元旅人の王宮騎士

矢崎未峻

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 執務室に帰ってきた俺は、早速団長に許可をもらうため掛け合った。

「おー、良いぞ。行ってこい」

「・・・は。ありがとうございます」

「なんだよ?」

「いえ、思ってたよりあっさり許可を頂いたもので、驚いて」

 ここ数日忘れかけてたお堅い喋り方をしている理由は、周りに人がいる事と上役の1人が居ることだ。
 なんでここにいるんだよ。正直関わり合いになりたくないんだけど。

「王宮騎士団団長殿、確認が取れた。協力感謝する。突然すまなかった、邪魔をしたな。わたしはこれで失礼する。殿下も、お邪魔致しました」

「いえ、こちらこそわざわざご足労頂きありがとうございました」

「わざわざ挨拶しなくて良いよ。お疲れ様」

 あれ?上役、だよな?

「ユーゼン、ずいぶん不思議そうな顔じゃないか」

 楽しそうな顔をしてらっしゃる。ということは

「あ~、王子がどうやって上役に潜入してるか今まで不思議だったけど、今ので分かりました」

「なんだ、察しが良すぎてつまらないな。もう少し弄らせてくれよ」

 素直かよ。俺はストレートに弄らせろと言われて弄られるようなマゾじゃない!
 ていうか、そんな場合じゃないじゃないですか。あーもうほんと色々大変だな。
 ていうか上役にもまともな人居たのかよ!って、居なきゃこの国とっくに潰れてるか。
 あ、また脱線した。えっと、そうそう。アリシアのとこに行かないとだ。
 王子と一緒に執務室を出て、歩きながら3階に登る許可を得る。そのまま止まることなく歩き続け、階段を登り、長ったらしい廊下を更に歩いて、アリシアの部屋の前に立つ。
 ノックをするのはもちろん俺でなく王子だ。即座に許可を貰ったので部屋に入ると予想通り副団長が噛み付いてきた。

「貴様、何故ここにいる?持ち場はどうした」

「只今よりここが私の持ち場となりましたので」

「なに?」

「数日後の隣国の王子来訪の際、私が王女の護衛を務めます。その準備期間として、本日は試運転として、私が王女の護衛となります」

「そんな話は聞いていないが?」

「昨日の事件の影響で指示を出し損ねたそうです。私の言葉が信じられないのであれば、団長に確認してもらって構いません」

「ちっ。なら団長に確認を取ってくる間待っていろ。本当なら戻ってこない。しかしもし嘘なら、覚悟しろ」

 え、なに?全然怖くないんだけど。それ脅しのつもりなのかな?そのセリフも似合わない過ぎて笑いそう。
 あ、王子笑っちゃってる。爆笑じゃん。アリシアも今は呆然としてるけど、後で笑うやつだな。

「待ってください。本当だった場合も戻って確認が取れたと報告してください。こちらも、来るか来ないか分からないままいつまでも待ってられるほど暇じゃありませんので」

「貴様、調子に乗るなよ」

「いや、ユーゼンが正しいよ。アリシアにだって都合がある。君の都合なんて知ったこっちゃない。それに、報告は基本中の基本だよ」

「は。失礼致しました」

「違うね。それは僕に言う言葉じゃないよ」

「失礼ながら王子。わたしにこの平民に頭を下げろと仰っているのですか?」

「そうだけど?」

 うわぁ、すごい、めんどくさい。謝罪とかどうでもいいからとっとと確認取ってきて欲しいんだけど。
 あー、出会ってすぐの頃みたいにアリシアと2人でのんびりしてたいなぁ。
 ていうか王子、さっきまで笑ってましたよね?なに?その真面目な感じ。久しぶりに王子を王族だと思いましたよ。
 え?普段どう思ってるかって?それは聞かない約束だ。
 さて、現実逃避はこの辺にして、終わったかな。

「・・・・・団長に確認を取ってくる」

「おや、逃げるのか」

 確実に聞こえる音量で発せられた言葉を副団長は聞こえないフリして行ってしまった。
 逃げたな。頭下げるのと逃げるのって、絶対逃げる方が恥だよな。まあこの辺の感覚は人によるか。

「あの、王子?」

「なんだい?」

「なんで副団長をあんなに煽ったんですか?」

「腹が立ったから」

 実にシンプルで分かりやすい。

「ちなみに何処に腹が立ちました?」

「え、全部」

 あ、これ実は相当怒ってるやつだ。この人が怒ってるのなんてほとんど見たことないけど、確信を持って言える。俺が出会ってからで1番怒ってる。
 よく考えると、アリシアと副団長の間で何かあった時、俺を呼びに来た事なんて一度も無かったからその時点で察するべきだったな。

「その全部にはきっと俺の知らない事も含まれてると思うので、2人とも何があったのか話してくれます?」

 こういう時はとりあえず最初に話を聞くのが正しい対処法だ。変にこちらの考えを言って刺激すると、怪我をするのはこっちだからな。
 さあ、どんな話が飛び出てくるのか覚悟しておかないとな。

「ごめんねアリシア。今日は僕から先に話して良いかな?」

「もちろん。今回は私よりお兄ちゃんの方が怒ってるもんね」

「ありがとう。さて、何処から話そうか」

 そう言って話し始めた王子の表情は、終始穏やかな笑顔だった。
 これからは気をつけよう。穏やかな顔してる人ほど怖いんだな。冒険者って所詮は荒くれ集団だから、本心を隠すって概念が割と欠如してたから知らなかった。
 ああ、そういう意味じゃアリシアは顔に出るから分かりやすくて良いな。

「えっと、つまりアリシアに対する態度と副団長って立場に甘えてるのが気に食わない?」

「まあ、端的に言ってしまえばそうだね。付け加えるなら、やたらとユーゼンに難癖付けたがるのも腹が立つ」

「いや俺のことは良いですよ。別に気にしてないので。それにあの人、怖くもなければ無視しても問題ないですし」

「ムカつくものはムカつくの!」

「そうだよ。アリシアはどうか分からないけど、僕はユーゼンを庇う気もないしユーゼンの為に怒ってる訳じゃないからね」

「上に立つ人間としてどうなんだって事ですか?」

「そう!そんな感じだ!うーん、スッキリした!すまなかったね。僕の愚痴に付き合わせて」

「いえ、聞いたのは俺なんで」

「そうか、ありがとう。さあ、次はアリシアの番だ」

 おっとそうだった。アリシアの愚痴がまだだった。

「うーんそう言われても、ほとんどお兄ちゃんが言っちゃったんだよね」

 あれ、じゃあもしかしてこれで終わり?

「だからお兄ちゃんが言わなかった事と知らなかった事だけ話すね!」

「あるのかよ」

「ないと思ったの?」

「ちょっと期待した」

「残念ながらあるの。お兄ちゃんが言わなかったのは具体的な私に対する態度だよね」

「ああ。口にすると気分が悪くなりそうだったからね」

 副団長、あんた普段どんな接し方してんですか。
 顔が引きつりそうになるのを抑えながら話の続きを促した。
 こんな答えが返って来ました。

「えっとね、事あるごとに私に触ろうとして来たり、まるで私を自分のものの様な発言をしたり、稀に馴れ馴れしい話し方になったりだね」

 今、自分の顔が引きつってるのがよく分かる。そして王子が気分が悪くなると言った気持ちもよく分かる。
 ・・・気持ち悪いんですけど。ただただ気持ち悪いんですけど?

「なんか、背筋がゾクゾクした。気持ち悪い」

「だろう!そうだろう!?」

「ちょ、王子。国王に相談しません?団長にも報告しません?」

「ダメだ。証拠が無いと動けない」

「いやいや、アリシアに甘々のあの2人ですよ?」

「・・・行けるな」

 顔を見合わせて「この後行くぞ」という意味を込めて頷き合った。

「待って待って!ダメだよ!?」

「「なんで?」」

「私のわがままでお父様とグレンさんに迷惑掛けられないよ!」

「心配するな。父上もグレンも、迷惑なんて思わないさ」

「そういう問題じゃなくて!2人の立場が悪くなるでしょ!?」

「「・・・ちっ!」」

「まあそれは後で良い。王子の知らない事って?」

 すぐに報告に行けないのは相当残念だが、今は我慢する他ない。
 それに、大事なのは次だ。

「ああうん。何か、最近私の知らないところで勝手な指示が出されてる事があって、指示を出されたメイドや使用人に話を聞いたら口を揃えて"王宮騎士団副団長殿に王女の指示だと言われました"って」

「勝手な指示ってのは、例えばどんなの?」

「髪型とか、服装とか、とにかく身の回りの生活に関わる事だよ」

「・・・通りで今日はらしくない格好だと思ったら、そういう事か」

 これはもうアウトだ。疑いようもない。おまけに証人が複数いると来た。
 いつになるか分からないが、今日中に国王か団長に報告することを決意した。
 ついでにアリシアのメイドに声をかけ、せめてもと思い髪型を直すようにお願いする。
 ちなみにこれは余談だが、メイドの思う最高に似合う髪型に直してくれと頼んだ。
 俺も俺で勝手な指示だが、メイド自身も不審に思っていたのか、好きにして良いと言われて誘惑に負けたのか、すぐに動いてくれた。

「悪い、アリシア。勝手に指示した」

「ううん。どうせ後で直してもらうつもりだったから大丈夫。ありがとう」

 そのあとメイドにも「わがまま言ってごめんね。ありがとう」と一言言っていた。俺もそれに便乗して勝手な指示を出した事を詫びておいた。
 俺たち2人の言葉でいよいよ火がついたらしく、優しく微笑みながら気合を入れ直していた。
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