異世界冒険記『ストレージ・ドミニオン』

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天空要塞

PHASE-1473【向き合う……】

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「なんだ急に? なぜ急にこちらに恐怖を抱くのだ? おかしなヤツだ」

「そうだよ兄ちゃん。今までに無いほどの負の感情が兄ちゃんから伝わってくるよ。大丈夫なのかい!?」
 左肩のミルモンが心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。

「お、おお……」
 ゴクリと喉を鳴らしながら、上擦った声でミルモンへとなんとか返す。
 その返しに全くもって平静ではないとミルモンは更に心配してくれる。

 目の前では、俺の動きがグダグダになっているのを良いことに「ファーストエイド」と発して回復を行っていた。
 増進塔のお陰でもあるのか、初歩の回復魔法でも完全回復したようで、姿勢を正すと、顔の側面部分にある複眼と思われる両目で俺をじっと見てくる。

「ひぃ!?」
 なんとも恰好の悪い声を上げてしまう……。
 更に距離を取りつつ、

「ベ、ベル……。俺の、俺の代わりに戦ってくれぃ……」

「なんだ急に。弱々しいな……。と、私もトールの事は言えないか……。だがトールはああいった手合いに、そこまで恐れる事があったか?」

「あ……うん。でも、これは無理だな……」
 生前――この世界に来る前の佐賀での生活においては別段、目の前の相手に怖さを抱くことはなかった。
 夏になれば五月蠅い鳴き声。夕方には寂しさを伝えるような鳴き声を出す種類もいるが、好きな鳴き声でもあった。
 だが、今この時、対面する者を見た瞬間、俺の精神世界アストラルサイドが強烈な拒否反応を起こす……。
 拒否反応の原因は、死ぬ前の記憶が強く脳裏にこびり付いているからなんだろう……。
 
 ――……アスファルトで死んでいると思っていたのが突如として飛翔し、俺は無様に転倒。
 で、その死に様にセラが大笑い。
 色々と思い出すこともあるが……。

 何よりも……、

「セミィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!」
 天空要塞全域に伝わりそうな悲鳴を上げてしまう……。
 この面子なら怖いものなんて無いからドンッと来いと言ったもんだが……。
 あった……怖いのあったわ……。

「セミだ! セミよ! セミだわ! セミなのよ! ベルゥゥゥゥッ!」

「なんなのだ急に! おいコラッ!?」
 人間、本当に追い込まれるとこの場において最も安全な場所へと駆け出すというもの……。
 ジージーがセミタイプの亜人と分かった途端、俺はアクセルでベルまで移動し、情けなくも全力でしがみつく。

「は、離れないか!」

「無理無理無理無理無理無理! 絶対に無理ぃ!」

「なんなのだ。風体に呑まれてどうする。と、言いたいが私も同様なので強くは言えないな……」

「だからといって、ずっとしがみつかせているのはどうかと思いますよ!」

「まったくだね! トールも勇者として情けないと思わないの! それに不純だと思う!」
 ベルにしがみついていようとも、今の俺にベルの体の感触を堪能するなんて事は無理!
 凄く不愉快そうなコクリコとシャルナが離れるように言ってくるが、無理なものは無理なんだよ。

「兄ちゃん落ち着きなよ。タダの昆虫人間だよ。モスマンも倒したじゃないか」

「あいつは蛾だった。でも目の前のはセミだ!」

「嫌々であってもダイヒレンには対応できるだろう。どうしてジージーは無理なのだ?」
 と、ベルが続く。
 くっついていても力尽くにて離そうとしないあたり、俺が本当に恐怖しているというのが分かるんだろう。

「俺だって別段、セミは苦手じゃなかったさ。でもな、体が覚えてるんだよ。俺が死ぬきっかけになったヤツとなれば、無条件で逃げろ! って魂が伝えてくるんだ!」

「――分かったから強く抱きつくな!」

「無理! 元いた世界で俺を死に追い込んだ原因でもあるセミ! それと同じタイプの敵。無理! あいつとは戦いたくない! というか戦えない……」

「なんともおかしな事を言い出したな。勇者」

「ひぃ!?」

「……流石にそこまで恐れられるとこちらも傷つくというものだ……。我はインセクトフォーク種・シケイダマンという種族。ドゥルセルはモスマンという種族だが、種としては同族。仇討ちをさせてもらいたいのだが、今の勇者はあまりにも勇ましき者という存在からかけ離れているな……」
 喋る度に地面の方に向かって伸びる長い口吻が動く。
 その動きだけでも俺は恐怖してしまう……。

「しかもおもしろいことを言う。元いた世界で死んでこの世界に来たと言ったな。貴様はこの世界の人間ではないと言うことか?」

「そんな事はどうでもいいことだ」
 ここでベルが遮る。
 あれだ、こちらの情報を出来るだけ敵に伝えないということでもあるんだろう。
 俺が転生者ってのは、セラが王様にお告げとして伝えている程度だから、一部しか知らないよね。
 あんまりベラベラと言うもんじゃないよね……。
 ――なんて事を考えられるくらいには冷静になってきた。
 ジージーを直視するのはまだ無理だけど……。
 視線下方四十五度凝視だけど……。

「ええい! いい加減に離れなさい!」

「ぎゃん!?」
 頭部に走る衝撃。
 コクリコの操るアドンが俺を小突い――ぶん殴ってくる。
 あまりの痛みにベルから離れて両手で頭をおさえて転がる……。

「戦闘中だというのに何を見せられているのだ……」
 相手側は呆れ口調。

「さっさと立って戦いなよ! 勇者なんだから!」

「全くです!」
 なんでシャルナとコクリコはこうも俺に手厳しいんだよ……。
 抱きついても無理に引き離そうとしなかったベルの方が優しいぞ。
 今回はベルよりも二人の方がスパルタじゃねえか……。

「ということだ、頑張るといい」
 と、いつもよりは優しい言い方のベルの存在が女神のようだった……。

「さて、逃げるなよ勇者。お前が逃げようともこちらは絶対にお前を逃がさないがな」
 幾何学的な翅脈からなる翅を羽ばたかせ、何処までも追いかけるという意思表示。

「くぅぅぅ……」
 やる気に漲ってるじゃないか……。
 ロングソードの切っ先は他の面子に向けられることはなく、俺だけに限定されている。
 一騎討ちは未だ継続中ということですね……。

 ――……何でここにきて、死を与えられたトラウマと向き合わないといけないんだよ…………。
 しかもデカい……。
 普通のセミでも今の俺は悲鳴を上げるだろうけど、それがよりにもよって人間サイズのセミで、人語を喋れて二足歩行とか……。
 
 ――……この異世界が心底、嫌になったよ……。
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