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本編

-5- 異世界召喚

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こうなったら手が負えないと言ったのは誰だったか。
距離の詰めと足蹴りの速さは今でも健在だ。

「っふざけてんのか?」
「っ?!」

銀髪野郎の首元を掴み上げる。

「不憫な境遇であるはず?本人たちが恵まれてたっつってんだろうが、耳の穴塞がれてんじゃねえの?
だいたい選ばれたってなんだ、ただの連れ去り、誘拐だろうが!
こっちはよくわらない場所に勝手に拉致られていい迷惑だ、元の世界に返せ!」
「っそれは……不可能です」

不可能?
……なんだ、それは、じゃあ、俺が今までやってきたことはなんだったんだ。
苦手な相手にも頭を下げて、契約取って、金稼いで愛想よく振る舞って……は?戻れない?

「うそ!え、だってそんなゲームの世界みたいなこと……、家族にも友達にも、もう会えないの?
ふっうぇぇ、うそだぁぁ、帰してよー帰りたいー」

渚君の鳴き声が耳に、胸に、響いてくる。
愛斗君の押し殺したような鳴き声もだ。
なんだ、なんでこんな、こんなことになってるんだ。
俺らがいったい何をした?

泣きたいのを我慢するが、怒りに唇が、手が震える。
もう、いっそのことこの阿保を殴り飛ばしてやりてえ。

そう思った時だった。
そっと、俺の震える手に、ふんわりと綺麗な手が重なった。
蓮君だった。
彼の手から、慈しみを感じて、力が抜ける。
おろされた俺の手を、彼はそっとそのまま重ねて握り返してきた。

「蓮君……っ」
「旭さん、旭さんは正しいよ。それに、ちゃんと耐えた。優しくて、十分道徳的だよ」

まっすぐな瞳と、まっすぐな声に、救われる。
ああ、そうだ、俺は間違っちゃいない、と思えてくる。

「ありがとう…」
そういうのが精いっぱいだった。
大人の俺が、こんなことでなさけねぇ、心底思う。

「そのしんき、っていうのがなんなのかわかりませんが、僕らは元の世界で幸せでした。
あなたは、都合良く僕たちを不幸な人間にしたいのも知れませんが、あなたは僕たちのなにを知ってるんですか?」
「……」

凛と響くような声だ。
怒鳴っているわけでも、泣き叫んでいるわけでもないのに、刺さるような鋭さがある。
銀髪野郎もたじたじだ。

「もう一度聞きます。僕たちのなにを知ってるんですか?」

「…申し訳ありません」
「何がです?」
「あなた方にとって、大切な…幸せであった場所を、家族を、友人を、奪ってしまい」

申し訳ありません、そう言って、再度、深々と頭を下げた。

すげぇな、蓮君は。
俺が欲しかった言葉を引き出させた。

「こ、このお方は、この国の宰相です。そのお方に頭を下げさせるなんて……っ」
「新器だからといって、とっていい態度じゃない!」
「そもそも、皇太子が勝手にやらかしたことだろう、それを―――――」

「黙れ!」

蓮君を次々と責め立てる声に、銀髪野郎の一喝が飛ぶ。
静まり返る中、口を開いたのは蓮君だった。

「先ほどこの方は、陛下から任されたとおっしゃっていました。
でしたら、僕らがここへ拉致されたのも、皇太子殿下が勝手にやらかした後始末も、宰相の責です。
非があると認められたからこそ、謝罪に応じられたのです」

出で立ちや話し方だけじゃない。
言葉のひとつひとつが、突き刺さる。
この場で、一番偉いのが彼なんじゃないかと錯覚してしまう。
それに、人を惹きつけるようなオーラを放っている。
紛れもない、彼自身の力だ。

「あなたは……有能ですね、それにとても美しく勇敢です」
ことの成り行きをずっと見つめていた王子が、呟いた。

「褒められても何も出ませんよ」
「………」

蓮君は、冷ややかな物言いで冷たい目線を彼に向ける。
さっき、俺に向けた視線とは大違いだ。
向けられた王子が押し黙った。

くるりと向きをかえた蓮君は、再度銀髪野郎と真正面に向き合う。
堂々としていて、存在感があって、そして、この場の誰よりも美しかった。

「あなたは、僕たち全員に恵まれた環境を整える責任と義務があります」
「ええ、異論ありません」


再び嫌な音を立てながら扉が開かれる。

「閣下、馬車の準備が整いました。神殿の先ぶれも済んでおります」
銀髪野郎が頷くと、俺ら一人一人に目を向けてくる。

「まずは、神殿に向かいましょう。
必ずあなた方全員が望ましいと思える場所をご用意します。
新器のことについては、神殿でご説明します」
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