おれより先に死んでください

星むぎ

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恋人カッコカリ

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 なぜそうまでして、自分と付き合うことにこだわるのか。朝陽の考えていることが、未だにちっとも分からない。

 だが、もうほとんど絆されかけている自分の心ならよく分かる。

「朝陽は本当にいいわけ? オレと付き合っても」
「うん」
「さっきも言ったけど、オレ男だよ」
「そんなの、生まれた時から知ってる」
「……オレ、どっちかって言うと恋人には尽くすタイプだと思うけど、恋愛に疲れ切ったとこだから。そういうの、もうできないかも」
「うん、いいよ。恭兄は受け身でいい。そのほうがおじいちゃんを理解できるだろうし」
「うわー、余計分かんねー……」
「あとは? なんか気になることある?」
「あとは? あとはー……」

 試しているようで心苦しくはあるが、質問をくり返した。だがそれも尽きてくる。観念して見上げると、不安げな顔をした朝陽が首を傾げた。

「付き合ってくれる?」
「……う、ん。分かった」

 そう答えると、力が抜けたかのように朝陽が笑った。恭生も脱力し、後ろのベッドに背を凭れ、天井を見上げる。

「朝陽と恋人かあ。なんか変な感じ」
「恋人“カッコカリ”でもいいよ」
「はは、カッコカリ」

 朝陽はずっと近くにいた弟で、大切な存在だ。かと言って、恋心を抱いたことはない。自分たちの関係に恋人という新たな名前が足されるのは、妙な心地がする。

「でもさ、付き合うってなにすんの? 仮つったって、恋人は恋人だし。今まで通りじゃじいちゃんのこと、分かんないんだよな?」

 それなりに他人と恋人関係を結んできたが、朝陽と、となるとどうもピンと来ない。

 身を起こし尋ねると、朝陽がじいっとこちらを見つめてくる。かと思えば目を逸らし、ぼそりと言葉を落とした。

「ハグ……とか?」
「ハグ」

 意外な答えについオウム返しをする。なるほど、とも確かに思いはするが、なんだその程度でいいのか、という感覚のほうが強い。

 まさか、誰とも付き合ったことがないわけじゃないだろうに。ずいぶんと初心な提案だ。

「じゃあやってみるか」
「は……? なにを?」
「なにって、ハグ」
「恭兄軽すぎ」
「えー……朝陽が言ったんじゃん。大体、朝陽とハグなんてよくしてたし」
「…………」
「はは、なんだよその目ー」

 ちいさい頃はよく、朝陽に抱きつかれていた。ぎゅっと抱き止めながら、幼心にかわいいな、守りたいなと思ったのをよく覚えている。

 両腕を広げると戸惑ってみせる朝陽に、あの頃とはまた違った愛らしさを感じる。

 会話が続く、反応が返ってくる。それだけでも心がいっぱいに満たされているからだろうか。

「朝陽ー。早く。ほら、ハグするんだろ?」
「はあ……じゃあするよ」
「うん」
「…………」
「おお、そう来る?」

 広げた腕の中に収まってくれるとばかり思っていたのだが。朝陽は恭生の腰を片手で引き寄せ、もう片手で頭を抱いてきた。髪を撫でられ、これでは子どもの頃と立場が逆転だ。

 不思議な心地がしつつも、やはり懐かしさは否めない。こうして朝陽と戯れるのが、大好きだったから。

「なんか懐かしいな。朝陽あったけー」
「え……全然嬉しくない」
「なんでだよ。でもやっぱ違うか。朝陽、デカくなったな」
「うん。恭兄よりね」
「はは、ムカつく」

 恭生からも抱き返し、軽口をたたき合う。

 仮であれ恋人になったのは想定外だが、朝陽と絆を結び直せた。隠しきれない喜びに、口角は緩みっぱなしだ。

 そっと腕を解かれ、間近で目を合わせれば、どこか不満げな顔に出会う。どうしたのだろうか。笑ってほしいな、と心情を問うように首を傾げると。朝陽の顔が近づいてきたと思った次の瞬間、頬にやわらかなものが触れた。
 なにか、なんて確認するまでもない。朝陽のくちびるだ。

 突然のことに頬を手で押さえ、見開いた目に朝陽を映す。

「あ、朝陽、お前なにし……」
「恭兄」
「あ、ちょ、また……」


 言葉が出てこない隙に、今度は反対の頬へとくちびるが近づく。ふわりと当たって、啄むようにくり返される。優しく触れるのに、どこかぎこちなさもあってくすぐったい。頭を撫でてくれていた手は、いつの間にか髪の中へともぐりこんでいて。地肌を這う感覚に、ついうっそりと瞳を閉じる。

 相手が朝陽だと思うと、強い拒絶がどうにも生まれてこない。でもこのままでは駄目だと、それだけは分かる。場の空気に流されてしまったと、朝陽に後悔だけはさせたくない。

 年上の自分がしっかりしなければと、朝陽の背をタップする。

「朝陽、朝陽ってば」
「……嫌だった?」
「あー、えっと……」

 なぜそんな顔をするのだろう。しゅんと下がった眉に、大いに戸惑う。

 だが、ちゃんと自分を律しなければ。仮の恋人関係になったとはいえ、朝陽の頼れる兄でありたいから。

 どう言ったものかと考えこんでいると、朝陽のほうが先に口を開く。

「恭兄、ごめん。もうしないから。恭兄の嫌がることは絶対しない」
「朝陽……そんな顔すんな。な? その、別に嫌ではなかったし……」
「ほんと?」
「うん……てかさ、お前は嫌じゃないの? 頬とはいえ、オレにキ、キスとか……」
「恭兄が嫌じゃないなら、俺も嫌じゃない」
「へえ。そ、そっか?」

 それは一体どういう理屈だ。相変わらず謎だが、悲しげな色が朝陽の瞳から引いていったことにひとまず安堵する。

「ねえ恭兄。嫌じゃなかったなら、ハグとほっぺのキスはこれからもしていい?」
「え? いやー、それはどうかな」
「嫌じゃないって言ったの、もしかして嘘?」
「っ、嘘じゃない! わ、分かった、ハグとほっぺのちゅーだけな! でもカッコカリなんだから、それ以上は駄目だぞ」
「うん、約束する」

 本当に、悲しそうな朝陽の顔にはめっぽう弱い。それをつくづくと理解する。

 上手いこと乗せられたような気がするが、ハグとキスを了承してしまった。朝陽とまた一緒に過ごせる喜びが、判断力を麻痺させている気がする。

 現に、元カノに振られたことはもうどうでもよくなっていて。明日からは気兼ねなく朝陽に連絡していいのだと思うと、今日を“いい日だった”と名づけてしまいそうなくらいだ。


「恭兄、今度一緒に出かけない?」
「お、いいな。行きたい」
「じゃあどこか探しとく」
「マジ? 楽しみにしてる」

 朝陽の横顔を眺めながら、つい顔がゆるむ。

 彼女に振られ朝陽に連絡を入れた時は、まさかこんなことになるなんて思いもしなかった。祖父の想いを知るための、かりそめの恋人。今のところ、糸口すらも見つけられないけれど。

 朝陽のあかるい感情が自分へと向いている。それだけでも、今は充分な気がしている。
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