26 / 50
26. 六日目夜③
しおりを挟む
魔獣の森の手前に、肉色の巨大な物体がいた。周りにはいくつも篝火が焚かれ、松明を持った人がその物体の周りをうろちょろしている。近づくほどに、怒号や叫び声、鈍く重い音が鮮明になる。
「隊長っ! もうはじまってます! |伏獣型!」
シウが飛竜の上から覗き込むと、肉色の生き物が人間と思しき足を捕食し引き千切っているところだった。肉色の生き物にはところどころ、黒色の毛が生えている。四つ足のように見えるが、足と身体の境目がぐねぐねと変わるので明確にどこが足かはわからない。身体の真ん中に、丸い口のようなものがあり、そこで人間を捕食している。妙につぶらな金の瞳が顔の横に一列に複数並び、それぞれ違う方向へぎょろりと動く。
意外と動きは俊敏で、足らしきものを伸ばしては、近くの人間を捕まえて押しつぶす。
「あれが、魔獣……?」
「そうっすよ。魔族のなりそこないとか言われてますが、本当のところはよくわからないっすね」
ヒバが飛竜の高度をぐっと落とす。膝立ちになったゼンが、刀を一本引き抜き、柄の端に懐から出した赤色の石をはめこむ。刃の下から上に向かって、複雑な赤い紋様が浮かび上がった。刃先まで染まると同時に、ゼンがシウの頭をぽんぽんと撫で、ちらりとヒバを見る。
ヒバが頷くのを確認し、ひらりとゼンは飛竜から飛び降りた。真下にいた魔獣を重力に任せて一刀両断に切り裂き、返す刀でさらに細かく魔獣を刻んでいく。
「二刀流じゃないんだ?」
「もう一本は予備っすね。刃がだめになった時用と、魔力属性変えたい時用です」
高度をあげた飛竜に腹ばいになり、シウはゼンの戦いぶりを眺める。人間相手のときとはまた違う迫力だった。唸りをあげる巨大な魔獣相手に、ひるみもせず無言で刃を振るう。ゼンが細かくした肉片に、他の人間が群がり、さらに刻んでいく。
「ああやって細かくした肉片は、薬や武具加工に使えるんすよ。うちの収入源のひとつっすね」
魔獣が半分ほどミンチになった頃、新たな魔獣が現れた。さきほどとは形が違うものの、肉色で黒い毛がところどころ生えているのは変わらない。楕円の胴体から首のようなものが伸びており、その付け根に三つ目がついている。どれも金の瞳だ。ひょろりと伸びた首の先ががぱりと割れ、花のような口と化す。
ゼンはどこからともなく、長い針を取り出すと、それを魔獣向けて打ち込んだ。三つ目の一つを穿つと、魔獣は苦悶の叫びをあげて首を上に伸ばしてブルブル震えながら固まる。それを、先程の魔獣と同じようにゼンが解体し、他のメンバーがミンチにするのだった。
「しっかし、隊長、今日はいつもと戦い方が違いますね。ちょっと派手でカッコイイ倒し方意識してますよ、あれ」
シウにはよくわからなかった。淡々と作業をこなしているだけにみえる。なんの興奮も感慨もなくひたすら殺し続けている。
「隊長は、いろんな殺し方ができるんすよ。思わず拍手したくなる鮮やかなやつから、目を背けたくなるエグいやつまで。今日は、見応えがありつつ気持ち悪く見えないやり方っすね」
シウにとっては、だいぶどうでもいい配慮だが、ヒバにとっては、違いがわかるだけに面白いのだろう。楽しそうに魔獣狩りを観戦している。
次々と現れる魔獣を、ゼンは、ほぼ一人で倒している。他の人々は、魔獣の誘導とミンチ係だ。
「もしかして、ゼンさんがいないと、シルクスタって魔獣にやられちゃう?」
「んー、隊長が魔獣狩り始める前は、貴族たちの私有軍でなんとかなってましたからね。国的にはなんとかなるんじゃないすか」
なるほど、とつぶやきながら、シウは目を細めてゼンの戦いぶりを眺める。眺めながら、飛竜の肌をそっと撫でた。
「ところでヒバさん。私とひとつ、取引しませんか?」
◇
少し遠く、魔獣の森近くで、松明を回している人がいる。飛竜を呼んでいるようだ。怪我人を街まで搬送したいらしい。
「シウさん、ほんっと、おとなしくしててくださいよ」
ヒバに念をおされて、シウは微笑みを返した。
飛竜を地上に降ろし、ヒバは怪我人の処置にあたっている。彼に気づかれないよう、シウはそっと飛竜の背から降りた。
あたりには怪我をしてうめいている人、布をかけられてぴくりとも動かない人、木によっかかり、食い破られた腹を抱えながら千切れた足をぼんやり眺めている人。多くの怪我人や死人がいた。
ゼンが来るのがもっと早ければ、彼らは怪我することも死ぬこともなかったのかもしれない。
シウが着いてきたいとゴネなければ、彼らは今日も無傷で仕事を終えて家族の元に帰れただろう。
中央医療研究所でゼンが、シウ狙いの男たちをあっさりと殺したことを思い出した。
街でゼンが、シウのために大量に人を殺したことを思い出した。
ゼンは、シウのために人を殺すことも見殺しにすることも厭わない。おそらく、これからもそうだろう。シウが目的を達成するまで。
そしてシウは、シウの意思で、それを利用するのだ。
シウはきゅっと唇を噛んだ。目的のためなら、何でもやると心に決めた。こういうのも、シウは呑みこまなければならない。
さらに今からもうひとつ、やらねばならないことがある。手持ちのリュックを担ぎ、シウはそっとその場を離れた。みんな怪我人の治療や、魔獣の始末で、シウに気づく者はいない。向かうはシルクスタの国境のそと。魔獣の森である。
「隊長っ! もうはじまってます! |伏獣型!」
シウが飛竜の上から覗き込むと、肉色の生き物が人間と思しき足を捕食し引き千切っているところだった。肉色の生き物にはところどころ、黒色の毛が生えている。四つ足のように見えるが、足と身体の境目がぐねぐねと変わるので明確にどこが足かはわからない。身体の真ん中に、丸い口のようなものがあり、そこで人間を捕食している。妙につぶらな金の瞳が顔の横に一列に複数並び、それぞれ違う方向へぎょろりと動く。
意外と動きは俊敏で、足らしきものを伸ばしては、近くの人間を捕まえて押しつぶす。
「あれが、魔獣……?」
「そうっすよ。魔族のなりそこないとか言われてますが、本当のところはよくわからないっすね」
ヒバが飛竜の高度をぐっと落とす。膝立ちになったゼンが、刀を一本引き抜き、柄の端に懐から出した赤色の石をはめこむ。刃の下から上に向かって、複雑な赤い紋様が浮かび上がった。刃先まで染まると同時に、ゼンがシウの頭をぽんぽんと撫で、ちらりとヒバを見る。
ヒバが頷くのを確認し、ひらりとゼンは飛竜から飛び降りた。真下にいた魔獣を重力に任せて一刀両断に切り裂き、返す刀でさらに細かく魔獣を刻んでいく。
「二刀流じゃないんだ?」
「もう一本は予備っすね。刃がだめになった時用と、魔力属性変えたい時用です」
高度をあげた飛竜に腹ばいになり、シウはゼンの戦いぶりを眺める。人間相手のときとはまた違う迫力だった。唸りをあげる巨大な魔獣相手に、ひるみもせず無言で刃を振るう。ゼンが細かくした肉片に、他の人間が群がり、さらに刻んでいく。
「ああやって細かくした肉片は、薬や武具加工に使えるんすよ。うちの収入源のひとつっすね」
魔獣が半分ほどミンチになった頃、新たな魔獣が現れた。さきほどとは形が違うものの、肉色で黒い毛がところどころ生えているのは変わらない。楕円の胴体から首のようなものが伸びており、その付け根に三つ目がついている。どれも金の瞳だ。ひょろりと伸びた首の先ががぱりと割れ、花のような口と化す。
ゼンはどこからともなく、長い針を取り出すと、それを魔獣向けて打ち込んだ。三つ目の一つを穿つと、魔獣は苦悶の叫びをあげて首を上に伸ばしてブルブル震えながら固まる。それを、先程の魔獣と同じようにゼンが解体し、他のメンバーがミンチにするのだった。
「しっかし、隊長、今日はいつもと戦い方が違いますね。ちょっと派手でカッコイイ倒し方意識してますよ、あれ」
シウにはよくわからなかった。淡々と作業をこなしているだけにみえる。なんの興奮も感慨もなくひたすら殺し続けている。
「隊長は、いろんな殺し方ができるんすよ。思わず拍手したくなる鮮やかなやつから、目を背けたくなるエグいやつまで。今日は、見応えがありつつ気持ち悪く見えないやり方っすね」
シウにとっては、だいぶどうでもいい配慮だが、ヒバにとっては、違いがわかるだけに面白いのだろう。楽しそうに魔獣狩りを観戦している。
次々と現れる魔獣を、ゼンは、ほぼ一人で倒している。他の人々は、魔獣の誘導とミンチ係だ。
「もしかして、ゼンさんがいないと、シルクスタって魔獣にやられちゃう?」
「んー、隊長が魔獣狩り始める前は、貴族たちの私有軍でなんとかなってましたからね。国的にはなんとかなるんじゃないすか」
なるほど、とつぶやきながら、シウは目を細めてゼンの戦いぶりを眺める。眺めながら、飛竜の肌をそっと撫でた。
「ところでヒバさん。私とひとつ、取引しませんか?」
◇
少し遠く、魔獣の森近くで、松明を回している人がいる。飛竜を呼んでいるようだ。怪我人を街まで搬送したいらしい。
「シウさん、ほんっと、おとなしくしててくださいよ」
ヒバに念をおされて、シウは微笑みを返した。
飛竜を地上に降ろし、ヒバは怪我人の処置にあたっている。彼に気づかれないよう、シウはそっと飛竜の背から降りた。
あたりには怪我をしてうめいている人、布をかけられてぴくりとも動かない人、木によっかかり、食い破られた腹を抱えながら千切れた足をぼんやり眺めている人。多くの怪我人や死人がいた。
ゼンが来るのがもっと早ければ、彼らは怪我することも死ぬこともなかったのかもしれない。
シウが着いてきたいとゴネなければ、彼らは今日も無傷で仕事を終えて家族の元に帰れただろう。
中央医療研究所でゼンが、シウ狙いの男たちをあっさりと殺したことを思い出した。
街でゼンが、シウのために大量に人を殺したことを思い出した。
ゼンは、シウのために人を殺すことも見殺しにすることも厭わない。おそらく、これからもそうだろう。シウが目的を達成するまで。
そしてシウは、シウの意思で、それを利用するのだ。
シウはきゅっと唇を噛んだ。目的のためなら、何でもやると心に決めた。こういうのも、シウは呑みこまなければならない。
さらに今からもうひとつ、やらねばならないことがある。手持ちのリュックを担ぎ、シウはそっとその場を離れた。みんな怪我人の治療や、魔獣の始末で、シウに気づく者はいない。向かうはシルクスタの国境のそと。魔獣の森である。
0
あなたにおすすめの小説
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!
柿崎まつる
恋愛
世継ぎの王女アリスには完璧な婚約者がいる。侯爵家次男のグラシアンだ。容姿端麗・文武両道。名声を求めず、穏やかで他人に優しい。アリスにも紳士的に対応する。だが、完璧すぎる婚約者にかえって不信を覚えたアリスは、彼の本性を探るため侯爵家にメイドとして潜入する。2022eロマンスロイヤル大賞、コミック原作賞を受賞しました。
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
兄様達の愛が止まりません!
桜
恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。
そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。
屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。
やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。
無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。
叔父の家には二人の兄がいた。
そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…
お飾りの妃をやめたら、文官様の溺愛が始まりました 【完結】
日下奈緒
恋愛
後宮に入り、妃となって二年。
それなのに一度も皇帝に抱かれぬまま、沈翠蘭は“お飾りの妃”としてひっそりと日々を過ごしていた。
ある日、文部大臣の周景文が現れ、こう告げる。
「このままでは、あなたは後宮から追い出される」
実家に帰れば、出世を望む幼い弟たちに顔向けできない――。
迷いの中で手を差し伸べた彼にすがるように身を預けた翠蘭。
けれど、彼には誰も知らない秘密があった。
冷たい後宮から始まる、甘くて熱い溺愛の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる