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05.所有紋※

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 重なる手も、唇も、身体の重みも、すごく気持ち良い。触れたところから精気を吸われる感覚にすら背筋がぞくぞくする。ルカはどうにも力が入らなくて、ただ必死にセフィにしがみつくことしかできない。

「あ……んっ……」

 唇を重ねたまま、胸の膨らみにそっと触れられて思わず身体がびくりと強張る。なだめるようにやわやわと服の上から揉まれて、セフィにしがみつく手に力を込めた。
 両の胸の頂を、優しく押し込みそのままひっかくように左右に揺する感触にルカのお腹の奥が熱くなる。

「んっ……ううっ」
「ルカはこれが好きなの?」

 胸の先をいじられながら、耳もとで囁かれる。熱い呼吸が耳に触れる感覚すらぞくぞくと蠱惑的だ。

「ん……ぜんぶ、きもちい」

 セフィを引き寄せて、形の良いおでこに何度もキスをする。胸の昂ぶりが抑えきれなくて、セフィに触れてないとおかしくなりそうだった。

 首筋にキスしながら、セフィがルカの服をたくし上げれば、服に抑えられていた胸の膨らみがぷるんとまろびでる。
 それをぐっと下から掴まれ、弾力を楽しむように軽く押しまわされた。

「さすが、触り心地が良いな」
「んっ」

 胸に直接触れられる感触に、ルカの身体がまたこわばる。立てた指の先で膨らみの尖りを、浅く小さくゆるゆると押されて、ぴくぴくと身体が震えるのを止められない。
 セフィの頭を抱える腕に、ルカはさらに力をこめた。

 くすくすと小さな笑い声は、ルカの腕の中から。

「そんなにしがみついたら、動けない」

 その言葉に慌てて手を離せば、優しく頬を撫でられた。その温かさに思わずセフィの手に頬を押しつけてすりすりする。

「意外とかわいいね」

 楽しそうに笑うセフィに、ルカは何度めか、また見惚れてしまう。今までも微笑んだりしていたが、こんな笑顔は初めてだった。


 さきほど、ルカにいたずらすると言ったセフィは、最初はすごくぎこちなかった。こわごわとセフィに触れて困ったように顔をしかめるばかりだった。それでも、キスしているうちに慣れてきたのだろう。遠慮がちに触れていた唇も手も、今では随分とルカを翻弄してくれる。漆黒の瞳には熱の片鱗すら宿っていた。

「もしかしてあんまりこういうの、したことない?」
「そ、そんなことは無いけど」

 セフィからの突然の質問に、ルカはどきどきしてしどろもどろになってしまう。

「こんなに、気持ちよくは、なかったかも」

 淫魔ではないルカにとって、性交はそこまで必要ではない。精気は人の喜びや絶望からも摂取できるからだ。もちろんそれなりに経験はあるが、どれも合意のものではなかった。心が伴わず無理やりされる行為は、快楽も小さい。

「そうなんだ。今日はたくさん気持ち良いことしよう」
「ふ……ぁ……」

 胸の膨らみに、ぬるりと舌が這う感覚。焦らすように下側を何度もまれてから、ぺろりと尖端を舐められる。
 胸を触られたことなど何度もあるけれど、セフィに触れられるのは全然違った。あの形の良い唇に触れられると思うだけで、どうにかなりそうなくらいだ。

「刺激、つよくてむり」

 思わず胸を両腕で隠すも、手首を顔の横に縫い付けられる。

「ルカ。刺激がつよいっていうのは、こういうことをいうんだよ」
「くっ……んんっ……あっ……ああっ」

 ちゅっと強く胸の先を吸われる感覚に、ルカは思わず顎をのけぞらせた。何回もまるで食べるように激しく吸われ、軽く歯をたてられる感触に背筋がしなる。

「たべられちゃいそう」

 肩で息をしながら、真っ赤になっているルカの頬に、セフィが軽くキスを落とす。

「ルカはわかってないな。本格的に食べるのはまだこれからだよ?」
「へっ!?わわ!」

 セフィが肩を掴み、ぐるりとルカをうつ伏せにして、四つん這いの姿勢を取らせる。思わず羽根がバサリとはためいた。

「すごい、本物みたいだね」
「わ、優しく、敏感だから優しくして」

 羽根の骨をゆっくりなぞる感触に、こわくてぎゅっと身体を縮こめる。羽根を折られたら飛べなくなるから大変だ。

「一度、生きてるのをじっくり触ってみたかったんだ。広げると、結構大きいよね」

 じっくりと羽根に触れられる感触に気を取られていて、セフィの言葉の意味を深く考える余裕はルカにはなかった。
 ルカの気を知ってか知らずか、セフィは羽根の先をつまんでひろげてみたり、翼膜をなでたりしている。
 触る手つきはやさしげで、乱暴なことをされそうにはない。それでも、どうしても身体が縮こまる。

「この羽根の付け根あたりが、気持ちいいってきくけど」
「やっ……ああっ」

 きゅっと両手で羽根の付け根をかるく握られて、ルカは思わず羽根を震わせて仰け反った。

「ここ、触られたことある?」

 指先で翼の間の背筋をつつっと撫でられる。

「んっ……ない、そんなとこ触られたこと、ない」
「じゃあ、たくさん触ってあげる」

 指ではなく柔らかなものが、ルカの背筋に押し当てられた。わずかに湿った感触にそれが唇だとわかる。ぬるりと舌が這い、軽く歯を立てられる刺激がたまらなく気持ちいい。思わず羽根がふるふる震えてしまうほどだった。

「ふっ………あっ………んぅ」
「どう?きもちいい?」

 どう、なんて聞かれても、気持良すぎてルカは何も答えられない。ただただ、降り積もる快楽に翻弄されるばかりだ。

 思わず、尻尾をぴこぴことうごかせば、セフィがぐりぐりと尻尾の付け根を指で挟んで刺激してくる。

「尻尾のつけ根も気持ちいいときくけど、どう触るのがいいのかな」
「あっ……やあっ!!」

 刺激されるたびに、ぐにゃんと尻尾がいろいろな形をとる。それをセフィはまとめておさえこんで、尻尾の付け根に執拗に口づけを落とす。

「尻尾の下側の付け根が、一番気持ちいい感じ?ほらここ」
「ひゃっ……あっ…そんなに、吸っちゃ……ああっ」

 尻尾の付け根が気持ち良いとか、ルカ自身知らなかった。身体洗う時くらいしか触らないし、他人に触らせたことなんてない。たしかにセフィに唇を押しあてられるたびにお腹の奥が熱くなる。尻尾の付け根の境目をゆるゆると舌でなぞる感覚もまた凶悪だ。
 尻尾を動かしたいのにセフィにおさえられて、うまく動かせないのがもどかしい。

 四つん這いになっている太ももの内側を、透明な液体が流れ落ちる。かろうじて纏う尻尾付近の布は、もう濡れそぼっていて役割をほとんど果たしていない。

 セフィが腰の丸みをなぞるように手を滑らせる。そのまま隙間に指をいれて、ルカの服を脱がせれば、透明な粘液がルカの秘部と布を繋ぐ。

「んっ……」

 ぴったりと閉じられた割れ目を、両側から大きく広げられ、たまらずルカはくぐもった声をあげた。夜気に触れるその奥までセフィに見られていると思うと、一層身体の奥が熱くなり、腰が揺れる。

「これは、随分と……ルカ、ごめん、我慢できない」
「ひゃっ!や、そんな……ああっ」

 左右に大きく広げられたルカの秘部に、熱くぬめる感触。ついで、強くすするような水音。襞を割り開き、奥まで舌が入ってきて舐めあげられる。あんなに綺麗なセフィがこんなに激しく求めてくることが、半ば信じられなかった。

「あ………あぁっ…………ふっ………」

 刺激に耐え切れず、四つん這いになっていた身体が潰れかけて、頬に当たるシーツに身体を預ける。
 腰はセフィが掴むように支えているから、ルカは腰だけを高く上げる形でベッドに突っ伏する格好だ。

 執拗に与えられる刺激に、何度もルカはわななきながら切なく声を漏らす。     

 ひとしきり舐め終わったのだろう、ずるりと舌が抜かれる感触。かわりに細くて長いもの。指が、ルカの中に入ってくきた。
 探るようにルカのなかをぐるりとこすり、反応が良いところを何度も押してくる。先程の舌の刺激で十分昂ぶったルカの身体は震えながらその指を甘く締めた。

「んあっ……やっ」
「ルカ、ここが、気持ちいいの?」
「んんっ、あっ……きもち、い、けど……なんども、だめ」

 セフィは指を引き抜き、ルカの身体を起こして自身の膝の上に抱えあげる。いきなりぐるりと視界が変わったルカは、くらくらしながら思わず羽根を広げてしまう。その拍子にしっぽがぴしりとベッドの角を打って小気味よい音を立てた。

「わわっ」
「あんまり羽根、ひろげないで」

 ルカはバサつかせていた羽根をぴっとたたむ。いい子だとでもいうようにセフィが後ろから羽根ごとぎゅっと抱きしめてくれた。その温かさにほっとするのもつかの間、後ろから伸ばしたセフィの手が、ルカの足の間に滑り込む。

「あっ……セフィ!?……っ」

 すでに潤みきったそこに、今度は指が二本、あっという間に深々と埋まった。
 すぐに、くちゅくちゅと秘部で指が蠢く音が部屋に響く。さきほどの、ルカの反応がよかったところばかりを指が執拗に狙って刺激する。

「んんっ……あっ……ああっ」
「ここ、気持ちよさそうだけど、触っちゃだめ?」

 セフィがルカの耳もとで囁く。柔らかくも少し低い声は、さっきより甘さが増していて、ぞくぞくする背中の震えに必死でルカは耐えた。

「いっ、ちゃいそうだから、だめ」
「どうして?いってもいいよ?」

 ルカの耳もとになんどもキスを落としながら、セフィが囁く。

 ルカはそれに、ふるふると首を横に振った。

「男の人とするときは、いかないことに、してるから」

 悪魔が使える術の中に、絶頂を利用した契約がある。それは結ぼうと思って結ぶ時もあれば、うっかり結んでしまう場合もあると聞く。万が一変な契約がセフィとの間に結ばれてしまえば、きっとセフィに迷惑がかかるだろう。

 頑ななルカの様子に、セフィは無言で秘部から指を引き抜き、ルカから身体を離す。

「セフィ?………わわっ」

 怪訝そうに振り向いたルカの前で、セフィは思い切ったように服を脱ぎだした。上も下も全部。

「セフィ、そんないきなり!」
「流れとしては自然だと思うけど」

 くすくす笑いながらセフィがもう一度、後ろからルカを抱きしめて、お腹や胸をゆっくりと撫でる。ふわふわした柔らかさを確かめるように、時々指を沈めた。

「ふぁ………ん……」

 背中にもお尻にもあたるしっとりとした肌が気持ちいい。手で触れられている部分ももちろん気持ち良いが、羽根がセフィの熱に包まれる気持ちよさは、格別だ。

 ぐっと後ろから腰を引き寄せられて、お尻の上の方に固くて熱いものが何度もこすりつけられる。それが何かなど、考えなくてもルカにはわかった。

「ほんとに俺、こんなになるなんて。ルカがかわいいからだよ」

 肩越しに、ちゅっちゅっとセフィが頬にキスをしてくる。何度もねだるように口のはしっこに口付けられて、我慢できずにルカもそれに応じた。

 唇を重ねたまま、セフィと向かい合わせになるように体勢が入れ替えられたと思えば、そのまま、ゆっくりとベッドに仰向けに押し倒される。セフィがルカの背中を手で支え、羽根が痛まないよう綺麗に広げて整えてくれた。
 セフィは、ちゃんと尻尾も羽根も問題ないことを確認すると、ゆっくりと体重をかけるように、ルカに深く口づける。

「んんっ………んむっ………!」

 深いくちづけに、何度もくぐもった声が漏れた。ザラザラした舌の粘膜が絡みつくようにうねり、歯の裏側を丹念に舐め上げられる。

 唇を塞がれたまま、両の膝小僧を掴まれる感触。一度軽く持ち上げてから、大きく左右に押し開かれ、その中心、すでに潤みきった秘部に熱くて硬いものを押し当てられた。

「ん……だめ、セフィそれは、そこまではやっぱりだめ」

 ルカは執拗な唇からなんとか逃れ、力を振り絞って拒絶する。それでもセフィは逃してくれず、何度も口の端に口づけてくる。

「どうして?ルカもこんなに欲しそう」

 熱い潤みを焦らすように、硬い熱が緩慢に動く。
 上下に擦り付けられる刺激はたしかにとんでもなく甘い。指の刺激でいまだ達していない燻りはルカを苛むばかりで、実のところ欲しくてたまらず、あてがわれているだけで腰が動きそうになる。
 その誘惑を、なんとかルカは振り払おうと言葉を紡ぐ。

「セフィを困らせちゃうから、だめ。セフィが気持ちよくなりたいなら手や口でするから」
「それは俺のため?」
「うん、セフィに迷惑かけたくな……んんっ」

 ぐっとセフィが腰を押し込む。ルカの中に熱くて硬いものが、浅く入る。
 強烈に甘い感覚に、ルカは思わず身体を震わせた。

「ああっ、や……抜い、て。わたしは、本当におともだちでいいと思って」
「やだ」

 さらにセフィが奥に押し込む。

「俺はルカが気に入った。ルカと、友達じゃなくて、もっと深い関係になりたい。本当に嫌ならちゃんと抵抗して」
「あっ、やあっ……あああっ!」

 漆黒の瞳で真上から見つめられながら、ゆっくりとセフィの熱がルカの中に入ってくる。なんとか止めようと手で胸板を押してみるものの、全く力が入らない。

「ほら、もう半分くらい入った。ちゃんと抵抗しないと全部入っちゃうよ」
「んんっ、やあ……離して」
「そんなに溶けそうな顔で言われても説得力ない」

 ささやかな抵抗を試みている手を掴まれ、指を絡めてシーツに縫い付けられる。

「ほんとに、ルカはかわいいね」

 淫蕩な光を漆黒の瞳に浮かべて微笑みながら、セフィが唇をルカに寄せる。唇が重なると同時に一気に奥まで貫かれて、たまらずルカは身をよじらせた。それを逃さないように押さえつけられ、真奥まで深く埋められる。

「んんっ……だめ、だめ……ああっ」
「ほら、こんなに気持ちいい」

 焼けつくような強烈な快楽がこわいくらいで、ルカはなんとか逃げようとするも、押さえつけられてさらに執拗に奥を突かれる。泡立つような水音すらもルカの昂りを追い立てた。

「ルカがともだちとしての俺より、こっちがいいって思えるくらいに気持ちよくしてあげるよ」
「んっ……あっ……あぁっ……!」

 際限なく送り込まれる快楽に、ルカは必死で耐える。
 こんなに気持ちいいのだ。下手に達したら、なんらかの契約が結ばれてしまってもおかしくない。
 なんとか頑張って、セフィに先に達してもらわないと。そして、うまく達したふりとかしてやりすごすのだ。

 そんな風に思うものの、ルカの身体は十分に反応してしまって、いつ達してもおかしくないくらいだった。

「ルカ、ルカ」

 うわずった甘い声で何度も耳元で名前を呼ばれる。その声音すら快楽を増幅させて、思わず身体を震わせた。

「俺のことを好きになって?俺のことを欲しいって思って」

 まるで懇願するようなセフィの声。快楽に沸き立つルカには、セフィの囁くことがよくわからない。
 好きかと言われれば、一目見た時からルカはセフィの虜だったのだと思う。でも、欲しいって、なんだろう。
 シーツに縫い付けられた手をぎゅっと握りしめ返す。

「んっ……あっ……セフィ、好き」
「嬉しい。もっと気持ちよくしてあげる」
「ああっ……や……がまん、できない」

 弱いところを、何度も刺激されてたまらずルカの腰が震える。自分から大きく足を開いて、差し出すように腰を前後に揺らすのを止められない。

「がまんしないで。ルカの身体はこんなに俺を欲しがってる。俺を全部、ルカのものにして」
「いや……そんな、の……んっ……ちが」

 セフィの言葉が、なんだかおかしいと思いながらも、快楽に沸ききったあたまがうまくまわらない。
 ルカの思考をどんどん、快楽が塗りつぶしていく。

 ルカの手のひらから熱が遠ざかったと思えば、もどかしげに腰を掴まれて、半ば持ち上げるように強く引き寄せられた。今までとは違う、容赦ない激しい行為。
 弾けるような水音が絶え間なく刻まれて、止めどもなく降り積もる快楽が、ルカの中で渦を巻く。

 すぐそばで、額に汗を浮かべながら見下ろすセフィ。切なげに眉を寄せてルカをみつめる漆黒の瞳に捕われた瞬間、今までこらえていたものがはじけとぶ。

「あっ……ほんとに……もう……だめ、だめ」
「一緒にいこ、ルカ。君の中にたくさん出すから、俺を全部ルカのものにして」
「ああっ……んっ、やああ……!」

 一番奥を深く抉られるのと、視界が白く塗りつぶされるのは同時だった。背中を弓なりに反らしながら、ルカの意志とは関係なく身体の奥に力が入り、奥深く埋め込まれた熱を締めつける。
 たまらずセフィの背中に腕を回せば、応えるように力強く抱きしめてくれた。小さく震えながら、二度三度奥を抉られる。その刺激だけでまた達してしまいそうだった。

「ルカ、かわいい、ずっと一緒にいたい」

 耳もとで囁く愛おしげな声。それに答えることすらできず、ルカは肩で大きく息をつく。
 いまだ目の前はちかちかしていて、ぐったりと弛緩してひくひくと震える身体は間断なく、身体の奥深くの熱を甘く締めている。

 その余韻を確かめるように、ぐっと何度も押し込まれて、そのたびにルカの意志とは関係なく、また身体が震えるのだった。

「あっ……んぁ……」
「ほら、ルカも俺を離したくないって」

 ルカのあたまはずっとふわふわしていて、なんだかまともに物が考えられなかった。

 確かに、ルカはセフィにどうしようもなく惹かれていて。

 本当に、セフィみたいな男の子が、一緒にいてもいいと思ってくれるなら。

(誰にも渡さず、自分だけのものにしちゃいたい)

 そんな、望んでははいけないことをルカは思ってしまった。

 唐突に悪魔の契約が締結される気配。

「うっ……くっ……」

 苦しげなうめき声とともに、セフィが腹を押さえる。それと同時に、ずるりと今までルカの中に入っていたものが引き抜かれた。

 嫌な予感に、ルカの心の奥がひゅっと冷える。

「セフィ!?見せて!」

 気だるさも忘れて起き上がり、セフィの腹を確認する。さっきまでひとつの染みも贅肉もなかった滑らかなセフィの下腹に、くっきりと浮かび上がる赤黒い紋様。

「所有紋!?うそ、わたし、そんなつもりじゃ」

 ふるふるとルカが首を振る。

 所有紋、それは悪魔が隷属する下位生物に刻む紋様である。所有紋を刻まれた生き物は、基本的に所有者である悪魔に絶対服従となり、死とともに魂を所有者に譲り渡す。一度締結すると基本的に解約ができない。

 所有紋なんて、ルカの信条的に今まで決して使ったことがなかった。
 魂を刈り取る時は、死ぬ間際。それが相手の救いになる時だけ。本人がそれを救いと自覚するかどうかには関わらず。
 だからどんなに綺麗な魂でも、契約で縛るなんてこと、今までしてこなかったのに。

「あぁ、ルカ、君は俺に嘘をついたのか。人間じゃなくて、君は悪魔だったんだね」

 囁くようなセフィの声が、その内容が意味することが、ルカの心に重くのしかかる。

「ごめん、セフィ、ごめんね」

 顔があげられない。嘘がバレた上に所有紋をきざんでしまうなんて。
 顔を両手で覆って俯くルカの紅蓮の髪に、ぽんと手が乗せられて、慰めるようにゆっくりと撫でる。

「これでルカは俺の所有者なんだから、ちゃんと朝まで責任持って俺をまもってね?」

 セフィはルカを引き寄せて、ぎゅっと抱きしめた。愛おしげに髪をなでて、額に唇を押し当てる。

 でも、ルカはショックでまるで心が痺れたようで、顔をあげることすらできない。

 あんな綺麗な子に、おともだちになりたかった子に、所有紋を刻んでしまうなんて。
 自分のものにしたいなんて、天地がひっくり返っても願ってはいけなかったのに。

「ルカ?へこんでるのか。これは俺も望んだことだから、ルカだけのせいじゃない。それに悪魔なんて契約さえ結べれば何でもいいんじゃないのか」

 セフィの言葉はルカには届かず、痺れた心のままぼんやりと所有紋を眺めることしかできなかった。
 泣きもせず、話もせず。
 セフィが顔をのぞきこんでも、目の前で手を振ってみても、ひたすらぼんやりしたままでも反応できない。

「ルカ、ルカ、おやつ食べる?それとも、お散歩にいく?一緒にこのまま眠ってもいいし。後で話すけど、朝になればすべて解決するから。とりあえず服着ようか」

 ばさりとルカの肌に触れる滑らかな感触。
 セフィが裸のままのルカにシーツを被せて、そしてぎゅっと抱きしめる。

「俺がルカを気に入ったのは本当だよ。ずっと一緒にいたいっていうのも本当。元気だして、ルカが気にすることはなにもない……ルカ?」

 無反応のルカに、セフィが次第におろおろしだす。あれこれ話しかけながら髪を、背中を、羽根を撫でた。それでも、ルカは反応してくれない。

 セフィの思い描いていた計画は、概ねうまくいった。

 精気不足も解決できた。
 ルカに嘘をつかせることもできた。
 所有紋を刻んでもらうことで、ルカはセフィに危害は加えないだろう。

 ただ、こんなにルカがショックを受けるなんて。
 こればかりは、セフィの想定を超えていた。
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