【R18】ダンジョンでスライムに襲われていた私を助けてくれたのは十年前にプロポーズしてくれた(元)ちびっこでした

てへぺろ

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 湿ったダンジョンの中を、アッシュは急ぎ足で進む。途中、現れたウサミミコウモリを一閃し、地面をのたうち回るそれを一瞥もせず先を急ぐ。

(なんでもないとは思うけど)

 過去に、二度。ローゼが定刻までに戻らないことがあった。一度はダンジョンの中で昼寝していて、もう一度は出口付近でミツメネズミと遊んでいた。
 だから、今回も杞憂だと思ってはいるが、足はダンジョンに向かってしまう。

 ローゼがソロダイブをするようになったのは、ここ二年ほどだった。いくら近場の初級ダンジョンとはいえ、女性のソロダイブなんて聞いたこともない。しかも泊まりで。
 最初聞いたとき、アッシュは耳を疑った。

 それ以来、アッシュは冒険者ギルドの受付嬢と懇意にするように務めた。もちろんローゼの情報を得るために。
 彼女が定刻までに戻ってこなければ、こっそりと様子を見に行った。彼女がダンジョンで一夜を明かす時は、なんだかんだと理由をつけて自分も潜り、無事に帰ってこれるまで影から見守った。
 ただし今回に限っては、首都で緊急の呼びだしがあったため、見守ること叶わなかったが。

 ランタンの灯りに照らされて、行く手に蔓延はびこる洞窟内の苔を見ながら小さくため息をつく。

 あれはもう十年も前になる。
 完全に一目惚れだったと思う。綺麗な赤毛に、隙の無い立ち居振る舞い。冒険者らしいやや粗野な所作なのに、ふと微笑むと大輪の花が咲いたような華やかさを垣間見せる。そんなローゼに、アッシュは完膚なきまでに恋に落ちたのだった。

”結婚してください”

 一世一代の大告白だった。
 
 きょとんとしたローゼは少し微笑んで、「君がもっと良い男になったね」と頭を撫でてくれた。「じゃあ、良い男になったら声をかけてください」そうお願いしたら、笑顔で頷いてくれた。それだけだった。

 今思えば、あれは盛大な玉砕だった。しかし、当時の自分はポジティブにも思ったのだ。

 良い男になればいいんだ、と。

 良い男とはなにか。それをひたすら考え、書物を漁り、良い男と思われる人に話を聞きにいった。
 身だしなみを整え、食べる物に気を使い、身体つきにも気を配った。背を伸ばすために、ひたすらジャノメウシの乳を飲みまくっていたときもあった。
 
 当然のように、ローゼのあとを追い冒険者になった。
 いくつも難しいクエストをこなし、経験値も財力もあげた。
 しかし、いつまでたってもローゼから声がかかることはなかった。

 そのたびにアッシュは思った。
 まだ自分の良い男っぷりが足りない。
 もっともっと、良い男にならなければいけない、と。
 
 その結果、若くして冒険者ランクは最高に達し、冒険者ギルドの幹部にまで登りつめた。
 首都内の一等地に邸宅も構えた。
 女性からはひっきりなしに誘いを受けるようにもなった。
 そして、足繁くカノープスに戻ってきては、ローゼの目につきやすいところをうろついた。
 しかし、いつまでたっても、ローゼがアッシュに声をかけることはなかった。

 アッシュから声を掛ければ良かったのかもしれない。
 でも、どうしても勇気がでなかった。
 もし、あの時のように玉砕したら、今度は立ち直れる気がしない。
 まだ、良い男っぷりが足りないから。そう言い聞かせて自分を納得させていた。

 思い続けて十年。募るばかりの想いは一周まわって、視界の端に彼女がいれば、アッシュはとりあえず満足だった。

(早く、無事な姿を確認したい)

 暗いダンジョンの中を、十三層目指してひたすらに駆け抜ける。

 目的の階層で、アッシュは岩壁に残された採掘跡を見つけた。ランタンで照らしてじっくりと見る。見間違えようがない、この掘り方はローゼだ。

 この先の、いつものお気にいりの場所を拠点としているのだろう。

 ランタンの灯りを頼りに気配を消して向かうアッシュの耳に、ぐちゃぐちゃと粘つく音が確かに聞こえた。
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