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七話 現実が繋がる時

合宿会場に到着して

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   ◇ ◇ ◇

 金曜日になり、大学の午前の講義を終えた後、俺はコーチの車に乗せられて強化合宿先へと連れて行かれた。

 場所は都会の喧騒から離れ、山に囲まれた避暑地。
 数年前に世界規模のスポーツの祭典が日本で行われた時、試合の会場として作られた施設。隣には真新しい国際ホテルがあり、自然に囲まれながらも最新の設備が整った場所だった。

 会場の前で車を降りると、テレビカメラの前でマイクを握り、にこやかに喋っている男性キャスターの姿が目に入る。

 やけにテンション高く話す、茶髪の調子が良さそうな男性キャスター。過去に何かスポーツをやっていたようで、体つきはがっしりしている。

 直接会ったことはないが、夜のスポーツ番組の顔で馴染みがある。確か名前は――。

「あっ、正代選手! こんにちはー。Enjoyスポーツの仲林俊之です。ちょっとお話を聞かせて頂いてもいいですか?」

 俺に気づいた瞬間、仲林アナウンサーがこちらへマイクを向けながら駆け寄ってくる。

 ……困った。こういう時はいつもコーチが対処してくれるのに、俺を車から降ろした後、施設から離れた駐車場へ車を停めに行ってしまった。

 思わず俺が後ずさると、これから練習する会場から人が出てくるのが見える。
 俺と似たような背丈の男。短い赤毛。離れても目視できてしまう王者の風格。

 まさかここで顔を合わすなんてと驚く俺へ、彼は視線を合わせ、颯爽とこちらにやって来た。

「仲林さん。正代選手にはこれから私の練習に付き合ってもらうので、取材は別の日にしてくれませんか?」

 隣へ並んだかと思えば、東郷さんは俺の斜め前に立ち、仲林アナの視線を遮る。

 もしかしてマスコミから俺を守ろうとしている?
 王者らしさと大人の責任感を東郷さんから感じ、内心意外に思う。

 今まで試合でしか向き合ったことがない相手。そして俺を常に負かし続ける男。
 試合外ではこんなに真摯な応対してくれたのかと感心していると、仲林アナが大袈裟に目を見開き、肩をすくめた。

「そうなんですか? これは失礼しました! 柔道男子の絶対王者である東郷選手にお願いされては、譲らないといけませんね」

 苦笑した後に仲林さんはマイクを下ろし、俺と東郷さんを交互に見交わした。

「でもお二人が揃って練習だなんて珍しいですよね。良かったら空いた時間にお二人で対談なんてどうですか? 柔道ファンは喜びますよ!

「今回は強化合宿。無駄を入れる時間はありません。申し訳ないが別の機会にして頂けませんか?」


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