【3部連載中】転生したら美少女冒険者に! ~おっさんの心が旅立つ異世界冒険記~

南條 綾

文字の大きさ
87 / 107
1章 魔道都市へ

71話 遥かな海原へ

しおりを挟む
 依頼を受けて、次の日。
 首都エリシオン南西部には大きな港がある。
 俺たちはアヴァリス大公国行きの船を探しに港へやってきた。

 潮の匂いが一気に鼻を突く。
 塩辛くて生臭い海風が、髪を乱暴に揺らし、頬をぴりぴりと刺してきて海に来たのだと改めて実感した。
 濡れた木材の匂いと、魚介の生臭さが混じって、港全体が「海」そのものって感じだ。

 桟橋の板が湿っていて、足元が少し滑る。
 波が打ち寄せるたび、低いゴォォという音が腹の底まで響いてくる。
 ロープが軋む音、荷を運ぶ足音、船員の怒鳴り声が途切れず絡み合って、耳がざわつく。
 遠くでカモメが鳴いて、空を切り裂くように飛んでいく。
 大型の帆船が何隻も並んでいて、マストが空を突き刺すようにそびえる。
 黒く塗られた船体に、海藻や貝がこびりついているのが見える。
 甲板では船員がロープを引っ張り、樽を転がし、荷を積み下ろしている。
 ゲームで見た帆船が、こんなにリアルに、しかも何隻も並んでるなんて……。
 胸の奥で、テンションがぐんぐん上がる。

「すげぇ……」って声が、思わず漏れた。

 エレナが俺の横で、くすくすと笑ってる。

「シビさん、目がキラキラしてますわ」

「だってさ、こんなの現実で見るの初めてなんだよ。船がこんなに大きくてしかも木でできてるなんてやっぱりすげえよ」

 俺は興奮を抑えきれず、港の端まで歩きながら帆船を眺め回す。
 船首像の彫刻が、潮風で少し色褪せてるけど、迫力は半端ない。
 波が船体を揺らすたび、木のきしむ音が低く響いて、生きてるみたいだ。
 潮風が顔に当たるたび、塩の味が唇に残る。
 この匂い、この音、このスケール……全部が「冒険」って言葉を体で教えてくれる。
 胸が、わくわくでいっぱいになる。

 エレナが俺の袖を軽く引く。

「シビさん、券を売っている場所へ行きましょう?」

「あ、うん……そうだな」

 俺は名残惜しそうに帆船をもう一度見上げて、
 エレナと一緒に受付の方へ歩き出した。
 港の喧騒が背中に押し寄せてくるけど、今はそれさえ心地よい。
 
「シビさん三等室でいいですよね」

 エレナが券売所の前で振り返って、にこっと笑う。
 その笑顔がいつも通り優しくて、でもどこか「これが当然」って雰囲気を出してる。
 俺は思わず首を傾げた。

「なんで?」

「やはり安くした方がいいのではないかと」

 さすが僧侶だと思う。
 質素倹約っていうんだっけ。
 初めての船旅で、なんでそんな貧乏くさいことを言い出すんだよ。
 帆船なんて、そもそも現代人が乗るもんじゃない。
 見た感じ、ガレオン船やフリゲート船っぽいとは思うけど、区別はさっぱりだ。
 マストが空を突き刺すようにそびえて、帆が風に膨らんでパタパタ鳴ってる。
 船体は黒く塗られてて、海藻や貝がこびりついてるのがリアルすぎる。
 しかもエンジンがない。
 現代でもレプリカでは帆船もあるらしいが、確か世界のルールでエンジンを付けないといけないっていうのがあったと思う。
 なら本物のいい場所で乗りたいのは普通だろ。
 しかもゲームでしか見たことないものが、目の前で波に揺れてるんだよな……。
 テンション上がる反面、三等室の想像が頭をよぎって、ちょっと萎える。

 受付の前まで行くと、販売員が慣れた口調で部屋の等級を説明し始めた。
 三等室は安い。安いのはいい。
 だが、安い理由が想像できすぎて嫌だった。

 多分、虫が湧く。飯は最低。最悪のコンディションで十日近く揺られる。
 船底に近い部屋は波の音がゴォォゴォォって響き渡って、寝返り打つたびに体が浮くような揺れ。
 狭い寝台に何人も詰め込まれて、汗と吐き気と喧騒に囲まれる。
 そんなの、仕事をする前に疲れ切る。
 
 二等でも、多人数の部屋で寝るのは身の危険が大きすぎる。
 知らない男たちと狭い空間で十日間。
 夜中に誰かが起き上がって近づいてきたら……考えるだけで背筋が冷える。
 俺はまだいい。何とかなる。
 でもエレナは違う。
 危険だと思う。
 そんな危険を感じながら十日間も過ごすのは地獄だろう。
 彼女の白い衣が、潮風に揺れて、純粋さが余計に際立つ。
 そんな子を三等室や二等室に放り込むなんて、俺の神経が許さない。
 俺は深呼吸して、エレナの方を向いた。

 「エレナ」

 俺が名前を呼ぶと、エレナの肩がぴくりと動いた。
 彼女の金髪が、港の潮風に軽く揺れて、陽光を反射してきらめく。

「なんですの?」

 エレナが振り返る。
 いつもの穏やかな笑顔が、少しだけ固まってる。
 白い衣の裾が風にふわりと舞い、彼女の頰がほんのり赤い。

「一等室が良いなと」

 回りくどい説明なしに直球で要求を言ってみた。

「いくらすると思ってますの。それに贅沢はいけませんわ」

 強い。ぶれない。
 エレナの瞳が、俺をまっすぐ射抜く。
 僧侶らしい質素倹約の信念が、声にまで滲んでる。
 でも、俺はあきらめきれなくて、言葉を重ねた。

「船初めてだし。いい景色見たいし、仕事で行くのなら経費になると思うし。いろいろな人間と一緒にっていうのが嫌だから」

 自分でも言い訳っぽいと思ったけど、どれも本音だった。
 一番でかいのは、知らない人間と同じ部屋で寝るのが嫌ってやつだ。
 嫌というか、危険を感じる。
 狭い部屋で十日間、知らない男たちと……想像するだけで背筋が冷える。
 エレナならなおさら。
 彼女の細い肩が、そんな場所で縮こまる姿なんて見たくない。

「俺船旅楽しみたいんだけど」

 背中を少し丸めて、エレナの方を見てお願いをしてみた。
 普段でもエレナの方が身長が高いから、自然と上目遣いになる。
 俺の銀髪が風に揺れて、視界の端でちらつく。
 その瞬間だった。
 なぜかエレナが、すごく顔を桜色にして戸惑っていた。
 頬がぽっと赤く染まり、瞳が泳ぐ。
 口が開きかけては閉じ、「えっと」「その」とか小さく呟く。
 指先が衣の裾をぎゅっと握りしめて、震えが伝わってくる。
 いつも堂々としてるエレナが、こんなに慌ててるのを見るのは初めてで、反対に俺の方がびっくりする。
 
「どうしたんだ」

 俺は思わず声をかける。
 エレナは歯切れが悪く、視線を逸らしたり戻したりしている。
 この感じ、やばい。断る前の沈黙だ。
 胸の奥が締めつけられる。

「やはりだめか?」

 俺は半分諦めた。
 旅で基本使う金額はエレナに一任すると言った以上、これは俺が折れる場面だ。
 視線が落ちて、足元の板を見つめる。
 三等室にするなら、安全を確保するための準備をしないと。
 罠だの呪文だの、面倒なやつを。
 頭の中で計算が始まる。
 そう考えていた時だった。

「仕方ありませんわね。シビさんがそんなに楽しみにしているんだったら一等室にいたしますか」

 エレナの声が、急に明るくなる。
 俺は反射みたいに顔を上げて、エレナの手を持った。
 彼女の指先が少し冷たくて、でも温かさがじんわり伝わってくる。

「本当か」

 これで面倒な罠や呪文をかけずに済む。めっちゃ助かる。
 胸の奥が、ぱっと軽くなった。
 エレナの頬はまだ桜色で、瞳が泳ぎながらも、俺を見て微笑んでいる。
 
「あ、はい。それにしても二人で金貨100枚ですわ。シビさんと旅をすると金銭感覚が狂いそうですわ」

 エレナの声が少し震えていて、頬がほんのり桜色に染まってる。
 彼女の指が衣の裾をぎゅっと握りしめて、布が小さく皺になる。
 俺の視線に気づいたのか、慌てて目を逸らして、髪を耳にかける仕草をする。
 その仕草が妙に可愛くて、俺の胸がドキッとする。

「でもエレナ、最初にショッピングの場所紹介してくれた場所、あれは高級店だろ」

「魔法の品々ですのでそうですが、でもこれとは違いますわ」

 違うのか?同じだろう?
 どういう区別なんだろう。
 こういうのは考えても無駄だ。
 俺は頭を振って、思考を振り払った。
 許可をもらえた。それだけで十分だ。
 胸の奥で、明るいものが広がる。
 船旅が、ただの移動じゃなくて楽しみに変わった瞬間だった。

「エレナありがとう」

 俺はエレナの顔を見て、今できる笑顔で感謝を述べた。
 銀髪が風に揺れて、視界の端でちらつく。
 俺の笑顔が、彼女に届いた瞬間――。
 するとなぜか、彼女はもじもじしだした。
 頬の赤みがさらに濃くなって、瞳が泳ぐ。
 指先が衣の裾をぎゅっと握りしめ、布が小さく震える。
 唇が開きかけては閉じ、「えっと……」と小さく呟く。
 今日のエレナは少しおかしいな?
 いや、おかしいというより、調子がいつもと違う。
 目を合わせるのが遅いし、言葉も切れが鈍い。
 彼女の息が少し乱れてるのが、近くにいるからわかる。
 金髪の先が、微かに震えてる。
 
 これはあれだ。
 エレナも実は船というのが楽しみなのかもしれないな。
 だからそれを悟られないようにしているのかも。
 だったら俺はそれを気づかずにいてやるのが大人の立場というやつだな。

 出航は今日を入れて五日後になった。
 数時間のフェリーには乗ったことがある。
 波の揺れに慣れて、甲板で風に吹かれながら景色を楽しんだ記憶はある。
 でも、数日も過ぎるような大海原を渡る船旅は初めてだ。

 十日近くも海の上。
 夜は真っ暗な水面と星空だけ。
 昼は果てしない青。
 そんな未知の時間が、俺の胸をざわつかせてくる。
 ワクワクと、不安が半々で混ざってる感じだ。
 港の喧騒の中で、帆船のマストを見上げる。
 黒く塗られた船体が、潮風に揺れて微かに軋む。

 マストが空を突き刺すようにそびえ、帆が風を孕んでパタパタと音を立てる。
 船首像の彫刻が、波しぶきで濡れて光ってる。
 遠くで船員がロープを引っ張る声、荷を積む音、波が桟橋に打ち寄せる低い響きが、ずっと耳に残る。
 潮の匂いと濡れた木材の匂いが、鼻腔を満たしてくる。
 海風が頬を塩辛く撫で、髪を乱暴に揺らす。

 あの先に、知らない国がある。
 アヴァリス大公国 別名魔法大国アヴァリス。
 どんな景色が待ってるのか、どんな魔法が溢れてるのか、どんな出会いがあるのか……。
 もちろん俺を何で呼んだのかとか、本当にエレナを連れて行っても大丈夫なのかとか。
 俺の周囲を取り囲む不安がないとは嘘になるが、やはり。

 知らない場所を思うだけで、胸の奥が落ち着かなくなるくらい、すごく楽しみだった。
 心臓が少し速くなって、息が浅くなる。
 俺は無意識に拳を握りしめて、帆船の先を見上げた。
 この旅が、俺の新しい始まりになる気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

モブ転生とはこんなもの

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。 乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。 今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。 いったいどうしたらいいのかしら……。 現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。 どうぞよろしくお願いいたします。 他サイトでも公開しています。

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

追放された地味探索者、実は隠された伝説級スキルの持ち主でした~気付いたら無自覚に最強ハーレムを築いていた件~

fuwamofu
ファンタジー
地味で目立たない探索者アレンは、仲間に「足手まとい」と罵られパーティを追放された。だが実は彼のスキル【探索眼】は、古代英雄の力を見抜く唯一の能力だった! 鉱山の奥で偶然出会った少女を救ったことから、運命が動き出す。 魔王軍、古代遺跡、神々の争い——すべての鍵を握るのは「ただの探索者」だった男。彼は気付かぬうちに、世界を救い、そして多くの少女たちの心をつかんでいく。 地味だけど最強、無自覚だけどモテまくり。これは世界を変えた謙虚な英雄の物語である。

たとえ夜が姿を変えても ―過保護な兄の親友は、私を逃がさない―

佐竹りふれ
恋愛
重なる吐息、耳元を掠める熱、そして——兄の親友の、隠しきれない独占欲。 19歳のジャスミンにとって、過保護な兄の親友・セバスチャンは、自分を子供扱いする「第二の兄」のような存在だった。 しかし、初めてのパーティーの夜、その関係は一変する。 突然降ってきた、深く、すべてを奪うような口づけ。 「焦らず、お前のペースで進もう」 そう余裕たっぷりに微笑んだセバスチャン。 けれど、彼の言う「ゆっくり」は、翌朝には早くも崩れ始めていた。 学内の視線、兄の沈黙、そして二人きりのアパート――。 外堀が埋まっていくスピードに戸惑いながらも、ジャスミンは彼が隠し持つ「男」の顔に、抗えない好奇心を抱き始める。 「……どうする? 俺と一緒に、いけないことするか?」 余裕の仮面を被るセバスチャンに、あどけない顔で、けれど大胆に踏み込んでいくジャスミン。 理性を繋ぎ止めようとする彼を、翻弄し、追い詰めていくのは彼女の方で……。 「ゆっくり」なんて、ただの建前。 一度火がついた熱は、誰にも止められない。 兄の親友という境界線を軽々と飛び越え、加速しすぎる二人の溺愛ラブストーリー。

多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】 23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも! そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。 お願いですから、私に構わないで下さい! ※ 他サイトでも投稿中

妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?

木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。 彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。 公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。 しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。 だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。 二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。 彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。 ※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。

伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります

竹桜
ファンタジー
 武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。  転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。  

無自覚に世界最強だった俺、追放後にチートがバレて全員ざまぁされる件

fuwamofu
ファンタジー
冒険者団から「役立たず」と追放された青年リオ。 実は彼のスキル《創造》は、世界の理を作り替える最強の能力だった。 追放後、孤独な旅に出るリオは、自身の無自覚な力で人々を救い、国を救い、やがて世界の中心に立つ。 そんな彼の元には、かつて彼を見下していた美少女たちが次々と跪いていく──。 これは、無自覚に世界を変えてしまう青年の、ざまぁと覇道の物語。

処理中です...