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5章 紋章の情報を求めて
21話 報告
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俺たちはほとんど言葉を交わすことなく、首都へと帰還した。
馬車の中は、重苦しい沈黙に包まれていた。
エレナは無言で窓の外を見つめ、俺は天井を見上げながら、灰色に変わったあの部屋のことを、何度も何度も思い返していた。
……正しかったのか、間違っていたのか。いまだに答えは出ない。
ただ、胸の奥に小さな棘が刺さったままで、それが抜けることはなかった。
首都の神殿に着いたのは夕暮れ時だった。
大聖堂の執務室に案内されると、いつも穏やかな笑顔を浮かべた司祭長ヴァレリウスが俺たちを待っていた。
白い法衣がゆったりと揺れ、何事もなかったかのように、静寂の中に落ち着いた空気が広がっていた。
「お帰りなさい。お疲れ様でした。」
その声は、まるで周囲のすべてを包み込むかのように深く、重みを持って響いた。
エレナが一歩前に出て、俺から預かっていた分厚い研究報告書を静かに机の上に置いた。
「……任務は完了いたしました。ただし」声が少し震えているのが、俺にもはっきりわかった。
「施設内の実験体および試薬類は、シビ様の判断によりすべて破壊されました。残っているのは、この報告書だけです」
ヴァレリウス司祭の眉が、ほんの一瞬だけ動いた。
「ほう……それはまた大胆なことをした」
俺は黙って一歩踏み出す。
「俺の独断だ。エレナは最後まで反対していた。あのまま残しておけば、必ず誰かが悪用する。魔術師ギルドも王国の上層部も、綺麗事だけでは動かないことは、司祭長もよくわかっているはずだ」
老司祭は静かに目を閉じ、長い沈黙の後、ゆっくりと目を開ける。
「……シビよ、あなたが正しいことをしたのかもしれぬ。しかし、同時に非常に危険なことをした」
「危険だと?」
「己一人ですべてを判断したか。お主が正しいと思っても、間違いはあるものだ。そして、そなたは依頼を受けたのだろう。持ってくるのがあなたのお仕事だった。それを破棄するかどうか、正しいかどうかは、こちらが基本的に判断することだと思いますが?私情を持ち込むべきではないのが、冒険者の仕事ではありませんか?」
司祭の言いたいことはわかるが。
「違うな。冒険者は誰かの命令で動く者ではない。そんなことをするくらいなら、国のお抱えになればいい。だが、司祭様の言うことも理解はしている。今ここで何を言っても、何も変わらないだろう。俺がどうしてそうしたのか、その理由はエレナからもらった資料を読んでくれ」
ヴァレリウス司祭は苦笑いを浮かべ、報告書を手に取った。
「うむ、そう致そう。依頼そのものは達成されておるが……これでは不十分と言わざるを得んな。依頼料は減額させてもらうが、異存はないな?」
「あぁ、構わない」
そういえば、この人は神代の言語と、失われた古代魔法語を本当に読めるのか?
ヴァレリウス司祭は資料を数ページめくり、ぱらりと紙の音を立てた。その顔色が変わるのを、俺は見逃さなかった。
「なるほど、そなたが危惧したことがよくわかりました。しかし、私は最初の数行と図解を見ただけで理解しましたが、そなたはこれを読んで解けたのですか?」
ヴァレリウス司祭は驚きながらも、冷静に問いかけた。
「解き方は、あの施設の地下5階でわかるはずだが、俺があのまま取得してしまったから、それももうなくなっている」
「これは神代の言語だと理解できましたが、こちらは?」
「恐らくだが、滅んだとされる古代魔法語だと思う。エレナと協力して読み上げたおかげで、俺には読解の呪文を使えば理解できるようになった」
エレナが読めるから、神代の言語はヴァレリウス司祭も読めたようだ。
魔術師ギルドに行けば、古代魔法語の書物も手に入るだろうから、隠す必要はないと判断した。
「なるほど、あなたが求める情報は後日お伝えしてもよろしいか?」
「あぁ、構わない」
この後司祭は、魔術師ギルドにも、王国にも相談しなければならない。
だが、もし許可されなかったらどうする?
忍び込むか?
他国で情報を探すか?
図書館で許可されている書類を漁るか?
魔術師ギルドに行って、閲覧できるものを読むか?
それとも、別の方法を考えるべきだろうか?
「これはこちらで保管いたしますが、異論はありませんね?」
「あぁ、構わないよ。ただし、この剣は俺がもらう。ダンジョンに入って、財宝一つ手に入らないまま帰るなんて、ただの赤字だからな」
俺は無造作に言い放ち、ミスリルソードを手に取った。
「見せていただけますか?」
ヴァレリウス司祭は、穏やかながらも鋭い視線を俺に向けた。
「あぁ」
俺はそのまま、素直にミスリルソードを渡した。
受け取った司祭は、片眼鏡をゆっくりとかけ、じっと剣を観察し始めた。
その動きは、まるで何かを確かめるように慎重だった。
「どうやら切れ味が良いミスリルソードのようですね」
彼の声には、どこか満足げな響きがあった。
「ほう、魔術師でもないのに鑑定ができるのか?」
ヴァレリウス司祭は眉をひそめ、微かに興味を示した。
「おぬしがどんなものを持ってくるのか分からないからな、魔術師ギルドから借りてきたものだ」
ヴァレリウス司祭は冷静に答えた。
俺はその言葉を聞き、ただ静かにうなずくしかなかった。
「なるほど」
ヴァレリウス司祭はしばらく剣を見つめた後、納得したように呟いた。
「これはこれで、今のところ関係ないのでお渡しします。ただし、このレポートに関連することがあれば、返却をお願いします」
「それだと困るんだけどな。俺は基本、剣を持って戦うからな」
「なら、その剣に合った武器を渡すということで、納得してもらおうか?」
「それなら納得するよ」
実際、これが鍵になるかもしれないから、渡したくはない。だが、仕方ない。
突っ張るところは突っ張るが、あまり突っ張りすぎても得にはならないからな。
「シビ、お主が恐れた『人の弱さ』は、確かに存在するだろう。だからこそ、神の名の下に、我々がそれを背負うことを忘れてはならない」
ヴァレリウス司祭は、重々しく、しかし優しく語りかけた。
エレナが小さく息を呑んだのがわかる。
「司祭長様……それでは、やはり」
エレナの声には、わずかな震えがあった。
「エレナ。信仰とは、時に毒を呑む覚悟も必要だ。アウリス様は全てを赦し、全てを救うと仰せだが……この世はまだ、その域には達していない」
ヴァレリウス司祭は、無情に響くかのような冷徹さを滲ませながらも、どこか哀しげに言葉を続けた。
おいおい、司祭がそれを言っていいのか?
ヴァレリウス司祭は立ち上がり、俺の肩にそっと手を置いた。
「シビよ。お主は、自分の信じる正義を貫いた。それは立派なことだ。ただ、これからは……その正義ゆえに、間違いが起きるかもしれないということを、どうか忘れぬように」
俺は何も言えなかった。
ヴァレリウス司祭は、優しく微笑んだ。
「さて……報酬は冒険者ギルドで受け取るといい」
あ、そういえば冒険者ギルドにまだ登録していなかったな。
ついでに、登録を済ませておくか。
「それから、詳しいことはエレナにでも聞いてくれ。それと、エレナ、本当に助かった。ありがとうな」
心から感謝の気持ちを伝えたが、微笑みの裏に、ほんの少しの痛みが混じったような……その顔が、なぜか頭から離れなかった。
あ、そういえば冒険者ギルドにまだ登録していなかったな。ついでに、登録を済ませておこう。
俺は一度大きく息を吐き、教会の重い扉を押し開けた。
外に出ると、冬の冷たい風が頬を刺す。
街の喧騒はすぐそこなのに、どこか遠くに聞こえる。
足を進めるものの、ギルドに向かう道を少しだけ止めた。
……エレナのあの表情は一体何だったんだろう。
あれはただの気のせいじゃなかった。
だけど、これで一人になったんだな。
酒場へと足を向けた。
夕方の街はもう灯りがともり始めていて、行き交う人々の吐息が白く揺れている。
ギルド併設の酒場「癒しの炉端」は、すごく賑やかだった。
扉を押し開けると、熱と酒と汗の匂いが一気に押し寄せる。
奥のテーブルでは大男たちが腕相撲に熱くなり、別の隅では吟遊詩人が三味線みたいな楽器で下手くそな歌を歌っている。
こういうところはアウリス神のおひざ元だろうがイメージにある酒場とあまり変わらないな
壁一面の掲示板には依頼書がびっしり。見ているだけで目がチカチカしそうだ。
俺はカウンターに直行した。
まだ登録証もない新参者が、まず最初にすべきことは決まっている。
カウンターに肘をついて、声を掛ける。
「新規登録にきたんだけど」
すると、書類の山に埋もれていた担当者
青髪をポニーテールにしたキリッとした女性が、顔を上げた。
名札には「リリア」と書いてある。
彼女は俺を一瞥すると、ため息を一つ。
「……ちょっと待って。それ、さっき教会から来た依頼書のものでしょ?」
「多分な」
「司祭様の依頼、終わらせてきたんでしょ?それでなんで?登録なんて…もしかして」
鋭い。
俺が頷く前に、リリアは呆れたように眉を寄せた。
「終わらせたのはいいけど、登録もせずに報酬だけもらいに来る気だったわけ?」
「いや、ほら今回は教会直々の依頼だったから後でもいいかなって思ってな」
「は~~~~~関係ないわよ!このばか! 冒険者ギルドを通さないで報酬もらうなんて、前例があってないわけじゃないけど…… あんた、まだランクも何もないのに、こんな大仕事片付けてきたって話、本当なの?」
周りの冒険者たちがチラチラとこっちを見始めた。
やべえ、完全に注目されてる。注目されるの生前から苦手なんだってやめてほしい
「だから、まずは登録からしようと思ってな」
「順番が違うでしょ!!」
バン! とカウンターを叩かれ、俺は思わず背筋を伸ばした。
「登録してから依頼受けて、終わったらまたギルドに報告して報酬もらう。これがルール! 教会だろうが王宮だろうが関係ない!……ったく、新人さんには毎回言ってる気がするわ。ルールを守れない奴に仕事なんて出来っこないわよ!」
リリアはぶつぶつ言いながら、新しい登録用紙を滑らせてよこした。
「名前、出身、得意武器、魔法の有無……全部書いて。あと、今回の教会の仕事、ちゃんと記録に残しておくからね。 勝手に終わらせた罰として、手数料ちょっと上乗せするから覚悟しときなさい」
確か報酬減額になってるからまた減額か……完全に怒られたな。
四十超えたおっさんが20代前半の女性に頭ごなしに怒られるなんてな
生前じゃありえない光景だな。まあ、確かに順番は間違ってたし怒られて仕方ない状況だからな。
命かかってるからそういうところは厳しいんだろうな。
全く冒険者としての第一歩目から、しっかり躓いてしまったな。
俺は苦笑いを浮かべながら、ペンを握った。
これ書けないところあるけど、出身メイティアでいいか。
俺は久しぶりに美味い飯を食べ、ゆったりとしたベッドに身を沈めた。
体に染み込む温かさと、心地よい静けさが、少しだけ疲れた心を癒してくれる。
今日の出来事が頭に浮かび、その度にちょっとだけ息を吐きながら、体を休めることに集中した。
今は、何も考えずにただ休む時間が大事だと思った。
馬車の中は、重苦しい沈黙に包まれていた。
エレナは無言で窓の外を見つめ、俺は天井を見上げながら、灰色に変わったあの部屋のことを、何度も何度も思い返していた。
……正しかったのか、間違っていたのか。いまだに答えは出ない。
ただ、胸の奥に小さな棘が刺さったままで、それが抜けることはなかった。
首都の神殿に着いたのは夕暮れ時だった。
大聖堂の執務室に案内されると、いつも穏やかな笑顔を浮かべた司祭長ヴァレリウスが俺たちを待っていた。
白い法衣がゆったりと揺れ、何事もなかったかのように、静寂の中に落ち着いた空気が広がっていた。
「お帰りなさい。お疲れ様でした。」
その声は、まるで周囲のすべてを包み込むかのように深く、重みを持って響いた。
エレナが一歩前に出て、俺から預かっていた分厚い研究報告書を静かに机の上に置いた。
「……任務は完了いたしました。ただし」声が少し震えているのが、俺にもはっきりわかった。
「施設内の実験体および試薬類は、シビ様の判断によりすべて破壊されました。残っているのは、この報告書だけです」
ヴァレリウス司祭の眉が、ほんの一瞬だけ動いた。
「ほう……それはまた大胆なことをした」
俺は黙って一歩踏み出す。
「俺の独断だ。エレナは最後まで反対していた。あのまま残しておけば、必ず誰かが悪用する。魔術師ギルドも王国の上層部も、綺麗事だけでは動かないことは、司祭長もよくわかっているはずだ」
老司祭は静かに目を閉じ、長い沈黙の後、ゆっくりと目を開ける。
「……シビよ、あなたが正しいことをしたのかもしれぬ。しかし、同時に非常に危険なことをした」
「危険だと?」
「己一人ですべてを判断したか。お主が正しいと思っても、間違いはあるものだ。そして、そなたは依頼を受けたのだろう。持ってくるのがあなたのお仕事だった。それを破棄するかどうか、正しいかどうかは、こちらが基本的に判断することだと思いますが?私情を持ち込むべきではないのが、冒険者の仕事ではありませんか?」
司祭の言いたいことはわかるが。
「違うな。冒険者は誰かの命令で動く者ではない。そんなことをするくらいなら、国のお抱えになればいい。だが、司祭様の言うことも理解はしている。今ここで何を言っても、何も変わらないだろう。俺がどうしてそうしたのか、その理由はエレナからもらった資料を読んでくれ」
ヴァレリウス司祭は苦笑いを浮かべ、報告書を手に取った。
「うむ、そう致そう。依頼そのものは達成されておるが……これでは不十分と言わざるを得んな。依頼料は減額させてもらうが、異存はないな?」
「あぁ、構わない」
そういえば、この人は神代の言語と、失われた古代魔法語を本当に読めるのか?
ヴァレリウス司祭は資料を数ページめくり、ぱらりと紙の音を立てた。その顔色が変わるのを、俺は見逃さなかった。
「なるほど、そなたが危惧したことがよくわかりました。しかし、私は最初の数行と図解を見ただけで理解しましたが、そなたはこれを読んで解けたのですか?」
ヴァレリウス司祭は驚きながらも、冷静に問いかけた。
「解き方は、あの施設の地下5階でわかるはずだが、俺があのまま取得してしまったから、それももうなくなっている」
「これは神代の言語だと理解できましたが、こちらは?」
「恐らくだが、滅んだとされる古代魔法語だと思う。エレナと協力して読み上げたおかげで、俺には読解の呪文を使えば理解できるようになった」
エレナが読めるから、神代の言語はヴァレリウス司祭も読めたようだ。
魔術師ギルドに行けば、古代魔法語の書物も手に入るだろうから、隠す必要はないと判断した。
「なるほど、あなたが求める情報は後日お伝えしてもよろしいか?」
「あぁ、構わない」
この後司祭は、魔術師ギルドにも、王国にも相談しなければならない。
だが、もし許可されなかったらどうする?
忍び込むか?
他国で情報を探すか?
図書館で許可されている書類を漁るか?
魔術師ギルドに行って、閲覧できるものを読むか?
それとも、別の方法を考えるべきだろうか?
「これはこちらで保管いたしますが、異論はありませんね?」
「あぁ、構わないよ。ただし、この剣は俺がもらう。ダンジョンに入って、財宝一つ手に入らないまま帰るなんて、ただの赤字だからな」
俺は無造作に言い放ち、ミスリルソードを手に取った。
「見せていただけますか?」
ヴァレリウス司祭は、穏やかながらも鋭い視線を俺に向けた。
「あぁ」
俺はそのまま、素直にミスリルソードを渡した。
受け取った司祭は、片眼鏡をゆっくりとかけ、じっと剣を観察し始めた。
その動きは、まるで何かを確かめるように慎重だった。
「どうやら切れ味が良いミスリルソードのようですね」
彼の声には、どこか満足げな響きがあった。
「ほう、魔術師でもないのに鑑定ができるのか?」
ヴァレリウス司祭は眉をひそめ、微かに興味を示した。
「おぬしがどんなものを持ってくるのか分からないからな、魔術師ギルドから借りてきたものだ」
ヴァレリウス司祭は冷静に答えた。
俺はその言葉を聞き、ただ静かにうなずくしかなかった。
「なるほど」
ヴァレリウス司祭はしばらく剣を見つめた後、納得したように呟いた。
「これはこれで、今のところ関係ないのでお渡しします。ただし、このレポートに関連することがあれば、返却をお願いします」
「それだと困るんだけどな。俺は基本、剣を持って戦うからな」
「なら、その剣に合った武器を渡すということで、納得してもらおうか?」
「それなら納得するよ」
実際、これが鍵になるかもしれないから、渡したくはない。だが、仕方ない。
突っ張るところは突っ張るが、あまり突っ張りすぎても得にはならないからな。
「シビ、お主が恐れた『人の弱さ』は、確かに存在するだろう。だからこそ、神の名の下に、我々がそれを背負うことを忘れてはならない」
ヴァレリウス司祭は、重々しく、しかし優しく語りかけた。
エレナが小さく息を呑んだのがわかる。
「司祭長様……それでは、やはり」
エレナの声には、わずかな震えがあった。
「エレナ。信仰とは、時に毒を呑む覚悟も必要だ。アウリス様は全てを赦し、全てを救うと仰せだが……この世はまだ、その域には達していない」
ヴァレリウス司祭は、無情に響くかのような冷徹さを滲ませながらも、どこか哀しげに言葉を続けた。
おいおい、司祭がそれを言っていいのか?
ヴァレリウス司祭は立ち上がり、俺の肩にそっと手を置いた。
「シビよ。お主は、自分の信じる正義を貫いた。それは立派なことだ。ただ、これからは……その正義ゆえに、間違いが起きるかもしれないということを、どうか忘れぬように」
俺は何も言えなかった。
ヴァレリウス司祭は、優しく微笑んだ。
「さて……報酬は冒険者ギルドで受け取るといい」
あ、そういえば冒険者ギルドにまだ登録していなかったな。
ついでに、登録を済ませておくか。
「それから、詳しいことはエレナにでも聞いてくれ。それと、エレナ、本当に助かった。ありがとうな」
心から感謝の気持ちを伝えたが、微笑みの裏に、ほんの少しの痛みが混じったような……その顔が、なぜか頭から離れなかった。
あ、そういえば冒険者ギルドにまだ登録していなかったな。ついでに、登録を済ませておこう。
俺は一度大きく息を吐き、教会の重い扉を押し開けた。
外に出ると、冬の冷たい風が頬を刺す。
街の喧騒はすぐそこなのに、どこか遠くに聞こえる。
足を進めるものの、ギルドに向かう道を少しだけ止めた。
……エレナのあの表情は一体何だったんだろう。
あれはただの気のせいじゃなかった。
だけど、これで一人になったんだな。
酒場へと足を向けた。
夕方の街はもう灯りがともり始めていて、行き交う人々の吐息が白く揺れている。
ギルド併設の酒場「癒しの炉端」は、すごく賑やかだった。
扉を押し開けると、熱と酒と汗の匂いが一気に押し寄せる。
奥のテーブルでは大男たちが腕相撲に熱くなり、別の隅では吟遊詩人が三味線みたいな楽器で下手くそな歌を歌っている。
こういうところはアウリス神のおひざ元だろうがイメージにある酒場とあまり変わらないな
壁一面の掲示板には依頼書がびっしり。見ているだけで目がチカチカしそうだ。
俺はカウンターに直行した。
まだ登録証もない新参者が、まず最初にすべきことは決まっている。
カウンターに肘をついて、声を掛ける。
「新規登録にきたんだけど」
すると、書類の山に埋もれていた担当者
青髪をポニーテールにしたキリッとした女性が、顔を上げた。
名札には「リリア」と書いてある。
彼女は俺を一瞥すると、ため息を一つ。
「……ちょっと待って。それ、さっき教会から来た依頼書のものでしょ?」
「多分な」
「司祭様の依頼、終わらせてきたんでしょ?それでなんで?登録なんて…もしかして」
鋭い。
俺が頷く前に、リリアは呆れたように眉を寄せた。
「終わらせたのはいいけど、登録もせずに報酬だけもらいに来る気だったわけ?」
「いや、ほら今回は教会直々の依頼だったから後でもいいかなって思ってな」
「は~~~~~関係ないわよ!このばか! 冒険者ギルドを通さないで報酬もらうなんて、前例があってないわけじゃないけど…… あんた、まだランクも何もないのに、こんな大仕事片付けてきたって話、本当なの?」
周りの冒険者たちがチラチラとこっちを見始めた。
やべえ、完全に注目されてる。注目されるの生前から苦手なんだってやめてほしい
「だから、まずは登録からしようと思ってな」
「順番が違うでしょ!!」
バン! とカウンターを叩かれ、俺は思わず背筋を伸ばした。
「登録してから依頼受けて、終わったらまたギルドに報告して報酬もらう。これがルール! 教会だろうが王宮だろうが関係ない!……ったく、新人さんには毎回言ってる気がするわ。ルールを守れない奴に仕事なんて出来っこないわよ!」
リリアはぶつぶつ言いながら、新しい登録用紙を滑らせてよこした。
「名前、出身、得意武器、魔法の有無……全部書いて。あと、今回の教会の仕事、ちゃんと記録に残しておくからね。 勝手に終わらせた罰として、手数料ちょっと上乗せするから覚悟しときなさい」
確か報酬減額になってるからまた減額か……完全に怒られたな。
四十超えたおっさんが20代前半の女性に頭ごなしに怒られるなんてな
生前じゃありえない光景だな。まあ、確かに順番は間違ってたし怒られて仕方ない状況だからな。
命かかってるからそういうところは厳しいんだろうな。
全く冒険者としての第一歩目から、しっかり躓いてしまったな。
俺は苦笑いを浮かべながら、ペンを握った。
これ書けないところあるけど、出身メイティアでいいか。
俺は久しぶりに美味い飯を食べ、ゆったりとしたベッドに身を沈めた。
体に染み込む温かさと、心地よい静けさが、少しだけ疲れた心を癒してくれる。
今日の出来事が頭に浮かび、その度にちょっとだけ息を吐きながら、体を休めることに集中した。
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