレスティアを称えラナを貶める。知り合いもいない世界で心がすり減っていくラナ。彼女の迎える結末は――。 本編にプラスしていくつかのifルートがある長編。 カクヨムにも同じ作品を投稿しています。

異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。

もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。 異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。 ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。 残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、 同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、 追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、 清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……

異世界へ行って帰って来た

バルサック
ファンタジー
ダンジョンの出現した日本で、じいさんの形見となった指輪で異世界へ行ってしまった。 そして帰って来た。2つの世界を往来できる力で様々な体験をする神須勇だった。

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~

緋色優希
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。

処理中です...