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湿ったダンジョンの中を、アッシュは急ぎ足で進む。途中、現れたウサミミコウモリを一閃し、地面をのたうち回るそれを一瞥もせず先を急ぐ。
(なんでもないとは思うけど)
過去に、二度。ローゼが定刻までに戻らないことがあった。一度はダンジョンの中で昼寝していて、もう一度は出口付近でミツメネズミと遊んでいた。
だから、今回も杞憂だと思ってはいるが、いつものように足はダンジョンに向かってしまう。
ローゼがソロダイブをするようになったのは、ここ二年ほどだった。いくら近場の初級ダンジョンとはいえ、女性のソロダイブなんて聞いたこともない。しかも泊まりで。
最初聞いたとき、アッシュは耳を疑った。
それ以来、アッシュは冒険者ギルドの受付嬢と懇意にするように務めた。もちろんローゼの情報を得るために。
彼女が定刻までに戻ってこなければ、こっそりと様子を見に行った。彼女がダンジョンで一夜を明かす時は、なんだかんだと理由をつけて自分も潜り、無事に帰ってこれるまで影から見守った。
ただし今回に限っては、首都で緊急の呼びだしがあったため、見守ること叶わなかったが。
ランタンの灯りに照らされて、行く手に蔓延る洞窟内の苔を見ながら小さくため息をつく。
あれはもう十年も前になる。
完全に一目惚れだったと思う。綺麗な赤毛に、隙の無い立ち居振る舞い。冒険者らしいやや粗野な所作なのに、ふと微笑むと大輪の花が咲いたような華やかさを垣間見せる。そんなローゼに、アッシュは完膚なきまでに恋に落ちたのだった。
”結婚してください”
一世一代の大告白だった。
きょとんとしたローゼは少し微笑んで、「君がもっと良い男になったね」と頭を撫でてくれた。「じゃあ、良い男になったら声をかけてください」そうお願いしたら、笑顔で頷いてくれた。それだけだった。
今思えば、あれは盛大な玉砕だった。しかし、当時の自分はポジティブにも思ったのだ。
良い男になればいいんだ、と。
良い男とはなにか。それをひたすら考え、書物を漁り、良い男と思われる人に話を聞きにいった。
身だしなみを整え、食べる物に気を使い、身体つきにも気を配った。背を伸ばすために、ひたすらジャノメウシの乳を飲みまくっていたときもあった。
当然のように、ローゼのあとを追い冒険者になった。
いくつも難しいクエストをこなし、経験値も財力もあげた。
しかし、いつまでたってもローゼから声がかかることはなかった。
そのたびにアッシュは思った。
まだ自分の良い男っぷりが足りない。
もっともっと、良い男にならなければいけない、と。
その結果、若くして冒険者ランクは最高に達し、冒険者ギルドの幹部にまで登りつめた。
首都内の一等地に邸宅も構えた。
女性からはひっきりなしに誘いを受けるようにもなった。
そして、足繁くカノープスに戻ってきては、ローゼの目につきやすいところをうろついた。
しかし、いつまでたっても、ローゼがアッシュに声をかけることはなかった。
アッシュから声を掛ければ良かったのかもしれない。
でも、どうしても勇気がでなかった。
もし、あの時のように玉砕したら、今度は立ち直れる気がしない。
まだ、良い男っぷりが足りないから。そう言い聞かせて自分を納得させていた。
思い続けて十年。募るばかりの想いは一周まわって、視界の端に彼女がいれば、アッシュはとりあえず満足だった。
(早く、無事な姿を確認したい)
暗いダンジョンの中を、十三層目指してひたすらに駆け抜ける。
目的の階層で、アッシュは岩壁に残された採掘跡を見つけた。ランタンで照らしてじっくりと見る。見間違えようがない、この掘り方はローゼだ。
この先の、いつものお気にいりの場所を拠点としているのだろう。
ランタンの灯りを頼りに気配を消して向かうアッシュの耳に、ぐちゃぐちゃと粘つく音が確かに聞こえた。
(なんでもないとは思うけど)
過去に、二度。ローゼが定刻までに戻らないことがあった。一度はダンジョンの中で昼寝していて、もう一度は出口付近でミツメネズミと遊んでいた。
だから、今回も杞憂だと思ってはいるが、いつものように足はダンジョンに向かってしまう。
ローゼがソロダイブをするようになったのは、ここ二年ほどだった。いくら近場の初級ダンジョンとはいえ、女性のソロダイブなんて聞いたこともない。しかも泊まりで。
最初聞いたとき、アッシュは耳を疑った。
それ以来、アッシュは冒険者ギルドの受付嬢と懇意にするように務めた。もちろんローゼの情報を得るために。
彼女が定刻までに戻ってこなければ、こっそりと様子を見に行った。彼女がダンジョンで一夜を明かす時は、なんだかんだと理由をつけて自分も潜り、無事に帰ってこれるまで影から見守った。
ただし今回に限っては、首都で緊急の呼びだしがあったため、見守ること叶わなかったが。
ランタンの灯りに照らされて、行く手に蔓延る洞窟内の苔を見ながら小さくため息をつく。
あれはもう十年も前になる。
完全に一目惚れだったと思う。綺麗な赤毛に、隙の無い立ち居振る舞い。冒険者らしいやや粗野な所作なのに、ふと微笑むと大輪の花が咲いたような華やかさを垣間見せる。そんなローゼに、アッシュは完膚なきまでに恋に落ちたのだった。
”結婚してください”
一世一代の大告白だった。
きょとんとしたローゼは少し微笑んで、「君がもっと良い男になったね」と頭を撫でてくれた。「じゃあ、良い男になったら声をかけてください」そうお願いしたら、笑顔で頷いてくれた。それだけだった。
今思えば、あれは盛大な玉砕だった。しかし、当時の自分はポジティブにも思ったのだ。
良い男になればいいんだ、と。
良い男とはなにか。それをひたすら考え、書物を漁り、良い男と思われる人に話を聞きにいった。
身だしなみを整え、食べる物に気を使い、身体つきにも気を配った。背を伸ばすために、ひたすらジャノメウシの乳を飲みまくっていたときもあった。
当然のように、ローゼのあとを追い冒険者になった。
いくつも難しいクエストをこなし、経験値も財力もあげた。
しかし、いつまでたってもローゼから声がかかることはなかった。
そのたびにアッシュは思った。
まだ自分の良い男っぷりが足りない。
もっともっと、良い男にならなければいけない、と。
その結果、若くして冒険者ランクは最高に達し、冒険者ギルドの幹部にまで登りつめた。
首都内の一等地に邸宅も構えた。
女性からはひっきりなしに誘いを受けるようにもなった。
そして、足繁くカノープスに戻ってきては、ローゼの目につきやすいところをうろついた。
しかし、いつまでたっても、ローゼがアッシュに声をかけることはなかった。
アッシュから声を掛ければ良かったのかもしれない。
でも、どうしても勇気がでなかった。
もし、あの時のように玉砕したら、今度は立ち直れる気がしない。
まだ、良い男っぷりが足りないから。そう言い聞かせて自分を納得させていた。
思い続けて十年。募るばかりの想いは一周まわって、視界の端に彼女がいれば、アッシュはとりあえず満足だった。
(早く、無事な姿を確認したい)
暗いダンジョンの中を、十三層目指してひたすらに駆け抜ける。
目的の階層で、アッシュは岩壁に残された採掘跡を見つけた。ランタンで照らしてじっくりと見る。見間違えようがない、この掘り方はローゼだ。
この先の、いつものお気にいりの場所を拠点としているのだろう。
ランタンの灯りを頼りに気配を消して向かうアッシュの耳に、ぐちゃぐちゃと粘つく音が確かに聞こえた。
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