【R18】恋を知らない令嬢と死を望む化物のはなし

てへぺろ

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4. 恋を知らなかった令嬢のはなし

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 シルクスタ共和国の首都ドーマ。その中央に位置するコロッセオ闘技場からほど近い、大通りの一階。そこに、高級菓子店”アステリズム”をシウが開店したのが、およそ一年ほど前のこと。
 

 シウ⸺シウリール・ズコットは、シルクスタの貿易商であるズコット家の長女である。ズコット家は国内屈指の資産を持つ、いわゆる豪商だった。
 
 代々、商売を営んできたズコット家には、いくつか家訓がある。そのうちのひとつが、産まれた子供は十五の歳までに、何か一つ商売を始めるというものだった。
 シウが十四歳になったころ、シウの父であるカイラス・ズコットがアクムリア連邦王国との交易をはじめた。極寒の季節を持つアクムリアでは、甘いお菓子がよく好まれる。交易により、珍しいフルーツとともに、蜜葵ミツリーフや天花蜜といった甘味料をアクムリアから輸入できるようになった。

 そこで、シルクスタの伝統的な惣菜であるミグノンを、アクムリアの食材を使って甘いスイーツ仕立てにすることを、シウは思いついた。ミグノンは、手のひらほどのタルト生地の上に様々なひき肉やチーズといった様々な具材を乗せた惣菜だ。
 このミグノンに、卵色の舌触りの良いクリームをのせ、色とりどりのフルーツをあしらったスイーツを、シウは売り出した。

 基本的に甘味類が少ないシルクスタで、シウのミグノン屋アステリズムが大人気となるのにそう時間はかからなかった。
 経営者としての仕事をこなしながら、シウは頻繁に店舗にも立った。
 
 アステリズムに怪しい男があらわれるという報告を受けたのは、開店から三ヶ月経ったころだった。
 シウが様子を見に行きがてら店を手伝っていると、開店前の店頭で、確かに怪しげな男性がミグノンのサンプルが並ぶショーケースを眺めていた。
 埃まみれの黒い服に、泥のついた厚底のブーツは、いかにも小汚い。目深にフードを被っており、はみ出たぼさぼさの黒髪で目元まで隠している。
 ずいぶんと大柄な男で、どこにいても頭ひとつぶん飛びでそうだ。ひょろりと高いのではなく、肩幅はがっしりとしており、背が高いというよりは、全体的にでかいというのがふさわしい。
 つまり、女性をターゲットにきらきらと可愛くおしゃれに飾りつけられたアステリズムの店頭には、場違いすぎる男だった。
 
 シウは店内を掃除するふりをしてそっと、ショーケースの反対側、店の中から男の様子をうかがった。目深にフードをかぶるだけでなく、黒い布で鼻から下を覆っており、顔を隠している。どう贔屓目に見ても、怪しい男だ。ボサボサの前髪もあいまって、どんな表情をしているのかまったくわからない。ただ、ポケットに手を突っ込み、微動だにせずショーケースを眺めている。ショーケースの反対側にシウがいることなど、気づきもしない。
 
 ショーケースに並ぶミグノンは、どれもシウが考案した自慢の品だ。不審な男とはいえ、興味を持たれるのは、シウとしては嬉しいものだった。

 シウは勇気をだして、男に話しかけてみることにした。
 
「あの、それ、とっても甘くて美味しいんですよ」

 振り向いた男は、何も言わなかった。ただ、シウに無言で相対する。前髪やマスクのせいで、表情がまったくわからない。

 小柄なシウにとって、見上げるほどの大男は、威圧感がすごくて、正直ひるみかけた。それでも、ここは自分の店で、このミグノンは絶対に美味しいという自信が、シウに勇気をあたえた。

「よければ、買ってみますか。花の香りのする蜜を使っていて、食べると幸せでいっぱいな気分になるんです」

 無言で男はうなずいた。
 
 シウは、この場でオーダーをとって彼に売ることに決めた。一人でも多くの客をファンとして虜にしたい。彼女の商魂がそうささやいた。
 
「どの味にしますか? 全部おいしいんですけど」

 男は首をかしげるばかりで答えない。
 とにかく、静かな男だった。

「全部、いっちゃいます?」

 冗談まじりのシウの提案に、確かに男はうなずいた。

 男が懐から出した一ルクス金貨を見て、シウは目を疑った。一ルクス金貨はかなりの大金だ。それだけあれば、一家族が一ヶ月、余裕で暮らせる。それをこの男は無造作に、ポケットからとりだしたのだ。
 シウは驚きながらも金貨を受けとり、全種類のミグノンを箱につめた。一抱えもある箱を、かわいい花柄の袋にいれる。アステリズムのロゴ入りの袋だ。

「お気に入りの味があったら、ぜひまた買いに来てくださいね。埃や泥がついていなければ、入り口の警備員には止められませんから」

 袋と釣り銭を渡したときに、初めて前髪のすきまから、男の瞳が見えた。天花蜜みたいな、金色の瞳。その色の美しさもさることながら、そこに宿る光の強さにシウは釘づけになった。まるで子供みたいに無垢なのに、肉食獣のように触れたら切れそうな鋭さをはらむ。
 どこかで見たことがある気がしたが、それがどこだったかシウは思い出せなかった。

 男が、何かつぶやいた気がしてシウは耳を澄ませる。口を覆っているせいか、背が高くて距離があるせいか、はたまたその両方か。男の声がうまく聞こえない。

「なんですか? もう一度聞かせてください」

 なぜか、一瞬男がひるむ。少し遠くを見るような目つきをした後、男は爪先立ちになるシウに、少しかがんで顔を近づけた。
 
「ありがとう」

 初めて聞いた男の声は低く張りがあり、それでいて柔らかな響きだった。袋を大事そうに両手で抱えて、石畳を足早に去る男の背中を、シウはしばらく眺めていた。

 三日後、また同じ店で品出しをしていたシウは、入り口に同じ男がいることに気づいた。警備員に止められている。男は変わらずフードを被り、顔を覆っているが、服やブーツに汚れは無い。

「オットーさん、彼はお客さんなのでいれてあげてください」
「いいんですかい? シウさん。見るからに怪しげですが」

 怪しげでも、汚くなければ問題ない。警備員を説得して、男を店に招きいれた。初めての店内が珍しいのか、男はキョロキョロしている。

「また来てくれてありがとうございます。嬉しいです。お気に入りの味はありましたか?」

 営業スマイルとともに接客する。
 男は相変わらず、静かにうなずくだけだった。
 シウが挿絵つきのメニュー表を見せると、男はいくつか指さした。全てベリー系のミグノンだ。ちょうど日替わりのミグノンもベリー系だったので、そちらも薦めてみた。男はシウが薦めたものも全て購入してくれた。よっぽど気に入ったらしい。

「せっかくきてくれたのに、入り口で揉めちゃったので、お詫びに新作をひとつ入れておきますね」

 ファン獲得のためには、こういうのも大事。そう思いつつ、やや過剰にサービスしておく。
 また来てくださいね、と営業スマイルを見せると、偶然男の髪が揺れて金の瞳が見えた。
 
「ありがとう、シウ」

 静かにそれだけ言って、男は店を後にした。

 それからシウは、暇があればその店に顔をだすようになった。経営の仕事が多忙な時でも、男が来そうなタイミングには時間を作って店を手伝いにいった。そして、彼が店に来ると、入り口まで出迎えるのだった。

 せっかくファンになってくれそうなのに、不審者扱いされて、また警備員に止められるわけにはいかない。
 だからこれは、店のために必要なこと。

 そう、シウは自分に言い聞かせた。

 ある日のこと、シウは店に出す新商品の採用に悩んでいた。シウの前には二つのミグノンがある。どちらも色鮮やかで美味しいのだが、採用できるのはひとつだけ。
 悩んだシウは、ふと思いついて、試作品をあの男が来る店に持っていくことにした。いつものように店に来た男を営業スマイルで迎えて、店の隅っこに手招きする。懐いた熊のように大人しくやってきた男を、奥の部屋のテーブルに連れて行く。どっかり座ったはずみで椅子が苦しそうに音を立てて軋み、男は慌てて座り直した。

「ちょっと試食してほしいものがあって」

 二つのミグノンを乗せた皿を、テーブルの上に乗せる。

「どちらが好きか、教えてもらってもいいですか?」

 男は机の上の皿を眺めながら、顎に手をやりしばらく黙っていたが、構わないと言うように小さくうなずいた。フードを外し、顔を覆った布を取りさる。

 初めて男の顔を見て、シウは声をあげそうになるのを必死でこらえた。今までまったく気づかなかったが、男の顔は傷跡だらけだった。癒えているものの、大きな傷がざっくりと、顔の真ん中に斜めに走っており、頬や顎にも斬傷らしきものがたくさんついていた。傷がついていない部分の方が少ないほどだった。傷さえなければそれなりに端正な顔立ちかもしれない。いかんせん、傷のインパクトが大きかった。

 ちらっとシウに目線を寄越す男に、シウはいつもの営業スマイルを返しておいた。

 男が皿の上のミグノンをつまむ。その手も傷跡だらけだった。見た目の凄惨さとは裏腹に、男は品すら感じる仕草でミグノンをひとつつまんで口に運ぶ。丁寧に口に含みゆっくりと味わう。こんなに大切に、宝物みたいにミグノンを食べる人を、シウは初めて見た。思わず胸の前で手を握りしめた。

 二つともゆっくりと味わい、少し考えて、男は片方の皿を指さした。
 彼が選んだミグノンを新商品として出したところ、根強い人気が出てレギュラーメニューとなった。毎日、買いにくる人が何人もいるほどだった。

 それからというもの、時々シウは男に試作品の味見を持ちかけるようになった。そのうちシウは、無口な男の表情が少しずつわかるようになってきた。
 
 ”まあまあ”
 ”いける”
 ”おいしい!”
 
 だいたい、この三パターンに彼の反応は分かれた。

 ”おいしい!”の時は、金色の目をキラキラさせて、口元がゆるむ。いつもは品良く食べるのに、本当においしい時は名残惜しそうに指をなめたり、空の皿をなでたりする。

 この”おいしい!”が出た商品は、かなりの確率でロングセラーとなるのだった。シウは彼の”美味しい!”が見たくて、新商品開発に精を出すようになった。

「今日も来てくれてありがとうございます。待ってましたよ。実はまた新商品の試食をお願いしたくて」

 いそいそと店頭まで出迎えて、シウは男に微笑みかける。シウは気づいていなかったが、それはもう営業スマイルではなかった。

 そんなころ、シウは十六歳の誕生日を迎えた。その日の夜に、シウは父の書斎に呼ばれた。本がびっしり詰まった本棚に、壁一面に張られた世界地図。天井から、飛竜のモビールが吊り下げられている。

 祝いの言葉の後に、父はとんでもない誕生日プレゼントをくれた。
 重厚な執務机の上に、書類が三枚。三人の男性の名前や経歴、趣味、スキル、などなど記載されていた。
 柔和な笑みを浮かべながら、いつもの有無を言わせぬ声音で、父はシウに告げた。
 
「そろそろ、結婚相手を決める時期だよ。候補はあげておいたから、好きな男を選ぶといい」

 三択の結婚相手。
 無言で書類を受けとり、シウはその場をあとにした。相手が決まり次第、婚約披露パーティをするとのことだった。

 三択の彼らは、結婚相手としてはどれも申し分なかった。どの男も見た目もよく性格も温厚そうだ。シウが商売を続けることにも好意的。しかもどこに嫁いでも、ズコット家の地盤固めにつながる。一応、父親なりの愛情を感じる三択であった。

 シウは一通り全員と会って、会話して、少し悩んで、一人の男性を選んだ。どの男性も素敵だったが、彼は唯一、瞳の色が金に近かった。

 そのころから、シウの教育係が一人増えた。いわゆる、花嫁修業の担当だ。嫁いだ先の文化や、妻としてどう振る舞えばよいかなど、あれこれ教えてくれるのだった。

 その中には、夜の営みについての教育も含まれた。妊娠しやすいタイミングや生活スタイルからはじまり、男をどのように満足させるかまで、事細かに講義を受けた。様々な教育を受け、多くの本を読んできたシウだったが、さすがにその手の話は初めてだった。

 教育係からもらった資料の束を、顔を熱くしながら部屋で見返した。恐ろしいことに、婚約相手の性癖に関する資料もあった。巨乳好き、ややマゾ気質あり、好きそうなプレイなどなど。そんなことが記してあるのだった。

「お嬢様は、お胸が大きいですからきっと気に入られますよ」

 教育係はにこにこしながら、どんな風に男相手に身体を使うか教えてくれるのだった。
 
 困ったことにそういう知識を得てしまうと、たまにふと思い出してしまう。たとえば、あの大柄な男が試作品を丁寧に食べているのを見ているときに。

 この人は女性を味わう時もこんな感じなのだろうか、とか。
 どんな性癖があるんだろうか、とか。
 もし、彼がシウを抱いたら、三段階評価のどこになるんだろうか、とか。

 そんな妄想をしていることに気づくたびに、慌ててパタパタと手で顔をあおいで、無意味な妄想を追い散らすのだった。
 
 決められた婚約者と結婚し、商売に邁進する。
 家業は弟が継げばいい。
 それが、シウに定められた幸せな生き方なのだと思っていた。
 
 数週間前までは。
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