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1.陛下のご下命で見合いをすると教えられました
それはいつもより早く帰ってきたお父様が、わたくしとお母様と一緒に夕食を召し上がって、わたくしがお部屋に辞した後にサロンへ来るように、といつもとはこれまた違ったお呼び出しがあった日の事です。
いつもとは違うよそ行きの顔をした父から、お前の婚約が決まった、と告げられました。わたくしのよく知る父の顔はいつもニコニコとしていて、母とわたくしとお姉さまたちと四人で何かしているのを、居間の片隅に金糸と銀糸の刺繍のされたお気に入りの椅子に座って、お酒をなめながらこちらを見ているものだったから正直驚きました。ちゃんと伯爵家当主のお顔も、お家でもできるのね、って。
「これは王命で、断ることは出来ない」
「あら、まあ」
わたくしは確かにそれほど優れてはおりませんけれど、王命を出してまでどこかに嫁がされるほど何か悪いことをした記憶もありません。褒章としてどこかに下賜されるにしろ、まずは決定前に詳しいお話があってしかるべきだと思うのですけれど。
わたくしの意思など関係ないと父も陛下も考えている、ということなのかしら。
「貴方、また言葉が足りておりませんわ」
「うん? ああそうか。いや自分の不手際の説明も兼ねるから、恥ずかしくてね」
父がお母様を、いつもと同じ顔で見つめる。にこにことした。対するお母様の視線は冷たい。とても冷たい。
「では、私から説明するわ」
「頼むよ」
父はさっさと執事のアードルフの淹れたお茶に手を伸ばす。説明責任をお母様に丸っとお投げになった。
「ダーヴィド・フィルップラ子爵はご存じ?」
「はい。直接のご挨拶をいたしたことはございませんが、先日もお茶会でフローラ様とヘイディ様が卿のお話をされておいででしたよ」
ダーヴィド様は王太子殿下のご学友でもあり、側近のお一人でもある。また侯爵家の嫡男でもあるので、未婚の女性人気は高い。今は殿下の側近として必要な子爵を名乗っておいでではあるが、と言ったところ。
わたくしより七つ上の二十五歳で、現在ご婚約者様はいらっしゃらない。故に、女性陣にとても狙われている。
「陛下や殿下のお側でお仕事をされるのは、国の舵取りを兼ねることですからとても重要なことなのは、あなたも相違ないわね」
「ございません。いつもお父様は素晴らしいと思っていますわ」
「んん、ありがとう」
急に褒められて、父が少し照れ臭そうになさった。大体いつも王城においでになって、王城での夜会の時もわたくしたちのエスコートよりも陛下のお側に侍っていることが多いのです。もっと小さい頃は寂しかったですけれど、今となっては誇らしい事であることは、理解しています。小さい頃は、寂しかったですけれど。
「そうなりますと当然、色恋沙汰にかまけている余裕はなくなります」
「お見合いですとか、そういうお話は多いのでは?」
「見合いの時間がどんどん惜しくなるんだよねぇ」
父の目が、少し遠くを見る。思い出したくない何かを、見ているのでしょう。
「ご令嬢方とお茶を飲んでいる時間で、あの処理が終わるとか、この分早く帰れるのではないか、とか。相槌を打つだけだと、嫌がるご令嬢もいらっしゃるしね」
「私とエドヴァルド様も、当時の陛下のお声かかりでしたわ」
「王命とは、つまり?」
「陛下のご命令で、あなたはこれから一週間、フィルップラ侯爵家にて生活していただきます。ダーヴィド様と共に暮らせるようであればお披露目式を行い正当な婚約者となります」
「承りました」
陛下のご命令とは、お見合いの席のお話だった。確かに、よほど相性が悪くなければそのまま婚約者となるだろうから、王命で婚約者が決まった、というお父様の言葉も間違いではない。でも説明は必要だと思うのです。
あれね。先日フローラ様から借りたご本が悪かったのだわ。政略結婚で貧乏なご令嬢があまり麗しくないけれど大金持ちの殿方の所にお父様の命令で嫁ぐお話だったものだからつい。全体的に悲しいお話で、読んでいて辛かったわ。しかも最後特に幸せにもなりませんでしたし。
ダーヴィド・フィルップラ様は、わたくしにお話が来たということは、おそらく普段は口数の少ない方なのだろう。お父様も仕事の時は口が回るけれど、帰宅するとほとんど無言である。お母様とは業務連絡を多なうけれど、わたくしたち三姉妹はあまり父の声を聴いた記憶がない。
いつもとは違うよそ行きの顔をした父から、お前の婚約が決まった、と告げられました。わたくしのよく知る父の顔はいつもニコニコとしていて、母とわたくしとお姉さまたちと四人で何かしているのを、居間の片隅に金糸と銀糸の刺繍のされたお気に入りの椅子に座って、お酒をなめながらこちらを見ているものだったから正直驚きました。ちゃんと伯爵家当主のお顔も、お家でもできるのね、って。
「これは王命で、断ることは出来ない」
「あら、まあ」
わたくしは確かにそれほど優れてはおりませんけれど、王命を出してまでどこかに嫁がされるほど何か悪いことをした記憶もありません。褒章としてどこかに下賜されるにしろ、まずは決定前に詳しいお話があってしかるべきだと思うのですけれど。
わたくしの意思など関係ないと父も陛下も考えている、ということなのかしら。
「貴方、また言葉が足りておりませんわ」
「うん? ああそうか。いや自分の不手際の説明も兼ねるから、恥ずかしくてね」
父がお母様を、いつもと同じ顔で見つめる。にこにことした。対するお母様の視線は冷たい。とても冷たい。
「では、私から説明するわ」
「頼むよ」
父はさっさと執事のアードルフの淹れたお茶に手を伸ばす。説明責任をお母様に丸っとお投げになった。
「ダーヴィド・フィルップラ子爵はご存じ?」
「はい。直接のご挨拶をいたしたことはございませんが、先日もお茶会でフローラ様とヘイディ様が卿のお話をされておいででしたよ」
ダーヴィド様は王太子殿下のご学友でもあり、側近のお一人でもある。また侯爵家の嫡男でもあるので、未婚の女性人気は高い。今は殿下の側近として必要な子爵を名乗っておいでではあるが、と言ったところ。
わたくしより七つ上の二十五歳で、現在ご婚約者様はいらっしゃらない。故に、女性陣にとても狙われている。
「陛下や殿下のお側でお仕事をされるのは、国の舵取りを兼ねることですからとても重要なことなのは、あなたも相違ないわね」
「ございません。いつもお父様は素晴らしいと思っていますわ」
「んん、ありがとう」
急に褒められて、父が少し照れ臭そうになさった。大体いつも王城においでになって、王城での夜会の時もわたくしたちのエスコートよりも陛下のお側に侍っていることが多いのです。もっと小さい頃は寂しかったですけれど、今となっては誇らしい事であることは、理解しています。小さい頃は、寂しかったですけれど。
「そうなりますと当然、色恋沙汰にかまけている余裕はなくなります」
「お見合いですとか、そういうお話は多いのでは?」
「見合いの時間がどんどん惜しくなるんだよねぇ」
父の目が、少し遠くを見る。思い出したくない何かを、見ているのでしょう。
「ご令嬢方とお茶を飲んでいる時間で、あの処理が終わるとか、この分早く帰れるのではないか、とか。相槌を打つだけだと、嫌がるご令嬢もいらっしゃるしね」
「私とエドヴァルド様も、当時の陛下のお声かかりでしたわ」
「王命とは、つまり?」
「陛下のご命令で、あなたはこれから一週間、フィルップラ侯爵家にて生活していただきます。ダーヴィド様と共に暮らせるようであればお披露目式を行い正当な婚約者となります」
「承りました」
陛下のご命令とは、お見合いの席のお話だった。確かに、よほど相性が悪くなければそのまま婚約者となるだろうから、王命で婚約者が決まった、というお父様の言葉も間違いではない。でも説明は必要だと思うのです。
あれね。先日フローラ様から借りたご本が悪かったのだわ。政略結婚で貧乏なご令嬢があまり麗しくないけれど大金持ちの殿方の所にお父様の命令で嫁ぐお話だったものだからつい。全体的に悲しいお話で、読んでいて辛かったわ。しかも最後特に幸せにもなりませんでしたし。
ダーヴィド・フィルップラ様は、わたくしにお話が来たということは、おそらく普段は口数の少ない方なのだろう。お父様も仕事の時は口が回るけれど、帰宅するとほとんど無言である。お母様とは業務連絡を多なうけれど、わたくしたち三姉妹はあまり父の声を聴いた記憶がない。
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