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本編

-153- 調合 オリバー視点

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「これは、毛生え薬ではなく、育毛薬、でしょうか」
「育毛トリートメントだな」
「洗い流しは面倒ですね」

翌日は、約束しました通り毛生え薬の調合を午前中から始めました。
アサヒは、今日も朝から元気におはぎと特訓までこなしていましたよ。
私よりずっと体力はあると思うんです。

ですが以前、『そーゆー体力とはちげーの』なんて可愛らしい顔で言われてしまいました。
それ以来、『俺の体力考えて』なんていう言葉に疑問を持ちながらも、ちゃんと従っています。


と、まあ、そんなことは今突き詰める話でもありませんね。

出来上がった薬品を見つめると、作りたい薬に近いものは出来上がりました。
ですが、これは無くなった毛を生やしたり、増やしたりする効果はあまり期待できなさそうです。
悪くはありませんが、望んだものとは違うものが出来上がってしまいました。

こういうことは良くあります。
作りたいものでないものが出来上がり、結果として別の薬が出来上がることが。
これも、その一つになりそうですが、このままでは微妙です。

「臭いも思った以上に独特ですね……」
「確かに磯っぽいなあ。けど、洗い流した後に残んなければ、まあ、いけんじゃね?」
「そうでしょうか?……今すぐには試せませんから、次にいきましょうか。次の方がハーブは多いですから、狙ったものになると良いのですが」


そして、本日二回目の調合。
先ほど出来上がった育毛トリートメントも、香りを調整すれば使えるでしょう。
アサヒは興味深げに眺めながら、傍にいてくれています。

アサヒが傍にいて調合に成功する確率が高いのは私の魔力が底上げされるから。
魔力が上がる、と聞いていますが、魔力以外のスキルの面でも上がっている気がします。

同じスキルの力量で、魔力が2割も上がっただけでは、うまく調合出来る気がしません。
上手くできるということは、そういうことでしょう。

調合し、完成したものを鑑定にかけると、出来上がったのは、またもや育毛薬。
しかし、今度は育毛クリームで洗い流しは必要無いものが出来上がりました。

「お、良いんじゃね?」
「それでも、育毛クリームですね。生えるかは疑問です」
「けど、さっきよりずっと良いよ。洗い流さないで良いし、香りもこっちの方が良いじゃん。アクア系っていうかさ、うん、良い良い。良くなってるじゃん。一日でどうこう出来るとは思ってないしさ」
「次にいきましょう」

アサヒは望んでいたものがすぐに出来なくても、残念がったり、けなしたりは一切しません。
無理してるわけじゃなく、心から褒めてくれます。



調合過程で失敗しても褒められたのは、アサヒ以外いません。
アレックスやコナーには、出来上がったものを出しますし、その過程は見せてはいませんでした。
調合に関しては、目星はつけるものの、相性に関しては、今までの勘が頼りなところもあります。

ですから、頼まれて……と言いますか、押し付けられて作成した薬が思うようにいかなかった時は、『遅い』、『まだできないのか』、『お前に頼むんじゃなかった』、なんていうのは良くありましたし、最後には『良いのは顔だけ』と言われてきました。
魔力以上に、気力と精神力がどんどん削られていました。

アサヒといると、全く逆のことが起こります。
ぶつかることはあっても、調合に関しては私の好きにさせてくれますし、否定しません。
『面白そう』だとか『良いんじゃね?』だとか『なるほどな!』だとか言ってくれます。

アサヒのためにもなんとかして作り上げたい。
もうとっくに、伯父上のためではなく、アサヒのためになっています。


今日は、これが最後の調合でしょうね。
家にある薬草で3パターン用意したので、これでダメなら、幾つか思うものを取り寄せるつもりでいます。

ふと視線が気になり、アサヒの方をちらりと目に入れると、アサヒは私の手元ではなく、私の横顔をじっとみつめていたました。

「……そんなに見つめられると手元が狂いそうです」
「頑張れー」
「………」

笑いながら、力のない応援を呟くアサヒは、それでも私の顔を楽しげに眺めているようです。
アサヒの向けてくる視線は、『すげー好き』と言っているかのようで、集中力が切れそうになります。

「………」

何か言えれば良かったんですが、その余裕が私にはありませんでした。
魔力調整が少し高度な調合ですから、気を取られていると失敗してしまうかも知れません。
ですが、アサヒがいてくれるからこそ臨める、そう思います。

毛生え薬は、既にない所にまた生やす薬でないと、毛生え薬とは言えません。
上手くいかなくても、効果が少なくても期待できるものが出来上がれば……と思っていたのですが。

意外にも、たったの三度目で出来てしまいました。
ちゃんとした“毛生え薬”が。


「本当に出来ましたね」
「もっと時間かかると思った」
「最初の2つも全く効果がないというわけではありませんしね、寧ろ、あれはあれで抜け毛に特化してますから、別の商品になりそうです」
「だな。ってなると……あとは使用感か。実際に試してみてからだな。……ちょい離れて」
「なぜ?」

もう少し成功を一緒に祝いたい、そんな風に思うのに離れろなんて寂しいではないですか。

「お前の良い香りでよくわかんねーからだよ」
「ああ、なるほど」

むっとして問うと、思ってもみなかった可愛らしい答えが返ってきました。

私には分からないのですが、アサヒには私自身が良い香りを放っているようなのです。
アサヒは甘く熟れた苺の香りなので、アサヒの方が良い香りなのですが。
お互い自分自身の香りには分からないようです。

「三つ目に至っては、昆布の臭いはほぼ消えたと思いますが」
「ああ、良いと思う。えーすげーじゃん、オリバー!これきっと商品化したらめちゃくちゃ売れるぞ」

アサヒは大喜びで賛辞を述べた後、ご褒美とばかりに口付けを送ってくれました。
口付けだけですぐに魔力が回復するなんて、最初はびっくりしました。
さすが、神器様だ、と。
ですが、今では驚きはありません。

アサヒは、強請らなくともすぐに口付けてくれますし、そうでなくとも、私からも口付けてます。
アサヒとの口付けが、好きなんです、単純に。

「ありがとな」

唇が離れると、アサヒがとても嬉しそうにお礼を言ってくれました。


先ほどの、『売れるぞ』という言葉に少し引っ掛かりがありましたが、私はあえて考えないように思考を外へと追いだしました。
せっかくアサヒの望んでいたものが出来、アサヒがこんなにも喜んでくれているのですから。


それにしても、口付け後にお礼なんて、本当に可愛らしい。
魔力を注いでくれたのですから、お礼を言うのは私の方です。

「……お礼を言うのは私の方では?」
「お義父さんへのプレゼントにしたいがためだったし、まんま私欲だし」
「ああ、それで。てっきり―――」

口付けのお礼かと思いましたが、そうではなかったようです。

「っキスのお礼じゃねーっての」

すかさずアサヒの否定が入りましたが、恥ずかしがっているようにしか思えません。
本当に可愛らしい。

「タイラーはふさふさですし、別邸の方で試して貰いましょうか。
薬剤鑑定から、効き目があることは確かですし、副作用があることも無いと思いますが、どの程度の期間で目に見える変化がでるかは分かりかねますから」

本来ならば、薬師ギルドに治験をお願いするのが良いのは分かっています。
ですが、私には『自分の味方になってくれる人たち』に試してもらうことしか今は出来ません。
アサヒは小さく頷きながら聞いてくれて、疑問にも持たないようでした。
そのことに、ほっとしている自分がいます。

「わかった。なあオリバー……お義父さんの分だけ、俺も一緒に調合してみたい」
「………」

アサヒの言葉に何も言えませんでした。
一緒に?
私とアサヒが?
そんなの───……そんなの、絶対楽しいに決まってます。

「や、最初は失敗するかもしれねーし、オリバーが作ったほうが品が良いんだろうけどさ。
けど、一緒に作ったのを渡したいんだ。
俺はスキルを持っていてもお前ほど制御上手くないし、お前が無理だと思うなら───」

「いえ、そんなことはありませんよ。私は誰かと一緒に調合したことがありませんが、アサヒとならやってみたい。
アサヒはいつもそばにいて手伝ってくれてはいても、やってみたいと言われたことがなかったので驚いてしまいました。不安にさせてしまってごめんなさい」

私の答えがすぐに出なかったから、アサヒを不安にさせてしまいました。

素直に謝ると、アサヒはほっとしたような笑顔を向けてくれます。
よかった。


にしても、今の私の言動のなにがアサヒをときめかせたのでしょう?
直接愛を囁くときとおんなじような、照れた顔で私を見てきます。

アサヒの“オリバーの好きなところ”が、今までお付き合いしてきた方々と大分ズレているので……いえ、ズレているからこそ私に愛想をつかすことなく一緒にいてくれているのでしょう。
なので、毎日一緒にいても、不意をついてくるんです。
本当に可愛らしいくて、そんなだから私もよりアサヒを好きになるのです。

ずっとこうあっていて欲しいので、私も努力しなくてはなりませんね。

「や、俺も無理言ってるのは自分で分かってるから」
「そんなことはないと思いますよ?」

すまなそうに言うアサヒですが、絶対そんなことはありません。

「私とアサヒは魔力の馴染みがいいですし、それに昆布は植物ですが海の植物です。陸の植物とは違うので、水属性の魔力を持つアサヒの方が扱いやすいと思います。効果自体も、もしかしたら高くなるかもしれませんね」
「え?そうなのか?」

意外だとびっくりされましたが、本当にそうなのですよ?
薬であれば、調合した薬師が違えば、効果も、性能も、ときにはものすらも変わってしまう。
だから、面白いと感じることもあります。
量産するには、誰もが同じように作れるよう調合のしやすさを優先し調整することも必要ですが、これは、そいうったものではありませんから遠慮なんて要りません。

「ええ。全体量はそれ程多くないので、木属性と掛け合わせるのは理想的なはずです。
今出来たのは少量ですから、試作品で練習しましょうか」
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