百合短編集

南條 綾

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19 朝の教室

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 朝の教室は、いつも通り静かで、ちょっと眠い空気が漂っている。
カーテンの隙間から差し込む陽光が、黒板の端っこを白く照らして、埃がふわふわ舞ってるのが見える。

 私は、いつもの席にドサッと座って、ノートを広げた。
「ふう……」とため息が漏れる。
昨夜、遅くまで宿題に追われていたせいか、目が少し重かった。
でも、それ以上に気になるのは、このノートの隅に残ってる落書き。美月の名前を、何度も何度も書いては消して、結局残ってしまったやつ。『美月』『美月』と。

 これ、誰かに見られたら終わりだよ。本人に見られたら絶対に死んでしまう。
心臓がドキドキと鳴り始めて、慌てて指で隠そうとするけど、指先が震えてうまく隠せない。
やばい、消さなきゃ。けど、なんか消したくないんだよね、この痕跡。
多分それが本心だから、消したら、自分を否定するみたいでいやなのかもしれない。

 そんなこと考えてるうちに、教室のドアが静かに開く音がした。
視線を上げると、そこに美月が入室していた。
髪を耳にかけるいつもの仕草で、制服の襟が少し乱れているのが、妙に可愛い。

 朝の光が彼女の姿をやわらかく照らしていて、まるで少女漫画の世界から抜け出してきたようだった。
あ、来た……。美月、今日も早いな。
この雰囲気、実は私はすごく好き

 私の視線に気づいたのか、美月がこっちを見て、ふっと笑う。
あの笑顔が反則。私の心拍数が上がるのがよくわかる。

「綾、早いね。もうノート開いてるなんて、真面目すぎるよー」

 美月の声が、朝の空気を優しく溶かしていく。
彼女は鞄を肩から下ろしながら、私の隣の窓際席に腰を下ろす。
距離が近い。肩が、ほんの少し触れそうで、触れない。
シャンプーの匂いが、かすかに漂ってきて、桜の花びらみたいな、甘くて儚い香り。

 昨日の授業中も、この匂いに何度振り向いたか分からない。
私は慌てて目を伏せて、ノートをパラパラめくるふりをする。

 ヤバすぎる。顔が熱いよ絶対赤くなってる。
落ち着けきょどってたら怪しまれる。
早く返事しないと

「え、う、うん……。宿題、早く終わらせたくてさ。美月こそ、いつも通り可愛い髪型だね」
何言ってんの、私! そんなストレートに褒めちゃダメだろ!
ダメ、パニックになってるのに、頭の中だけは冷静だよ。もうどうしよう
心の中で自分を突っ込みながら、叱ってみた。
そんなこと言っても意味ないのに、でも頭の中で浮かび上がるから仕方ないよね。

 チラッと横目で美月を見る。
彼女は教科書を鞄から取り出して、軽く首を傾げている。

「可愛い? ふふ、綾に言われると照れるなあ。ありがと。でも、襟乱れてるの気づいてた? 直してくれる?」
ふぁ……えっと?な……ナ…… 直してくれる? って、私に?ふにゃ?

美月の指が、自分の襟を軽く触って、期待するような目でこっちを見る。
心臓が爆発しそう。手が勝手に伸びて、彼女の襟元に触れる。
生地が柔らかい。これ同じ制服だよね。指先が美月の肌に少し当たる。

 温かい。電気が走ったみたいに、ビリビリって感覚が腕を伝って、胸まで届く。
「よ、よし……これで大丈夫」
声が上ずっちゃう。美月はくすくす笑って、私の手を軽く握る。
握るってか、触れるだけだけど、それだけで世界が止まった気がする。

「綾の手、冷たいね。緊張してるの? ふふ、可愛い」

「ナ……何言ってるの、ち、違うよ! ただ朝だから……教室の中が寒いから……」
言い訳が弱いし、何でどもってるの私、言葉がうまく出てこない。

 美月は笑いを堪えきれずに、肩を震わせる。
彼女の笑顔は朝日みたいに眩しくて、私は思わず見惚れてしまった。
ノートに残った落書きが、急に現実味を帯びてくる。

美月は知らないと思うけど、私の毎朝はいつも君から始まるんだよ。
知らないふりをして、でも本当は、君の隣が一番落ち着く場所なんだよ。
本当は自分の気持ちを言いたい。でも言ったら離れちゃうかもしれないから、そっとしまっておく。

「ねえ、綾。昨日の宿題、まだ終わってないんでしょ? 見せてよ。一緒にやろうよ。綾の字、綺麗で好きなんだよね」

 美月が身を寄せてくる。
彼女の息が、耳にかかる。
膝が、私の膝にそっと寄り添うように触れる。触れてる? 触れてない? その曖昧さが、ドキドキを倍増させる。
教科書を開きながら、美月の指が私のノートに伸びてくる。

 昨夜の『美月』の文字が、ギリギリ隠れている。危ない……。
「う、うん。一緒にやるよ。でも、美月がミスったら、私のせいにしないでね?」

「そんなことしないよ、もう! 綾と一緒なら、宿題も楽しいよ」
彼女の目が、朝の光を映して輝く。その視線に、胸の奥がじんわり溶け出しそうになる。

 教室のドアがまた開いて、他の生徒たちがざわめきを連れて入ってくる。
美月は少し体を離すけど、膝の温もりはまだ残ってる。
チャイムが鳴るまで、この瞬間が続くといいな。

(美月、君がいると、朝が特別になる。いつか、この気持ち、ちゃんと伝えたい……貴女を愛していますと……)

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