ルート学園(BLver.)

マサヤ

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阿蘇日和という子供

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 それは突然だった。

 ジリリリリリリ、とけたたましくなる目覚まし時計の音で浮上を始める意識に「う~……」と唸りながら瞼をこする。

 朝、か……。

 今日は日曜日。学校も休みだし、惰眠を貪るのが本日の予定だった。

 もっかい寝よう、目覚ましの停止ボタン押して布団に潜り直した時だ。


「まだ寝るつもりか。いい加減起きろ」

 …………はい?

 寮の部屋は個室だ。勿論昨夜誰かを泊めた覚えもないし、ましてや泊まりにくる友人もいない俺はハタリ、と動きを止めた。

「休みだかって眠ってばかりいたらすぐ太るぞ。歳を考えろオッサン」

「……っれがオッサンだこのクソガキ!」

 俺はまだ19だ!! と怒鳴りながら飛び起きれば、白いワンピースを纏った美少女がスラリとした足を組んで椅子に腰掛ける姿が視界に映る。

「……なに、やってんだ人の部屋で」

 さも当たり前な質問を美少女……もとい阿蘇さんに投げ掛ける。

 黒くさらりとした長い髪。色白の肌。調った人形のような顔をしたまるで絵画から飛び出してきた様なその美少女は、女装をした阿蘇日和、その人だった。

 ベッドから降りると大きなあくびをしながら優雅にお茶を飲む阿蘇さんの元へと近付いた。

 彼が座る横の丸テーブルの上には、なんかのテレビで見たことある三段トレーが置かれていて、その重なるお皿にはサンドイッチにミニサラダ、数枚のクッキーがもられていた。

 こんなこんだ朝飯、誰が用意したかなんて想像するのは安易だ。

「美味しいぞ。お前も食べるか?」

 はい、と一口大のサンドイッチを差し出され引き攣る俺の口端。

「そんなハイカラなもん朝っぱらから食えるか。男なら米食え米!」

「ジジくさい事言う奴だな……」

 まぁいいけど、と行き場の失ったサンドイッチを自分の口へと放り込んだ。

「それでぇ? 理事長さまはなんで俺の部屋で優雅にモーニングなんてなさってるのでしょうか。しかもそのカッコ」

 向かいの椅子にどさっと腰を下ろすと、嫌味をたっぷり込めて問う。しかも女装なんぞしやがって。ここは男子寮だぞ、誰かが見てて変な噂立てられたらどうすんだ。

「これは外出用だ。学園の外に出る時はいつもこの姿をする約束なんだ。今日はこの後事務所で会議がある」

「約束ぅ? 誰とだよ」

「親父」

「は? なに、なんで?」

 父親が息子に女装強要ってどんな家庭だよ。

「公私混同をわけるため、だとさ。男の姿でいる時の僕はルート学園の一生徒、ただの高校生だ。この姿でいる時は学園理事長兼ルートプロダクションのマネジメントプロデューサー。その役職を決めたのは親父だけど、自分の息子に親の七光りで業務を任せてるなんて思われたくないんだろ」

 ただの見栄だよ見栄。迷惑この上ない。

 忌々しそうに言い捨てて茶を啜る。本当にこいつ16のガキか? 言うことなすこと全部俺のイメージする高校生と掛け離れすぎてる。

 俺がこれくらいの時なんて、バイクとか女の話しかしなかったもんだけど。むしろこいつそんな話をする友人とかいるんだろうか。そう思って想像してみるけど、同じ年頃の奴に囲まれてる姿より茶々さんを隣に控えさせて難しい顔して書類の束と睨み合いしてる姿の方がしっくりくる。

 そういや、俺こいつの学園生活見たことなかったなぁなんて。

 
「……俺もそれ、食っていい?」

 指さした先には、さっき阿蘇さんに勧められたサンドイッチ。突然の申し出に彼は「さっきは米食えとか言ったくせに」と文句をいいながらほらよと一切れ渡してくれる。ついでだ、と紅茶つきで。

 もらったサンドイッチはキュウリとトマトが挟まれた質素なものだったけど、ふわりとしたパンの感触と程よくきいたからしが個人的に好みの味で、もう一個と皿からとってパクリとかぶりついた。

「そういや、さっきの続きなんだけどさ」

 ごくり、と飲み込んでからそう口をひらく。

「俺になんか用あったんじゃないのか?」

「用?」

「わざわざ部屋に入り込んで起きるの待ってたんだ。ただ朝飯を一緒に食べようと思った、なんてふざけた理由じゃないだろ」

 もしかして返済金の話だろうか、と内心ドキドキしながら相手の返事を待つ。だけど阿蘇さんはパチクリと瞳を瞬かせ

「その通りだが?」

「はい?」

「今日は久し振りに昼からのスケジュールだったから、たまには誰かと朝御飯を食べようと思った。誰を誘おうかって考えてたらちょうどお前の顔が浮かんだんだ」

 だからしゅうたろうに鍵をあけさせてここに食事を用意させた、と普通にいうもんだから俺はぽかんと開いた口を閉めるのを忘れ阿蘇さんを見つめた。

「あの、さ。普通、人の部屋に勝手に入らないだろ」

 しかも勝手に朝飯の用意とか。しかも人の部屋に。

 お前は付き合いはじめの彼女か! 

 ……いや、流石にそれは言わないでおこう、うん。

「まずはほら、電話なりなんなり連絡入れてさ。そんで時間決めて待ち合わせしてってのが普通だと思うんだけど」

「なんでそんな時間かかることをする必要があるんだ。相手の部屋か自分の部屋に用意して招いた方が早いじゃないか」

 そんな無駄な事するのかお前は、と返される。至極不思議そうな顔をされて。

「無駄ってか、いくら友達だからっていきなり自分の部屋に勝手に入られたらそれはちょっとって思うのが普通だろ? お前ももし自分が朝起きて勝手に友達が朝飯用意して待ってたらオイオイって思うだろーが」

「僕の部屋にはいつも誰かしらいるからな。そんな事思った事ない。朝起きれば既にしゅうたろうが部屋に朝御飯を用意して立ってる。他には僕専用のルームメーキングのメイドもいるし、食事をしている間に今日着る服だとか靴を用意する者もいる」

 ま じ か よ !!

 そりゃ芸能事務所なんて経営してんだ。それなりに金持ちのぼっちゃんかなんかなんだろうとは思ってたけどまさかそこまでだなんて。いや、てか服くらい自分で選べよ!

「あー……じゃああれだ。視点を変えよう、うん。一般人はだな、例え親であっても自分の部屋に入られるのは嫌だったりするんだよ。ほら、見られたくないものとかもあるし」

「僕の親は一度として僕の部屋に来たことはない。小さい頃から一度もな」

 くぅーっ!! なんだどうしたら通じんるんだよどう説明すりゃ通じるんだこいつに話が!

「……わかった。もうはっきり言えばいいのか。俺は嫌なんだよ、勝手に知らない奴が部屋にいるのは」

「知らない奴じゃない」

「知ってるよ知ってるけど! そうじゃなくて……あーもうめんどくさい奴だなお前!!」

 キィーッと頭を掻きむしりながら叫ぶ。ここまで話が通じない奴なんて近所のルカちゃん(3歳)くらいだっての!


「とにかく今度から勝手に部屋に入るのは禁止! 確かにここの金を出してるのはお前だろうけどそれとこれとは別なの! 何か用がある時は一度電話なりなんなりしてくる事。わかるか? アポイントをとれっつってんだよ俺は!!」

 お前も人と会うときはアポイントとってますか? なんて聞いてんだろ。つまりそーゆう事だ。わかったか!? 

 半ば怒鳴る様に言い切れば、暫し俺の顔を見つめた後「すまない」と俯いた。

「実は僕は……友人と食事をした事が一度もない。だからお前の言う普通がどんな物かわからないけど……でもお前が僕に対して不快な気持ちを抱いているのはみてわかる。だから……ごめん」

 な、なんだこいつ。いきなりしおらしくなりやがって。いつもだったらうるさいオッサンだの僕を誰だと思ってるとか返してくるくせに。

 でも、まぁ俺もちょっと言い過ぎた……かも?

 
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