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一章 若き薬師と行き倒れの青年
語らぬ素性1
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◇ ◇ ◇
短いやり取りができた翌日、レオニードは完全に目を覚ました。
まだ動かないほうがいいとみなもが止めても、彼は上体を起こし、脚を振るわせながら用を足しに行こうとした――膝が折れて倒れかけて、すぐさま浪司が肩を貸して手洗い場へ連れて行かれた。
痛くても体を動かすことで、早く元の生活に戻ることができる。
これなら数日内には送り出せるとみなもは安堵したが――。
「なあなあレオニード。お前、どこから来たんだ?」
「…………」
「一体誰に襲われたんだ? 盗賊か? まさか痴情のもつれで斬られたとか?」
「…………」
「しっかり鍛えてあるみたいだが、どっかの兵隊さんか?」
「…………」
好奇心を隠さない浪司が次々と質問しても、レオニードは寝台の上で体を起こしたまま、黙して何も答えてはくれない。
「なんでもいいから話せよレオニード」
「……何も言うことはない」
ようやく話したと思えば、あまりに素っ気ない答え。
部屋の隅で木の実を薬研を引きながら、みなもは二人の様子を眺めていた。
レオニードに拒絶され続ける浪司が不憫で、思わず一方的な会話に割って入った。
「俺が話しても似たようなものだよ。必要最低限のことしか話さないんだから」
完全に意識を取り戻してくれて良かったものの、レオニードは多くを語らず、沈黙を守り続けていた。傷を負った事情を知ることができず、みなもと浪司は彼が寝ていた時よりも胸が靄がかっていた。
「可愛くないなー。そんなに付き合いが悪いってことは、お前、友達いないだろ?」
一瞬ぴくりとレオニードの耳が動いた。しかし口は開かない。
「だんまりってことは図星か? ガハハハ」
膝を叩いて笑う浪司へ、レオニードが冷ややかな視線を送る。それも束の間、顔を背けて相手にしたくないと無言で伝えてきた。
「嫌われたね、浪司」
「ちょっとは親睦を深めてくれてもいいだろ。おにーさん、いじけちゃうぞ」
……どう見ても熊オジサンだろ。
密かに心の中で突っこんでから、みなもは「そうだ、浪司」と声を上げた。
「お願いがあるんだけど、泡吹き草の新芽を買ってきてくれないかな? 傷薬に使うんだけど、足りなくなってきたんだ」
浪司はおどけていた顔を素に戻す。
「別に構わねぇが、どんな草だ?」
「黄緑色の葉に赤黒い茎の植物。見たことない?」
少し考えて、浪司は手を叩いた。
「あーあー、アレね。知ってるぜ」
浪司は椅子から立ち上がって背伸びすると、みなもに向かって親指を立てた。
「いっぱい買ってきてやるから、楽しみにしてろよ」
「ありがとう。おつりは浪司の懐に入れてくれて構わないから
「おっ、いいのか? じゃあ遠慮なく旅の資金にさせてもらうぜ」
浮足立った音を響かせながら浪司が部屋を出ていく。
ぎい、ばたんっ! と部屋の扉が無遠慮に閉められた後、薬研を挽く音だけが辺りに流れた。
みなもは顔を薬研に向けたまま、上目でレオニードを視線に入れる。
本当に彼から話しかけることがない。みなもが話さなければ延々と黙り続けるのみだ。
しかし、時折レオニードは何か言いたそうにみなもを見てくる。今も鋭い目の横でしっかりとこちらを捕らえている。
用があるなら言えばいいのに。
痺れを切らせて、みなもは口を開いた。
「どうしたのレオニード? 言いたいことがあるなら、言ってくれないと分からないよ」
案の定レオニードから声は返ってこない――と思っていたら、しばらく沈黙した後、珍しく言葉が返ってきた。
「……君は俺の味方なのか? 敵なのか?」
短いやり取りができた翌日、レオニードは完全に目を覚ました。
まだ動かないほうがいいとみなもが止めても、彼は上体を起こし、脚を振るわせながら用を足しに行こうとした――膝が折れて倒れかけて、すぐさま浪司が肩を貸して手洗い場へ連れて行かれた。
痛くても体を動かすことで、早く元の生活に戻ることができる。
これなら数日内には送り出せるとみなもは安堵したが――。
「なあなあレオニード。お前、どこから来たんだ?」
「…………」
「一体誰に襲われたんだ? 盗賊か? まさか痴情のもつれで斬られたとか?」
「…………」
「しっかり鍛えてあるみたいだが、どっかの兵隊さんか?」
「…………」
好奇心を隠さない浪司が次々と質問しても、レオニードは寝台の上で体を起こしたまま、黙して何も答えてはくれない。
「なんでもいいから話せよレオニード」
「……何も言うことはない」
ようやく話したと思えば、あまりに素っ気ない答え。
部屋の隅で木の実を薬研を引きながら、みなもは二人の様子を眺めていた。
レオニードに拒絶され続ける浪司が不憫で、思わず一方的な会話に割って入った。
「俺が話しても似たようなものだよ。必要最低限のことしか話さないんだから」
完全に意識を取り戻してくれて良かったものの、レオニードは多くを語らず、沈黙を守り続けていた。傷を負った事情を知ることができず、みなもと浪司は彼が寝ていた時よりも胸が靄がかっていた。
「可愛くないなー。そんなに付き合いが悪いってことは、お前、友達いないだろ?」
一瞬ぴくりとレオニードの耳が動いた。しかし口は開かない。
「だんまりってことは図星か? ガハハハ」
膝を叩いて笑う浪司へ、レオニードが冷ややかな視線を送る。それも束の間、顔を背けて相手にしたくないと無言で伝えてきた。
「嫌われたね、浪司」
「ちょっとは親睦を深めてくれてもいいだろ。おにーさん、いじけちゃうぞ」
……どう見ても熊オジサンだろ。
密かに心の中で突っこんでから、みなもは「そうだ、浪司」と声を上げた。
「お願いがあるんだけど、泡吹き草の新芽を買ってきてくれないかな? 傷薬に使うんだけど、足りなくなってきたんだ」
浪司はおどけていた顔を素に戻す。
「別に構わねぇが、どんな草だ?」
「黄緑色の葉に赤黒い茎の植物。見たことない?」
少し考えて、浪司は手を叩いた。
「あーあー、アレね。知ってるぜ」
浪司は椅子から立ち上がって背伸びすると、みなもに向かって親指を立てた。
「いっぱい買ってきてやるから、楽しみにしてろよ」
「ありがとう。おつりは浪司の懐に入れてくれて構わないから
「おっ、いいのか? じゃあ遠慮なく旅の資金にさせてもらうぜ」
浮足立った音を響かせながら浪司が部屋を出ていく。
ぎい、ばたんっ! と部屋の扉が無遠慮に閉められた後、薬研を挽く音だけが辺りに流れた。
みなもは顔を薬研に向けたまま、上目でレオニードを視線に入れる。
本当に彼から話しかけることがない。みなもが話さなければ延々と黙り続けるのみだ。
しかし、時折レオニードは何か言いたそうにみなもを見てくる。今も鋭い目の横でしっかりとこちらを捕らえている。
用があるなら言えばいいのに。
痺れを切らせて、みなもは口を開いた。
「どうしたのレオニード? 言いたいことがあるなら、言ってくれないと分からないよ」
案の定レオニードから声は返ってこない――と思っていたら、しばらく沈黙した後、珍しく言葉が返ってきた。
「……君は俺の味方なのか? 敵なのか?」
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