異世界なんて救ってやらねぇ

千三屋きつね

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第二巻「きのう何食べた?」

第一章 シュークリーム殺人事件

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1

俺はあの後予定通り北上して、神聖オルヴァドル教国を抜けた。
そして、南方諸国最初の国ガルドラで、衝撃を受ける。
飯が美味い。
俺は生まれてから一度も日本を出た事が無いので、あくまでもTV等で聞いた話だが、例えばイギリスの飯は不味い事で有名だったり、辛ければ辛い程良いと勘違いしたようなスイーツにすら唐辛子を使う国があるなど、現世にもメシマズな国はあった。
神聖オルヴァドル教国がそんなメシマズな国だっただけで、アーデルヴァイトそのものがメシマズだった訳では無かったのだ。
片や、足があるものは机と椅子以外何でも食べると言われる中国や、もちろん新鮮な海の幸、山の幸に溢れ、出汁の深みが料理を芸術にまで高める事もある懐かしき母国日本など、メシウマな国も存在する。
俺は今、大陸中央諸国の中心地、アパサン王国の首都トーリンゲンにいる。
アパサンは良くある形式の王国で、宗教国家だった神聖オルヴァドル教国とは違い、国王と枢密院により貴族たちが統治、運営する国家だ。
だが、王国そのものはある意味どうでも良く、大陸中からその中心に位置するアパサンへ食の道が通じている事こそが最大の特長であり、故に美食の国と呼ばれている。
アパサン国王の名など知らなくとも、アパサンへ来れば美味いものが喰えると、大陸中の人間が知っている。
つまりはアーデルヴァイト最大のメシウマ国家、それがここ、アパサン王国なのである。

実は、俺が出奔してから、もう1年が経過している。
その間、追手が現れる事も無かった。
アパサンの飯があんまりにも美味かったので、北上は取り止めここトーリンゲンを拠点と定めた(^^;
そしてこの1年の間、冒険者クリムゾンとして討伐、探索、護衛などをこなし、盗賊ノワールとして盗み、盗掘、人助けなどをこなした。
……うむ、わざわざ助けてくれ、って言う奴は、大概まともなルートでは門前払いされてしまった奴らだ。
報酬が高過ぎて払えなかったり、相手が権力者で逆らえなかったり、相手が犯罪者で一筋縄では行かなかったり。
そんな時、一応表の存在である冒険者では、正式な依頼として受けられなかったりする。
だから、盗賊ギルドに話が回って来る事もある。
俺は、そんな依頼は率先して受ける。
考えてみてくれ。
まず人助けだから感謝される、そして悪党に人権は無いと言う自称美少女天才魔道士の有名な言葉がある通り、大概困らせている奴は悪党だから殺しても文句を言われない、悪党の貯め込んだお宝を頂くのは正当な報酬であり、つまりは現地調達が出来るからタダ働きにはならない、と良い事尽くめなのである(^∀^;
だが、そうして人助けをしまくった所為で、ノワールは義賊として有名になってしまったorz
せっせと悪党殺して、お宝奪って、殺人と強盗を犯し続けただけなのに、今や英雄扱い。
逆に、困った人たちを助ける前提の冒険者、時にやり過ぎる事もあるが前提の所為で悪評となり、今やクリムゾンは下手に近付かない方が身の為の恐ろしい冒険者として後ろ指を指される始末。
異世界でも、正直者が馬鹿を見るのだな。
これだったら、盗賊ノワールの顔だけで良かったのかも知れん。

後は、冒険者、盗賊として稼いだ資金を注ぎ込み、郊外に廃屋を購入した。
冒険者として繁華街に、盗賊としてスラム街に、それぞれ拠点とする定宿は確保してあるので、この廃屋は寝泊まりする為のものじゃ無い。
だから、上物はそのままに、地下を魔法で拡張して、研究機材を運び込み、魔導研究所としたのだ。
この1年で、レベルの方は20になった程度だが、魔導に関してはかなり研究が進んだ。
元々、思考加速があるから考え事の時間は実時間以上にたくさん作れるので、必要な資料や研究テーマをまとめた物さえ準備出来れば、シミュレーションが捗る。
スーパーコンピューターとまでは言わないが、通常の研究とは進捗状況がまるで違って来る。
もちろん、実際の実験となると時間が掛かるので、1年での研究成果はまだ1体分だけしか現存していない。
失敗も数多かったしな。
だが、これで野望実現の為の、最初の一歩が形になったと言えよう。
後は量産とストックの分散が必要なので、それそろ頃合いかも知れない。
そこで俺は、慣れ親しんだトーリンゲンを離れ、しばらく中央諸国を回る為、旅に出たのである。

2

まず最初に向かうのは、北の隣国スィーフィト共和国。
一大穀倉地帯で酪農も盛んな牧歌的商業国だが、主食となる穀物の流通の大部分を司る為、議員の大勢を占める穀物商人たちの影響力は強く、有事の際には豊富な資金と穀物流通を質とし、強固な防衛力を築く事が可能。
得るものは少なく、失うものが多い事から、比較的魔族の領土から遠い為人間族同士の争いが絶えない中央諸国の中でも、戦争から縁遠い国のひとつである。
もちろん、そんなお国事情は俺にはどうでも良く、重要なのは穀物と酪農だ。
小麦粉と乳製品が揃えば、そこには美味しいスイーツが生まれる。
スィーフィト辺境に位置するタリムの街は、その中でもシュークリームが名物だ。
そう、シュークリームだ。
ちなみに、アーデルヴァイトの食べ物の多くは、現世と酷似している。
例えばキャベツと翻訳される野菜は、見た目はキャベツで少し色味が薄く、言ってみれば白菜のような色のキャベツだが、味は紛う方無きキャベツだ。
白菜の方は、むしろ色が濃くキャベツのような色味だが、味はちゃんと白菜。
ただ、現代日本ほど品種改良は進んでおらず、何でもかんでも甘くする日本の野菜よりは素朴な味わいが目立つ。
トマトは充分甘いが酸味が強く、昭和の頃の味わいと言える。
まだ見掛けた事の無い食材もあるし、翻訳出来無いアーデルヴァイト独自の食材もある。
だが、多くは共通していて、料理も見知ったものが多かった。
シュークリ-ムも見付けたが、素材の問題か職人の腕の問題か、俺にはスーパー、コンビニで買える100円シュークリーム並みに思えた。
うん、それはそれで充分美味しいよ(^∀^;
だが、いつでも100円並みシュークリームが喰えるとなったら、より美味いシュークリームが喰いたくなる業の深い生き物、それが人間。
目指すは、失われたBigシュークリーム並みの御馳走である。

もうひとつの目的は、どこかに使いやすいアジトを持つ盗賊団を見付ける事だ。
街の人々を困らせる盗賊団を殲滅し、そのお宝を没収し、アジトを接収して地下を拡張、タリムにも拠点を作るのだ。
これを旅先で繰り返し、必要になった時すぐ使える拠点を各地に点在させて行く。
その拠点ひとつひとつに、研究成果を量産したものを配置して行く。
今はまだ不完全だが、これが俺の野望達成の足掛かりになる。
ちなみに、俺は良く短距離空間転移を使うが、本格的な空間転移、いわゆるテレポートは使わない。
指定した空間座標が石の中、なんて古典的な事故も起こり得る訳で、だから転移先を視認して発動する短距離空間転移のみに限定している。。
*いしのなかにいる*なんて状況を防ぐ為に、転移先を事前に用意しておくテレポーターと言う考え方もあるが、ザ・フライを思い起こして欲しい。
詳しい原理は省くが、実験段階では似たような失敗が起こりました(^Д^;
転移先の空間がクリアで無い時、重大な事故が起こり得る危険な魔法なのだ。
本当は、各拠点をテレポートで行き来出来れば楽なんだが、俺は蠅男にはなりたく無いのだ。

急ぐ旅では無いので、ミラに跨りのんびり移動し、トーリンゲンから1週間掛けてタリムへと至る。
自称美少女天才魔道士とは違い、俺はゴリマッチョな外見なので、盗賊の方から襲って来てくれない(^^;
街道で襲撃してくれればアジトを探す手間も省けるのだが、平和なまま街へ着いてしまう。
まぁ良い。
まずは、一番の目的である、シュークリームだ。
名物と言うからには、色々な店がしのぎを削り、さらなる味の探究にも余念が無いであろう。
Bigシュークリームの代わりもそうだが、出来ればモンテールのモンブランのケーキや、ヤマザキのマリトッツォ(チーズクリーム)の代わりも見付けたいものだ。
モンブランのケーキは、俺が現世で喰ったモンブランの中で一番モンブランらしいモンブランだった。
モンブランと言いながら紫芋のクリームだったりと、小洒落たモンブランの中にはもっと美味いスイーツもあったが、モンブランとして美味いとは俺は認めん(^^;
あくまで、モンブランみたいな別のスイーツとして美味いのであって、モンブランらしいモンブランとしては、モンテールのモンブランのケーキを超えるモンブランを俺は知らない。
そして、ヤマザキのマリトッツォ(チーズクリーム)は、俺が喰ったスイーツの中で一番美味かった。
スーパーで税抜き157円だったか、そのくらいで買えたこのスイーツは、ブリオッシュもチーズクリームも絶品で、クリームの量も完璧だと思った。
もう有名店や名パティシエなど要らない、これさえあれば良い、そうまで思えるほど俺の舌には合った。
だが、モンブランのケーキもマリトッツォ(チーズクリーム)も、定番商品化してくれなかった。
現世で、どんなに欲しても二度と喰えない幻の御馳走となってしまっていた。
そんな時見付けたのが、近所の洋菓子店のBigシュークリーム。
俺の、唯一の生きる希望だったのだ……いやまぁ、さすがに少し言い過ぎだが(^ω^;
だからこそ、俺のシュークリームの旅は、特別なのだ。
タリムのシュークリームが、俺の生きる希望となる事を願って、俺は街の中へと歩を進めた。

3

てっきり、自称美少女天才魔道士の外伝みたいに「シュークリームが無いだとぉ~~~!」なんて展開になるかと思っていたら、美味いシュークリームが目白押し(^∀^;
柔らかいシュー生地からふわふわ食感のシュー生地、もちもち食感のシュー生地、パイ生地のようなぱりぱりシュー生地と、現世で喰った事がある様々なタイプのシュー生地はもちろん、カスタード、ホイップインカスタード、ストロベリークリームにヨーグルトクリーム、チーズクリーム、ピスタチオ等々、中のクリームも種類が豊富で、その組み合わせは千差万別。
季節のフルーツを直接使ったものや、ひと口サイズのプチシュー、それを積み上げたクロカンブッシュ、俺が愛したBigシュークリーム並みに大きなシュークリ-ムなど、変わり種も色々ある。
残念ながら、酒の産地が近くに無い為か、ラム酒を使った独特の風味を持つシュークリームには出逢えなかった。
今思うと、あのBigシュークリームの独特な味わいは、ラム酒の風味だったんだと思う。
俺自身料理をしないので詳細が判らないのが残念だが、ここタリムのシュークリームは最高ながら、まだ改良の余地もあると思った。
その中でも、スイーツショップ・エディンバラのホイップカスタードシューは一番のお気に入りだ。
俺の愛したBigシュークリームと方向性は違えど、比肩する美味さだと思う。
ついに、これと言う日に自分へのご褒美として食す、且つ買いたい時にいつでも買える幻では無いスイーツを、ひとつ確保。
中央諸国行脚はまだまだ続けるが、旅の終わりに帰る場所はトーリンゲンでは無くタリムだな(^^;
と、なれば、次は拠点である。
このタリムでゆっくり研究出来る場所、休憩のひと時にエディンバラのホイップカスタードシューを優雅に楽しめるマイスイートホーム。
それを手に入れなければ。

しかし、平和な街だ。
盗賊、山賊の類は噂すら聞かない。
美味しいスイーツは、皆の心を幸せにし、争う心を消し去ってくれるのだろうか。
何しろ、ここタリムの冒険者ギルドには現在クリゾムンしかおらず、盗賊ギルドにもノワールしかいない。
後は、現地の元冒険者、元盗賊がボランティアでスタッフを務めているような状態だ。
これでは、丁度良いアジトを持つ盗賊団など、近くにはいないだろうな。
それはそれで素晴らしい事なのだが、悪党がいなければ殺しも略奪も出来無いじゃないか(^Д^;
まぁ、一応蓄えはかなりの額がある。
真っ当な仕事での稼ぎでは無く、悪徳商人や貴族から命と一緒に色々頂き、元は善良な人々の財産だが盗賊経由では誰のものだか判らないのでそのまま頂戴し、オルヴァ盗賊ギルドの貯えなんか数か月で超え、年収換算すれば日本円にして億を越えた。
持ち運びを考え宝石に変えているものもあるから全額ポンとすぐに動かせる訳では無いが、こう言う平和な街の郊外にある廃屋程度なら、二束三文で買えてしまう。
奪わずに買ってしまう事は簡単だ。
面白く無いだけで(^^;
それこそ急ぐ話では無いので、シュークリーム以外のスイーツ、スイーツ以外の料理の調査も進めながら、俺は旅に出た癖に1か月近くタリムに滞在する事になったのである。

そんな平和な街でも、事件は起こるものだ。
しかも、飛び切り凶悪な事件、殺人だ。
白昼堂々、表通りの真ん中で通り魔である。
犯人は、タリムの外から来た人間で、禍々しいグレートソードを抜き身のまま引きずるようにやって来て、様子がおかしいのを気にして呼び止めた自警団の青年を、いきなり斬り付けたのだ。
平和な街の、しかも正規の兵士では無い自警団の青年では、急な攻撃に対処出来ず、ひと太刀浴びて気を失ってしまった。
そのまま暴れる通り魔は、周りの逃げ遅れた住民たちに襲い掛かり、不運にも3名が命を落とす。
慌てて冒険者ギルドに飛び込んで来た住民の知らせを受けて、その時ギルドでお茶をしていたクリムゾンが出動。
惨状を目にしたクリムゾンは、通り魔をひと太刀の下に斬って捨てた。
これが事件のあらましである。
しかし……、嫌な予感ほど当たるものだ。
事件は、それで幕を下ろさなかった。

4

どう見ても、このグレートソードが怪しい。
鑑定Lv1では名称不明のグレートソード?なので、魔法の剣なのは確かだと思うが……と言うより、呪いの魔剣だろうなぁ、常識的に考えて(^^;
そこで、誰にも触れさせず、俺も直接触れないようにして、簡単な封印を施し、いつも中身が空っぽな冒険者ギルドの金庫の中に仕舞っておいた。
……これが間違いだった訳だ。
次の日、一抹の不安を覚えながら確認の為にギルドを訪れてみると、さらなる惨劇が起こった後だった。
受付のパーラさんは後ろから背中をばっさりやられていて、仮のギルドマスター、ボノさんは四肢と頭が斬り落とされていた。
書類整理のミスラさんは、心臓をひと突きだ。
ただひとり、会計係のスミスがいない。
そして、血溜まりから続く、隠そうともしていない血の足跡。
それは、街の郊外へと続き、途中で消えている。
俺は、一応教会へ立ち寄り、昨日の犯人の遺体を確認する。
大丈夫、アンデッドと化して、呪いの魔剣を手に再び大暴れ、と言う事は無い。
今回の殺戮は、別の人間の仕業。
こうなると、この犯人も、本当は犠牲者なのかも知れないな。

改めて、血痕が消えた辺りへ戻り、そこからは盗賊系スキル・追跡(野外)を使って、敵の後を追う。
盗賊系とは言え、いわゆるレンジャーと呼ばれる、山岳や森林など、自然の中で活躍する軽装歩兵が身に付けるスキルも含まれる。
冒険者である以上、盗賊的なスキルは街中だけで無く荒野やダンジョン等でも使えなければならないので、それなりに広く修得済みだ。
まぁ、隠密のような主要スキルを除けば、比較的広く浅くではあるが(^^;
幸い、この敵はそもそも痕跡を隠そうともしていないので、俺の追跡(野外)Lv5でも問題無く追跡出来た。
少し森の奥に入った場所にある、小さな洞窟だった。
精々、ゴブリンが2~3世帯住みつける程度の洞窟だ。
中に入らずとも、入り口からターゲットの姿が確認出来た。
スミスである。
もちろん、彼も犠牲者なのだろう。
しかし、実際に手を下してしまった事に違いは無い。
俺の封印が甘かった所為ではあるが、俺の専門分野では無いので本格的な用具は手元に無く、簡単な封印が精一杯だったのだ。
俺は、何でもひとりで出来る勇者様じゃ無い。
仕方無いのだ。
……すまないな、スミス。
せめて、苦しまないよう、一瞬で済ませてしまおう。
俺は、ステルスモードで「あ~、う~」唸りながらゆらゆら揺れているスミスの背後に回り、サイレントキルを発動した。

事切れて静かに眠るスミスの眼を閉じてやり、仰向けに寝かせて胸の前で手を組ませる。
未だに、この世界の宗教儀式には疎いので、こうするのが正しいかは判らない。
ただ、手に掛けたそのままにしておくのは、忍びなかったのだ。
俺自身の心が、軋むのだ。
……ふと、違和感を覚える。
スミスは真面目な男だ。
封印が簡素で不充分だったのは事実だろうが、何故手を触れるなと念押しして金庫に仕舞った魔剣をその手に取ったのだ。
そもそも、昨日の犯人は何処から来たのか。
あんな調子で遠くから歩いて来たとは思えない。
では、街に程近い場所で、魔剣に取り憑かれたのか。
では、魔剣は何処から……。
そう言えば、あ・の・魔・剣・は・何・処・だ……。
背中が燃える。
いや、燃えるような激痛に襲われた。
慌てて振り返れば、そこには魔剣を手にした人影が立っている。
俺は、混乱する頭を何とか落ち着けて、取り敢えずステルスモードを再発動しながら背後へ転がり逃れる。
熱い。
俺を斬ったのは何者だ。
あの場には、他に誰もいなかったはずだ。
背中が熱いのでは無い。
これは、体のもっと深いところが熱いのだ。
洞窟の出口に後退りしながら観察する。
人では無い。
魔剣を手にする人影は、人の形をしただけの何か。
不味い、これはただの太刀傷では無い。
肉体の損傷も激しいが、アストラル体も斬り裂かれた。
これでは、物質体の回復も満足に行われないかも知れん。
人形だ。
真っ白な人形が、魔剣を手に獲物を探してふらついている。
こちらを見失っているのは幸いだ。
今の内に逃げなければ。
そうだ、逃げなければ背中が熱い。
体の中が燃えている。
駄目だ、今はまだ駄目だ。
もっと遠く、もっと遠くまで……。
……、……、……。
……、……。
……。

5

「正解は越後製菓っ!」
訳の判らない叫び声を上げながら、俺は上半身を跳ね上げた。
痛っ、背中が引きつる。
「……、ここは……。」
周りを見回すと、見知った顔がこちらを覗き込んでいた。
「もう大丈夫ですが、一応安静にしたらどうです?」
そう、こちらを心配するこの男は、タリムの街の治療院を預かる治療魔導士、オーガンだ。
どちらかと言うと、俺の方が世話をしてやる側としての顔見知りだが、今回は助けられたようだな。
「何とか……、生きているみたいだな。俺は一体、どうなったんだ?」
一度席を外し、お茶の入ったカップを2つ手にして、オーガンは戻って来る。
そのひとつを俺に渡しながら、オーガンが答える。
「何でも、自警団が見回りをしていると、街の入り口辺りで貴方が空から降って来たのだとか。覚えていないんですか?」
「あぁ、最後の方は、ほとんど記憶に無い。」
何と無く、意識が途切れる前に、距離を稼ぐ為思い切り遠くの空を見詰めて、短距離空間転移を使った気がする。
指定座標はピントが合った場所になるから、遠くを見詰めて発動すれば、結構な距離を移動出来るとは思っていた。
短距離空間転移と言う名前の所為で短距離しか転移出来無いイメージだが、多分数kmくらいは問題無いはず。
と思いはしても、特に必要も無かったから試した事は無かったんだが、無意識の内に遠くへ逃げる為、実験も無しにぶっつけで使ってしまったようだ。
そのお陰で逃げ延びられたのだから、良しとするしか無いが。
「俺の傷は、どんな具合だったんだ。」
今はもう大丈夫のようだが、決して楽観出来るような状態では無かったはずだ。
「見事に背中を袈裟斬りにされていました。貴方の背中を取るなんて、相手は相当の手練れだったんですか?折角のレザーアーマーももう使い物にならないと思いますが、そのお陰で体の傷はそこまで深くはありませんでしたよ。」
俺は今でも軽装だから、鎧はレザーアーマーを愛用している。
ただ、金には困っていないので、そこそこ上質な魔法のレザーアーマーを着ていた。
俺自身の能力の高さを合わせて考えれば、並みの戦士が普通に斬り付けても、少しもダメージを通さない程度の防御力がある。
それがひと太刀でお釈迦である。
「体の傷は、か。アストラル体を斬り裂かれた、と感じたんだが、やはりそっちのダメージが深刻だったか。」
「えぇ、アストラルダメージの影響で、自己再生が阻害されていましたよ。放っておけば危なかったですね。」
「病は気から、と言うが、精神体であるアストラル体のダメージは、物質体にも強く影響するからな。」
「病は気から、ですか。良いですね、そのフレーズ。これから私も使いますよ。」
オーガンは、神聖魔法では癒せない傷や病気の治療をする為に、アストラルサイドからのアプローチを研究していた。
そこで、そっち方面が専門の俺が、少し手ほどきをしてやっていたのだ。
「本来であれば、確かに重傷でしたが致命傷とまでは言えず、貴方の自然回復力なら放っておいても勝手に治っていたでしょう。ですが、アストラルサイドの影響により、傷口が閉じず出血し続けていました。ヒールも効果がありませんでした。」
「そうか。それじゃあ、お前に色々教えていた甲斐があったな。お前がいなけりゃ、本当に死んでいたかも知れん。素直に感謝するよ、ありがとう。」
オーガンは大袈裟に後ろへ飛び退いて、大きく手を振りながら慌てている。
「ととと、とんでもない。私が貴方から受けた恩は、こんな事くらいでは返し切れないものですよ。何たって、今こうして歩けているのも、貴方に出逢えたお陰ですからねぇ。」
オーガンは足が不自由で、それは神聖魔法でも治せないものだった。
当然だ。
オーガンの場合、アストラル体の足が失われていたのだから。
神聖魔法は神の奇跡であり、信仰心篤い神職であれば失われた体を取り戻す事も出来るし、歴史上数度の成功例として、死者蘇生も成ったと伝わっている。
だが、それは主に物質体への影響であり、多分死者蘇生は眉唾だ。
死者の体を完全な状態に直す事は可能でも、魂は戻せないはずだ。
アストラルサイドへの攻撃や防御となれば、物質魔法、精霊魔法、神聖魔法でも可能であるが、アストラルサイドの探究となると、それは暗黒魔法の領分なのだ。
だから、俺とオーガンの研究は、人間族の世界では異端と言える。
個人的野望の為に、人間族の倫理観など無視しまくりの俺だからこそ、オーガンの足も治せたのだ。
「いや、大袈裟じゃ無くて、本当にお前のお陰だと思うぞ。多分、あの魔剣の力は、ソウルイーター(魂喰らい)だ。」
「ソウル……イーター、ですか?」
「あぁ、直接アストラル体に干渉し、ダメージを与えるどころか吸収してしまう厄介な力だ。」
「!……それじゃあ……。」
「あぁ、下手をすれば、俺は全身お前の足と同じ状態になっていたかも知れん。見た目の傷など関係無い。中身が殺されてしまう。お前はさっき、相手は相当の手練れか、と聞いていたが、背後を取られたのは俺の不覚だ。相手はむしろ、まともに剣も振れないような奴だ。だから助かったようなもんだろう。」
あの時見た白い人形、あれは多分……。
「とにかく、お前のお陰で助かった。だが、すぐに動かなければならんな。あんな化け物、このまま野放しには出来ん。」
「確かに、アストラル体への処置が終わり、自然回復で傷は完治していますが、本当に大丈夫ですか?体力や気力は、また別の問題ですよ。」
俺は起き出し、傍らにあった装備を点検して行く。
「まぁ、仕方無い。今何時だ。」
「そろそろ、夕方の5時になりますね。」
「昼前には追跡を始めたから、気を失っていたのは3~4時間といったところか。俺の他に、誰か犠牲者は?」
「今のところ、他に誰も運び込まれてはいませんが。」
「俺の不手際だ。新たな犠牲者が出る前に、始末を付けねばならん。な~に、もうネタは挙がっているんだ。次は負けん。」
魔剣だけに、と心の中でボケておく(^^;
正直、絶対の自信など無い。
それでも、放置出来無い相手である。

6

取り敢えず、奴のいた洞窟へ戻ってみたが、そこにはスミスの遺体があるだけだった。
空間感知を展開するも、それらしい反応は見当たらない。
どこかに潜伏して、次の機会を窺っているのだろうか。
仕方無いので、スミスの遺体を抱いて街へ帰還すると、警備兵、自警団に街の警戒を頼み、盗賊ギルドで元盗賊たちに声を掛けて貰った。
そうして、昼夜警戒を続けるも動きは無く、1週間が経過する。
どうやら、この街から去ったと言う事なのだろう。
スィーフィト共和国軍の部隊が来訪し、一連の犯人として最初の男の遺体を引き取って行く。
悪いが、全ての犯行はこの男のものとし、スミスはいち犠牲者として報告してある。
一応、その犯人も、呪われた魔剣の犠牲者である可能性が高い、とは言っておいた。
しかし、当の魔剣も消え失せた今、それ以上どうする事も出来無い。
本当は、他の街で同じ事件を繰り返す恐れもあるのだから、軍には魔剣への警戒を続けて欲しいのだが、目に見える脅威にしか対応出来無いのも、また仕方の無い事だろう。
クエスト、魔剣殺人事件は失敗に終わったのである。

俺はその後、折角なので件の洞窟の地下に魔導研究所を造成。
そこに機材を運び込み、実験体の作成に1か月を要した。
この施設は、オーガンとの共同研究所とした。
肉体年齢的には同年代のオーガンだが、俺の中身はおっさんだし、俺はオーガンの師になるので、俺はタメ口オーガンは敬語と言う関係ではあるが、今回オーガンに命を救われたのだから彼は命の恩人である。
同じ分野の研究者でもあるので、俺の残した研究資料や機材は、彼の役にも立つだろう。
入り口はしっかり用意して結界を施し、オーガンには特別に用意した認証キー代わりのペンダントを託す。
これで、オーガンだけが出入り可能だ。
まぁ、今のところの研究成果はほぼ頭の中に入っているので、最悪この研究所を失ってもストックがひとつ減るだけだ。
だから、俺は気楽にオーガンに託したが、彼はかなり畏まっていた。
いつか、俺が気付かなかった事実に気付いたり、新たな発想を閃いたりして、得難い研究成果をフィードバックでもしてくれたら、俺にも利がある。
これは先行投資でもあるので、オーガンももう少し気楽に考えてくれても良いんだがね。
根が真面目な、良い青年である。

ところで、あの魔剣についてだが、確実に意思を持っていた。
インテリジェンスソード(知能を持つ剣)なのは確かだと思うが、では白昼堂々街を襲った動機は何だ。
インテリジェンスソードであれば、そんな暴挙を繰り返せば、いつか自分が討伐されてしまう事くらい判るだろう。
より良い寄生主を求めて旅をしているとしたら、わざわざ騒動は起こすまい。
そもそも、寄生主の意識を無理矢理奪ったのでは、力を存分に発揮出来無い。
多分、本来のインテリジェンスソードは、寄生主と共生関係を築く。
では、あの魔剣は何故こんな事を?
俺は、ある推論を持っているが、確信は無い。
ここはやはり、当初の目的通り北方を目指すべきだろうか……。
……ま、それはそれ、これはこれ。
あの魔剣とはもう二度と出遭わないかも知れないし、その正体について知る機会は、この先いくらでも訪れるだろう。
それを知る手掛かりになりそうな心当たりもひとつある。
美食の為にも、ついでに魔剣について知る為にも、これを機に会いに行ってみよう。
この中央諸国随一の人気者、神聖オルヴァドル教国一番目の勇者に。

つづく
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魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。 だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。 ……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。 これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
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加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
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出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

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