隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫

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21. 不得意な時はおとなしくしていることが1番の策なのかもしれない

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21. 不得意な時はおとなしくしていることが1番の策なのかもしれない



 そして約束の週末がやってきた。昨日は、白石がどんなものを作るのか、不味かったらどうしよう、などと考えすぎてあまりよく眠れなかった。ぼんやりとした意識の中で、目覚まし時計が鳴る前に、突然けたたましい音が鳴り響いた。

 ピンポーン、ピンポーン、と立て続けにインターホンが鳴らされている。誰だこんな朝早くに。まだ朝7時だぞ?

 不機嫌なまま、オレはのそのそとベッドから出て、カメラモニターを覗くと予想通りの人物が満面の笑みで立っていた。全く騒がしい朝だ。チェーンを外して扉を開ける。

「おはようございます!先輩!」

 白石の声は、休日の朝には似合わない突き抜けるような明るさだった。その元気な声にオレの眠気が少しだけ吹き飛んだ。

「ふわあぁ……お前早すぎるだろ?何時だと思ってんだよ?まだ7時だぞ?」

 欠伸を噛み殺しながらそう言った。もう少し寝ていたかったのに完全に起こされてしまった。

「えへへー、先輩とデートですからね。張り切って来ちゃいました!」

 白石は全く悪びれる様子もなく嬉しそうに微笑んだ。デート?なんのことだ。約束したのはお前の作った手料理を食べることだけだろう。

「デートじゃないからな? オレはただ、お前の作った手料理を食べるだけだろ」

「だから料理デートですよね?とりあえずお邪魔しまーす!」

 オレの言葉を聞き終えないうちに、白石は勝手に部屋に入ってきた。その強引さにはもう慣れたとはいえ、やはり少し腹が立つ。なんで、こいつはこんなにも朝から元気なのかは知らんが……もう少し寝てたかった。まあ、来てしまったものは仕方ない。観念するしかないか。

 白石は部屋に入ると、真っ先にキッチンの方へ向かった。そして、冷蔵庫を開けたり、棚を開けたりしている。何を探しているんだ?

「何か探してるのか?」

「ねぇ先輩、調味料がないんですけど?」

「は?お前……オレの部屋で作るのか? 自分の部屋で作れよ……」

 てっきり自分の部屋で作って、ここに持ってくるものだと思っていた。なぜオレの部屋で料理する前提なんだ?

「それじゃ料理デートになりませんよ!あっ!器具も全然揃ってないじゃないですか!もう……まずは買い物デートからですね!ほら先輩、着替えて!」

 白石は、オレの部屋の貧弱なキッチンを見て愕然としたような顔をした後、すぐに新たな計画を立て始めた。そして、オレの返事も聞かずに、寝間着姿のオレを寝室の方へ押しやり始めた。

「おい押すなって!分かったから!着替えるって!」

 確かに自炊を全くしないオレの部屋には、まともな調理器具や調味料はほとんどない。包丁も鍋も最低限のものしかないだろう。それは認めるが……そんな急ぐことか? 勝手に計画を立てて、勝手にオレを動かそうとする。この有無を言わせぬ強引さウザすぎるだろ。

 それからオレは、白石に急かされるまま着替えて、部屋を出た。休日の朝の街は、まだ静かで、空気はひんやりとして気持ちいい。いつもの登校時間より早いせいか、人通りも少ない。白石は上機嫌でスキップでもしそうな勢いで歩いている。すると突然立ち止まりオレの方に手を差し出してきた。

「あっ先輩。手を繋いでください」

「嫌だよ」

「えぇ~。だって今日はデートなんですよ? 恋人同士なら普通に手を繋ぐはずですよ?」

「だから付き合ってねぇし。これはデートでもなんでも……」

 またしても始まったこの堂々巡り。もう説明するのも馬鹿らしくなってきた。オレが言葉を言い終わる前に、白石はいきなりオレの腕に自分の腕を絡ませてきた。

「おまっ!? 離れろよ!」

 これはヤバい……柔らかい感触が伝わってくる。急に距離が縮まってなんだか心臓がうるさい。

「先輩が手を繋がないからですよ?」

「いやそういう問題じゃなくて……その……当たってるんだって!」

「当ててるんですよ?ふふっ。私にドキドキしてますよね?」

 白石は、オレの反応を見て確信したように微笑んだ。その表情には全てお見通しだと言わんばかりの余裕がある。

「バカ野郎!してねぇよ!いいから離れろって!」

 顔が熱くなるのを感じながら必死に否定した。本当にこいつは面倒くさい女だ。人をからかうことに異常な情熱を燃やしている。

 そのまま白石に腕を組まれたまま、まず近くのホームセンターへ向かい、最低限の調理器具――包丁、まな板、フライパンなどを購入した。そして、そのあとはスーパーに行くことになった。

 スーパーに入ると、白石は腕を離し、俄然、主婦のような顔つきになった。カートを押し始めながらオレに尋ねてくる。

「ねぇねぇ先輩、何食べたいですか?」

「お前が作れるもので、別に構わないぞ」

「じゃあ、定番のオムライスでいいですか? ケチャップでハート書いてあげますね?」

「ハートは結構だ。というかなんの意味があるんだよそれ……」

 断固として拒否した。しかし、オムライスか。まあ、無難だろう。まずは材料だな。頭の中でレシピを思い浮かべる。まずは卵と鶏肉と玉ねぎだな。確か米は部屋にあるはずだ。オレが食材を選ぼうと卵のパックに手を伸ばした時、白石が横から口を出してきた。

「ちょっと先輩!ちゃんと日付見たんですか? ダメですよ卵とかお肉は日付見ないと!」

 白石はオレの手を止め、パックの日付を確認し始めた。別に日付が切れているわけじゃない。まだ余裕はある。

「……今日食べきれる量だと思うんだが?」

「ダメです!気分的に新しいものの方がいいです!もう、先輩は彼女の私がいないとやっぱりダメですね。ほら、カートを押してください。次は野菜コーナーに行きますよ?」

 確かに白石の言うことは間違っていない。なんだか保護者のような、あるいは年上の恋人のような口調で言われるのが、どうにもカッとくる。だが、実際オレは自炊能力皆無でこいつに頼らなければならない状況だ。ここで反抗しても、面倒になるだけだろう。悔しいが従うしかない。

 白石は当たり前のようにオレにカートを押し付け、テキパキと買い物かごに食材を入れていく。オレは言われた通りカートを押し白石の後に続いた。こうして、オムライスの材料は、白石の主導で着々と購入されていったのだった。

 そして買い物の間、こいつは終始楽しそうで、オレはといえば腕を組まれた時のドキドキと腕に残る白石の胸の感触がごちゃ混ぜになってなんとも言えない気分だった。この後、本当に食べられるオムライスができるのか不安と少しの好奇心が入り混じった感情で、オレは白石の背中を見ていた。
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