それを愛と呼ぶのだろう

稲葉鈴

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9.あなたに花束を

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 馬車には侍従が城の庭園から摘んで、作っておいてくれた小さい花束も置いてあった。これから音楽会に行くのに? と少し思ったが、その前にメルヴィ嬢の家に迎えに行く。彼女の家に置いて行けばいいだけの話である。

 こういう気の利く侍従はありがたいから、今度何か土産を渡さなければならない。助かったのだ、と自分が思ったのであれば、それに対する礼は必要だ。自分より序列が下の者にはそんなものは不要であると思う向きも多いが、まあ、そう思う者は思っていればいいのではないか。

「少し遅くなりました。申し訳ありません」
「お待ちしておりました。ですが本当に少しだけではないですか。道が混んでいらしたのでは?」
「今日はどこの邸宅でも、音楽会が開かれていますからね」

 門扉のところではそわそわと、門番が首を長くして馬車を待っていてくれた。御者からそう含み笑いとともに耳打ちされた。どうやら、お嬢様は愛されているようだ。良い事だと思う。

 謝罪とともに差し出した花束に、メルヴィ嬢は相好を崩される。喜んでもらえたらしい。

 そのことが嬉しくて、くすぐったくなる。

 結婚するなら、こういう小さい事を喜べる間柄でありたい。そういう相手でなくては、長くは続かないだろうと思う。

 キーア様は別だ。あの方は物語にでもなればいい。

 お渡しした花束は早々に側に控えていたメイドに取り上げられ、メルヴィ嬢をエスコートして馬車に戻る。迎えに来るのが遅れた、とはいえ、開場までは時間がある。

「ケッロサルミ侯爵家の音楽会をご覧になられたことは」
「いいえ。お茶会でのお話にも上りませんわ」

 メルヴィ嬢のご友人たちには、侯爵家のご令嬢はいらっしゃらないという。まあ、ケッロサルミ侯爵家で本日開催される音楽会は、内輪向けのものなのでそうなっても致し方ない。

「彼の家は、音楽家を多く輩出していることはご存じでしょうか」
「ええと、はい。聞いたことがあるような気がします」

 困ったような顔をしているが、まあ、有名すぎてどこかでは耳にしているだろう。現当主は流石に引退されたが、ご子息方もご息女方も王立の楽団に所属している。あの一族には確か一人だけ騎士になった変わり者がいたような気もするが、まあいい。

「本日の音楽会は、彼の一門の子供たちの発表会、という位置づけです。とはいえ歌う子供の伴奏をケッロサルミ侯爵家の楽団が担っていたり、歌姫の歌に子供たちが伴奏したり、という、代物です。しかもその子供たちも、普段から楽団員に教えられていますから、大人顔負けの出来です」

 だから毎年、王家に招待状が届くし、行けるのであれば誰か王族が行く。今年はたまたま、自分に婚約者候補がいるので、回して貰えたに過ぎない。

「すごいですね」
「すごいと聞きますね。楽しみましょう」

 馬車はゆっくりと街を走る。街中では元々スピードは出さない。危ないからだ。そんな普段と比べても、道が混んでいるからだろう。馬車はゆっくりと走るので、ゆっくりとメルヴィ嬢と話をした。

「出来ればこの社交の季節が終わるまでに、私と婚約するか決めていただけると助かります」
「承知しております」

 自分は別に、今この時間を無駄にしてもいい。家族や知人からからかわれる程度だろう。けれど彼女は違うのだ。女性の結婚適齢期は短く、無駄にしている時間はないだろう。

「他の方をご紹介されましたこと、ご存じなんですね」
「いいえ、今知りました」

 けれどもまあ、そういうこともあるだろう。

 そちらを選ばれてしまっては悲しいが、まあ、ご縁とはそういう物だろう。自分以外の相手を好ましいと思うのを、自分は止めることが出来ない。現時点で婚約がなされているのであれば苦言を呈することも出来ようが、まだ何も進んでいないのだから。悲しいと、伝えることさえおこがましかろう。

「……その」
「構いませんよ。自分達はまだ婚約が確定していないのですから、良い条件の方の所にお嫁に行きたいと思うのは、当然のことでしょう」

 メルヴィ嬢の唇に、触れるか触れないかで指を立て、その言葉の先を封じる。さすがに音楽会に行く前に、他の男の話はしたくない。

 あなたが悲しむ必要はない。きっとそう言えればいいのでしょう。けれど多分、自分はそれを言ってはいけないのだと思う。いや言ってもいいのだろうけれど。

 言いたくない、という気持ちはもちろんある。

「でもできれば、そうですね。今日の音楽会の間は、その方のことを忘れていただけると幸いです」
「ええ、勿論です」

 ならばそれでいいだろう。
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