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25. 真剣に向き合う
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25. 真剣に向き合う
カラオケの喧騒が遠ざかり、代わりに心地よい静けさが三人を取り囲んだ。店を出ると、夕暮れが街をオレンジ色に染め始めていて、その優しい光が少し火照ったボクの頬を撫でる。
葵ちゃんの歌声がまだ耳に残っていて、まるで心に小さな花が咲いたみたいにじんわりと温かい気持ちが広がっていた。真凛の力強い歌声も、普段のクールな表情からは想像できないほど堂々としていて、そのギャップに少しドキッとしたのを覚えている。ボクの歌は……うん、まぁ自己評価としては普通ということにさせておこう。
人前で歌うのはやっぱり少し気恥ずかしいけれど、葵ちゃんが楽しそうにしているのを見ているだけで、ボクも自然と笑顔になれたからそれで十分だった。
「あ~、結構歌いましたね。楽しかった」
「私もだよ。そう言えば雪姫ちゃん。最初歌うの嫌がってたけど結構歌ってたよね?」
「うっ……うん……アニソンとか、ボカロの曲ばかりで、ごめんね……」
「え?そんなことないよ?雪姫ちゃんの好きなもの、知れたし」
葵ちゃんの優しい笑顔が、ボクの胸にじんわりと染み渡る。気を遣わせてしまったのかもしれないけれど、その言葉が本当に嬉しかった。彼女の優しさに触れるたび、胸の奥がキュッと締め付けられるような甘い痛みが走る。
喫茶店の中は、外の喧騒とは別世界のようだった。落ち着いた照明、深みのある木のテーブル、そしてゆっくりと流れるジャズの音色。
窓際の席に三人で並んで座り、それぞれが思い思いの飲み物を注文した。ボクはホットミルクティー。その湯気が少しだけ緊張した心をほぐしてくれるようだった。
そのあとは、本当に他愛もない話をした。最近あった面白い出来事、好きな食べ物の話、くだらない冗談。葵ちゃんの楽しそうな笑い声が店内に響くたびにボクの心も明るくなる。
そして、来週のデートの約束。その言葉が出た瞬間、心臓がドキッと跳ねた。また葵ちゃんに会える。その事実だけで世界が輝いて見えるようだった。
喫茶店の温かい光に見送られながら葵ちゃんと別れ、ボクは真凛と共に家路を辿る。並んで歩く帰り道、夕焼け空が茜色から紫へと色を変えていく。
今日の葵ちゃんも……本当に可愛かったな。あの優しい笑顔、楽しそうに歌う姿、ふとした仕草の一つ一つがボクの心に焼き付いて離れない。
それに、ボクの好きな曲を楽しそうに聞いてくれたこと。ボクの好きなものを知ろうとしてくれるその気持ちが何よりも嬉しかった。もう本当に最高の一日だったよ
「ニヤニヤして、キモいんだけど」
「え?別に、いい……でしょ!」
「その喋り方も、声のトーンも、キモい!」
仕方ないだろ……今は外だし……でも確かに、実の兄がこんな女装している姿は、気持ち悪いかもしれない……真凛がそう思うのも無理はないか……
「ねぇ、おにぃ」
「なに?」
「……少し安心した。変にキャラ作ってるのかと思ってたけど、中身はいつものおにぃだったし。良く考えたら、そこまでおにぃは器用じゃないと思うけどさ?」
普段は憎まれ口ばかり叩く真凛の意外な言葉に胸が熱くなる。どうやら真凛なりにボクのことを心配してくれていたみたいだ。ツンツンしているけれど、根は優しい妹だということはちゃんと分かっている。
「あとさ、おにぃ。もっと自信持ったほうがいいよ?おにぃがアニソンとかボカロが好きだって知って、嬉しそうだったよ葵さん」
「いや、それは、気を遣ってくれただけだよ……」
どうしてもそう思ってしまう。自分に自信がないせいだ。こんな、何の取り柄もないボクが、あんなに素敵な葵ちゃんに好かれるなんてありえないと思ってしまうのだ。
「違う。全然分かってない。葵さんは……本当におにぃのこと……『白井雪姫』のことを好きになろうとしてるよ?真剣に恋に向き合ってる。女の子が好きか確認するために。それなのに、おにぃはネガティブな考えばかりで見てるとムカつく」
真凛は珍しく真剣な表情でボクにそう言った。その強い眼差しにボクは言葉を失う。そっか……葵ちゃんは、本当に『白井雪姫』のことを……好きになろうとしてくれていたんだ。ボクが想像していた以上に、真剣にこの関係に向き合ってくれているんだ……
そう思うと嬉しくて胸がいっぱいになる。同時に自分のネガティブな考えが、葵ちゃんの気持ちを踏みにじっていたのではないかという申し訳なさで心が痛んだ。
「女装するなとは言わないけど、真剣に向き合ってる葵ちゃんに失礼にならないようにしなよ?……まぁ……困ったことがあったら相談くらい乗ってあげるしさ……」
真凛は最後に少しだけ照れたように顔を赤らめてそう言った。その姿がなんだかとても可愛らしくて、思わず笑みがこぼれる。
「うん。ありがとう、真凛」
……ボクはやっぱり葵ちゃんのことが好きなんだ。初めて抱いたこの大切な恋心を、嘘で終わらせるなんて絶対にできない。だから、これからも真剣に葵ちゃんと向き合っていきたい。
まだ女装のことは言えないけれど、それでも……
ボクみたいな何の取り柄もないような奴でも、恋をしてもいいんだってことを証明するためにも、いつか必ず葵ちゃんに本当のボクを知ってもらいたい。強くそう思ったのだった。
カラオケの喧騒が遠ざかり、代わりに心地よい静けさが三人を取り囲んだ。店を出ると、夕暮れが街をオレンジ色に染め始めていて、その優しい光が少し火照ったボクの頬を撫でる。
葵ちゃんの歌声がまだ耳に残っていて、まるで心に小さな花が咲いたみたいにじんわりと温かい気持ちが広がっていた。真凛の力強い歌声も、普段のクールな表情からは想像できないほど堂々としていて、そのギャップに少しドキッとしたのを覚えている。ボクの歌は……うん、まぁ自己評価としては普通ということにさせておこう。
人前で歌うのはやっぱり少し気恥ずかしいけれど、葵ちゃんが楽しそうにしているのを見ているだけで、ボクも自然と笑顔になれたからそれで十分だった。
「あ~、結構歌いましたね。楽しかった」
「私もだよ。そう言えば雪姫ちゃん。最初歌うの嫌がってたけど結構歌ってたよね?」
「うっ……うん……アニソンとか、ボカロの曲ばかりで、ごめんね……」
「え?そんなことないよ?雪姫ちゃんの好きなもの、知れたし」
葵ちゃんの優しい笑顔が、ボクの胸にじんわりと染み渡る。気を遣わせてしまったのかもしれないけれど、その言葉が本当に嬉しかった。彼女の優しさに触れるたび、胸の奥がキュッと締め付けられるような甘い痛みが走る。
喫茶店の中は、外の喧騒とは別世界のようだった。落ち着いた照明、深みのある木のテーブル、そしてゆっくりと流れるジャズの音色。
窓際の席に三人で並んで座り、それぞれが思い思いの飲み物を注文した。ボクはホットミルクティー。その湯気が少しだけ緊張した心をほぐしてくれるようだった。
そのあとは、本当に他愛もない話をした。最近あった面白い出来事、好きな食べ物の話、くだらない冗談。葵ちゃんの楽しそうな笑い声が店内に響くたびにボクの心も明るくなる。
そして、来週のデートの約束。その言葉が出た瞬間、心臓がドキッと跳ねた。また葵ちゃんに会える。その事実だけで世界が輝いて見えるようだった。
喫茶店の温かい光に見送られながら葵ちゃんと別れ、ボクは真凛と共に家路を辿る。並んで歩く帰り道、夕焼け空が茜色から紫へと色を変えていく。
今日の葵ちゃんも……本当に可愛かったな。あの優しい笑顔、楽しそうに歌う姿、ふとした仕草の一つ一つがボクの心に焼き付いて離れない。
それに、ボクの好きな曲を楽しそうに聞いてくれたこと。ボクの好きなものを知ろうとしてくれるその気持ちが何よりも嬉しかった。もう本当に最高の一日だったよ
「ニヤニヤして、キモいんだけど」
「え?別に、いい……でしょ!」
「その喋り方も、声のトーンも、キモい!」
仕方ないだろ……今は外だし……でも確かに、実の兄がこんな女装している姿は、気持ち悪いかもしれない……真凛がそう思うのも無理はないか……
「ねぇ、おにぃ」
「なに?」
「……少し安心した。変にキャラ作ってるのかと思ってたけど、中身はいつものおにぃだったし。良く考えたら、そこまでおにぃは器用じゃないと思うけどさ?」
普段は憎まれ口ばかり叩く真凛の意外な言葉に胸が熱くなる。どうやら真凛なりにボクのことを心配してくれていたみたいだ。ツンツンしているけれど、根は優しい妹だということはちゃんと分かっている。
「あとさ、おにぃ。もっと自信持ったほうがいいよ?おにぃがアニソンとかボカロが好きだって知って、嬉しそうだったよ葵さん」
「いや、それは、気を遣ってくれただけだよ……」
どうしてもそう思ってしまう。自分に自信がないせいだ。こんな、何の取り柄もないボクが、あんなに素敵な葵ちゃんに好かれるなんてありえないと思ってしまうのだ。
「違う。全然分かってない。葵さんは……本当におにぃのこと……『白井雪姫』のことを好きになろうとしてるよ?真剣に恋に向き合ってる。女の子が好きか確認するために。それなのに、おにぃはネガティブな考えばかりで見てるとムカつく」
真凛は珍しく真剣な表情でボクにそう言った。その強い眼差しにボクは言葉を失う。そっか……葵ちゃんは、本当に『白井雪姫』のことを……好きになろうとしてくれていたんだ。ボクが想像していた以上に、真剣にこの関係に向き合ってくれているんだ……
そう思うと嬉しくて胸がいっぱいになる。同時に自分のネガティブな考えが、葵ちゃんの気持ちを踏みにじっていたのではないかという申し訳なさで心が痛んだ。
「女装するなとは言わないけど、真剣に向き合ってる葵ちゃんに失礼にならないようにしなよ?……まぁ……困ったことがあったら相談くらい乗ってあげるしさ……」
真凛は最後に少しだけ照れたように顔を赤らめてそう言った。その姿がなんだかとても可愛らしくて、思わず笑みがこぼれる。
「うん。ありがとう、真凛」
……ボクはやっぱり葵ちゃんのことが好きなんだ。初めて抱いたこの大切な恋心を、嘘で終わらせるなんて絶対にできない。だから、これからも真剣に葵ちゃんと向き合っていきたい。
まだ女装のことは言えないけれど、それでも……
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