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テーブル下の忘れ物
1.テーブル下の忘れ物
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俊二に泣きついた2週間後に、待ち人は現れた。記憶と違わない真哉さんの穏やかな物腰に安心しながらも、幾分かやつれて見える顔に不安を覚えた。以前より頰が痩けていないか、元々細い身体が更に薄くなったのではないか。カウンター裏で萌に小声で問えば、言われてみればと彼女も眉を寄せたので余計に心配になってしまう。
「半年前みたいに無理してるとか……」
「もしそうなら、一言休んでくださいとか言った方がいいよな」
「でも、客と店員ですよ。真哉さんのプライベートを何も知らないのに急に声掛けたら不審に思われちゃいます」
「そ、そうか……そうだよなあ」
和気藹々と語り合う女性たちを他所に、真哉さんはカウンターから左奥の一人分の席で静かにカップに口を付
けている。まるで、彼だけ別の世界にいるかのように、そこだけ空気が静かだった。人を遠ざけているようにも思えて近づき難いとすら感じてしまう。
「いや、ここは男を出す。真哉さんをほっておけない」
真哉さんに声を掛ける決心を固め呟く。食器を洗いながら聞いていた萌が頑張ってくださいと泡だらけのてで親指を立てた――が、現実は上手くいかないものだ。声を掛けようにも、仕事中に客と話す時間など作れるはずもなかった。小さい店とはいえ、客は相当数入り客の流れも早い。忙しなく働いている間に日は沈み、閉店前の音楽が流れる時間になってしまった。最後まで残っていた二人組の精算を終えてから、盛大にため息をつく。
結局、真哉さんには話しかけられなかった。真哉さんのレジ対応にあたったのは萌の交代で入った後輩だったため接客しながら会話することも出来ずに終わった。店間際に見た真哉さんは、やはり疲れて見えた。来週はちゃんと来てくれるのだろうか、ご飯は食べているだろうかと心配しながら店内の掃除に取り掛かる。閉店前は消毒を兼ねてテーブルと椅子を拭かなければならない為、布巾と消毒用スプレーを持って端の席からひとつずつ拭いてまわることにした。真哉さんに会った土曜日はいつも上機嫌にこの単調な作業をこなしていたが今日はそんな気分になれそうにない。店を出る直前に見た、消えてなくなりそうな頼りない背中を思い出しては、やるせない気持ちになるからだ。
何度目か分からない溜息を吐き、真哉さんの指定席になっているテーブルと椅子を綺麗に拭く。刹那、足元で鍵の鳴る音がした。テーブルを拭く手を止め、音がした右足の足元を見る。店内のライトに照らされて存在を主張していたのは、金色を纏った羽だった。羽の形に型押しされたそれは、名前の分からない花や蔓など繊細な模様があしらってある。羽の付け根にあたる部分は傘の持ち手のように曲がっており、短いチェーンで繋がれた先にはレジンで作られたであろう円形の飾りがぶら下がっている。キラキラと眩い水色のラメが閉じ込められた飾りを持つ羽のストラップは、持っているだけでも気分を上げてくれる気がした。
客の落とし物だろうか。今日、この席を使っていた人間は何人かいたはずだ。15時以降は真哉さんが使っていたが、それまでの時間は入れ替わり立ち替わり誰かが座っていた。念の為に、従業員の落とし物ではないかを確認するために一度店裏へ戻る。
「これ、テーブルの下に落ちていたんだが誰のか知らないか」
片付けをしていたバイトの従業員は、小さく首を傾げた。そして、店の人間は持っていなかったと思うと思案顔で答えた。
礼を告げ、では客の落とし物だろうと結論付ける。貴重品でなくとも、落とし物は一定期間保存する規定になっているためマニュアル通りに事を進める。記録簿に残し、羽のストラップはジッパー付きのポリ袋へ入れ落とし物用の箱へと置いた。
「真哉さんの物、では……ないか」
見る限りでは、女性が好みそうなアイテムだ。今日、彼より先にあの席を利用していた若い女性が二人いたためどちらかが落としたと考える方が自然だ。真哉さんの好みを知らないため、断定は出来ないがおそらく間違っていない。近いうちに、落としたことに気づいて再び来店するだろうかとぼんやり考えながら、気が乗らない店仕舞いを進めた。
「半年前みたいに無理してるとか……」
「もしそうなら、一言休んでくださいとか言った方がいいよな」
「でも、客と店員ですよ。真哉さんのプライベートを何も知らないのに急に声掛けたら不審に思われちゃいます」
「そ、そうか……そうだよなあ」
和気藹々と語り合う女性たちを他所に、真哉さんはカウンターから左奥の一人分の席で静かにカップに口を付
けている。まるで、彼だけ別の世界にいるかのように、そこだけ空気が静かだった。人を遠ざけているようにも思えて近づき難いとすら感じてしまう。
「いや、ここは男を出す。真哉さんをほっておけない」
真哉さんに声を掛ける決心を固め呟く。食器を洗いながら聞いていた萌が頑張ってくださいと泡だらけのてで親指を立てた――が、現実は上手くいかないものだ。声を掛けようにも、仕事中に客と話す時間など作れるはずもなかった。小さい店とはいえ、客は相当数入り客の流れも早い。忙しなく働いている間に日は沈み、閉店前の音楽が流れる時間になってしまった。最後まで残っていた二人組の精算を終えてから、盛大にため息をつく。
結局、真哉さんには話しかけられなかった。真哉さんのレジ対応にあたったのは萌の交代で入った後輩だったため接客しながら会話することも出来ずに終わった。店間際に見た真哉さんは、やはり疲れて見えた。来週はちゃんと来てくれるのだろうか、ご飯は食べているだろうかと心配しながら店内の掃除に取り掛かる。閉店前は消毒を兼ねてテーブルと椅子を拭かなければならない為、布巾と消毒用スプレーを持って端の席からひとつずつ拭いてまわることにした。真哉さんに会った土曜日はいつも上機嫌にこの単調な作業をこなしていたが今日はそんな気分になれそうにない。店を出る直前に見た、消えてなくなりそうな頼りない背中を思い出しては、やるせない気持ちになるからだ。
何度目か分からない溜息を吐き、真哉さんの指定席になっているテーブルと椅子を綺麗に拭く。刹那、足元で鍵の鳴る音がした。テーブルを拭く手を止め、音がした右足の足元を見る。店内のライトに照らされて存在を主張していたのは、金色を纏った羽だった。羽の形に型押しされたそれは、名前の分からない花や蔓など繊細な模様があしらってある。羽の付け根にあたる部分は傘の持ち手のように曲がっており、短いチェーンで繋がれた先にはレジンで作られたであろう円形の飾りがぶら下がっている。キラキラと眩い水色のラメが閉じ込められた飾りを持つ羽のストラップは、持っているだけでも気分を上げてくれる気がした。
客の落とし物だろうか。今日、この席を使っていた人間は何人かいたはずだ。15時以降は真哉さんが使っていたが、それまでの時間は入れ替わり立ち替わり誰かが座っていた。念の為に、従業員の落とし物ではないかを確認するために一度店裏へ戻る。
「これ、テーブルの下に落ちていたんだが誰のか知らないか」
片付けをしていたバイトの従業員は、小さく首を傾げた。そして、店の人間は持っていなかったと思うと思案顔で答えた。
礼を告げ、では客の落とし物だろうと結論付ける。貴重品でなくとも、落とし物は一定期間保存する規定になっているためマニュアル通りに事を進める。記録簿に残し、羽のストラップはジッパー付きのポリ袋へ入れ落とし物用の箱へと置いた。
「真哉さんの物、では……ないか」
見る限りでは、女性が好みそうなアイテムだ。今日、彼より先にあの席を利用していた若い女性が二人いたためどちらかが落としたと考える方が自然だ。真哉さんの好みを知らないため、断定は出来ないがおそらく間違っていない。近いうちに、落としたことに気づいて再び来店するだろうかとぼんやり考えながら、気が乗らない店仕舞いを進めた。
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