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2.繰り返すあの夏に、聞こえた合図は
自由で素敵な君
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「とわ~。お茶しよ」
パッと顔をあげると、沙良がにっこり笑ってクッキーの入った袋を持ち上げてみせた。
「調理実習でね、焼いたの。ハーブティーに合うやつだからさ」
「うん。てか、グッドタイミング!」
沙良は「ん?」と首を傾げながらも、そう?と声を漏らして笑った。
・・・
「んー気持ちいい。やっぱり誰もいないね」
「うん」
お嬢様たちは外に出たがらない。体育祭なんて大抵テントの中にいるんだから。日焼けが相当嫌なんだろう。
だからこんなにも美しい学校の庭園にも誰一人いるはずもなく。ただ色濃くした夏色の葉っぱたちが揺れているだけ。
私たちは椅子に腰掛けた。持ってきたハーブティーが音を立ててカップの中に滑り込んでゆく。
「で、グッドタイミングって?」
「あ、うん。ねえ、西条家って知ってる?」
すると沙良は嬉しそうに笑った。
「知ってるも何も、超有名な名家さんだよ。あそこもね、茶道の家元でさ。双海のほうでしょ?結構遠いけどさ、一回見てみたいと思うんだよね。それに西条家の一人娘は私たちと同い年でね、品で溢れてるとこがまた美しくてさ~。礼儀作法は当たり前っていうの?誰にでも好かれるもてなしの術を知ってるんだよね」
「……そうなんだ」
ザ・お嬢様っていうか、典型的なお嬢様の鏡って感じ。沙良がここまでペラペラと話すってことは本当に素敵な方なんだろう。私とは、正反対…かあ。
「でもね、それ上辺だけだよ?」
不意に声がして、それと共に首もとから腕が伸びてくる。更に背中には温かな熱が伝わってきた。
だけどすぐ、その後ろで「翔矢、離れて」と声。渋々と熱が離れていく。
え?
「よ、とわ」
視界に涼の顔が入り込む。また一人、また一人。四人が映り込んだ時、沙良の声が響いた。
涼が笑う。
「とわの友達?」
私はにっこり笑って頷くと沙良を見た。彼女も「初めまして」と頭を下げる。
「で、何で西条家の話してたの?」
「皆が西条家の専属って聞いたから。ほら、私って何も知らないでしょ」
流生は「そっか」と笑うと沙良を見た。
「さっき、君のとこの森野くんが探してたよ。何かすごく慌ててたけど。沙良様が消えてしまった~、って」
「森野ったら……」
沙良は照れたように笑うと「行ってくる」と言い残し、走っていってしまった。
「で、皆はどうしたの?」
そう聞くと、皆顔を合わせた。
「なんか、ティータイムをご一緒に…ってせがまれて」
翔矢が言うには、逃げている途中に皆と合流し、また皆も同じ状況だったらしく一緒に逃げ回っていた…と。
モテるねえ。
「まあ、それはいいんだけど、さっきの続きでね、西条家のお嬢様の話」
翔矢は「アハッ」と笑う。
「本当にね、品で溢れててザ・お嬢様って感じなんだけど、すごく寂しがり屋でさ。そのうえ自己中心的な考え方の時があって。だから八年前とわに会った時は驚いたんだよ。こんなにも自由で素敵なお嬢様がいるのかって」
素敵…なの?
……ああ、そっか。声に出してはいなかったのだけれど気付かれていたのか、私の心は。
涼は私の頭を撫でる。
「暗い顔はダメだよ~?とわは素敵なお嬢様なんだから。俺が言ってんだからね」
「うん。俺も保証する」
流生が肩に手を置く。翔矢の微笑みと…それから怜。
うん。きっと怜だよね、皆に言ったのは。朝の話を聞いていたのは怜だけだから。そしてこのさりげない気の回し方をするのも怜だけだからね。
「ありがと…皆」
「当たり前でしょ」と誰かは言ったけど、慰めてくれて……とかじゃないよ?
ただ傍にいてくれて、ありがとうって。本当にそれだけなんだ。
ただそれだけで私は救われてるんだよ。
◇ ◇ ◇
初夏も過ぎ、夏本番。そして夏休みが近づいてきたある日の休日。
「え?双海へ?」
流生から提案が出された。今年の夏休みは双海へ行かないかというもので、あの別荘で夏休み中過ごすみたいだ。
「いいね、それ。な、とわ」
「俺もとわと行きたい!八年ぶりになるね」
こんなやり取りにはもうすっかり慣れた。
それにね、ほんの少しだけれど気付いたことがあるんだ。彼らの中の誰かはどうしても白川ではないとなってしまうけれど、それでも白川を演じている。けど、それがどんなきっかけかは分からないけど、私のためだっていうのには気付いてるんだよ。寂しくならないようにいつも配慮してくれてることくらい私だって分かるもん。
だからそんな彼らが嬉しそうに私を誘うならば断る義理なんてない。
「うん。行こっか」
私の微笑みに彼らも答えるかのように笑ってくれた。
◇ ◇ ◇
「うわ~何も変わってないよ」
別荘へと降り注ぐ光は八年前と何一つ変わっていなかった。葉が揺れ、夏の風が私たちの間をすり抜けていく。久しぶりに見る森たちも私にとってはもう庭みたいに歩けると、確信してしまうほど鮮明に覚えていた。
「じゃあ、入ろうか」
流生が笑い、翔矢がはしゃぐ。涼はポケットから鍵を取り出し、怜は私の手から荷物を取ると歩みを進めた。
八年前の夏を繰り返すように運命の歯車が音を立てずに回り始める。そしてそれはまだ私が気付かない始まりの合図──。
また同じ時の中で「終わり」という形に姿を変えた合図が聞こえる。
吹かれる夏の風を帯びたその声は小さく、人知れず青の空へと消えていった。
「ごめんな……、とわ」
力無くも耳に触れた手は確かに意味があって。けれども、それを心の奥深い場所へと沈める──気付かれないように、いや自分自身が気付かないように。
これは、逃げ……か?
風がそっと彼の髮を揺らしてゆく。
パッと顔をあげると、沙良がにっこり笑ってクッキーの入った袋を持ち上げてみせた。
「調理実習でね、焼いたの。ハーブティーに合うやつだからさ」
「うん。てか、グッドタイミング!」
沙良は「ん?」と首を傾げながらも、そう?と声を漏らして笑った。
・・・
「んー気持ちいい。やっぱり誰もいないね」
「うん」
お嬢様たちは外に出たがらない。体育祭なんて大抵テントの中にいるんだから。日焼けが相当嫌なんだろう。
だからこんなにも美しい学校の庭園にも誰一人いるはずもなく。ただ色濃くした夏色の葉っぱたちが揺れているだけ。
私たちは椅子に腰掛けた。持ってきたハーブティーが音を立ててカップの中に滑り込んでゆく。
「で、グッドタイミングって?」
「あ、うん。ねえ、西条家って知ってる?」
すると沙良は嬉しそうに笑った。
「知ってるも何も、超有名な名家さんだよ。あそこもね、茶道の家元でさ。双海のほうでしょ?結構遠いけどさ、一回見てみたいと思うんだよね。それに西条家の一人娘は私たちと同い年でね、品で溢れてるとこがまた美しくてさ~。礼儀作法は当たり前っていうの?誰にでも好かれるもてなしの術を知ってるんだよね」
「……そうなんだ」
ザ・お嬢様っていうか、典型的なお嬢様の鏡って感じ。沙良がここまでペラペラと話すってことは本当に素敵な方なんだろう。私とは、正反対…かあ。
「でもね、それ上辺だけだよ?」
不意に声がして、それと共に首もとから腕が伸びてくる。更に背中には温かな熱が伝わってきた。
だけどすぐ、その後ろで「翔矢、離れて」と声。渋々と熱が離れていく。
え?
「よ、とわ」
視界に涼の顔が入り込む。また一人、また一人。四人が映り込んだ時、沙良の声が響いた。
涼が笑う。
「とわの友達?」
私はにっこり笑って頷くと沙良を見た。彼女も「初めまして」と頭を下げる。
「で、何で西条家の話してたの?」
「皆が西条家の専属って聞いたから。ほら、私って何も知らないでしょ」
流生は「そっか」と笑うと沙良を見た。
「さっき、君のとこの森野くんが探してたよ。何かすごく慌ててたけど。沙良様が消えてしまった~、って」
「森野ったら……」
沙良は照れたように笑うと「行ってくる」と言い残し、走っていってしまった。
「で、皆はどうしたの?」
そう聞くと、皆顔を合わせた。
「なんか、ティータイムをご一緒に…ってせがまれて」
翔矢が言うには、逃げている途中に皆と合流し、また皆も同じ状況だったらしく一緒に逃げ回っていた…と。
モテるねえ。
「まあ、それはいいんだけど、さっきの続きでね、西条家のお嬢様の話」
翔矢は「アハッ」と笑う。
「本当にね、品で溢れててザ・お嬢様って感じなんだけど、すごく寂しがり屋でさ。そのうえ自己中心的な考え方の時があって。だから八年前とわに会った時は驚いたんだよ。こんなにも自由で素敵なお嬢様がいるのかって」
素敵…なの?
……ああ、そっか。声に出してはいなかったのだけれど気付かれていたのか、私の心は。
涼は私の頭を撫でる。
「暗い顔はダメだよ~?とわは素敵なお嬢様なんだから。俺が言ってんだからね」
「うん。俺も保証する」
流生が肩に手を置く。翔矢の微笑みと…それから怜。
うん。きっと怜だよね、皆に言ったのは。朝の話を聞いていたのは怜だけだから。そしてこのさりげない気の回し方をするのも怜だけだからね。
「ありがと…皆」
「当たり前でしょ」と誰かは言ったけど、慰めてくれて……とかじゃないよ?
ただ傍にいてくれて、ありがとうって。本当にそれだけなんだ。
ただそれだけで私は救われてるんだよ。
◇ ◇ ◇
初夏も過ぎ、夏本番。そして夏休みが近づいてきたある日の休日。
「え?双海へ?」
流生から提案が出された。今年の夏休みは双海へ行かないかというもので、あの別荘で夏休み中過ごすみたいだ。
「いいね、それ。な、とわ」
「俺もとわと行きたい!八年ぶりになるね」
こんなやり取りにはもうすっかり慣れた。
それにね、ほんの少しだけれど気付いたことがあるんだ。彼らの中の誰かはどうしても白川ではないとなってしまうけれど、それでも白川を演じている。けど、それがどんなきっかけかは分からないけど、私のためだっていうのには気付いてるんだよ。寂しくならないようにいつも配慮してくれてることくらい私だって分かるもん。
だからそんな彼らが嬉しそうに私を誘うならば断る義理なんてない。
「うん。行こっか」
私の微笑みに彼らも答えるかのように笑ってくれた。
◇ ◇ ◇
「うわ~何も変わってないよ」
別荘へと降り注ぐ光は八年前と何一つ変わっていなかった。葉が揺れ、夏の風が私たちの間をすり抜けていく。久しぶりに見る森たちも私にとってはもう庭みたいに歩けると、確信してしまうほど鮮明に覚えていた。
「じゃあ、入ろうか」
流生が笑い、翔矢がはしゃぐ。涼はポケットから鍵を取り出し、怜は私の手から荷物を取ると歩みを進めた。
八年前の夏を繰り返すように運命の歯車が音を立てずに回り始める。そしてそれはまだ私が気付かない始まりの合図──。
また同じ時の中で「終わり」という形に姿を変えた合図が聞こえる。
吹かれる夏の風を帯びたその声は小さく、人知れず青の空へと消えていった。
「ごめんな……、とわ」
力無くも耳に触れた手は確かに意味があって。けれども、それを心の奥深い場所へと沈める──気付かれないように、いや自分自身が気付かないように。
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