梟の雛鳥~私立渋谷明応学園~

日夏

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【本編】二章 medical (1年次11月頃)

medical preceding -1-

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これは、久我と姫坂がコンビを組んでから約1か月後の話であるーーー


「来たでー、組織救護班トップの腕前、春名桜介はるなおうすけが来たからにはもう大丈夫や」
「……お前か」
深夜に部屋を訪れたその者は、久我がよく組織内で顔を合わしていた人物だった。
同じ学校にいるとは思わなかった。ここにきて約1ヶ月、すれ違ったこともなかったからだ。


初めて救護班に連絡を入れたのは久我だった。
久我だって訓練によって少々の怪我ならば対処できる。
が。今回は自信がなかったのだ。

『やっと仕事かよ、で?どこの班でどんな状態?』
電話から聞こえてきた声は高音なハスキーボイスだ。
随分と幼く聞こえるが、同い年だろうか?
こっちは少し焦っているのに、相手はどこか嬉々として聞こえる。

この子に頼んでも大丈夫だろうか、そう思うと同時。

『……俺は助手みたいなもんで、実際施術すんのは別だからな?
生活に問題あるけど腕は確かだからそこは保証するぜ?』

電話でのやり取りを終えて3分後。
2人の凸凹コンビがやってきた。
一人は良く組織内で顔を合わせていた長身糸目の関西弁男で、もう一人は小柄で猫目の少年だった。


久我は部屋の扉の奥で迎えた後、ワークルームを無言で開いた。
ゆったりとしたソファにはうつ伏せになってもうひとりの部屋の主が横たわっている。

「適当に縫って良いよ、そんなに深くないし、君思ったより手先器用だし」

下を向いているのは血を見るのが嫌だからだ。
姫坂の場合痛みは我慢できるが、血を目にして自分を保っていられるかは怪しい。
姫坂が仕事で怪我を負ったのは今回が初めてだった。
姫坂の、ちょっとした不注意が原因だ。
暗殺犯から依頼されたデータは無事収集できたから、そこは心配いらなかった。

姫坂にとって幸いなことは、相方が久我であったことだろう。
さすがに動けるような軽い怪我でもないから、なにかあっても今の状態じゃ抵抗できない。

「俺が縫えば確実に痕が残るだろ?」
「女じゃあるまいし、痕くらいーーー」
どってことない、と告げようとした姫坂は、人の気配が久我だけじゃないことを知る。

もしかしなくても……。
「だから救護班を呼んだ」
「っなんでっ?!ーーーーっ………」

起き上がろうと腕に力を入れて上半身を起こそうとするととたん激しい痛みが姫坂を襲う。
皮膚だけじゃなくその下の肉が切れていることは分かっていた。
だが神経には達していない。
だから組織の訓練を受けた者なら縫うことくらいできるはずなのだ。


姫坂はこの救護班の男、春名桜介が苦手だった。
確かに腕は良いと思う。
自信過剰でもなく、施術にしても薬剤処方にしても上手い。

ただ、のらりくらりとしたその口調と、何を考えてるかわからない糸目と、故意だとしか思えない厭らしい手つきが気に入らないのだ。
一度高熱を出したことがあり、相方に悟られることなくこの男を呼んだことがあった。
が、呼んで後悔したのだ。

確かに高熱は1時間と経たず回復し、体調も万全。
当時の相方に悟られることなく、すぐに仕事をこなすことができた。

それでもその処置を思い出すと恥としか思えないし、気分の悪さに鳥肌が立つ。
それから何があっても呼ぶもんか、と心に決めていたのだ。

「動くなよ、傷が広がる。
お前は良いっていうけど、俺に罪悪感が残る」
「っこいつに頼むくらいなら傷が残った方がずっとましだっ!!……っ」

「ははっ、すげぇ言われようじゃん、桜介。
……って、お前、まさかーーー」
助手だといった猫目の少年、秋元倫あきもとおさむが春名に疑いのまなざしを送っている。

「っちゃう、ちゃうで?!」
「嘘付け、相手が美人な奴だとすーぐ出かけて毎回すっきりした顔で帰ってくるくせに。
見境無かよ、あんま好き放題やってるとそのうち痛い目見るからなっ?!
優成が不憫ーーー」

久我の顔がだんだん険しくなる。
異様な雰囲気を発している。
怖いとしか言いようがない。

あまりの迫力に秋元が口をつぐんでしまうほどだ。

「腕は確かなんだろ?
だったらさっさと傷を塞いでくれ。
少しでも疑うようなことがあったらすぐに帰ってもらう。
ーーーーそれで良いか?」

最後の言葉は姫坂に対してだ。
前者に比べれば言い方は硬くないが、それでも有無を言わせない言い方だ。

「……わかったよ」

渋々承諾する姫坂を見やってから、久我は春名に視線を移す。
目線だけよこす仕草は、されたほうにとって気分のいいものじゃない。

「なんや……」
「何か必要なものはあるか?」
「へ?あぁ、必要なもの……、ちょぉ、待ち」

春名はベットにうつ伏せている姫坂の傷をじっと見やる。
意外にも真剣な顔つきだ。

「神経まで達しとらんし、消毒までの処置も完璧やな」
「っ触るな!」

「姫坂」

過剰に嫌がっていることは分かるがいちいちつっかかっていたら処置が終わらない。
消毒までの処置は久我が行った。
あとは傷口を塞ぐだけなのだ。

「触らな状態わからんし、しゃぁないやろ。
あんなぁ、そんなに警戒せんとも。めっちゃ傷つくんですけど。
自分、タオルと湯、用意し?」
「わかった」

「っ君は此処にいてよ!!」
ドアノブに手をかけると同時姫坂が叫ぶ。
びっくりしたのは此処にいる3人全員だ。
秋元はその様子にますます自分の相方への疑惑を濃くし、 春名は春名で“まいったわ…”と口にする始末。
久我もその声に足を止めてしまう。

「すぐ戻ってーーー」
「っお願いだよ、久我……」
すぐ戻ってくる、そう言葉にしようとも語尾を伝える前に姫坂の声が重なった。

「………」
ここまで言われてしまうと、久我といえども振り切ることは出来なかった。
軽くため息をついたのは、呆れたからではなく気持ちを切り替えるためだ。
不謹慎にも頼られて嬉しいと感じてしまった。
このとき久我は単にいつも他人を頼る相手ではないから、そう解釈していたが。

「熱湯が必要ならば、簡易キッチンにケトルがあるから沸かしてくれ。
寮の部屋ならどこも作り一緒だろ?
タオルは洗面所の棚の中に新しいのが入っているから好きなだけ使っていい」

「え、俺?」
「…他に誰がいるんだよ。助手なんだろう?」

「っ勝手に借りるからな?!」

秋元はダンと扉を閉めると、ぷりぷりと怒りながらその場を後にする。
3人の目には、まるで大型犬に吠える小型犬のように映った。


りんちゃん、新しいの。いっちゃん細いの出し?」
「桜介ー、傷の大きさからいってそれじゃ時間がーーー」

確かに時間がかかるかもしれないが、痕が残った場合、この男に何を言われるか分かったものじゃない、というのが春名の考えである。
最新の糸は人の細胞から出来ている。
肌に溶け込み皮膚の再生を促すもので回復が早く上手く使えば跡が残らない上に抜糸が必要ない。
Aグループの開発班によって作られたものだ。

「せやけど少しでも痕が残ってみぃ?何言われるかわからんわ」
ちらりと視線を久我に向けた春名は、険しい視線とかち合ってしまう。

(おぉ、怖ー………)
これは、ある意味今までのどんな手術よりも緊張するかもしれない。

「久我、姫坂にタオル噛ませて、自分は身体しっかり押さえとき?」
「麻酔を使わない気か?」

「…その方が俺もえぇんやけど」
「麻酔は使わないでよ、絶対。
眠りが深いと夢見が悪くなる。痛みの方が我慢できるから」

「…ってわけや」


夢見が悪くなる。
そう口にした姫坂を、久我は理解出来なかった。
過去に関わる夢なのだろうか?
夢よりも現実の痛みの方が我慢できると。

過去は自分たちにとってタブーだ。

触れられたくない過去がある。
そして、自分にとっても触れたくない過去が。
忘れたいけれど、忘れられない。
忘れることなど出来ない過去がある。

その重い過去を背負って生きている。
押しつぶされないように、必死に足掻いているのだ。
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