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3 雨音の調べ
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窓ガラスに雨粒が叩きつける音が、喫茶店の柔らかな照明に溶け込んでいく。
外は灰色で、通りの人影もぼんやり滲んで見える。
私はカウンターの端に座り、湯気の立つ紅茶のカップを両手で包んだ。
隣には、恋人のみゆきがいる。
いつもの穏やかな笑みで、私の肩に視線を落としてくる。
今日もここを選んでよかった。雨の日は、みゆきと二人で過ごすのにちょうどいい。
「ねえ私、この雨の音、好きなんだよね」
みゆきが窓のほうを見ながら言う。
声が、雨粒のリズムに負けないくらい優しい。
私はカップを口に運び、くすっと笑った。
「知ってるよ。みゆき、雨の日いつも言うもん。『雨の音が、心を洗ってくれる』って」
彼女は少し頬を染めて、軽く頭を私の肩に寄せた。
髪からかすかなシャンプーのバラの香りと雨の匂いと混じって、ふわふわとまったり気分になってくる。
「ばれた? でも本当。雨の音って、ただのノイズじゃないんだ。ぽつぽつ、じゃじゃじゃって……世界が息してるみたいでさ。綾と一緒に聞くと、もっと特別に感じるの」
私は紅茶を一口。熱が喉をすべっていく。
特別かぁ、少しだけ恥ずかしさがこみ上げてくる。
みゆきの横顔を盗み見る。瞳は窓の向こうの雲を映して少し曇っているのに、その表情がたまらなく愛おしい。
みゆきはいつも、小さなことに喜びを見つける人だ。
私が疲れている日は、何も言わずにこの雨を一緒に聞いて、ただ寄り添ってくれる。
「ふふ、私も雨の音、好き。……でもね、みゆきが好きって言うから、前よりもっと好きになった。雨が降ると、みゆきがそばにいてくれる気がするんだ。包まれてるみたいに」
ほんの少しだけいい事を言おうとしたんだけど、気障っぽいというか、恥ずかしさが倍増して顔が赤くなってくるのを感じる。
みゆきは目を細めて、指を絡めてきた。
カウンターの下で、そっと。店内のジャズが、雨の拍にやわらかく重なる。
外は人もまばらで、傘の音も遠い。世界は今、私たち二人だけになったみたいだ。
「じゃあ、ずっと雨が降ればいいね。綾と、こうして話して、触れて……」
声が少し震える。照れ隠しの揺れ。私は握り返し、耳元で囁く。
「雨が止まなくても、止まっても、みゆきがいればいい。私たちの雨音は、いつだって続くよ」
みゆきが小さく息を笑いに変える。
肩先が、私の腕にさらに寄りかかる。私はカップを置き、空いた手でその指を包んだ。
雨はまだ優しく降り続いている。喫茶店の時計が、ゆっくり時を刻む。
私たちはただ、確かめるみたいに温もりを分け合い、同じ音を聴き、同じ息をする。
この時間が、少しだけ長く伸びる。
雨粒の一つひとつが、私たちの間に落ちて、透明な糸になって結ばれていく。
名前を呼ぶほどでもない沈黙が、いちばん正直な言葉になる。
私は目を閉じ、みゆきの額に指先をそっと触れた。
ねえ、聞こえるかな? 外の雨じゃなくて、ここに生まれた雨音。二人でしか分からない、静かな鼓動だよって言いたかった。
扉が開く音がして、冷たい風がひときわ強く入ってくる。
鈴の音がやさしく揺れ、すぐにまた店はあたたかさを取り戻す。
私はみゆきの手をもう一度握り、彼女は何も言わずに握り返した。
雨は続いて、私たちも、続いていく。
外は灰色で、通りの人影もぼんやり滲んで見える。
私はカウンターの端に座り、湯気の立つ紅茶のカップを両手で包んだ。
隣には、恋人のみゆきがいる。
いつもの穏やかな笑みで、私の肩に視線を落としてくる。
今日もここを選んでよかった。雨の日は、みゆきと二人で過ごすのにちょうどいい。
「ねえ私、この雨の音、好きなんだよね」
みゆきが窓のほうを見ながら言う。
声が、雨粒のリズムに負けないくらい優しい。
私はカップを口に運び、くすっと笑った。
「知ってるよ。みゆき、雨の日いつも言うもん。『雨の音が、心を洗ってくれる』って」
彼女は少し頬を染めて、軽く頭を私の肩に寄せた。
髪からかすかなシャンプーのバラの香りと雨の匂いと混じって、ふわふわとまったり気分になってくる。
「ばれた? でも本当。雨の音って、ただのノイズじゃないんだ。ぽつぽつ、じゃじゃじゃって……世界が息してるみたいでさ。綾と一緒に聞くと、もっと特別に感じるの」
私は紅茶を一口。熱が喉をすべっていく。
特別かぁ、少しだけ恥ずかしさがこみ上げてくる。
みゆきの横顔を盗み見る。瞳は窓の向こうの雲を映して少し曇っているのに、その表情がたまらなく愛おしい。
みゆきはいつも、小さなことに喜びを見つける人だ。
私が疲れている日は、何も言わずにこの雨を一緒に聞いて、ただ寄り添ってくれる。
「ふふ、私も雨の音、好き。……でもね、みゆきが好きって言うから、前よりもっと好きになった。雨が降ると、みゆきがそばにいてくれる気がするんだ。包まれてるみたいに」
ほんの少しだけいい事を言おうとしたんだけど、気障っぽいというか、恥ずかしさが倍増して顔が赤くなってくるのを感じる。
みゆきは目を細めて、指を絡めてきた。
カウンターの下で、そっと。店内のジャズが、雨の拍にやわらかく重なる。
外は人もまばらで、傘の音も遠い。世界は今、私たち二人だけになったみたいだ。
「じゃあ、ずっと雨が降ればいいね。綾と、こうして話して、触れて……」
声が少し震える。照れ隠しの揺れ。私は握り返し、耳元で囁く。
「雨が止まなくても、止まっても、みゆきがいればいい。私たちの雨音は、いつだって続くよ」
みゆきが小さく息を笑いに変える。
肩先が、私の腕にさらに寄りかかる。私はカップを置き、空いた手でその指を包んだ。
雨はまだ優しく降り続いている。喫茶店の時計が、ゆっくり時を刻む。
私たちはただ、確かめるみたいに温もりを分け合い、同じ音を聴き、同じ息をする。
この時間が、少しだけ長く伸びる。
雨粒の一つひとつが、私たちの間に落ちて、透明な糸になって結ばれていく。
名前を呼ぶほどでもない沈黙が、いちばん正直な言葉になる。
私は目を閉じ、みゆきの額に指先をそっと触れた。
ねえ、聞こえるかな? 外の雨じゃなくて、ここに生まれた雨音。二人でしか分からない、静かな鼓動だよって言いたかった。
扉が開く音がして、冷たい風がひときわ強く入ってくる。
鈴の音がやさしく揺れ、すぐにまた店はあたたかさを取り戻す。
私はみゆきの手をもう一度握り、彼女は何も言わずに握り返した。
雨は続いて、私たちも、続いていく。
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