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九話 新たな繋がり

『至高英雄』を知ったからこそ

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 事後の余韻を残す俺をからかうような言動や視線を送っていた東郷さんだったが、乱取り稽古が始まった途端、空気が変わった。

 向き合った瞬間に俺の肌が総毛立つ。
 頭の頂きから爪の先まで、全身に気迫がみなぎっていた。

 以前の俺でもこの気配は十分察することができたし、やはり凄い選手なのだと思っていただろう。

 しかし『至高英雄』の世界を知った今、東郷さんの気迫が尋常ではないことを肌で感じてしまう。

 ただ勝敗を決めるためにここへ立っているのではない。
 命を懸けて戦に挑もうとしているような、ずしりと重みのある覚悟。心構えからして他の選手とは何かが違う気がしてならなかった。

 同じ力を持つ者であったとしても、心構えが違うだけで戦いの質は変わってくるものだ。

 ただ試合をこなすだけの拳と、負ければ死ぬと覚悟している拳は、重さも切れも違う。それに凄みが強ければ気迫だけで相手を呑み込んでしまい、覚悟のない者は萎縮し、戦う前から負けが決まってしまうだろう。

 ずっと東郷さんに負け続けていた要因に、ゲームをすることで気づけたのは良かった。
 分かれば以前よりも東郷さんと向き合い、食らいついていくことができる。

 実力差はまだまだあるが、その差がどれだけなのかが鮮明に見えてくれば追いかけやすい。

 乱取りで東郷さんに技を何度もかけられながら――たまに俺もかけさせてもらいながら――俺は胸の奥が高揚して仕方がなかった。

 周りでは他の選手たちの掛け声や、技を決める音、コーチ陣のアドバイスや叱咤激励が飛び交っているはずなのに、俺には何も聞こえなくなっていた。

 目の前の東郷さんの息遣いや、乱れた道着を直す仕草、額の汗を拭う動き、熱、鼓動の音――彼の全てを全身で感じ取れている気がした。

 まるで体を繋げた時よりも深く交わり、互いを曝け出し、溶け合っているような気分。
 休みなく東郷さんの相手を続けて体力の消耗は激しいだろうに、俺の体は辛さを覚えず、彼と向き合うこの瞬間を幸せだとすら感じていた。

 終わりたくない。
 このまま東郷さんと二人だけで、ずっと――心からそう願っていたのに。

「――正代君、今日はそろそろ切り上げよう」

 東郷さんの一声で俺は我に返る。

 徐々に周囲の音が耳に入ってくる。そして自分が肩で息をして、ドッドッドッと鼓動が痛いほど胸を打ち付け、汗だくになっていることに気づく。

 いったいどれだけ時間が経ったのだろうかと会場内の壁にかけられた時計を見れば、正午を少し過ぎた頃だった。

「あ……ありがとう、ございます……っ……昼食を終えたら、また――」

「いや。夜の懇親会に備えて休んで欲しい。無理をさせて済まなかった」

 ……明日の昼過ぎにはもう解散だ。ここまで力を入れられるのは、これが最後。
 東郷さんよりも自分の体が疲弊し、体力の限界を迎えてしまったことを突き付けられ、俺は胸奥から込み上げてくるものをぐっと堪える。

「……分かりました」

 俺は東郷さんに深々と一礼してから踵を返す。

 まだまだ俺は未熟だ。
 もっと強くなりたいと心の底から望んでやまない。

 試合に負け続けた時よりも、もっと切実で熱い願い。
 同じ世界を見ながら、対等に戦える日を迎えたくてたまらなかった。
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