【3部連載中】転生したら美少女冒険者に! ~おっさんの心が旅立つ異世界冒険記~

南條 綾

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5章 グランベルグ解放

64話 さらば、誇り高き竜人

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 俺は振り向くと同時に、片膝をついた。
 傷は癒えている。
 体力も戻っているはずだった。
 それでも頭の奥が割れるように痛い。
 精神に溜まった疲労が限界を超えていて、自分でもわかる。
 無理にポーションを何本も流し込んだ反動が、今になって体を蝕む。

 視界が揺れ、色がにじむ。
 耳鳴りが遠くで響き、息が浅くなる。
 伏せていた周囲が、爆発の余韻が収まるのを待って、ゆっくり顔を上げた。

 一拍遅れて、あちこちから歓声が湧き上がる。
 勝利の喜びが、遅れて場を満たしていった。
 叫び声が重なり、涙混じりの笑いが混じる。
 でも俺の耳には、まだ遠く聞こえる。

 俺も立ち上がろうとした。
 だが、足元がふらつき、体が前に流れる。
 膝が折れ、視界が傾く。
 その瞬間、柔らかな感触が頭を受け止めた。
 温かく、優しい布の感触。
 甘い香りが鼻をくすぐり、胸の谷間に顔が埋まるような柔らかさ。

「シビさん。無茶しすぎですわ」

 エレナの声だった。
 俺が崩れたのを見て、咄嗟に駆け寄って支えてくれたのだろう。
 視界いっぱいに、彼女の金髪と白い衣が広がっている。
 どうして胸に着地したのか、自分でもよくわからなかった。
 柔らかな膨らみが頰を優しく包み、鼓動が伝わってくる。
 エレナの息が少し乱れ、彼女の体温が俺の疲れた体に染み込んでくる。
 恥ずかしいのに、力が抜けて、離れられない。

 ヒルダたち、前線に出ていた炎の民の幹部たちも駆け寄ってきて、口々に賞賛の言葉を投げかける。

「よくやった!」

「これで終わりだ!」

 喜びの声が重なり、熱い息が俺の頰を撫でる。
 でも、そのときだった。
 破裂したはずの龍角の細胞が、砂の中から蠢き始める。
 黒ずんだ肉片が、引き寄せられるように集まり、再び形を成そうとしていた。
 砂がざわめき、湿った音が響く。
 肉が蠢く不気味な脈動が、地面を震わせる。

 勝利の空気は、一瞬で凍りついた。
 歓声がぴたりと止まり、息を呑む音だけが残る。
 周囲の顔から血の気が引き、恐怖が広がる。

 瞳が大きく見開かれ、手が震え、足が後ずさる。
 俺自身も理解していた。
 もう、手札はすべて切っている。

 今の俺には、あれに対抗する術は残っていない。
 体は再生したはずなのに、精神の疲労が限界を超え、頭の奥がずきずきと痛む。
 視界が狭くなり、息が浅くなる。

 誰も動けなかった。
 蛇に睨まれた蛙のように、その場に止められている。
 空気が重く、冷たく、肌があわ立つ。

 心臓の音が、耳元で鳴り響く。
 俺はミスリルソードを杖代わりにして立ち上がり、エレナを後ろへ押しやった。
 剣の柄が掌に食い込み、指が震える。

「シビさん、逃げましょう。無理ですわ」

 エレナの声だった。
 慈愛に満ちた彼女も、生き物としての本能が訴えてるのだろう。
 瞳が潤み、唇が震え、錫杖を握る手が白くなる。
 手を出すなと、逃げろと。

 逃げることは恥だと言う者もいる。
 だが、逃げるのは恥じゃない。
 生きていれば、次がある。

「に……逃げてどうする。奴は、俺が死ぬまで追ってくる」

 息を整えながら、エレナを見る。
 彼女の金髪が、微かに揺れている。

「……でも、エレナは逃げろ」

 今できる限りの笑顔を作って、そう言った。
 頬が引きつり、胸が痛む。
 エレナだけでも逃げる時間を作りたい。それだけを考えていた。

「恥ずかしいですけれど……神の教えに反するかもしれませんが、シビさんは出来ることをしましたわ。逃げましょう。これ以上戦っても、犬死ですわ」

 エレナの声が震えていた。
 錫杖を握る手が白くなり、肩が小さく上下する。
 彼女の金髪が微かに揺れ、息が浅く、熱い吐息が俺の頰に触れる。

「お……俺は……俺のせいで、誰かが死ぬのは、もう嫌なんだ」

 ふらつく足で、一歩、また一歩と、再生しつつある龍角へ近づく。
 地面が冷たく、膝がガクガク震える。
 視界が狭くなり、頭の奥がずきずきと痛む。
 でも、止まれない。
 止まったら、すべてが終わる。

「立てる者は、全員この場から逃げろ」

 俺は奴の前に立ち、ミスリルソードを振りかざした。
 あれほど軽かった剣が、今は異様に重い。
 柄が手の平に食い込み、指が震える。
 振れば斬れたはずの刃が、もう何も倒せないことが、嫌というほど伝わってくる。
 金属の冷たさが、疲れた体に染み込む。

 再生した龍角の手が伸び、ミスリルソードを掴んだ。
 鱗のざらつきが剣身に伝わり、指が締め上げる力が強い。
 もう片方の手が、終わりを告げるように、俺へ向けて開かれる。
 爪が光り、影が俺を覆う。

「終わりだ、娘よ」

 低く、静かな声だった。
 威圧ではなく、どこか疲れた響き。
 瞳が濁りながらも、俺をまっすぐ見つめている。

「俺も、もう戦う力はない。ただ……俺を倒した者の名を、知りたくてな」

「俺の……私の名前は……アヤ。シビだ」

 いつもの口調を捨て、強敵への敬意を込めて答える。
 声が震え、喉が乾く。
 でも、ちゃんと伝えたかった。
 自分の名を、相手に刻むように。

「俺の名は、ザハク。ザハク・アズライールだ」

「覚えておくよ。誇り高き龍人、ザハク」

「俺の命も、もう数分か。それも悪くない」

 ザハクは静かに言った。
 声に、諦めと、どこか安堵が混ざる。
 鱗の隙間から、微かな熱気が漏れる。

「アヤ。伝えることがある。俺を倒した褒美だと思えばいい」

 攻撃手段を失った俺に、拒む理由はなかった。
 黙って、言葉を待つ。
 息が浅く、心臓の音が耳に響く。
 でも、耳を澄ませた。

 この瞬間が、すべてを終わらせる鍵になるかもしれない。

「お前は、この紋章を知りたいと言っていたな」

 ザハクの声が、低く響いた。
 鱗の隙間から漏れる微かな熱気が、俺の頰をそっと撫でる。
 瞳が濁りながらも、俺をまっすぐ捉えていて、息が詰まるような静けさが広がった。

「ああ。少しばかり、因縁があってな」

 俺は喉の奥から声を絞り出す。
 剣を杖代わりにした手が、まだ震えていた。
 胸の傷跡が疼き、息が浅くなる。

「二千年前の話だ。人が知らぬのも無理はない。長命なエルフでさえ、千年が限界だろう」

 ザハクの言葉に、わずかな疲れが混ざる。
 巨体が微かに傾き、砂に埋もれた鱗がざらりと音を立てた。
 周囲の空気が、さらに重くなる。
 誰も息をせず、ただ聞き入っている。

「……何の話だ」

「この紋章を作ったのは、人間たちだ」

 その一言で、場が凍りついた。
 歓声の余韻が完全に消え、息を呑む音だけが残る。
 俺の胸に、妙な納得が広がった。
 地下施設で見た、倫理の欠片もない研究。
 人間が魔物を兵器として扱うことを考えても、おかしくない。
 反対に、それを称賛する連中がいても不思議じゃない。
 人に害なすしかないものを、益として見るんだから。

 ザハクの瞳が、静かに俺を映す。
 鱗の間から、微かな蒸気が立ち上る。

「……なら、なぜあのミノタウロスが紋章を持っていた」

 俺の声がかすれる。
 頭の奥がまだ痛み、視界が揺れるけど、耳だけは澄ませていた。

「俺は頭もいいからな。貴様ら人間が自滅した時に知識として覚えたそれだけだ。人も俺達も何も変わらん。欲望で動く。そして遅かれ早かれ滅ぶ。お前たち人は滅んだのち、またこのように生き延びてるのだから、俺達より図々しいのかもな」

 ザハクの言葉は、静かで、どこか自嘲を含んでいた。
 鱗の隙間から、微かな熱気が漏れ、砂がじりじりと焦げる音がする。
 周囲の空気が重く、誰も動けず、息を殺して聞いている。

「そうかもな。だがここに来た甲斐はあったよ」

 俺は小さく息を吐いた。
 胸の傷跡が疼くけど、妙な納得が広がる。
 ザハクは指にはめていたリングを外し、俺に投げ渡した。
 金属が弧を描き、砂に落ちる前に俺の手のひらに収まる。

 冷たくて重く感じた。
 見たことがない材質だった。
 銀でも金でもない、黒みがかった青みがかった光沢。
 表面に細かな渦巻きのような模様が刻まれていて、光が当たるたびにゆっくりと回転しているように見える。
 触れると、指先に微かな振動が伝わり、まるで生き物のように脈打っている。

 金属なのに、温かみがある。
 いや、冷たいのに、心の奥まで染み込んでくるような、奇妙な温かさ。
 指輪の内側に、古代の文字のようなものが浮かび上がり、俺の体温に反応して淡く光る。
 装着者の意志を読み取るように、ゆっくりと形を変えていく。

 これはただの指輪じゃない。
 ザハクの長い歴史と、失われた知識が凝縮された、何か……「鍵」のようなものだと直感が訴えていた。

「これは?」

「この街から出るための切符だ。それを付けた者と、あと一人ほどは自由に出られる」

「だが、俺の指には大きすぎる」

「装着者に合わせて大きさが変わる」

「……ありがとう。行くのか?」

「ああ。そろそろ時間だ」

 ザハクは、わずかに笑った。
 鱗の端が微かに光り、疲れた瞳に、最後の輝きが宿る。

「貴様ら人間如きにやられはしたが、最後は自分の足で終わる」

 俺は数歩、後ろへ下がる。
 ザハクの巨体がゆっくり息を吸い込み、空気が震える。

「我が名は、ザハク・アズライール。さらばだ。不思議な少女、アヤよ」

 次の瞬間、ザハクは自らの手のひらから、凄まじい炎の奔流を放った。
 炎は弧を描き、Uターンするようにして、彼自身を優しく包み込む。
 黄金と深紅の炎が渦を巻き、鱗を溶かし、肉を焼き、骨を照らし出す。
 轟音が闘技場を揺らし、吹きつけた熱風が髪を跳ね上げ、頬をなでるように熱が走った。
 ザハクの姿が、光と熱の中でゆっくりと崩れていく。

 翼が燃え尽き、角が赤く輝き、最後に瞳が俺を捉えて、静かに閉じる。
 炎の渦は、まるで彼の魂が昇華するように美しく舞い上がり、
 空に黄金の尾を引いて、ゆっくりと溶けていった。
 静寂が訪れる。

 ザハク・アズライールの存在が、この世界から完全に消えた瞬間だった。
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