それを愛と呼ぶのだろう

稲葉鈴

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22.キースキ伯爵家の夜会にて

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 きびきびと歩き出した騎士の背を追って、メルヴィ嬢をエスコートしながらゆっくりと歩く。ダンスパーティであればそれこそ、女性陣は踵の高い靴を履くから、歩くときはゆっくりと、である。まあ彼を見失うことはないだろうし、見失っても叱責されるのは案内人の方である。

 建物をぐるりと回りこむと、そこにはパラソルが建てられた一部があった。今の季節、王都の広場や大通りに面した飲食店が良くやっている、あれである。おそらく、昼間の茶会で使うものを、そのまま残してあるのだろう。

「来たな、メラルティン」
「ご無沙汰しております」

 その場にはもちろん、コスティ・キースキ卿もいらっしゃったけれど、何人か音楽会でもお会いしていない先輩方もいらっしゃった。音楽会でお会いした先輩もいらっしゃったが。全部で六人いらっしゃる。

「いやあ、ケッロサルミのところの音楽会で女連れだったから呼べ呼べと言われてな」

 キースキ先輩がちらりと、皆様を見やる。やはり、先輩ご自身はさほど興味をお持ちではないご様子だ。まあ、後日城であった時に聞けばよい、くらいの関心であろう。

「ご挨拶させていただきます。メルヴィ・クレーモア子爵令嬢です」
「どうぞお見知りおきくださいませ」
「婚約者か?」
「皆様が我先にと招待状を送ってきた関係で、婚約のお披露目式がまだなんですよ」
「それは悪いことした」

 先輩方が目に見えて申し訳なさそうな表情をメルヴィ嬢に向ける。うわぁ、という声も上がった。

 ご理解いただけたようで何よりだ。

「だから言っただろう。本人に確認のカードだけにしておけと」
「そうは言うがな」
「まあどのみち、殿下にも招待状が届いていて参加する予定の夜会のみ、という形にいたしましたので、キースキ卿はお心を痛めないでください」
「お前らは反省しろとのお達しだ」

 私の隣で、紹介された時に少しご挨拶をしただけのメルヴィ嬢がこちらを見上げてくる。そうですね、あなたはまだ何もしゃべっていない。

「ご挨拶されますか?」
「おいメラルティンが確認取ったぞ」
「お嬢さん、大事にされていますね……」
「お前ら今の今反省しろと言われたばかりだろう」
「この方々は昨日クレーモア子爵家の夜会に乗りこんでおいでになったルミヤルヴィ侯爵子息とご友人です、と言えばいろいろご理解いただけるかと」
「ご友人、なのですね」
「先程も思ったが、声も愛らしいな」
「そうか、メラルティンは可愛らしい女性が好みか」
「姉上があれだものなあ……」
「もういい、メラルティン。ご令嬢を連れて会場内に入って、ダンスパーティを楽しんでくれ」
「そうさせていただきます。失礼いたします」

 行きましょう、と声をかけて、メルヴィ嬢を連れて建物の中に入る。

 武道館の天井は高く、そこに採光用の窓が複数あるようで、昼間であったら明るかったのだろう。けれど今は夜であり、本来の使用目的としてはシャンデリアもない。

 大振りのロウソク立てがいくつもテーブルに置かれ、煌々と明かりをともしていた。いっそ幻想的である。

「これはこれで、良いですね」
「あの、パーヴァリ様」
「どうされました」

 気分がすぐれませんか、とは問いはしない。まあすぐれないだろう。あの問答の後である。

「あの方々は、ええと、その」
「学院時代の先輩方です。以前から少しずつ説明させていただいております通り、ケッロサルミ卿のご友人たちですね」

 とりあえず、建物に入り、内部をゆっくりと歩く。楽団が音楽を奏でていて、建物の三分の二はダンスフロアになっている。そこでくるくると楽しそうに踊る皆様がいらっしゃる。声を潜めると、会話はしづらい。

「昨日の夜会にいきなりいらっしゃったルミヤルヴィ侯爵令息も、あそこのご一団です」

 キースキ卿はちょっと違うけれど、いや、あのご一団だったな。あのご一団にいい加減にしろ、と言って下さる御仁である。大切にしていきたい先輩のお一人だ。

 ちなみに皆様方、お一人ずつだと問題は起こさない。いや今回だって全員が呼ばずに、一つの夜会に、それも自分が参加しそうな方のお名前でお呼びして、という気は使えるのだ。ああやって集まってしまうと、学院時代に戻ってついうっかりの発言をしてしまうだけで。

 そう説明をすると、メルヴィ嬢は何かを理解した顔で頷かれた。

「我が家の兄と、同じような方々なのですね」
「お兄様も同じような方ですか」
「同じですわ。領地では若様の皮をかぶっておりますけれど、ほら、初めにお会いした夜会、私一人でしたでしょう?」
「お一人で、姉夫婦に預けられておいででしたね」

 建物内をぶらぶらと歩きながら、そんな話をする。まず目指すのはカクテルコーナーだ。踊るのはその後でいい。そもそも、踊りもせずに帰宅してもいい訳だ。いや、一応、あの先輩方ではなくご参加されている他の方々と社交をしてから帰りたいが。

「兄と、キュラコスキ伯爵令息様がご友人で。そのご縁でパーヴァリ様にご紹介されることになったのですけれど。ご友人方を見つけて行ってしまいましたの」

 まったく、とメルヴィ嬢は怒っているが笑ってもいるので、もう過去の記憶になっているのだろう。二年も前の話ではあるし。

「お酒になさいますか? それとも踊りますから炭酸に?」
「パーヴァリ様はお酒を召されますの?」
「どうしましょうか」

 昨日メルヴィ嬢にお話しした通り、自分はそれほど酒を好まない。飲めはするから付き合うが。他方メルヴィ嬢はお酒を好まれる。こういった場では、自分に付き合っている、という体裁は必要であろう。

 二人でざっとテーブルの上を眺める。酒精の強い酒も、そうでないものもソフトドリンクも用意されている。頼めばこの場でカクテルも作って貰えるのだろう。果物が盛り付けられているのだから、そうであろう。

「カーパはありませんね」
「カーパが特産の領地にどなたかがお婿に行くかお嫁に行けば、並ぶようにはなるでしょう」
「そうですわね。ああ、モルサがありますから、それを」
「君、モルサでカクテルを。甘いものにしますか?」
「そうですね、甘いカクテルを」
「承りました」

 侍従は手慣れた様子で、いやこういった場に出てくる侍従が手慣れていない、ということは当然、無い。あった場合は、担当が席を外している、と通達されるであろう。だから手慣れた侍従が、グラスにリキュールを注ぎ、炭酸水を注ぎ、モルサを添え。最後にちょっとだけ、レモンを絞る。

「ありがとう」
「良い夜を」

 二つのグラスは大きくなく。それを片手に軽食のコーナーにつくころには、飲み終わっている程度のショートグラスであった。

「最後のレモンが、味を引き締めて美味しいですね」
「ええ。不要ではないかと思いましたが、口にするとよく分かる」

 グラスを引き取りに来た侍従に渡し、メルヴィ嬢に何か口にするかと尋ねる。こういう場にしか出てこない、家ごとのメニューというものが存在するのだ。特に、菓子に多い。
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