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59 お昼寝の約束
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お部屋のカーテンが全部閉められて、魔法みたいに暗くなるのはちょっとだけワクワクする。
先生が「トントン」して回る足音が聞こえるようになると、なんだか胸の奥がざわざわして、迷子になったみたいに寂しくなってしまうから。
でも、隣の布団から、ちいさな手が私のパジャマの裾をギュッと掴んできた。
「……あやちゃん」
暗闇の中で、ひかりちゃんが私を呼んだ。先生に見つからないように、うんと小さな、アリさんの声。
ひかりちゃんは、いつもイチゴの石鹸みたいな、あまくていい匂いがするの。
「なあに、ひかりちゃん」
私もアリさんの声で返す。ひかりちゃんは、少しだけ体を私の方に寄せてきた。
布団と布団の隙間から、ひんやりした床の匂いがしたけれど、ひかりちゃんの手が触れているところだけは、ストーブみたいにポカポカして気持ちよかった。
「……およめさん、のこと。さっきの、おままごと」
「およめさん?」
「ひかりがパパで、あやちゃんがママだったでしょ? あのお家、ひかり、本物がいいなあって思ったの」
ひかりちゃんの声が、ちょっとだけ震えていた。
「パパとママは、けっこんしてるから、ずっといっしょにいるんでしょ? でも、女の子同士は、けっこんできないって、お姉ちゃんが言ってた。ひかり、あやちゃんといっしょにいたいのに。大人になっても、ずっと、ずっと」
私は、ひかりちゃんの言っていることが、半分くらいしか分からなかった。
女の子同士が結婚できるのか、できないのか。
そんなことよりも、ひかりちゃんが今、泣きそうな顔をして私の裾を必死に握っていることの方が、私にとっては世界の何よりも大事なことだった。
私はひかりちゃんの布団の中に、自分の手をそっともぐりこませた。暗闇の中で迷子にならないように、ひかりちゃんの熱い手を探して、指を一本ずつ、ゆっくりと絡ませる。
「……じゃあ、けっこんじゃない、もっとすごいやつになればいいよ」
「もっと、すごいやつ?」
「名前はないけど。ずっと一緒にいられて、ずっとお手てつないでいいやつ。お外の公園の砂場も、お給食のあとの滑り台も、全部ひかりちゃんと私だけでやるの」
ひかりちゃんの大きな瞳の中に、カーテンの隙間から漏れた光が、ビー玉みたいにキラキラ反射して映っている。
「……あやちゃん、それ、約束? 小学生になっても、もっと大きい『大人』になっても、忘れない?」
「うん、忘れないよ。約束」
私が言うと、ひかりちゃんは安心したみたいに、ふにゃりと、マシュマロみたいに笑った。
そのまま、繋いだ手を離さないようにして、私の肩に小さなおでこをぐいぐいと押し付けてくる。
「ひかりね、あやちゃんのこと、世界でいちばん、だいすき。ママよりも、パパよりも、飼ってるワンちゃんよりも、だいすきなの」
「私も。ひかりちゃんが、宇宙でいちばん」
先生の足音が「ペタ、ペタ」と近づいてきたから、私たちは慌てて目をつぶって、寝たふりをした。
ひかりちゃんの規則正しい呼吸が、私の首筋に当たってくすぐったい。
ギュッと握られた私の手は、ひかりちゃんの手汗で少ししっとりしてきたけれど、それがなんだか、離れられない印みたいで誇らしかった。
小学校にいったら、クラスが離れるかもしれない。
大人になったら、もっとたくさん知らない人が現れるのかもしれない。
でも、そんな遠い未来のことなんて、今の私には関係ない。
お昼寝の時間の、この静かで狭い暗闇の中で、繋いだ手から伝わってくる熱さだけが、私の世界の全部だった。
いつか、私たちがもっと大きくなって、この気持ち名前を見つけてしまう日が来るまで。
このまま、この小さな布団の海に溺れていたいと思った。
先生が「トントン」して回る足音が聞こえるようになると、なんだか胸の奥がざわざわして、迷子になったみたいに寂しくなってしまうから。
でも、隣の布団から、ちいさな手が私のパジャマの裾をギュッと掴んできた。
「……あやちゃん」
暗闇の中で、ひかりちゃんが私を呼んだ。先生に見つからないように、うんと小さな、アリさんの声。
ひかりちゃんは、いつもイチゴの石鹸みたいな、あまくていい匂いがするの。
「なあに、ひかりちゃん」
私もアリさんの声で返す。ひかりちゃんは、少しだけ体を私の方に寄せてきた。
布団と布団の隙間から、ひんやりした床の匂いがしたけれど、ひかりちゃんの手が触れているところだけは、ストーブみたいにポカポカして気持ちよかった。
「……およめさん、のこと。さっきの、おままごと」
「およめさん?」
「ひかりがパパで、あやちゃんがママだったでしょ? あのお家、ひかり、本物がいいなあって思ったの」
ひかりちゃんの声が、ちょっとだけ震えていた。
「パパとママは、けっこんしてるから、ずっといっしょにいるんでしょ? でも、女の子同士は、けっこんできないって、お姉ちゃんが言ってた。ひかり、あやちゃんといっしょにいたいのに。大人になっても、ずっと、ずっと」
私は、ひかりちゃんの言っていることが、半分くらいしか分からなかった。
女の子同士が結婚できるのか、できないのか。
そんなことよりも、ひかりちゃんが今、泣きそうな顔をして私の裾を必死に握っていることの方が、私にとっては世界の何よりも大事なことだった。
私はひかりちゃんの布団の中に、自分の手をそっともぐりこませた。暗闇の中で迷子にならないように、ひかりちゃんの熱い手を探して、指を一本ずつ、ゆっくりと絡ませる。
「……じゃあ、けっこんじゃない、もっとすごいやつになればいいよ」
「もっと、すごいやつ?」
「名前はないけど。ずっと一緒にいられて、ずっとお手てつないでいいやつ。お外の公園の砂場も、お給食のあとの滑り台も、全部ひかりちゃんと私だけでやるの」
ひかりちゃんの大きな瞳の中に、カーテンの隙間から漏れた光が、ビー玉みたいにキラキラ反射して映っている。
「……あやちゃん、それ、約束? 小学生になっても、もっと大きい『大人』になっても、忘れない?」
「うん、忘れないよ。約束」
私が言うと、ひかりちゃんは安心したみたいに、ふにゃりと、マシュマロみたいに笑った。
そのまま、繋いだ手を離さないようにして、私の肩に小さなおでこをぐいぐいと押し付けてくる。
「ひかりね、あやちゃんのこと、世界でいちばん、だいすき。ママよりも、パパよりも、飼ってるワンちゃんよりも、だいすきなの」
「私も。ひかりちゃんが、宇宙でいちばん」
先生の足音が「ペタ、ペタ」と近づいてきたから、私たちは慌てて目をつぶって、寝たふりをした。
ひかりちゃんの規則正しい呼吸が、私の首筋に当たってくすぐったい。
ギュッと握られた私の手は、ひかりちゃんの手汗で少ししっとりしてきたけれど、それがなんだか、離れられない印みたいで誇らしかった。
小学校にいったら、クラスが離れるかもしれない。
大人になったら、もっとたくさん知らない人が現れるのかもしれない。
でも、そんな遠い未来のことなんて、今の私には関係ない。
お昼寝の時間の、この静かで狭い暗闇の中で、繋いだ手から伝わってくる熱さだけが、私の世界の全部だった。
いつか、私たちがもっと大きくなって、この気持ち名前を見つけてしまう日が来るまで。
このまま、この小さな布団の海に溺れていたいと思った。
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